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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
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79 強かなる交渉

 連合艦隊民間籍船艦隊は、洋上で戦後処理を行った。溺者を敵味方問わず救助し、火災の消火に務める。手が付けられないほど燃えている船は放棄し、燃え落ちるに任せた。拿捕した船には陸戦要員を送り込み、生き延びたタナシス船員に操船させる。

 夏希は船室の床で眼を覚ました。いつの間にか眠り込み、誰かが船室まで運んできてくれたらしい。左手をチェックする。巻かれた布に血は滲んでいたが、ひどい出血は収まっているようだ。痛みも、じんじんという鈍いものに変わっている。

「お目覚めですか」

 水差しを手に、アンヌッカが歩んできた。上体を起こした夏希の右手に、銅のカップを握らせる。

「かなり血を失いましたからね。十分に水分を取ったほうがよろしいと、ユニヘックヒューマ殿が申しておりました」

 夏希はアンヌッカが注いでくれた水をごくごくと飲み干した。

「で、どうなったの、戦いは?」

 お代わりを注いでもらいながら、夏希は訊いた。戸口から漏れてきている光は、かなり赤味を帯びている。もう夕方なのだろう。

「勝利です。民間船四隻を放棄し、千名近い死傷者を出しましたが、タナシス船団を粉砕しました。燃やした軍船は三隻。拿捕が四隻。あとの四隻には、逃げられました。輸送船は、四十六隻を拿捕。たぶん、三十隻くらいは逃がしましたけど。今現在、船団は最も近いラクトアス王国に向かっています。ランクトゥアン王子の艦隊は、拿捕のために海兵の半数を割きましたが、ほぼ無傷でルルト沖に向かっています。タナシス船団が再集結し、ルルト入港を図った場合は、阻止する予定です」

「輸送船三十隻か。もし仮に、すべてのタナシス船がルルト入港に成功したとしても、その船団で運べる兵員数は一万人以下よね。立てこもっているタナシス軍の半数しか逃げられない」

 ちびちびと水を飲みながら、夏希はほくそ笑んだ。

「大量の捕虜も得られました。これで、シェラエズ王女に対し圧力を掛けられますね」

 アンヌッカが、にこやかに言う。

「これで勝てたわね。アンヌッカ、悪いけど、もうひとつカップ持って来てくれる?」

「……何にお使いですか?」

「水だけど、乾杯しましょう」

 カップを小さく振りながら、夏希は笑顔で言った。アンヌッカの笑みが、大きくなる。

「はい、夏希様!」



 海戦勝利の報が拓海のもとに届いたのは、夜明け前のことであった。

「これで勝てるよ、凛ちゃん」

 眠い眼を擦っている凛の前で、拓海がはしゃぐ。

「とりあえず降伏勧告だな。もはやタナシス派遣軍に逃げ場はない」

「降伏条件は?」

 眠そうな声で、凛が問う。

「とりあえず優先順位は、共同軍の勝利の印象付け、ルルトを始めとする海岸諸国の意向重視、それにタナシスとの関係修復を阻害しない、といったところだな。いずれにせよ、かなり寛大な条件を提示せざるを得ないだろう。タナシスとの戦争が長引いたら、こっちの経済が持たん」

「具体的には?」

「とりあえず全面降伏させる。続いて武装解除。タナシス人はシェラエズ王女を筆頭に下っ端兵士に至るまで送還。船舶や武器は没収。形式上のタナシス王国による謝罪。速やかな不戦条約の締結。そんなところだな」

「その程度では、ルルト王国が納得しないんじゃないの?」

「かもな。その辺は、要相談というところだな。駿を呼び寄せるか」

 拓海が腕を組む。

「ところで、誰に降伏勧告をさせるつもり?」

「夏希に頼む……と言いたいが、海の上だしな。相手が王女様となると、それなりの人物を送らにゃならん」

「拓海が行けば? 共同軍のナンバー3なら、資格は十分でしょ」

 あくび交じりに、凛が言う。

「……俺は裏方に徹するつもりなんだが。まあ、降伏勧告だけなら、もう少し下のポストでも失礼には当たらんだろう」



 夜明け直後、三隻のタナシス輸送船が相次いでルルト沖に現れた。第二次撤収船団の生き残りである。

 すぐさま、待機していたランクトゥアン艦隊の一戦隊が襲い掛かる。瞬く間に二隻が拿捕されたが、一隻は追撃を生き延びてルルト外港へと逃げ込むことに成功した。もっとも、これはランクトゥアン王子の策略のひとつであった。わざと一隻だけ逃がし、タナシス人の口から船団壊滅をシェラエズ王女に報告させるためである。

