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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
92/145

92 加盟宣言

 駿からのゴーサインが届いたのは、夏希がルルト市に入った三日後であった。

 あらかじめ借り上げていた船に乗り込んだ夏希は、すぐに出港を指示した。時間は今のところ、敵と言える。事態の解決が遅れれば遅れるほど、状況は悪化する。

 グルージオン市に到着すると、夏希はさっそく出迎えに来てくれた駿を船に呼び寄せ、密談に入った。

「カミュエンナ・パパは憲章条約の仲介に乗り気だよ。むろん、譲歩する気はさらさらないと思うけどね」

 再会の挨拶もそこそこに、駿がそう報告する。

「カミュエンナ・パパはどんな人なの?」

「策謀家タイプだと思ってたが、そんなことはなかったよ。むしろ、感情がすぐ顔に出てしまうタイプだ。性格的には穏やかで、流血を好まないようだ。今回の武装蜂起も、極力暴力を行使しない形で行ったしね。タナシスとの直接対決をせずとも、海岸諸国の支持があれば完全独立を成し遂げることができる、と踏んで王国再建を決意したらしい」

「じゃ、こうして憲章条約が和平仲介に乗り出すのも、計算のうちだったわけ?」

「おそらくそうだろうね」

 駿が、ちょっと苦い表情をする。自他共に認める智謀の人としては、実質的に嵌められたことが悔しいのだろう。

「で、現実的な落とし所は、どのあたりにあると思う?」

「カミュエンナ・パパとしては、完全独立を諦めたとしても、武装蜂起に対する免責ないし不問、外交権の獲得、タナシス王国と憲章条約による安全保障は譲れないだろうね。この条件をタナシスに飲ませるには、海岸諸国の損害補償放棄、内政干渉に対する謝罪程度じゃすまないだろう。なにかもっと、タナシスが潰された面子を回復できるような事柄を与えてやれないと」

「まあ、国土の一部が勝手に独立宣言して、一部の外国がそれをさっさと認めちゃう、ってのは、国家としては面目丸潰れだものねえ。日本に例えれば、沖縄が独立しちゃうようなもんかな?」

「で、いきなり北京が国家承認してしまうのか。洒落にならないな、それは」

 駿が、にやにやと笑う。

「いずれにしても、軍事力を行使して武装組織を叩き潰す、と同じようなカタルシスを得ないと、タナシスは納得しないだろう。他の公国や自治州への手前もあるしね」



「ラドーム王国へようこそ。歓迎いたしますぞ、外交委員夏希殿」

 カミュエンナ・パパ……シャハミは、ハンサムな男であった。年齢は四十代半ばくらいか。あまり上背はないが、がっちりとした体躯だ。肌の色は褐色のカミュエンナよりも若干薄めで、顔立ちもあまり似ていない。

「失礼ながら、殿下。ノノア川憲章条約総会は、ラドームに先ごろ出現し、殿下が率いておられる政治組織を国家として認めておりません。この場では、『ラドーム王国』という政治的に曖昧な呼称を用いることを、お控えくださいますようお願い申し上げます」

 慇懃に、夏希は釘を刺した。こちらの立場はあくまで中立である。ここはうまく立ち回らないと、後々面倒なことになりかねない。

「そうでしたな。言い換えましょう。ラドーム島にようこそ。歓迎いたします」

 シャハミが、苦笑交じりに言い直す。

「すでに御存知の通り、わたしはシェラエズ王女を通じ、タナシス王国国王オストノフ陛下より、正式に当組織との和平交渉を任されております」

「もちろん承知していますよ。では、さっそく本題に入りましょうか……」



「だめだわ、こりゃ」

 ラドーム側から与えられた宿舎で夕食を摂りながら、夏希はぼやいた。

 シャハミとの会談は夕方まで続いたが、成果らしいものは皆無だった。ラドーム王国を、完全な独立国とすることに、シャハミが固執したせいである。

 これはタナシス側としては、絶対に譲れない条件だろう。ラドームが名目上でもいいからタナシス王国の版図に留まってくれれば、他の部分は大幅譲歩したとしても、タナシスの面子はある程度守られる。しかし、完全独立となれば、タナシスの面子は丸潰れだし、他の公国や自治州への影響も多大だろう。

「……ラドーム分割って手は、どうかな。いや、もちろん冗談だが」

 駿が、笑う。

「キプロス島みたいになるの?」

「タナシス王国に属する北ラドーム自治州と、海岸諸国に支援されて存続する南ラドーム王国。……なんか、爆弾テロとか起きそうだね」

「とにかく、完全な独立化だけは諦めてくれないと。どうやって説得しようか?」

「僕の見たところ、カミュエンナ・パパは民を慈しむ指導者だと思う。完全独立によって、大衆が苦しむと説けば、なんとかなるんじゃないかな。それと、彼の最大の弱点に、僕は気づいたよ」

