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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
93/145

93 西部同盟と東部同盟

「とりあえず、今までに集まった情報を整理して報告する。だが、その前に地理のおさらいだ」

 拓海が、テーブルの上に手書きの地図を広げる。夏希は、自分の飲んでいたお茶のカップを慌てて片付けた。

「見ての通り、北の陸塊……タナシス本土の地図だ。言うまでもなく、ここには公国が三、自治州も三ある。今回武装蜂起したカレイトン自治州と、クーグルト公国は、西部地域でも西側にある。カレイトンが海岸沿い、クーグルトがその北だな。両国の東にあるタラガン州およびディディリベート州を経由すれば、王都リスオンを窺える位置だ」

 指でいちいち指し示しながら、拓海が説明する。

「東部地域でタナシスに反旗を翻しそうなのは、東部地域の海岸国、ペクトール公国と、その北にある内陸のメリクラ自治州だ。穏健派と目されるバラ自治州とスルメ公国は、中部地域に属してはいるが、それぞれペクトール、メリクラの西隣にある。この二公国二自治州の人口を合わせると、実に五十四万に達する。もし仮に『東部同盟』など結ばれて蜂起されれば、タナシス王国は典型的な二正面作戦を強いられることになる」

「東部の連中は、仲いいのか?」

 生馬が、訊く。

「ペクトールとメリクラは人種的にも似ているし、関係は良好だ。バラ自治州はお隣りのペクトール公国と仲がいい。面白いのはスルメ公国だ」

「名前も面白いけどね」

 凛が、気のない様子で突っ込む。

「公王がカートゥールという老人なんだが、妙に市民に人気が高いんだ。自国だけでなく、周辺地域でもね。もし彼が音頭を取ったら、二公国二自治州が一気に政治的に結びつく可能性もある」

「うーん。どうもスケールのイメージが沸かないのよね。タナシス王国って、南の陸塊より大きいんだっけ?」

 地図に目を落とし、夏希はつぶやくように言った。

「あー、駿の推定では、南の陸塊も北の陸塊も同じくらいの大きさらしい。二十万平方キロメートル程度だな。ただし、南の陸塊で人間が住んでいるのはノノア川流域と南部の高原地帯、それに西群島と東群島、両群島のあいだの海岸線だけだ。他は未開拓地。たぶん、密林に覆われているだけなんだろうな。タナシス王国の領域はそれよりも広いが、北の陸塊もカレイトン自治州の西とペクトール公国の東は未開拓地になっている。聞いた話では、山岳が海に迫っていて平地に乏しく、大きな河川もないので開拓の旨みがないそうだ」

「北も南も陸塊は二十万平方キロメートルか。本州より、ひとまわり小さいくらいか」

 生馬が、言う。

「ちなみに、駿の推定では人間界は直径千六百キロメートルの円形、となっている。総面積約二百一万平方キロメートルだな」

「ほとんど海じゃない」

 意外そうな表情で、凛が言う。

「そうだな。でもまあ、今必要なのは北の陸塊の地理に関する知識だ。えー、タナシス王国で最も西にあるカレイトン自治州の西の端から、東にあるペクトール公国の東端まで、おおよそ六百キロメートルほどだと思われる。これを、強引に日本に当てはめてみよう。東京-大阪間が、おおよそ五百キロメートルだから、本州をちょっと東に傾けて……」

 拓海が、北の陸塊の地図に本州の海岸線を描き入れはじめた。太平洋岸を北の陸塊の海岸線に沿わせるように、すらすらと描いてゆく。

「多少の間違いは勘弁してくれ。だいたい、こんな感じだな」

 夏希は地図を見つめた。東部地域沿岸のペクトール公国が千葉と東京、その北の茨城にメリクラ自治州、福島あたりがディディナラ辺境州。中部地域のバラ自治州が神奈川と静岡東部、山梨あたりにスルメ公国。アノルチャ州が伊勢湾と愛知、静岡西部。リスオン州が岐阜南部と滋賀。ディディリア州が飛騨あたり。ディディサク州が長野北部。ストラウド辺境州が新潟と佐渡ヶ島。ディディウニ州が石川から富山。メジャレーニエ辺境州が能登半島の西の日本海上。西部地域のタラガン州が三重と奈良、カレイトン自治州が和歌山と紀伊水道。クーグルト公国は兵庫南部と淡路島あたり。ディディリベート州が京都と若狭。エルフルール辺境州が、兵庫北部と鳥取東部、そしてその沖合い、といったところか。