「そうか」

 船長の報告を聞いたシェラエズ王女が漏らした言葉は、それだけであった。身振りで下がるように命ずると、顎に手を当てて黙考の姿勢に入る。

「ランブーン。すまんが、使者を仕立ててくれ。敵と交渉する」

 五ヒネばかりのち、シェラエズが静かに告げた。

「承知いたしました。して、口上はいかがいたしましょう」

「もはや強い立場で交渉するのは無理だ。残念ながら、降伏を前提としなければなるまい。交渉場所を指定すれば、そこへわたしが赴くと伝えよ。よいな」



 交渉の場所は、共同軍本営にほど近い一軒の農家が指定された。交渉開始時刻は、本日正午。その前提条件として、日没を期限とする休戦協定も結ばれた。

 拓海は急いでルルト亡命政府代理人やオープァ政府関係者、東部海岸諸国代表などと連絡を取った。降伏受け入れについては全員が賛成したが、その後の対応に関しては意見が分かれた。平原や高原の者は早急な和平を望んだが、ルルトは報復兼安全保障策としてラドーム公国の完全独立化と中立化を主張する。オープァは慎重だったが、東部沿岸諸国はルルトの主張に同調し、ワイコウ王国も立場上それに賛意を示す。

 結局、意見の統一がみられないまま、拓海はシェラエズ王女との会談場所に赴くこととなった。実際に交渉に当たるのは、平原と高原を代表する形での共同軍司令官と、ルルト亡命政府代理人、それに海岸諸国代表としてのオープァ防衛隊の司令官の三人。拓海は、共同軍司令官に助言する立場として、その後ろに控えた。

 正午前に現れたシェラエズ王女は、二十名ほどの護衛に囲まれていた。共同軍士官に案内され、王女がふたりの女性剣士を連れただけで農家の中に入る。

 立って待ち受けていた出席者が、それぞれ名乗りをあげた。

「タナシス王国王女、派遣軍指揮官シェラエズだ。よろしく頼む」

 やや緊張した面持ちで、シェラエズが名乗る。

 テーブルクロス代わりの大きな藍色の布が掛けられたテーブルを挟んで、出席者が椅子に座った。身なりを整えた兵士が、各人の前に水差しを置く。

「こちらの申し入れに応じて、このような交渉の場を設けていただいたことを、まずは感謝する」

 先に口を開いたのは、シェラエズだった。

「もはや、わが軍に逃げ場はない。降伏する以外に、方法は残されていないように思う。ただし、名誉ある降伏は認めていただきたい」

「もちろんです。我々も軍人であり、武人です。殿下はもちろん、部下の方々の名誉を汚すような振る舞いはいたしません」

 共同軍司令官が、重々しく言う。

「結構。もうひとつの条件として、この降伏はあくまで平和のために行われるものとしたい。つまり、双方に遺恨を残すような交渉はするべきではないとうことだ」

「それはいささか虫が良すぎるのではないですかな、王女殿下」

 ルルト亡命政府代理人が、少しばかり揶揄するような調子を滲ませて、言った。

「タナシス派遣軍が行ったことは、明白な侵略行為です。ルルト王国の大部分は数十日間に渡って占領され、大量の物資を徴用されました。住民の生活は脅かされ、派遣軍の用に供するために強制的に働かされた者も多い。これらに対する保障と謝罪なしに、平和の回復はあり得ませんぞ」

「徴用に関しては、すべて対価を支払ったはずだ。労働に関しても、適切と思われる労賃は払っている。船舶などの徴用に関しては、撤退前に清算しよう」

 澄ました顔で、シェラエズが告げる。

「それと、侵略行為というのは心外だ。今回の目的はあくまで魔力の源の確保にある。人間界縮退という災厄が進行中であり、その脅威にわがタナシス王国が晒されている現状では、政治的に不安定な南の陸塊諸国に魔力の源の管理を任せるわけにはいかない。いわば自衛行為だ」