「弱点? どこよ、それ」

「カミュエンナさ。彼は娘のことを溺愛している。このままではカミュエンナに害が及ぶ、とか脅かせば、心を動かされると思う。カミュエンナには、悪いけどね」



 駿のアドバイスを受けながら、夏希はシャハミに対する説得工作を続けた。しかしながら、シャハミの姿勢は強硬であった。カミュエンナ王女にも会ってみたが、シャハミは彼女のことを守ろうとしたいらしく、娘を政治的な事柄に全くタッチさせていないという。カミュエンナは穏健派であり、ラドーム人によるラドーム島の自治を望んではいたが、今回の独立派の動き自体を支持しているわけではない、と断言した。

 周辺の事態推移も、強硬姿勢を貫くシャハミに有利に働いていた。タナシス王国は、依然ラドーム武力奪還の姿勢を崩してはいなかったものの、予算不足からか兵力の集中や民間船舶の借り上げを行っていなかった。海岸諸国は、憲章条約総会における高原諸族の非難を躱しながら、『ラドーム王国』に対する外交関係を樹立させ、さらに民間商人に交易権を付与するなどのいわば『既成事実作り』を開始していた。

 夏希と駿の努力にもかかわらず、ラドーム問題はさらにこじれ始めていた。

 だが、この厄介なラドーム問題がかすむほどの大事件が、発生する。



 その報せがもたらされたのは、朝食時だった。

 あまりの驚きに、夏希は文字通りテーブルに突っ伏した。食べていた朝粥の浅鉢に、顔面がめり込む。金属製のスプーンが飛び、ちゃりんという音を立てて床に転がった。

「大丈夫ですか、夏希様」

 助け起こしてくれたアンヌッカが、急いで手拭いで顔を拭いてくれる。

「その話、本当なんでしょうね?」

 夏希は、幼児のようにおとなしくアンヌッカに顔を拭かれながら、報せを持ってきた部下の一人に語気鋭く問うた。

「嘘とは思えません。市内はその噂で持ちきりですし、シャハミ元国王派の役人も、正式に広報していましたから」

「どう思う、駿?」

 夏希は、隣のテーブルで箸を握ったまま硬直している仲間に問いかけた。

「……これは、驚きだね。ラドーム問題は、一時的に棚上げせざるを得ないだろう。この事態に対する、タナシス王国のリアクションがどうなるか見極めないと……。いや、これはまいったな……」

 さしもの駿も、この展開は読めなかったのだろう。言葉にいつもの明解さがない。

「ともかく、マリ・ハへ戻ったほうがいいわね。シュズラ、あなたは港へ行って船に出港準備をさせて。わたしは、着替えたらすぐにカミュエンナ・パパに会って交渉中断を申し出るわ。駿、出発準備は任せるわよ。アンヌッカ、駿を手伝ってあげて」

 なんとか驚きから立ち直った夏希は、矢継ぎ早に指示を出した。

 食堂を出た夏希は、急いで自室に戻ると着替えを済ませた。護衛二人を引き連れ、シャハミ派本部……元の公王宮である……に向かう支度をしているところで、ふわふわと漂ってきたコーカラットと出くわす。

「お早うございますぅ~。なんだか皆さん慌てていらっしゃるようですが、なにかあったのでしょうかぁ~」

 相変わらず焦りや興奮とは無縁な口調で、コーカラットが尋ねてくる。

「タナシス本土から驚きの報せがもたらされたのよ。西部地域のカレイトン自治州とクーグルト公国が、同時にタナシス王国からの独立宣言を行って、武装蜂起したの。すでに、内戦状態に突入したそうよ」

「それは、大変なのですぅ~」

 さしものコーカラットも多少は慌てたのだろう。口調は相変わらずのんびりしたものだったが、触手を激しく振り回して反応する。


 シャハミ元国王は、夏希の申し出た交渉仲介中断の申し入れを、快く承諾してくれた。

「殿下はこのような事態を想定しておられたのですか?」

 ややきつい口調で、夏希は問いかけた。

「タナシス王国の強権支配に対し、わが島以外の公国や自治州でも反発が高まっていたことは、夏希殿もご存知でしょう。ラドーム問題をきっかけにして、それが吹き出しただけでしょうな」

