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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
75/145

75 緩慢なる追撃

 マリ・ハ防衛線で共同軍側が蒙った損害は、約五千名に上った。内訳は、正規大隊および予備大隊が約四百、各国防衛隊が約二百、市民軍が約千五百、高原戦士が約二千七百、ワイコウ国軍が約五十、それに生馬率いる『セレンガ』の約百五十である。

「ハンジャーカイに戻った駿から手紙が届いた。ということで集まってもらったわけだが……さみしいな、こりゃ」

 拓海が、芝居がかったため気をつく。

 マリ・ハ市街地北郊に張られたテントの中に集っているのは、わずかに三人。拓海の他には、夏希と凛のふたりの女性しかいない。

 夏希は凛と眼を見交わした。凛が先に視線を逸らし、無理やり声を張る。

「嘆いていても仕方ないわ。会議しましょうよ、会議」

「じゃ、まず俺から報告する。再編成は一応完了した。昨日到着した高原戦士一万五千を加えて、暫定的総兵力七万五千五百だ。敵は推定四万から三万五千だから、いまだ数だけは有利だな」

「どこか広いところで包囲戦とかやれればいいんだけどねえ」

 夏希は愚痴口調でそう言った。

「完全な包囲戦をやるには質量ともに不足だな。ノノア川と密林を上手く活かして、こちらが戦術機動を行う余地はあるが敵が戦場離脱しにくいくらいの広さの平地に誘い込めれば、片翼包囲程度で上手に囲い込めればあるいは、とも思うが、どうやらシェラエズ王女はかなりの戦術眼の持ち主らしい。罠には引っ掛かってくれないだろう」

「で、王女様はどこまで退却したの?」

 凛が問う。

「今朝の段階で、湿原地帯北部……地図で言うと、この地点だ」

 敷物の上に直に広げられた地図の一点を、拓海が指した。

「いい逃げっぷりね。このままタナシスまで一気に逃げてもらいましょうよ」

「ところが、そうもいかないみたいなんだな」

 拓海が、懐から紙束を取り出した。

「駿の報告によれば、平原共同体連絡会議総会は荒れたそうだ。いうまでもなく、これにはオブザーバーとして高原諸族代表、ルルト国王名代、さらにはワイコウ亡命軍の政治代表、オープァを始めとする海岸諸国の外交官なども加わっている。いうなれば、南の陸塊における反タナシス同盟の政治的最高議決機関だ。ここで、かなり足並みの乱れが生じた」

 拓海が咳払いして、いったん言葉を切る。

「まず、肝心の平原共同体だが、この内部で意見が分かれた。ルルト王族を事実上直接保護しているススロンとエボダは、ルルト解放を強く望んでいるが、他の国家は人的経済的負担が大きすぎるとして消極的だ。高原諸族も、当面の危機は去ったとみなして消極的。派遣した戦士の少なくとも半数は帰還させて欲しいと主張している。ルルトはもちろん主戦派で、オープァ他海岸諸国もそれに同調している。ただし、本国の防衛隊はなるべく温存したい意向のようだ。ワイコウ亡命軍も積極派だが、兵力はわずか七百五十だ」

「総論としては、タナシス派遣軍を撃退したいけど、どの国もこれ以上死人は出したくない、ってとこ?」

「そんなところだな」

 夏希の要約に、拓海が同意する。

「で、結果的にどうなったの?」

 凛が、訊く。

「共同軍を中心に、高原諸族戦士とワイコウ亡命軍が加わって、統一運用がなされるというのは従来通りだ。ただし、高原戦士は一万五千三百が引き抜かれ、高原に帰還することになった」

「……痛いわね、それ」

 夏希は顔をしかめた。戦慣れはしていないが、勇敢でタフな高原戦士は、正規軍の少ない共同軍の中では貴重な戦力である。

「まあそれでも、四万もの高原戦士が残ってくれているんだがな。ということで、近日中に総兵力は六万ちょっとに減る。その代わりと言っては何だが、共同軍が海岸地帯に入ったところで、海岸諸国各国の防衛隊五千五百が指揮下に入る。それに加え、オープァ海軍と東部諸国海軍、オープァに亡命したルルト海軍主力も同様に指揮下に入ることになる」

