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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
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91 シェラエズの雄弁

 予想通りではあったが、ノノア川憲章条約総会は、荒れた。

 憲章条約には、タナシス王国への内政干渉を禁ずる項目が存在する。これに基づき、高原諸族は海岸諸国が行ったラドーム王国に対する国家承認は、憲章条約違反であるとしてワイコウを除く海岸諸国を激しく非難した。これに対し、海岸諸国はラドーム公国がタナシス王国から独立した以上、ラドーム王国との外交問題は内政干渉に当たらず、という主張を繰り返した。

 その後高原諸族が合同で提出した『ラドーム問題に対する不介入宣言』採択は、ワイコウを除く海岸諸国の棄権があったものの、高原諸族、平原諸国すべての賛成票を集め可決された。しかしながら、これはあくまでノノア川憲章条約総会の形式的な宣言であり、参加各国の外交姿勢を縛るものではなかった。


「まいったねえ。タナシス王国以外の国家が突如出現するのは想定外だったよ」

 駿が、頭を掻く。

「どうするんだ? このままだと、ノノア川憲章条約が瓦解しかねないぞ」

 生馬が、唸る。

「海岸諸国は本気なのかしら?」

 夏希はそう疑問を呈した。ラドームを無理やり独立させれば、タナシス王国との対立を招くし、平原や高原との関係も悪化するのは素人でもわかる。

「補償交渉がまとまらないので、実力行使に出た、というところだろうね。経済的には損失だが、ラドームとの独占貿易で多少は取り返せるだろう。軍事的に見ても、ラドームに親海岸諸国政権が出来れば安全保障上のメリットは計り知れないだろうし」

「だな」

 駿の説明を、拓海が肯定する。

「ただ単に南の陸塊諸国がラドームを併合しただけなら、防衛のための駐留経費その他が掛かってメリットは少ない。しかし、ラドーム自体がタナシスを敵に回してくれれば、国防に手を貸すという名目で駐留経費の大半をラドーム王国に負担させることも可能だろう。海岸諸国の連中も、考えもなしにカミュエンナ・パパに手を貸したわけじゃあるまい」

「ノノア川憲章自体を改正するべきね。締約国は新興国家を個別に国家承認すべきではない、とか」

 凛が、意見を述べる。

「ワイコウを除く海岸諸国が九票握ってるからな。条項追加には二十七票必要だ。しばらくは無理だな」

 拓海が首を振る。

「とりあえず、対策はあるのか?」

 生馬が、駿に振った。

「落とし所が見つからないんだ。タナシス王国がラドームを諦めるはずがない。独立を認めたら、他の公国や自治州が黙っていないだろうからね。もちろん、カミュエンヌ・パパと結託して周到に準備したであろう海岸諸国があっさり手を引くこともないだろう。難しいね」

「ラドームの完全中立化とかは無理かしら」

 夏希はそう言ってみた。

「タナシスが一方的に譲歩する形になるね。海岸諸国が補償請求を放棄。ラドーム王国は完全独立の上事実上の非武装中立化。いかなる国家も勢力もラドーム国内に兵力を置くことを禁ずる。タナシス王国の政治的統一の維持に、ノノア川憲章条約諸国は協力する……。うーん、うまく行きそうにないな」

 拓海が、唸った。

「とりあえず、僕は海岸諸国に行ってみるよ。海岸諸国の思惑を探って、自制するように働きかけてみる」

 駿が、言った。

「頼むぞ。ここでノノア川憲章条約が機能停止に陥れば、俺たちの今までの苦労が水の泡だ」

 拓海が、真剣な面持ちで言う。



 タナシスのシェラエズ王女がマリ・ハを訪れたのは、駿が旅立った翌日であった。

「久しぶりですな、夏希殿」

 外交委員として出迎えた夏希に向け、シェラエズが妖艶な笑みを見せる。

「ようこそマリ・ハへ。とりあえず迎賓館にご案内します」

「宿泊は夏希殿の自宅がいいのだが」

「殿下……」

「冗談だ。宿所へ向かう前に、総会で意見表明をする機会を与えてもらいたい」

「えーと……」

 夏希は口ごもった。部外者たるシェラエズを総会で喋らせるのは、憲章条約の条項に違反することはないだろうか?