「目的は手段を正当化しませんぞ」

 オープァ司令官が、鋭く言う。

「自衛行為と言うならば、なぜ以前に人間界縮退対策委員会と対策群が連名で送った書簡を無視し、さらに人間界縮退対策本部による訪問および協力要請を拒絶したのですか?」

 共同軍司令官が、問う。

「怪しげな組織の書簡や使者などそうそう信用できぬ」

 不満げな表情で答えたシェラエズが、続けた。

「いずれにしろ、わたしの権限はあくまで派遣軍司令官としてのものだ。政治的な判断も、約束もできぬ。和平交渉は、正式なタナシス代表と行ってもらいたいものだな」

「よろしいでしょう。では、殿下のご提案をお聞かせ願えますかな」

 共同軍司令官の目配せを受けたルルト亡命政府代理人が、訊いた。

「現在ルルト市街地にいるわたしの部下は、速やかに降伏し、武装解除を受ける。そちらは責任を持って兵員をラドーム公国まで遅滞なく送還すること。その際、個人が携行できる護身用武器と私有財産の持ち出しは認めること」

「それでは停戦とそれにともなう撤兵と代わりはないですな」

 辛辣に、ルルト亡命政府代理人が評した。

「その代わりといってはなんだが、わたしはそちらの捕虜になる。完全な和平が結ばれるまで、抑留してもらって結構。この条件で、いかがだろうか?」

 シェラエズが言って、薄く微笑んだ。

 共同軍司令官が、ちらりと拓海に視線を送る。拓海は小さく首を振った。この条件では、あまりにタナシス側に有利だ。

 両者はさながら将棋の千日手のような実りのない交渉を続けた。拓海は共同軍司令官に強い姿勢を維持させた。シェラエズ王女にはあとがないはずである。それに、おそらく彼女はかなりの部下想いである、ということも拓海は見抜いていた。そうでなければ、大国の王女たる彼女が部下を助けるために自ら進んで捕虜となることなどあるまい。つまり、こちらが部下を助けてやるという条件で無理を言えば、それは通り易いはずだ。

 結局、先に折れたのは拓海の読みどおりシェラエズであった。日暮れ前までには、しぶしぶながら両者が納得したかたちで妥協が成立し、急遽作られた書類に出席者たちが署名を済ませた。その主な内容は、今現在行われている停戦の無期限継続、明日の日の出をもって現在シェラエズの指揮下にあるすべての兵員の降伏、防具および護身用を除く武器の没収、タナシス側が徴用中の住民および管理下にある捕虜の即時解放、船舶を始めとする現在ルルトにある個人所有以外のタナシス側財産の没収、降伏したタナシス兵に対する人道的な扱いと、可及的速やかなるラドーム公国への送還、今回の事態が政治的に決着するまでのシェラエズ王女の抑留、そして双方が完全なる和平を結ぶことを目標として尽力する、というものであった。



 ラクトアス市で船を下りた夏希は、アンヌッカとともにユニヘックヒューマに担いでもらい、ルルトへと戻ってきた。腕の傷の痛みは、ラクトアスで薬師から分けてもらった鎮痛効果のあるハーブ……厳密に言えば麻薬の一種だろう……を服用したので、かなり治まっている。

「名誉の負傷だな」

 布が巻かれた夏希の左腕を見て、拓海が眼を細める。

「で、どうなったの?」

「シェラエズ王女が降伏に同意したよ。ちょうどいい。エイラやサーイェナも含めて、報告会を開くところだ。一緒に来てくれ。と、その前に」

 拓海が、懐から書状を出して、夏希に渡した。

「なに、これ」

 夏希は表書きを見た。こちらの文字で、自分の名前が記されていることぐらいは見当がつく。差出人のところには、ジンベル、と読める文字もあった。

「あんたがランクトゥアン王子について行った直後に届いた。ジンベル国王の代理人からの手紙らしい」

「アンヌッカ、何が書いてあるの?」

 夏希は書状を開くと、副官に手渡した。

「差出人は、ヴァオティ陛下の秘書官長ですね。えーと、夏希様との契約から一年経過したので、契約延長に関しお話したい、とのことです。ジンベルとしては、延長に依存はないが、夏希様がジンベル国内を留守にしていることを鑑み、支払いに関してはその額の変更を望む、と書いてあります」