「海軍か。拓海、あんたに使いこなせる?」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて、凛が訊く。

「正直自信がないね。俺の海軍に関する知識は、弩級艦出現以降だから。むしろ、海のことは駿に任せたほうがいいかもしれないな。……ともかく、総会ではタナシス派遣軍追撃に関してゴーサインが出た。高原諸族も含め、資金拠出の確約も得たそうだ。で、これは総会ではなく、共同体各国の意向なんだが……」

 紙束に眼を落とした拓海が、わずかに声を潜めた。

「ルルト王国に恩を売るためにも、派手にルルト市解放をやってくれないか、とのことだ。このままあっさりタナシス派遣軍が退却するのは、政治的にまずい。平原と、それに協力した高原の活躍によって、侵略者タナシス軍が粉砕され、泣きながら海の向こうへ消えてゆく、といったシナリオを描いてるんだな、平原各国は」

「そうやって、少しでも多くルルトと海岸諸国に恩を売って、お金を搾り取ろうというのね」

 凛が、呆れたように肩をすくめる。

「戦後のことも考慮しているのかしら」

「たぶんな。パリ解放みたいな派手なことをやりたいんだろう」

「米仏は戦後しばらく仲良かったからねえ」

 凛が、笑った。

「ドゴールが権力を握るまではな。あいつが暴走したせいで、アメリカとの関係がこじれたが」

 釣られたように、拓海も笑う。

「ま、明日中に、兵站面の準備が整う。明後日進発だ」

「ところで、士気はどうなの? 生馬が捕まっちゃったりしたし……」

 凛が、心配げに口を挟む。

「それは俺も懸念していたんだが……あんまり影響ないみたいだな。俺たちが考えていたほど、あいつに人望はなかったのかもしれん」

 やや冗談めかして、拓海が言う。

「しょせん異世界人だし、ってこと?」

「それもあるが、宣伝臭が強いとは言え前回が勝ち戦だったからな。はるばる遠征してきた敵が、こちらのホームグラウンド寸前で阻止されてすごすご逃げていったんだ。士気はあがるよ。今度はこちらが攻める番だ、ってね。じゃ、行軍の概要を説明しとこうか。すでに、ワイコウ王国とは連絡がついている。時期を見て中立を破棄し、こちらの味方につく予定だ。共同軍はワイコウ付近まで進出、そこを拠点として更なる北上のタイミングを計る。当面の目的は、ルルト王国の都市クートロアの解放だ。その後、ルルト市解放を目指す」

「その前に、タナシス派遣軍が本国に逃げ帰っちゃったら?」

 夏希は当然の疑問を口にした。

「おとなしく引き上げだな。政治的にはまずいが、これ以上死人が出ないだけでも喜ばんと」

「しかし……ソロバンに合わない戦争よね、今回は」

 凛が、言った。

「同意だな。ルルトがかなりの戦費を負担してくれるだろうが、国土が占領された以上その経済力もかなり損なわれているはずだ。各国の経済負担も大きい。よかったことは、これを機会に、駿が構想していた南の陸塊各国すべてを網羅した安全保障体制の構築が速やかに進みそうなくらいか」

「そして、海に向こうには復讐心に燃える大国タナシスが残る、と」

「冷戦状態に突入、かな」

 凛が、渋い顔をする。

「さすがにタナシス本国に膺懲攻撃を掛けるほどの力はこちらにないからな。一部の兵力を海岸諸国に駐留させて、沿岸防備を固めたり、共同軍に海軍を保有させたりする必要はあるかもしれないが。いずれにしても、金が掛かるな」