「条文を詳しく読んだが、総会で非加盟国の者が発言することを禁じている項目はない。タナシスは友好国であり、わたしはそこから派遣された国王の特使だ。問題はないはずだが」

 余裕の笑みを浮かべながら、シェラエズが言う。



 総会でシェラエズ王女が述べた意見は、要約すれば次のとおりであった。

 総会において意見表明の機会を与えてくれたことに感謝する。

 相互主義に基づき、今後憲章条約外交官がタナシス王国閣議などで意見表明する要望があれば、これを受け入れるとともに歓迎する。

 タナシス王国は、多様な文化と長い歴史を持つ南の陸塊諸国が、短期間でノノア川憲章条約のような優れた組織を立ち上げ、これにこぞって参加したことを高く評価するとともに、参加各国に敬意を表するものである。

 タナシス王国は、ノノア川憲章の精神に共鳴し、これからも友好国としてその発展に協力を惜しまないつもりである。

 しかしながら、ラドーム公国における『非合法武装組織の蜂起』に対し、『ごく一部』の憲章条約諸国が憲章条約の理念に反する外交活動を行ったことは、甚だ遺憾である。非合法武装組織の主張に正当性はなく、したがって国家としての体裁も整っていない以上、一部の国家による国家承認は明白にタナシス王国に対する内政干渉である。

 さらに、この一部の国家の行動は休戦条約にも違反する行為である。速やかにこれら国家はラドーム王国を名乗る武装組織に対する誤った姿勢を正していただきたい。

 タナシス王国はラドーム島を占拠した武装組織を討伐する準備を進めている。これを妨害することは、休戦条約に違反するのみならず、憲章条約の精神にも反する行為である。もし一部の憲章条約諸国が武装組織を支持する姿勢を見せれば、タナシス王国としてはそれら諸国を敵と見做すしかない。我が国としては、ノノア川憲章条約諸国家の理性的かつ平和志向の判断を期待するものである。

 すでに、憲章条約総会は、今回のラドームの問題に関して不介入宣言を賛成多数で可決している。したがって、もし一部の国家がこのままタナシスに対する内政干渉を継続、あるいは拡大すれば、憲章条約自体が有名無実化しかねない。友好国としては、それを望まない。決議通り、各国は不干渉を貫いていただきたい。

 静聴を感謝すると共に、憲章条約各国とタナシス王国との友誼を再確認して、意見表明を締めくくりたい。



「すばらしい意見表明でした、殿下」

 迎賓館の一室でシェラエズと相対しながら、夏希は心からそう言った。

「ありがとう、夏希殿。まあ、書いたのはリュスメースだがな」

「そうでしたか」

「で、海岸諸国はどう出るかな」

 座るように促しながら、シェラエズが問う。

「わたしには、分かりかねます」

 夏希は正直にそう言った。

「平原諸国は、海岸諸国の行動を苦々しく思っているのだろう? わたしとしても、なるべくなら正規軍を動かさずに、流血を伴うことなく事態の収拾を図りたいと考えている。この件で、憲章条約と我が国は利害が一致していると思う。どうだろう、憲章条約側で外交的手段を使い、ラドームの武装組織と話をつけてもらえないだろうか?」

「それは、タナシス王国からの正式の要請ということですか?」

 夏希は確認した。勝手に外交使節を送れば、憲章条約がラドームの『武装組織』を国家に準ずる存在として認めたことになり、結果的にはタナシスに対する内政干渉になるはずだが。

「そうだ。タナシス王国の国王名代として、明日総会で正式に宣言しても良いぞ。タナシス国内での紛争を、平和裡に解決するため、憲章条約事務局外交部に仲介を依頼した、という形ならば、国家承認にはなるまい。交渉相手は、あくまで『ラドーム王国』を僭称するタナシス王国内の武装組織、なのだから」

