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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
87/145

87 小麦粉料理

 マリ・ハで二日を過ごし、長旅の疲れを癒した夏希と拓海は、引越しのためにハンジャーカイへと戻った。

「じゃ、以後は別行動ということで」

「ああ。マリ・ハでまた会おう」

 船着場で拓海とリダと別れた夏希は、布袋を肩に担いだアンヌッカとともに自宅に向かった。シフォネが、心底嬉しそうな笑顔で出迎えてくれる。

「とりあえずお茶淹れてちょうだい、シフォネ。三人で引越しの相談でもしましょう」

 食堂の椅子に落ち着いた夏希は、ややうんざり顔でそう言った。前回……ジンベルからハンジャーカイへと引っ越した時の手間を思い出したのだ。ジンベル時代より重要な役職を任されたし、交友関係も広がったので、私物は格段に増えている。

「はい、夏希様。ですが引越しに関しては、凛様のご指示ですでに荷物をまとめておきました」

「ほんと?」

「はい。どうぞ、他の部屋もご覧下さい」

 夏希はアンヌッカを伴い、すべての部屋をまわって見た。どこを見ても、きれいに片付けられ、小物や衣類の類は木箱や麻袋、網袋などに詰め込まれていた。手付かずなのは、シフォネの衣類とわずかな食器類、調理用具程度だ。

「でかしたわ、シフォネ。これなら、明日にでも引っ越せそうね」

 食堂に戻ってきた夏希は、小柄な侍女を褒めた。シフォネが、頬を染める。

「でも、まだ向こうに家がないのよね。だから、当面あなたはここで待っていてもらうことになるわね。ちゃんとした家を確保したら、すぐに来てもらうから」

「そうですか。残念です」

 シフォネが、悄然とした面持ちになる。

「まあ、こっちでも色々やることがあるから、三日くらいは滞在することになるわ。そのあいだは、よろしくね。久しぶりにあなたの作ったご飯が食べられると思うと、嬉しいわ」

「ありがとうございます、夏希様」

 恥ずかしげに、シフォネがぺこりと頭を下げる。

「そうそう、お土産持ってきたわよ」

 夏希はアンヌッカに向けうなずいた。アンヌッカが、床に置いた布袋から、いくつかの品物を取り出す。

「タナシス土産よ。この壷が、蜂蜜。柔らかい樹脂みたいだけど、甘い食べ物よ。これが、チーズ。石鹸みたいだけど、これも食べ物。こっちが、革のポーチ。可愛いでしょ。それと、絹のスカーフ。ピンク色は、あなたに似合うと思って」

「こんなにたくさん……。ありがとうございます、夏希様!」

 感激をあらわにしたシフォネが、ぺこぺこと礼を繰り返す。



 翌日から、夏希は忙しく動き回った。まずは憲章条約防衛隊平原支隊本部……元平原共同軍参謀部の建物……に顔を出し、諸手続きを済ませる。ちなみに、参謀部そのものは、機構と人員のほとんどがそっくりそのまま生馬と駿によって引き抜かれ、憲章条約防衛隊参謀部としてマリ・ハに移転することがすでに決定されていた。

 旧人間界対策本部へも、夏希は出向いた。こちらも、憲章条約人間界縮退対策本部に機構と人員が移ることになっている。夏希は本部長補佐の辞任手続きをした。さすがに、三つの役職の掛け持ちはきついので、エイラとサーイェナに相談の結果やめることにしたのだ。