「ふん。そうすると、王都リスオンは関ヶ原あたりか」

「もうちょい西だな。彦根あたりだろう」

 生馬の見解を、拓海が修正する。

「広いわねえ。ねえ、拓海。もしタナシス本土の公国と自治州が同盟を組んで武装蜂起したら、タナシス王国は持つの?」

 夏希はそう尋ねた。

「持つか持たないか、と問われれば、持つと答えるしかないな。人口だけで見れば、ラドームを含めても反タナシス側は八十万ちょっと。タナシス側は、辺境州の住民や奴隷を含めれば百四十万以上。経済力も同程度の比率だろう。反タナシス勢力を一気に叩き潰せるだけの力はないが、反タナシス側も攻勢に出てタナシス野戦軍を叩くだけの度胸はないだろう。下手をすれば、虎の子の正規軍部隊を消耗させて、分断の上各個撃破のチャンスを敵に与えてしまうだけだからな」

「手詰まりのまま、政治的解決を図るしかなくなるわけだな」

 生馬が、うなずく。

「ま、国を二分しての内戦なんてそんなもんだ。外国勢力の軍事介入でもない限り、だらだらと続くのが普通だからな」

「そして人口が減り、経済が混乱し、社会が疲弊し、モラルが低下する。アフリカの内戦国家のように、負のスパイラルに陥るのよね」

 凛が、辛辣に言い添える。

「タナシス本土が疲弊するのはごめんだわ。第八の魔力の源も見つかっていないのに」

 夏希は口を尖らせ気味にして、そう指摘した。

「もちろんだ。騒乱は早期に終結させる必要があるし、現状ではタナシス王国に協力するしかあるまい。もちろん、反タナシス派を敵に回さない程度にではあるが」

「具体的に言うと、ラドームと同じように、和平の仲介か?」

 生馬が、訊く。拓海がうなずいた。

「まだ正式には、タナシスから話は持ち込まれていないが、手遅れになる前に動いたほうがいいと思う。夏希、駿に手紙を書いてくれるか? 総会で、タナシス王国を外交的に支援するという名目で、和平仲介団を派遣できるように決議させるんだ。反タナシス派の連中も、憲章条約諸国を敵に回してまで軍事力で抵抗するよりも、適当なところで妥協し矛を収めることを選択してくれるだろう」

「そうね。急いで書くわ」

 夏希は確約した。



 タナシス本土中部地域海岸部の東側……アノルチャ州の東隣にあるバラ自治州最大の港町、サマトス。先ほどの拓海の地図で言えば、西伊豆あたりの位置になろうか。

 海岸沿いの通りから路地を一本隔てた裏通り……安っぽい飲み屋や船員相手の小商い、さらには売春宿などが立ち並ぶ一郭に、古びた宿屋があった。入り口は狭く、看板なども出ていないので、一見すると単なる民家のようにも見える。

 その奥まった一室で、中年の男女が密会を果たしていた。もちろん、不倫カップルなどではない。

 男の名はイムサーン。カレイトン自治州出身者と、タナシス人の混血なので、顔立ちはきわめて東洋的だが肌は濃い褐色をしている。男性としては細身で華奢だ。面長の顔に目尻の下がった悲しげな目付きをしており、やや陰気臭い空気をまとわりつかせている。

 相対する女性の名はマリンサス。ペクトール公国の出身で、褐色の長い髪と白い肌の持ち主だ。顔の彫りはやや浅く、鼻が大きい。異世界で言えば、スラブ人に近い風貌である。こちらはイムサーンと対象的に、さながら大輪の花のように、常に愛嬌を振りまいているかのような雰囲気だ。

 一見平凡な二人ではあったが……実際、表向きの肩書きは、雇われ水夫と専業主婦である……、実は両人とも反タナシス勢力の外交部門に属する幹部だった。

 すでに十数年前から、タナシス王国からの独立を目指す地下組織……カレイトン自治州とクーグルト公国の『西部同盟』と、ペクトール公国とメリクラ自治州の『東部同盟』は、水面下で緊密に連携を取っていた。イムサーンは、西部同盟の外交代表。マリンサスは、東部同盟の外交代表である。二人は定期的にアノルチャ州内やバラ自治州内で会合を持ち、情報交換や他の幹部の会合のお膳立て、あるいは援助資金の受け渡しなどを長年続けていた。