「……意図は理解しましたが、落とし所はどこですか?」

「武装勢力の武装解除、ラドーム公国の復活。憲章条約諸国の内政干渉の禁止明示。わが方としては、旧態に復した上で二度と同様の事態が起こらなければ、それでいいのだ」

「首謀者の処罰などは?」

「原則的には行わない。シャハミはタナシス本国で丁重に預かる形になるだろうな。カミュエンナは責任不問で公女王に復帰させる。これならば、問題あるまい」

「ラドーム王国……いえ、武装組織側が納得する条件とは思えませんが」

「だが、現状でタナシス王国がラドーム討伐を強行すれば、海岸諸国がラドーム派兵を強行しかねない。夏希殿も、タナシスと南の陸塊諸国がふたたび争うのは見たくあるまい」

「おっしゃる通りです」

「第三者的立場で仲介できるのは、憲章条約事務局外交部だけだと思う。期待しているぞ」



「こっちに下駄を預けてきたか。やるな、あの色気過剰王女は」

 にまにまと、拓海が笑う。

「で、どうしたいの、夏希は?」

 凛が、訊く。

「外交部長とも相談したけど、他に方策もないから、応じるつもりよ。明日総会に諮って、正式な外交団を結成する予定。団長は、わたしになるでしょうね。ちょっと、不安だけど」

「憲章条約の正式な外交官を悪し様に扱うようなことはしないだろう。カミュエンナ・パパがそれほど愚かな男には思えんし。心配なら、コーちゃんにでも付いて行ってもらえばいいんじゃないか? なんなら、俺のところの腕利きを山ほど付けてやるが」

 生馬が、そう提案する。

「ありがとう。でも、身の危険を感じているわけじゃないわ。危惧しているのは、交渉が失敗に終わることよ。カミュエンナ・パパの思惑に乗せられて、政治ショーをやらされるだけに終わるかもしれない。少しでも事態解決に寄与できればいいけど、対立を煽る結果になったら本末転倒だわ」

「本番前に、お膳立てが必要だな。いい考えがある。夏希、駿に手紙を書け。一足先に、ラドームに行ってもらうんだ。そこでカミュエンナ・パパの意向を確かめ、あんたの訪問が茶番にならないように準備するんだ」

 拓海がそう提案した。

「いい案ね。駿なら、きっとうまくやってくれるはずだわ」



 翌日の総会で、シェラエズ王女が正式に憲章条約外交部による『武装組織』に対する説得と交渉仲介を依頼する。高原諸族と平原各国は、これを積極的に歓迎した。海岸諸国も、これをタナシス側の弱気、あるいは譲歩を受け取り、基本的に賛意を示す。

 外交部のオブザーバーとして出席した夏希は、その場で駿のラドーム派遣に関して事後承諾を取り付けた。これで、駿は身分的にも外交部特別参与として、ラドームに赴ける。

 その日のうちに、夏希はルルトへ向かう川船に乗り込んだ。同行するのは、アンヌッカ、外交部の書記二名、生馬が手配してくれた護衛が四名、それにエイラに頼んで貸してもらったコーカラットだけである。

 極めて小所帯の外交団は、夜通しでノノア川を下った。交通量の増大を受けて、平原と海岸諸国が共同出資して川の整備を進めていたから、危険な浅瀬や川面に突き出した岩などには標識が取り付けられていた。白い塗料を混ぜ込んだ樹脂を塗った木製の杭を立てたり、直接塗ったりしたものだ。夜目にも目立つので、経験ある船頭がいれば夜間でもさほどの危険はない。

 ルルトに到着した夏希は、そこで待機した。駿のお膳立てが整うまでは、ラドームに向かうわけにはいかない。時間のあるうちに動きまわり、海岸諸国の思惑を調べておく。憲章条約事務局外交部外交委員の肩書きだから、大臣クラスならばアポ無しで訪れても話を聞いてもらえる。

「……強気ねえ、海岸諸国は」

 アンヌッカを相手に昼食をしたためながら、夏希は愚痴った。

「戦争になるのでしょうか?」

「なるかもね。もし事態がこじれて、タナシス王国対海岸諸国の戦いになったら、平原と高原はノノア川憲章条約の瓦解を防ぐためにも海岸諸国の味方をしなきゃならなくなる。それがわかっているからこそ、海岸諸国が強気に出ているんだと思うけど」

