第1話 NTRと追放とスローライフ
俺はついに勇者として魔王ネクロヴァスを倒した。
早々に帰還して真っ先に、愛するティアナ姫の元へ向かった。彼女と結婚して幸せなハッピーエンドを迎える――はずだった。
『……パンパンッ!』
聞きなれない“妙な音”が部屋から響いていた。
え、なんだこれ……? 姫の部屋からする音ではない。もしかして、モンスターに襲われて……?
扉を開けようとするが“二人の声”が聞こえた。
もう片方はティアナ姫。
もう片方は知らない男の貴族の声だった。だ、誰なんだ? 耳を澄ませて聞いてみる。
「ティアナ姫。あんな勇者エルドより俺の方がいいだろう?」
「……そ、それは言えないです」
「でも体は正直だ!」
「……はい」
なんだ。
なんなんだこの光景は……!
なぜ俺を待っているはずのティアナ姫は、あんな貴族と裸になり……肌を重ね合わせているんだ!?
おい、なんの冗談だこれは。
夢か、夢なのか!?
頬を抓ったが――痛かった。
クソッ、現実だ!
止めようとしたが、二人は明らかに愛し合っていた。
そんな、俺は姫を寝取られたのか……。
動機が激しくなった。眩暈もヒドイ。
……くそっ、どうしてあんな男が。
そうだ。王様に事情を聞いてみよう。
姫の父親である『カイゼルス王』なら何か事情を知っているはずだ。
部屋の前から立ち去り、俺は王の間へ向かった。その玉座にちょうどカイゼルス王が座り、側近となにやら話している様子だった。
「で、ありまして……」
「――ふむ。おや、そこにいるのは勇者エルドだな」
俺は割って入って申し訳ないと謝罪を入れつつ、説明をカイゼルス王に求めた。
「カイゼルス王! 姫が……ティアナ姫が知らない男と寝ておりました。これはどういうことですか……!」
さきほど見た光景をありのままに説明した。するとカイゼルス王は、険しい表情を見せた。これはあの男貴族を罰してくれるのか、そう思ったが期待は見事に裏切られた。
「勇者エルド。貴様は魔王討伐の冒険に何年を要した?」
「一年です」
「長い。あまりにも長すぎたのだ」
「……は?」
「ティアナ姫は毎日が寂しいと心を痛めていた。なのに、貴様は手紙の一つも寄越さず放置。ならば、この状況は必定だ」
なんだって……なんでそうなる!
俺は世界の為、姫の為に必死に戦ってきたというのに。
こんなのあんまりだ!
「しかし!」
「ええい、黙れ! 勇者エルド! 貴様をシュヴァルク王国から追放する!!」
その言葉の瞬間、側近が笑っていたように見えた。
意味が分からねえ!!
なんで俺がこんな目に!!
くそ、くそがあああああああああああああああああ!!
・
・
・
シュヴァルク王国を追い出された俺は、国を背にして呆然と立ち尽くしていた。
……どうしてこうなった。
ありえねえだろ。
人間を襲いまくっていた恐ろしき魔王をぶっ倒して……世界を平和にして、それでハッピーエンドじゃねえのか普通!
俺はティアナ姫を心の底から愛していた!
ずっとずっと思っていた。
なのに……なのに…………!
「……姫を寝取られて、国も追放とか最悪だ」
もはや生きる気力がなかった。
このままどこかで、ひっそりと消えるのもありだろうか。
砂漠の中で倒れていると、顔を布で覆う不思議な商人らしき人物が現れた。
「お客さん。そこで寝る、危ない」
「……?」
妙に言葉がカタコトだな。異国人か。……どうでもいいな。
「どうした? 水が欲しいか?」
「……生きる目的が欲しい」
などと、最後の足掻きに言ってみた。
すると商人らしき人物は、手を鳴らした。
「あらまあ。でもお客さん、ラッキーね。この先の辺境の地『ゼルファード』を目指すといいね」
「ゼルファード……?」
「身分もなにもない自由な国よ~。ワタシ、一度だけ寄ったことあるネ!」
辺境の地ゼルファード、聞いたことがないが興味をそそられた。まだ俺の行ったことのない場所があったなんてな。
そうだな、そこを人生の墓場にしてみるか。
俺は言われた方向へ無気力に目指す。
「じゃあな」
振り向いて挨拶をすると、もう商人はいなかった。忽然と……消えた?
まあいい、俺はただ先を行くだけだ。
砂嵐の吹き荒れる険しい砂漠を抜けると、その先は緑の草原だった。
『きゃあ、助けて!!』
しかも、女性の声が聞こえた。誰かが襲われている……?
急いでその方向へ向かうと不良三人組が少女を襲って、服を破こうとしていた。おい、ウソだろ!
「げへへ! 裸に剥いちまえ!」
「最高の女を手に入れたな!」
「聖女だってよ!! 最高だなァ!!」
俺はティアナ姫とクソ貴族の光景が浮かび、怒りが沸々とした。許せねえ。この怒りをアイツらにぶつけたい。
「やめろおおおおおおおおお!」
「「「なんだぁ!?」」」
剣を抜き、俺は神速で領域で斬撃を与えていく。
三人組はぼうっと突っ立っていた。
「……終わった」
「なにが!?」
「なんも効いてねえぞ」
「こけおどおしかぁ?」
しかし、その直後には。
斬撃が広がって三人をズタズタに引き裂いた。
「「「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」」」
致命傷レベルの斬撃ダメージを受けた三人組は、ボロボロになりながら逃げ出していく。馬鹿な奴らだ。
「あ、ありがとうございます!!」
抱きついてくる少女。銀髪のシスター服で明らかに聖職者の格好だった。プリーストだろうか。
「ケガがないのならいい」
「命の恩人です!」
「いや、礼は不要だ。俺は勇者として当然のことを――」
「勇者様!? あの伝説の勇者エルド様なのですか!?」
名前だけは一丁前に知られている俺。けど、その伝説ももう終わりだ。俺はこのままゼルファードへ向かい、孤独な人生で終えるのだ。
「ああ……じゃあね」
「わたくしもついていきます」
「え」
「あなたのような強い殿方を探していたんです。――ああ申し遅れました。わたくし、聖女のオーロラと申します」
オーロラは、自分を拾ってくれと祈るように懇願する。でもなぁ、俺なんかと一緒じゃあ楽しめないと思うけどな。状態異常でもないのにメランコリー状態だからな。
「俺はゼルファードへ向かうんだが」
「そうでしたか。では目的地は一致しています!」
「マジで」
「ええ」
ならいいか。成り行きだが、この聖女と共にゼルファードを目指そう。少しは気が晴れるかもしれないし。
モンスターの棲む草原をオーロラと共に歩き出す。
この先はなにが待ち受けているんだ……?
はじめて進むフィールドに不安を憶えつつも、けれど冒険していた頃を思い出す。今までは“魔王討伐”という大きな目標があった。
けど今は何もない。
なにを成し遂げればいいんだ?
生きる目的?
そんなものはない。
「なにをしたらいいか分からない」
「では、スローライフを」
「スローライフだって?」
オーロラの言葉に俺は驚くほどピンときていた。なるほどね、余生を静かに過ごす。それも悪くないかもな。
今は少しの希望にもすがりたい。
俺はまだ生きたいし、世界を見守らなくちゃいけない。
ああ、そうしよう。
俺はスローライフがしたい。
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