 家具類などの、当面使用せず引っ越しにも持っていけない財産の処分も行う。さらに、ハンジャーカイで知り合った知人への挨拶。

「ようやく終わった……」

 二日目の昼過ぎ、夏希は重い足取りで自宅に戻ってきた。シフォネに昼食を用意してもらおうと、食堂に顔を出す。

「あら夏希様。お帰りとは気付かず失礼しました」

 テーブルで昼食を採っていたシフォネが、慌てて立ち上がる。

「ただいま。お昼、もらえる?」

「はい。すぐにご用意しますわ」

 シフォネが、足早に厨房に向かった。

 夏希は椅子に腰掛けた。そこで、テーブルの上に蜂蜜の壷が置いてあることに気付く。

 おや。

 夏希はシフォネが食べていた皿に眼を向けた。白いご飯が盛られており、それに黄色がかった粘性の高い液体が掛かっている。

「まさか」

 夏希は皿を引き寄せて匂いを嗅いだ。甘い香りが、ぷんと鼻をつく。

「……白米に対する冒涜……とか言っても無駄か」

 ミルク粥だのライスプティングなどの料理は普通にあるし、日本人でもご飯に砂糖を掛けて食べる人もいる。この程度で驚いてはいけないのだろう。

「ねえ、これ、おいしい?」

 料理の皿を持って現れたシフォネに対し、夏希は蜂蜜ライスの皿を指差して訪ねた。

「おいしいです! すっごく甘くて」

 皿を置いたシフォネが、感激の面持ちで言う。

「なんでしたら、昼食はこれになさいますか?」

「いや。シフォネが作った料理の方が、おいしいから」

 夏希は引き攣った顔でそう答えた。



 タナシス派遣外交団団長夏希から提出された報告書、憲章条約人間界縮退対策本部長エイラ名で出された上申などを受けて、憲章条約総会は『八つめの魔力の源』捜索開始を満場一致で可決した。これにより、各国政府および各氏族は、その領内における魔力の源探しと、巫女としての能力をもつ女性の捜索を行った。特に怪しいと思われた東群島と西群島には、それぞれ東部海岸諸国海軍とオープァ海軍が艦艇を出動させ、詳しい調査を行った。

 しかしながら、成果はゼロであった。



 わずかな引越し荷物とともに、夏希とアンヌッカはマリ・ハに戻った。

 結構忙しい日々が続く。憲章条約防衛隊本部参謀の役職は、戦時でなければそれほど激職ではないし、拓海や生馬が状況に応じてフォローしてくれるからいいが、憲章条約事務局外交部外交委員という立場には慣れていない。タナシス王国への外交団長という役職は務めたが、それはあくまで友好目的の訪問団であり、責任は重かったもののそれほど難しい仕事ではなかった。しかし外交部外交委員という役職は、外交部のナンバー3という位置付けにもかかわらず、事実上タナシスに関する政治的折衝の窓口を統括するものであり、加えて発足当初ということで組織作りにも尽力せねばならぬ立場でもあった。すでに外交のベテランと化した駿からいろいろとアドバイスを受けたものの、経験不足から夏希の苦労は続いた。



「ようやく外交部も一段落ついたわ。職員も定数まで揃ったし」

 久しぶりに五人の異世界人が揃った食事会の席で、夏希はそう報告した。

「憲章条約防衛隊の編成も終わったよ。今、長槍から矛槍への切り替えを研究しているところだ」

 生馬が言う。

「あの、ハルバードとかいうやつね」

 夏希はいつぞや生馬に見せてもらった、槍と戦斧のあいのこのような武器を思い出した。

「で、結局防衛隊はどの程度の規模になったんだい?」

 駿が、訊く。

「海岸、平原、高原各支隊ともに、常備大隊が四百名×五個、定期的に訓練を受ける予備大隊が同じく四百名×五個の、四千名だ」

 簡潔に、拓海が答える。

「合計一万二千か。まあ、こんなものよね。……あれ、突撃連隊はどうなったの?」

 夏希は生馬を見た。

「予算不足で解隊されちまったよ。本部付きで残そうと画策したんだがね」

 生馬が無念そうに言う。

「域内で戦争になる可能性は低いし、タナシスと再戦する可能性も高くはない。ここは、軍事費を抑えて経済振興にまわすべきだ、と判断しただけだ。参謀部の方は組織を維持したから、動員研究その他は進めるし、鹵獲品を含め武器武具の類はきちんと整備しておくから、いざというときは大兵力を動員できる。問題はないよ。動員部の試算では、三日以内に四万、十日以内にさらに七万の市民軍を動員できる。これを打ち破るには、かつてのタナシス遠征軍以上の兵力が必要だ。そして現状では、それだけの大兵力を南の陸塊で運用できる勢力は存在しないんだ」