「いっそのこと、平原もラドーム王国を承認してしまえばどうでしょう」

 アンヌッカが、そう提案する。

「それも手だけどね。でもそうすると、第八の魔力の源対策がうやむやになってしまうわ。高原は、反発するでしょう。下手をすればタナシスと高原を同時に敵に回しかねない」

「では、タナシスと組んで海岸諸国を敵に回しましょうか」

 今度は冗談だとわかる明らかに軽い口調で、アンヌッカが言う。

「泥沼の戦いになるでしょうね。やりたくはないわ」

「では、タナシスと海岸諸国が潰しあうのを高みの見物といきましょう」

「人間界縮退問題がなければ、本気でその手でもいい……と言いたいところだけど、タナシスが海岸諸国を占領しちゃうのもまずいし、反対にタナシスが大打撃を受けて瓦解しちゃうのも歓迎できないわ。現状では、南も北も陸塊の政治的安定が平原の利益だもの」

「難しいですね、外交は。戦場のほうがよほど単純でいいです。倒すべき敵がいるだけですから」

 にこにこと微笑みながら、アンヌッカが言う。

「そうね。ゴールがはっきりと見えていれば、歩むべき方向もはっきりするからね。今は足元しか見えない状態で、とりあえず歩いているようなものだわ。下手をすると、ゴールから遠ざかっているかもしれないのに」

 憤然とした口調で言った夏希は、いらだちを米とともに口に押し込んだ。



 タナシス王国王宮の警備は、三重構造となっている。

 外郭を警備するのは、王都に駐屯する正規軍、リスオン市警備団と、公安の仕事である。内部の警備は、王宮護衛隊に任されている。約百名からなる精鋭部隊で、奴隷上がりの男性が大半だ。さらに中核部は、主に貴族階級の青年で構成されている近衛隊によって警備されている。王族の寝所を含む主要部に武装して入れるのは、王族と大臣、そして近衛隊士だけである。ここでは正規の役人や護衛官でも、ナイフ一本持ち込んだだけで死刑となる。いや、もっと正確に言うならば、捕縛される前に問答無用で近衛隊士に斬り殺されてしまう。

 執務に飽いたリュスメースは、その厳重に護られた王宮中核部を出た。庭を目指して、通廊を歩く。中核部にも中庭があるが、それほど広くないので歩きまわるには物足りないのだ。

「なにかお役に立てますでしょうか、殿下」

 護衛官控え室の前で立哨していたすらりと背の高い壮年の護衛隊の士官が、控えめに声を掛けてくる。

「東の庭で散策をしたいのです」

「では、人払いをしてまいりましょう」

 にこりと微笑んだ士官が、一礼すると小走りに去ってゆく。

「ありがとう、ズィラーヌ」

 リュスメースは、その背中に微笑んで声を掛けた。彼女が物心ついたころから、護衛隊に配属されている古参の護衛官である。最初は平の護衛官であり、その出自も決して良くはなかったと聞くが、真面目な勤務ぶりと剣の腕前からじわじわと出世し、今では十名ほどの部下を率いるようになった苦労人である。雰囲気や顔立ちが、なんとなくオストノフ国王を思わせるせいか、リュスメースは彼のことを結構気に入っていた。

 東の庭は、樹木が多いタイプの庭園である。ラドームや南の陸塊の樹木も植えられており、それらは寒い時期には丁寧に覆いを掛けられて大切に育てられている。

 リュスメースはその中へと足を踏み入れた。木漏れ日の下を歩きながら、ラドーム問題に思いを馳せる。

 姉の……シェラエズのおかげで、憲章条約はタナシス王国の味方についてくれたようだ。今後、タナシス本土の他の反タナシス勢力を調子付かせないためにも、より一層憲章条約諸国との友好を深め、タナシス王国との親密さを演出し、他者に見せつけねばならない。

「……お父様に動いていただければ」

 タナシス王国の国家元首自らのマリ・ハ訪問と、ノノア川憲章条約総会での演説。これに勝る宣伝はあるまい。

 しかし、今は駄目だ。オストノフ国王が国を空ければ、好機と見た本土の反タナシス勢力が蜂起しかねない。エミスト王女はきわめて優秀だが、いまだオストノフほどの権威は持ちあわせていないのだ。

「情勢が落ち着くまで、連中がおとなしくしていてくれればいいのだけれど」

 リュスメースはため息をひとつ吐くと、足を速めた。体を動かして気分転換をはかり、溜まっている仕事を片付けねばならない。


第九十一話をお届けします。

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