 シャハミが、質問をはぐらかす。

「すでに、カレイトンとクーグルトでは、かなりの規模の戦闘が生起し、一般市民にも被害が出ているようです。このことについて、どうお考えですか?」

「その質問に答えることは、タナシス王国に対する内政干渉になりかねませんな」

 苦い表情で、シャハミが応じる。



 ルルトに戻った夏希と駿を出迎えてくれたのは、なんと凛と生馬と拓海であった。

「三人揃って、どうしたの?」

「残念な報せが、オープァ経由で届いたんだ。正確に言えば、カレイトンとクーグルトの外交官が来て、伝えたんだがな」

 いまひとつ覇気のない口調で、拓海が告げる。

「外交官か。やることが早いね。で、その内容は?」

 やや警戒気味に、駿が訊く。

「自称カレイトン王国と、同じく自称クーグルト王国が、ノノア川憲章条約に加盟したと正式に表明したんだ」

「……な、なんでまた。そんな勝手な表明、意味無いでしょ」

 夏希は半ば叫ぶように言った。

「やられた。国家が増えることを想定していなかったから、条文に加盟や脱退、除名に関する項目を作ってなかったんだよ」

 駿が、頭を抱える。

「外交官が持参した、両国の国王連名の加盟宣言書からの抜粋よ」

 紙片を取り出した凛が、それを読み上げ始める。

「カレイトン王国人民と、クーグルト王国人民は、ノノア川憲章条約の民族自決主義と国家間の平等主義に共鳴し、独自の文化、独自の歴史を持つ民族国家として独立を宣言し、同時にノノア川憲章条約への加盟を行った。現在両国はタナシス王国と戦争状態にあり、憲章条約諸国家の物心両面での支援を求めている……」

「勝手なことを……」

 夏希はうめいた。

「さあどうする、駿。この両国を受け入れるか、見捨てるか」

 生馬が、迫る。

「基本的には見捨てるべきだろうが、情報が少なすぎるよ。とりあえず火の粉を被らないように、総会に両国の加入無効宣言を出させないと。それと、新たに加入、脱退、除名に関する条項も作らないと。急いで、マリ・ハに戻る必要があるね」

「それは駿に任せちまっていいだろう。俺たちは、しばらくルルトに留まって、西部地域情勢に関して情報を集めてみるよ。場合によっては、タナシスに行ってもいい」

 拓海が、言う。

「そうだな。情報の収集は任せるよ。夏希はどうする?」

 駿が、訊く。

「外交委員としては、マリ・ハに戻っても役に立たないわね。部下に報告書だけ持たせるから、一緒に連れ帰ってくれる?」

「それくらいなら、お安い御用だ」

 駿がうなずいた。



 カレイトン自治州の人口は、約十三万。クーグルト公国の人口は、約九万。それぞれが保有する自治州軍および公国軍は、いずれも六個団三千名ずつ。動員可能な市民軍を考慮すれば、総兵力は最大で五万名近くに上るだろう。

 両国の独立宣言に対し、タナシス王国は即座にこれを無効とする旨を表明し、正規軍による討伐をちらつかせて宣言の撤回を要求したが、カレイトン、クーグルト両国の同盟……通称『西部同盟』はこれを拒否し、代わりに完全なる独立の承認と対等な外交関係の樹立、そして相互不可侵を主眼とする平和条約の締結を求めてくる。

 タナシス王国としては、早期に事態の解決を図りたかったが、西部同盟の兵力を考慮すればこちらも大規模な討伐軍を編成しなければ勝利はおぼつかないと思われた。そしてもちろん、それには莫大な予算を要する。加えて、下手に東部から兵力を引き抜けば、メリクラ自治州やペクトール公国などの東部諸国が蜂起する可能性もある。

 タナシス王国は窮地に立たされた。



 駿の手配によって、ノノア川憲章条約総会が、『クーグルト公国およびカレイトン自治州を現状で実効支配している政治組織によるノノア川憲章条約加盟宣言』が無効であることを、全会一致で宣言する。ただしその理由は、憲章条約自体が、明記されていないものの南の陸塊諸国を加盟国とすることを前提にして作成されたものであり、北の陸塊に存在する国家並びにそれに準ずる政治組織をこれに加えることは、現状では認められない、というやや苦しい言い訳じみたものであった。

 同時に、雑則を集めた第四章に加盟、脱退、除名の規則や手続きに関する条項が新たに付け加えられる。新規加盟には、当事者が国家として成立していること、加盟国すべてが国家承認を行っていること、総会で五分の四が加盟に賛成すること、というかなり厳しめの条件が必要となった。ただし、憲章条約はすべての国家に対し加盟の門戸を開く、という一文が付け加えられたので、事実上北の陸塊国家に対しても、加盟を受け入れる態勢となった。

 脱退に関しては、脱退を総会で表明すれば自動的にそれを承認する、という規則となった。ただし、脱退が政治的な脅しに使えないように、再加盟には新規加盟と同様の手続きが必要とされる。除名は、憲章条約の条項に明白に違反した加盟国に対し、総会で五分の四の賛成が得られた場合に限り、行えることと決定された。


第九十二話をお届けします。

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