 拓海が説明した。

「ところで、今日の凛ちゃんはなにを作ってくれるのかな?」

 駿が、厨房に通じる戸口を見やる。

「小麦料理だろうな。ラーメンに一票だ」

 生馬が、言う。

「なら、パスタに一票」

 拓海が、応じた。

「では、ピザに一票だ。チーズが手に入ったんだからね」

 駿が、言う。

「おまたせ~」

 盆を手にした凛とミュジーナが現れる。すかさず、生馬が立ち上がって盆の中を覗き込んだ。

「やられた」

 そう言って、おおげさに仰け反る。

「お好み焼きか! たしかにやられたな、こりゃ」

 凛とミュジーナが、皿をいくつも置いてゆく。平べったく焼き上げられた、溶いた小麦粉の塊。たしかに、お好み焼きだ。

「説明するわね。これが肉入り、これが海鮮、これが野菜だけ、これがチーズ入り。コテはないから、ナイフで切り分けてね」

 いったん引っ込んだミュジーナが、いくつもの小鉢や壷、それに取り皿を盆に載せ、再び現れた。

「これが凛ちゃん特製お好みソースよ。三十種類の野菜とフルーツ、それにハーブ類と香辛料を混ぜてある力作よ。これがマヨネーズ、川海苔は青海苔代わりね。色が悪いけどこれが紅生姜」

「削り節はないのか」

 拓海が、注文をつける。

「そこは、我慢してちょうだい」

 夏希はナイフでお好み焼きを切り始めた。関東風の、いわゆるケーキ切りだ。男三人がさっそく箸を伸ばし、それぞれ好みに応じてソースやマヨネーズをつけて、かぶりつく。

「旨い。懐かしい味だねえ」

 拓海が、嬉しそうに言う。

「ソースが旨いな。凛ちゃん、これ傑作だよ」

 生馬が、褒める。

 夏希も一切れ取って、ソースを控えめに塗ってから、川海苔だけを掛けて食べてみた。濃厚なソースの味わいと、香ばしい生地。それに、何種類も入っている野菜の触感と、ほのかな甘味。

「幸せ」

 もともとパンなど小麦系は好きな食物である。夏希は瞬く間に肉入りを一切れ平らげた。ちょっと迷ってから、海鮮に箸を伸ばす。干した海老や貝柱の薄切り、細く割いた干し魚などが入っていて、ちょっと奇妙だがこれもおいしい。

「冷たいビールが欲しくなるな。拓海、タナシスにビールは無かったのか?」

 マヨネーズをぺたぺたと塗りたくりながら、生馬が訊く。

「あったよ。試したが、美味いもんじゃなかった。ホップを使っていないせいか、苦味も切れもなくてね。温いせいもあっただろうけど。ここで冷たいビールを飲もうとすれば、魔術の手助けが必要だ。高原の民に殴られちまう」

 拓海が、笑う。


「ところで、以前出たジンベル里帰り計画だけど」

 あっという間に空になった皿を前に、駿が切り出す。

「ジンベルに手紙を出したら、歓迎するからいつでも来てくれ、という返事をもらったよ。宿の手配その他は任せてくれ、とのことだ」

「あら。わたしと凛はエイラの実家に泊めてもらう許可をもらったんだけど」

「それは好きにすればいいさ。で、いつ行く?」

 拓海が訊く。

「それはみんなの都合がつき次第だろう。みんなで一緒に行って、各人好きな時に帰ればいい。集団旅行じゃないんだから」

「俺は明日にでも行けるが」

 生馬が言った。

「同じく」

 拓海が言う。

「あたしは明日じゃ無理。明後日なら、OKよ」

 空になった皿を集めながら、凛が言った。

「わたしも明日でも平気」

 夏希はそう言った。今のところの懸案事項は、タナシスとの補償問題と、第八の魔力の源捜索問題の二つ。いずれも、夏希がマリ・ハにいようがいまいが進展には変わりない話だ。