 今回の西部同盟の蜂起も、実は東部同盟合意のもとに行われたものであった。タナシス正規軍主力が西部地域に集結したころを見計らい、東部同盟も蜂起する。スルメ公国とパラ自治州に圧力を掛けてこれも蜂起させ、アノルチャ川東岸を完全制圧し、タナシス王国に対し完全なる独立を認めさせる。これが、両同盟が描いていたシナリオであった。

 だが、タナシス王国は一向に兵力の集中を行おうとしていない。期待していたノノア川憲章条約諸国の援助も、まったく得られていない。それどころか、噂では憲章条約はタナシス王国に同情的であるらしい。

 両同盟の計画は危殆に瀕していた。初期段階で一気にタナシス王国に圧力を掛け、政治的優勢を得られねば、地力で劣る両同盟はいずれ押しつぶされてしまうだろう。スルメ公国、バラ自治州の支持を得るためにも、早急に成果を挙げる必要がある。

「で、提案とは?」

 イムサーンが、ぼそりと問う。

「リスオンの王宮に、こちらの手の者が入り込んでいます。彼をうまく使えば、この苦境から抜け出せるかもしれません」

 持ち前の愛嬌をやや消して、しごく真面目な表情になったマリンサスが、低い声で言った。

「王宮には、西部同盟も間諜を送り込んであるが……貴重な情報源をどう使う?」

「彼はすでに十年以上にわたって王宮にいます。信用も十分得てある。極端な話、オストノフ国王暗殺以外なら、やろうと思えばなんでも可能、という立場です」

「使い捨てるつもりか?」

「このままでは、西部同盟は瓦解してしまうでしょう。思い切った手を打つべきです」

「同感だ。しかし、たった一人に何ができる?」

「同調者とまでは行きませんが、何人か手足のように使える部下は確保してあるそうです。そちらの間諜が協力してくれるのならば、かなりのことはできるでしょう」

「王宮でできることといえば、暗殺、誘拐、放火くらいしかないだろう。なにか策はあるのか?」

 眉根を寄せて、イムサーンが問う。

「タナシス王国とノノア川憲章条約の関係を悪化させ、後者をこちらの味方に付けることは可能でしょう。まだ噂の段階ですが、憲章条約総会が新たに外交団をリスオンに送りこむ計画があるそうです。これを、上手く利用すれば……」

 マリンサスが、愛嬌たっぷりの笑顔を見せた。



「シェラエズ王女殿下から書簡がまいりました」

 一礼したリュスメースは、蝋で封緘された書状を差し出した。

「うむ、ご苦労」

 うなずいたオストノフ国王が、目線で書記を呼ぶ。書状をリュスメースから恭しく受け取った書記が、丁寧に封蝋を剥がした。書状の文面に視線を向けないように留意しながら、開いてオストノフに差し出す。受け取ったオストノフが、すばやく内容に目を通した。その表情が、みるみる明るくなる。

「朗報ですか」

「朗報だ。憲章条約総会が、西部の叛徒どもとわが方の和平仲介に乗り出したいと正式に申し出てくれた。これを受け入れれば、南の陸塊が叛徒どもに力を貸す可能性は皆無となるだろう」

「左様ですね。ですが、事後に見返りを求めてくるでしょう」

「憲章条約が求めてくるのは、第八の魔力の源の発見と、さらなる友好くらいなものだ。あとは、海岸諸国との補償交渉の早期処理と、ラドーム問題。双方とも、大幅に譲歩してしまえばよい。条約を結んで、タナシス本土で二度と武装蜂起が起きないように憲章条約諸国が協力してくれる状況を作れるのならば、安い代価だ」

「おっしゃる通りです。では、早急に返書を」

「それには及ばん。すでに、マリ・ハにいるシェラエズが自分の権限で総会の申し出を受け入れた。わたしはこれを閣議に諮って事後承諾する。この手紙が書かれた時点は、外交団編成のあとだ。数日後には、アノルチャに船が着くだろう」