 拓海が、肩をすくめる。



「ワイコウ王国の状況はどうだ?」

 ヤンバス将軍の顔を見るなり、シェラエズ王女はそう尋ねた。

「残念ですが、わが軍が去ったと同時にワイコウは敵にまわるでしょう」

「仕方ないな。動員兵力予想は?」

「防衛隊は五百。市民軍は、一万近く可能です」

「ふむ。一万は痛いな。ワイコウ市街地を焼き払うか」

「閣下!」

 ランブーン将軍が、血相を変える。

「冗談だ。その気もその時間もない。平原の追撃が遅れているうちに、ルルトまでたどり着かねばならんのだ」

 苦笑しつつ、シェラエズは告げた。

「しかし……悔しいですな。敵に背を向けるのは」

 ヤンバス将軍が、搾り出すように言う。

「よいではないか。みな、米を食べるのには飽きたろう」

 笑みを深めながら、シェラエズが言う。側近のあいだから、控えめな笑いが起こった。



 追撃開始二日目、いまだ共同軍が湿地帯を抜け出せないでいる頃、そこに珍客が現れた。

「お久しぶりです、夏希殿」

 拓海に呼び出されて顔を出した夏希に、逞しい身体つきの壮年の男性が頭を下げる。

 よく日に焼けた、地中海系っぽい顔立ちの海岸諸国人。見覚えのある顔だ。

「船長! マローア船長じゃないですか? どうしてこんな内陸に?」

 夏希は驚いた。かつて、夏希がエイラとサーイェナとともに海岸諸国を訪問した際に、ルルトからオープァへの往復に使わせてもらったオープァ海軍軍船の船長である。

「今は出世しましてね。オープァ海軍第三戦隊副司令官です」

「ともかくこれで、マローア殿の身分を確認できたわけだ」

 ほっとした表情で、拓海が言った。

「なによりです。では、計画をご承認いただけますかな?」

「お預かりした書簡は、平原共同体連絡会議総会に届けます。いまのところ、ランクトゥアン閣下の作戦は共同軍に与えられた戦略方針と合致するものですから、わが部隊は作戦の遂行を最大限支援することになるでしょう」

「ありがたい。力を合わせて、ルルト王国からタナシス人どもを叩き出しましょう」

 笑顔で、マローアが言う。

「ちょっと待ってください。話が見えないんですけど」

 置いてきぼりにされた夏希は、そう口を挟んだ。ランクトゥアンという懐かしい名前も出たが、まったく意味がわからない。

「わたくしから説明しましょう。ルルト王国……正確に言えば、タナシス占領下において抵抗運動や情報収集を行っている地下組織ですが……の要請に基づき、オープァおよび東部沿岸諸国海軍が計画している作戦があるのです。現在、ルルト国内の各港では、百隻を越えるルルトを中心とする民間外洋船舶が抑留されています。さらに、タナシス占領当局は、多数の大型漁船の徴発を開始しました。数日中にルルトに到着するであろうタナシス遠征軍本隊を、ラドーム島および本国へと帰還させる準備と思われます」

「そうか。三往復したんだから、自分たちの七十隻だけじゃ撤退できないんだ」

 夏希はうなずいた。現在ルルト市に向かって後退中のタナシス派遣軍は四万に少し欠けるくらいの兵員数を保持している。これにルルト市などの占領地の防衛に残置した兵力、それに兵站線の維持に割いた兵力を加えれば、四万数千名以上を撤退させねばならないのだ。軍船や輸送船の水夫などを含めれば、五万名前後になるだろうか。

「ルルト市とクートロア市、およびその周辺に残っているタナシス軍は、約四千。ルルト市内には、そのうち千五百しかいません。そこで、タナシス派遣軍本隊がルルト市に到達する前に、地下組織がルルト市街近郊でひと騒動起こします。タナシス兵の一部が市外に出て、港の警備が手薄になったところで、あらかじめ準備していた民間船舶が一斉に出航します。警戒態勢にあるタナシス軍船が阻止しようとするでしょうが、沖合いにはランクトゥアン閣下率いる連合海軍艦隊が待ち受けていますので、タナシス艦隊は手出しできないでしょう。民間船舶はそのまま連合艦隊の護衛で、オープァに向かいます」