「僕も、明日はきついかな。じゃ、あさって出発でいいかな」

 駿の言葉に、全員が同意した。

「船の手配は俺がやっておくよ」

 拓海が、そう申し出る。

「あ、拓海。わたし、アンヌッカに久しぶりに里帰りさせてあげようと思うの。それと、ハンジャーカイでシフォネも乗せたいから、三人とカウントしてね」

「そうね。あたしもミュジーナにお休みあげようかしら。二人分カウントして」

 手を止めた凛が、そう言う。

「そうか。俺もソリスのやつに休みをやろう」

 生馬が、ぽんと手を叩いた。

「なんだなんだ。異世界人五人で水入らずの休暇のはずが、ずいぶんと大人数になったな」

 拓海が、顔をしかめた。

「拓海も、リダ連れてけばいいじゃない」

 夏希はそう言って、揶揄するように拓海の腕をつんつんとつついた。

「わかったわかった。船は二隻手配しておくよ」



 翌日、夏希はアンヌッカを連れて買い物に出かけた。

「今日は何をお買い求めになるのですか?」

「あなたが里帰りするのに手ぶらじゃまずいでしょ。ご両親に手土産を持っていってあげて」

「お気遣いありがとうございます。ですが、それでしたらわたしが自腹を……」

「遠慮しないで。わたしからの気持ちだから」

「そうですか。……夏希様、それでしたら、タナシスでお買い求めになった食べ物を、少々分けてくださいませんか?」

「もちろんいいわよ」

 夏希は苦笑いしながら許した。本当に、欲のないストイックな性格である。

「では、トウモロコシの酒をひとつと、蜂蜜をひとつ所望します」

「それだけでいいの? チーズと小麦粉もつけようか?」

「いいえ。両方とも口に合いませんでしたから。酒は父に、蜂蜜は母にあげようと思います。たぶん、気に入ってくれるでしょう」

 微笑しながら、アンヌッカが言う。

「じゃ、シフォネに持っていってもらうお土産を探しましょうか。なにがいいかなぁ」



 七隻のタナシス商船が、一隻のタナシス海軍軍船に先導され、グルージオン外港を出てゆく。

 タナシス王国正規軍の、撤収船団であった。商船には、タナシス王国正規軍二個団千名が分乗している。

 ラドーム公国に駐屯していた正規軍は、四個団二千名であった。通常、公国や自治州に駐屯する正規軍は、二個団一千名である。ラドームの場合、本土から海で隔てられた島であること、南の陸塊と勢力圏が接していることなどから、通常の倍の兵力が配置されていた。

 その半数を、本土に戻そうというのである。国防関連予算切り詰め策の、一環であった。

 表向き、公国や自治州に駐屯する正規軍の任務は、その地の防衛である。しかしながら、その本当の任務は……誰しもが承知しているが……反乱に対する抑止である。

 ラドーム公国における反タナシス活動は、それほど活発ではない。しかし、国民に敬愛されていた国王シャハミを、やり手であるという理由から強制的に退位させ、公王にはまだ幼かった娘のカミュエンナを据えた、という経緯から、タナシスの支配に反感を持っている市民は多かったし、シャハミ元国王の個人的な人気もいまだ高い。本来ならば、駐留正規軍の削減は避けたいところではあったが、島国ゆえ駐留経費は他の公国や自治州よりも高くつく。王国の財政事情を鑑みれば、致し方のないところであった。


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