「え、もう四百五日経っちゃったの?」

 夏希は驚いた。

「おお。そういうことか。じゃ、夏希が望めばエイラにもとの世界にかえしてもらえるんだ」

 拓海が、ぽんと手を叩く。

「……この状況じゃ、手を引くわけにはいかないよねぇ」

「だな」

 拓海が同意する。

「ジンベルまで、手紙届けられるかな?」

「ハンジャーカイへは、定期的に報告を上げているから、その使者に託せばいい。そこでジンベル代表に託せば、本国まで届ける手配をしてくれるだろう。で、なんて書くんだ?」

「そうねえ。一年延長かな? それだけあれば、戦後処理してタナシスとの和平を結ぶには十分でしょうし、人間界縮退問題も解決は無理でも落ち着くでしょう」

「まあな。じゃ、あんたはいずれ元の世界へ帰るつもりなんだな」

「死にたくはないしね」

 夏希は、布を巻きつけた左手をかざした。

「ま、それは好きにしてくれ。俺がどうこう言える立場でもないし。まずは、報告会だ」

 拓海が歩み出す。アンヌッカの任を解き、休むように命じた夏希は、ユニヘックヒューマを伴って、拓海に続いて天幕のひとつに入った。すでに、凛とエイラ、サーイェナ、それにコーカラットが待ち受けていた。

「お怪我をなさったのですね。コーちゃん、診てさし上げて」

 珍しく眉根を寄せた心配げな表情になったエイラが、命ずる。

「承知いたしましたぁ~。失礼いたしますぅ~」

 コーカラットの触手が、夏希の左腕に巻かれていた布をするすると取り去る。当て布が外され、縫い合わされた傷口があらわとなった。

「上手に縫い合わされていますぅ~。ユニちゃんが縫ったのですかぁ~」

「そうなのです! コーちゃんから教わった通りに縫ったのです!」

「見事な出来栄えですぅ~。完璧ですぅ~。熱も持っていませんから、感染症の疑いもありませんねぇ~。傷口が塞がったところで抜糸すれば、問題ないのですぅ~」

 そう言ったコーカラットが、当て布をもとに戻し始める。

「じゃ、始めるぞ」

 皆が敷物の上に腰を落ち着けたところで……コーカラットだけは相変わらず浮いていたが……拓海がシェラエズとのあいだで決定された取り決めを説明し始めた。

「ずいぶんとタナシス側に有利に思えるんだけど」

 凛が、苦言を呈す。

「見た目はね。でも、いったんすべての兵員……まだ二万はいるはずのタナシス兵を捕虜にできるんだからな。速やかに送還、となっているが、期日は明記されていない。この二万人は、タナシスへの政治的取引材料として使えるはずだ。ランクトゥアン王子が海戦で捕虜にした二千人は、別枠になるし。それにシェラエズ王女も、こちらが満足するまで手元に置いておける。一応王位継承権二位の人物だからな。切り札になる」

「影武者掴まされたりして」

「それはないだろう。こっちには、以前に王女にお目にかかった者もいるし」

 凛の言葉を否定した拓海が、夏希とエイラとサーイェナを見る。

「まあ一回会っただけだし、そっくりな女性出されたら見分けつかないかも」

「そんなことはありませんわ。あの方なら、絶対に見分けられます。ねえ?」

 サーイェナが、エイラに同意を求める。

「もちろんですわ。わたくしたち、巫女ですから」

「おふたりを信頼しましょう。で、今後の予定だが……兵員の送還は、ランクトゥアン王子に頼んで徐々に進めてもらう。平原共同体総会と駿には、とりあえず第一報を送っといた。詳細な報告書は、いま外交局と記録部の連中に書かせているところだ。出来次第、送る。とにかく、早めに各代表をルルトに集めて、タナシスとの和平交渉を始めなきゃならない。こいつが終わらんことにはおちおち復員もできないからな。ともかく、戦後処理を除けば軍人の役目は終わったよ。これからは政治家の出番だ」