 言葉を切ったオストノフが、リュスメースを見据えた。

「外交団の団長は例の竹竿の君だそうだ。リュスメース、お前に対応は任せる。主眼は、我が国と憲章条約諸国の親密さを喧伝することだ。いいな。彼らがタナシスを支持してくれる限り、叛徒どもに勝ち目はないのだ」

「十二分に承知しております。して、叛徒との交渉の落とし所は?」

「多少自治権を拡大してやってもかまわん。カレイトンを公国に格上げし、旧王族を公王に据えるのもかまわん。首謀者の処罰もなし。ただし、独立だけは許さん」

「今回の交渉、まとまらなければ憲章条約の顔に泥を塗ることになりかねないと愚考致しますが」

 リュスメースは、慎重に釘を刺した。オストノフが、破顔する。

「だからこそ、お前に対応を任せたのだ。幸い、我が国と憲章条約の利害は一致している。彼らが叛徒に提示する条件を、なるべく我が国の利益に沿うように誘導するのだ。さすれば、仲介が不調に終わったとしても、非は叛徒どもにあることになる。憲章条約の面子は潰れず、我が国との関係は深まる。運良く叛徒どもが条件を受けいれて停戦となれば、すべてが丸く収まる。期待しているぞ、リュスメース」



 憲章条約外交団を乗せたオープァ船が、タナシス本土のアノルチャ港に滑り込んでゆく。

 今回の訪問は、きわめて少人数で済んだラドーム行きと違って、実に大人数であった。団長は相変わらず夏希だが、総会から委任されたという形で、高原、平原、海岸の代表も含まれていたのだ。いずれも、かつてラドーム島でタナシス王国との和平交渉に臨み、シェラエズ王女と舌鋒激しくやりあったメンバーであった。すなわち、ユーロアン氏族の氏族長アフムツ、ススロン王国の王子ビアスコ、ルルト王国の王子ハルントリーである。

 三人の代表の随員。生馬が出し惜しみせずに付けてくれた護衛。夏希の部下。そしてもちろんアンヌッカと、エイラから借りっぱなしのコーカラット、さらに情報収集の為と称して同行を申し出た拓海とリダを含め、実に百人近い外交団であった。

 一行は例によってアノルチャで川船に乗り換えると、王都リスオンへと向かった。夏希はタナシス側が用意してくれた服の上から、さらに上着を羽織った。前回訪問した時よりも、気温は低くなっている。たぶん、冬が近いのだろう。

 無事にリスオンに到着した一行は、宿舎に案内された。一休みしてから、主要な者だけが王宮に向かうことになる。

「夏希。アンヌッカだけじゃ不安だ。コーちゃん連れていけ」

 王宮訪問向けにドレスに着替えた夏希に対し、拓海がそうアドバイスする。

「コーちゃんまで? 嫌な予感でもするの? タナシス側の警備は十分すぎるほどだと思うけど」

 河港から宿舎までの移動でも、五十人以上の兵士が付き添ってくれたし、今も宿舎の周囲には多数の兵士が張り付いている。

「兵士の数が多いのが気に入らん。前回訪問時より三倍はいるだろう。こちらの護衛もいるのだから、移動に五十人も付ける必然性はないはずだ。市内で治安が悪化しているようにも見えないから、おそらくは何らかのトラブルを防止するための措置だろう」

「何らかのトラブル?」

「憲章条約の和平仲介を歓迎していない勢力の妨害を危惧しているのかもしれん」

「誰がそんなことを……」

「どの世界にもタカ派はいるさ。戦争で利益を得る者もいる。東部地域のペクトール公国やメリクラ自治州あたりも、西部同盟が大人しく和平のテーブルに着くのを嫌うだろうな。ちょこちょこっとタナシス兵に話を聞いてみたが、かなり神経質になっているようだ。王宮内部は安全だと思うが、街中では気を付けたほうがいい」

「わかったわ。おすすめ通りにコーちゃんに付き合ってもらう。でも、宿舎の方は大丈夫なの?」

 夏希にそう問われ、拓海が苦笑して肩をすくめる。

「生馬が腕利きを付けてくれたし、随員を殺傷しても和平仲介は潰れないよ。危ないのはあんたや代表たちだ」

「それもそうね。ご忠告ありがとう。気をつけるわ」


第九十三話をお届けします。

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