「……凄い作戦ね。でもそれじゃ、ルルトが困るんじゃないの? 放っておけば、タナシス軍は本国へ逃げ帰ってくれるんでしょ? 占領期間が延びちゃわない?」

「たしかに、解放される日が伸びるのは好ましくありませんが、ルルトの富がタナシスに持ち去られるのを見過ごすわけにはいかないのです。多数の船舶、そして水夫たち。ルルト国民と、その他の海岸諸国民である彼らがタナシスに連れて行かれれば、奴隷にされかねません。さらに、タナシス占領軍は、ルルトの保有する資本を根こそぎ持ち去る計画を、秘かに進めているようなのです。今の段階でそれを行えば、間違いなく駐留部隊では統制できない大規模な反乱に発展するので、計画段階に留まっていますが、遠征軍主力が帰還すれば即座に強行するでしょう。この遠征から少しでも利益を上げようという腹積もりなのです」

 苦々しげに、マローアが言う。

「この作戦が成功すれば、タナシス派遣軍をルルトに足止めできる。一度に脱出できるのは、無理しても半数程度だろう。連合海軍対策を考えれば、軍船の大半も撤退船団の護衛に割かねばならないはずだ。そうなれば、ルルト市にこもる敵はせいぜい二万五千。こちらは約六万に、海岸諸国の防衛隊と市民軍二万近くが加わる。上手くいけば、ワイコウからも一万程度動員できるだろう。仮に、タナシス側が撤退をいったん諦めたとしても、四万数千対九万の兵力だ。平原各国が望む劇的なルルト市解放作戦が展開できる可能性が高くなった」

 嬉しそうに、拓海が言った。

「理想的な展開ね。上手くいけば、だけど。船長……じゃなかった、マローア殿。成功の確率は?」

「ランクトゥアン閣下は、七割と見ています。地下組織が頑張って、派遣軍が敗退したことを誇張しつつ広めましたからね。敵の士気は、明らかに落ちています」

「七割か。難しいわね」

 夏希は腕を組んだ。

「あー、言っとくが、すでにこの作戦は決行が決まってるんだ。マローア殿は、わが方との連携を取るためにいらっしゃったんだ」

「……そうなんだ」

 よくよく考えてみれば……いや、よく考えなくてもそうである。すでに、シェラエズ王女率いるタナシス遠征軍主力はルルト市まで三日ほどの位置にまで達している。マローアがオープァに戻るはるか以前に、ルルト市街へ入城してしまうだろう。民間船舶脱出作戦は、その前に行われなければならないのだ。



「どうぞお入り下さい」

 慇懃に頭を下げた士官が、天幕のたれ布を上げる。

 礼代わりに小さくうなずいた生馬は、その長身を折り曲げて天幕の入口をくぐった。

「待っていたぞ。まあ座れ」

 小卓の前に置かれた腰掛に座っているシェラエズ王女が、手まねで敷物に腰を下ろすように促す。一瞬むっとした生馬だったが、相手が大国の王女であることを考慮し、大人しく敷物の上に胡坐をかいた。色々な肩書きを持ってはいるが、生馬は身分的には弱小国家ジンベル王国の一貴族に過ぎないのだ。本来であれば、招いてもらえただけでも感謝せねばならぬ立場である。

 捕虜となった生馬とその部下百五十名だったが、その扱いは悪くなかった。もちろん武器は取り上げられたが、処刑はもちろん虐待された者は一人もいない。撤退に際して『自分の食い扶持は自分で運べ』とばかりに米などを担がされたが、これは他のタナシス軍兵士も同様に大量の荷物を背にしていたので、虐待とは言えないだろう。ちなみに、生馬は特別待遇として荷運びを免除されたが、部下の中に体調不良の者がいたので、代わりにその荷を担いだ。重量は、二十キロ程度か。日頃から鍛えていたし、行軍速度も早くはなかったので、生馬にとってはそれほど苦にはならなかった。