 早口で言った拓海が、気持ち良さそうに伸びをした。

「疲れたわ、今回は。ところで、生馬は無事なの?」

 無意識のうちに左手を動かしてしまい、いきなり走った鋭い痛みに顔をしかめながら、夏希は訊いた。

「生馬も部下も無事だ。明日の日の出とともに解放されるよ」

「よかった。ま、簡単にくたばる奴じゃないと思ってたけど」

 凛が笑う。

「そうそう。シェラエズ王女の処遇だが」

 そう言い出した拓海が、真顔で夏希を見据えた。

「すまんが、あんたが身柄を預かってくれ」

「え。なんでわたしが? 拓海、あなた厄介ごとはことごとくわたしに押し付けていない?」

「いや、適任者があんたしかいないんだ。べつに、手元において軟禁しろ、とか言っているわけじゃない。細かいことは俺の部下にやらせるよ。ただし、相手は大国の王女様で、王位継承権第二位の人物だ。もしなにかあったら、タナシスとの和平交渉がこじれるのは必至だ。いわば応接役として、それなりの人物を責任者に据えないとこちらの面目が立たん。女性で、高位の軍人で、貴族で、しかも今現在ルルトにいる、おまけに王女とは面識がある。これだけ条件が揃ってるのは、あんたしかいないんだ」

 拓海が諭す。夏希はしぶしぶうなずいた。

「なら、仕方ないわね」

「別に難しいことじゃない。三日にいっぺんくらい挨拶に寄って、『ご不便はありませんか? なにかお入用なものはございませんか、殿下』くらい言ってやればいいだけだ。あとで王女に相応しからぬ待遇を受けた、とか文句を付けられないためにな」

「了解。……あ、そういえば」

 ふと思いついた夏希は、エイラとサーイェナに視線を向けた。

「ニョキハンに会いに行った件、どうなったの? 魔力の源、貸してくれた?」

「ええ。共同軍の勝利で結局使い道はなさそうですが、快く貸してくれました」

 サーイェナが、答える。

「コーちゃん、夏希殿に見せてさし上げて」

 エイラが、コーカラットを手招く。

「承知いたしましたぁ~」

 ふらふらと夏希に近付いたコーカラットが、触手をボディの底面に差し入れる。

「どうぞぉ~」

 差し出された触手の先には、ゴルフボール大の黒い塊があった。

 蓄えられていた力を使い切った魔力の源だ。魔物の賢者、ニョキハンが大事にコレクションしていた、品。

「しかし……コーちゃんのボディって、物入れにもなるの?」

「魔物ですからぁ~」

 コーカラットが、嬉しそうに身体を揺らしながら答える。

「そうだ、エイラ。わたし、ヴァオティ国王との契約を一年延長することに決めたわ。よろしくね」

「もう一年経ちましたか。早いものですね」

 エイラが、嬉しそうに笑顔を見せ、目を細めた。

 夏希も笑顔でエイラと、その傍らで浮いているコーカラットを眺めた。坑道の中で突如現れた、奇妙で愛想のいい魔物。そして、案内された王宮で出合った、白装束の美少女。とても一年前のことには思えない。

「だから、召喚取り消しは延期ね。あと一年経ったら、よろしく頼むわ」

「そのことですが、今彼女と協力して、新たな召喚方法を模索しているところなのです」

 エイラが、隣に座るサーイェナの腕に、そっと手を置く。

「新たな召喚方法?」

「魔力の源の力を、なるべく使わないで済むようなやり方です。うまく行けば、供物も無しで済ませられるかもしれませんわ」

 サーイェナが、口を挟んだ。

「へえ、それは凄いわね」

「ものになるかどうかは未知数ですが、もしできるようになれば、きわめて簡単にこちらと異世界を行き来できるようになるかもしれません」

 エイラが、あまり自信なさそうな口調で言う。

「わたくしとユニちゃんも、お手伝いしているのですぅ~」

 触手を自慢げに振りながら、コーカラットが言った。


第七十九話をお届けします。

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