 与えられた食事は、質は不十分だったが量は十分で、タナシス軍の兵站状況が良好であることをうかがわせた。あるいは、食料を敵に残すくらいなら食べ尽くしてしまえ、とタナシス側が考えているせいかもしれないが。

 部下たちに対する監視の眼は厳しかったが、生馬はかなり自由な行動を許されていた。手近の兵士を殴り倒して長剣を奪えば、簡単に脱出できると生馬は踏んでいたが、行動には移さなかった。部下がどのような報復を受けるかわからなかったし、逃亡に成功したとしても周囲は湿原地帯である。生きて味方のところへたどり着く自信はなかった。タナシス側もそのことは承知していたらしく、湿原地帯を抜けると途端に警備が厳しくなった。

 生馬が得た情報……地理に詳しい部下の推定や、タナシス兵のおしゃべりに聞き耳を立てた結果……では、今現在タナシス遠征軍本隊が野営しているのは、ルルト王国の都市クートロアへあと一日ほどのところらしい。クートロア-ルルト市間は一日行程だから、あと二日で遠征軍本隊はルルト市内へ入ってしまう。

 生馬は顔を上げて、シェラエズ王女をじっと観察した。よくよく見ると、王女はそこそこ美人と言えた。いささか眼が細すぎ、かつ目尻が吊り上がりすぎではあるが、顔のパーツの形やバランスは整っている。もっとも、生馬の趣味ではないが。

 むしろ生馬の気を引いたのは、王女の左後方に立っている護衛の女性剣士の方だった。ちょっと地味目の顔立ちだが、十分に美人の範疇に入る。長い手足はほどよく鍛えられており、なかなかに腕も立ちそうだ。その相方の、茶褐色の肌の女性も、それなりに美しい。

 音もなく天幕の中に入ってきた若い女性が、生馬の前にそっと盆を置いた。木製の取っ手つきカップと、同じく木製の小さな皿。カップには、液体がなみなみと入っている。皿の上には、細切りにした干し肉と茹で落花生らしきものが盛ってあった。

「酒が好きだといいが。遠慮なく、飲んでくれ」

 シェラエズが、小卓の上のカップを取り上げ、ひと口飲んだ。そばに置かれた皿の上には、生馬のものより品数の多いつまみが盛られている。

「……いただきます」

 生馬はカップを手にした。慎重に、ひと口すする。

 ウィスキーの味がした。……いや、この香りはバーボンだ。トウモロコシ臭がする。

 南の陸塊で、トウモロコシを栽培しているところはない。となると、この酒ははるばるタナシスから持参したものなのだろう。

「すでに気付いておると思うが、もうすぐ我々はルルト市に到着する。そこで、諸君ら捕虜の処遇だが……」

 もったいぶって言葉を切ったシェラエズが、少々いやらしい笑みを浮かべる。

「条件次第では、部下を解放してやってもいい。タナシスまで連れて行くのも、面倒だからな」

「解放していただけるのであれば、ありがたいお話ですが、その条件とはなんでしょうか?」

「うむ。そなたのみ、タナシスへ同行してもらいたい。なに、残りの人生を北の陸塊で過ごせ、などと言うつもりはない。用件が終われば、速やかに送り返す」

 笑みを浮かべたまま、シェラエズが言う。

 ……なるほど。

 生馬は理解した。おそらくシェラエズには、今回の遠征が失敗ではなかったことを証明する必要があるのだろう。捕虜の獲得は、勝利の証でもある。しかし、船の都合で百五十人もの捕虜を本国につれて帰るのは困難だ。そこで、指揮官である生馬だけを連れてゆくことにしたのだろう。

「いいお話ですな。条件は、それだけですか?」

「貴殿には捕虜らしく振舞ってもらうぞ。反抗はいっさいしないこと。よろしいかな?」

 ……たぶん、戦勝式典かなにかで、シェラエズの武勇を讃える道具にでもされるのだろう。戦勝のトロフィー代わりに、見世物にされるに違いない。武人としては不名誉だが、それで部下が助かるのであれば致し方ない。

「結構です。そのお話、お受けしましょう」


第七十五話をお届けします。

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