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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
69/145

69 命名

 夏希ら『人間界縮退対策本部代表団』を乗せた川船は、湿原地帯を抜けたあたりでタナシス軍偵察隊によって停船を命じられた。それに素直に従って身分を明かし、訪問意図を告げる。

 そこから先は拍子抜けするほどとんとん拍子に進んだ。案内の士官が川船に同乗し、少しばかりノノア川を下ったところで上陸する。新たに付けられた護衛の一隊に守られて、川沿いの道を歩む。ほどなく、一行は天幕がいくつも張られた野原に出た。すでに連絡がなされていたらしく、夏希らはすぐにシェラエズ王女の天幕に案内された。

 エイラ、サーイェナ、夏希の順に天幕の入口をくぐる。アンヌッカと二匹の魔物は、もちろん留守番である。

「ようこそ。わたしが派遣軍総指揮官シェラエズだ」

 天幕の中で待っていた二十歳過ぎくらいの女性が、男っぽい口調で言う。身長は、夏希よりわずかに低い程度で、この世界の女性としてはかなりの長身だ。吊りあがった眼と面長の顔立ちは、ハリウッドあたりが好む『東洋系美人』の典型に近いだろうか。逞しい腕と薄物の衣装、腰に吊った細身の長剣、そしてその顔立ちから、夏希は古いアメコミあたりに出てくる海賊の女性頭目を連想した。

 シェラエズ王女の後ろに立つ護衛役らしい女性剣士二人も、これまたアメコミの登場人物を思わせた。王女よりも背が高く、一人はやや顔が大きく、髪は金色。もう一人は茶褐色の肌で、頭部が小さく顎がやや前に突き出ている。アフリカ東部あたりの人種に近いだろうか。

 挨拶と自己紹介を済ませた夏希らは、シェラエズの勧めに従って敷物の上に腰を下ろした。腰掛に座った王女が、心持ち身を前に乗り出し、口を開く。

「さて。用件は、そなたらが所有している魔力の源の譲渡に関してでよろしいのかな?」

 いきなりそう問われ、夏希は硬直した。

「遺憾ながら、殿下。当委員会が所有している魔力の源は、ワイコウにあるものだけです。他の物は管理はしておりますが、その所有権は対策本部にはございません」

 エイラが、例によって無表情のまま答える。

「そうか。それは残念だな。もうそなたたちも気付いておるだろうが、わが派遣軍の目的は南の陸塊に存在する魔力の源の確保にある。派遣軍はすでにワイコウ政府の許可を得て、ワイコウにあった魔力の源を押収し、魔力の移し替えを行った。悪いが、対価は払わぬつもりだ。戦利品、と看做してもらいたい」

 うっすらと笑みを湛えたシェラエズ王女が、言う。

「当委員会は、平原各国および高原諸族の助力を得ておりますが、政治的には独立した国際組織です。今回の紛争にも、局外中立を貫いております。タナシス王国とも、事を構えるつもりは毛頭ございません。魔力の源を返してはいただけませんでしょうか?」

「悪いが無理だ」

 エイラの願いを、シェラエズがにべもなく断る。

「しかしそれでは、文明国家たるタナシス王国が国際秩序の安定や戦争の慣習を重視しない、ということになりはしませんか?」

 サーイェナが、ややきつい口調で言葉を差し挟んだ。

「たしかにな。だが、そなたらがそう抗弁するのであれば、この場で人間界縮退問題対策本部をタナシス王国の敵と宣言することもできるのだぞ? それは望むまい」

 笑みを湛えたまま、シェラエズ王女が静かに言う。

「殿下。なぜ貴国は魔力の源を欲しているのでしょうか?」

 夏希は訊ねた。

「もちろん、人間界縮退を防ぐためだ。そなたらが気付くよりもはるか以前に、わがタナシス王国は人間界の縮退を察知し、その観測と研究を行ってきたのだ。今のところ、効果的な対策は魔術の使用抑制しかない。そこで、魔力の源をわが国が一元管理することに決めたのだ。平原および高原にある魔力の源を確保し、これをタナシスに持ち帰ることが、わたしに課せられた使命なのだ」

「殿下。すでに平原でも高原でも、魔力の使用は原則的に行われておりません。人間界縮退対策本部は、貴国と協力してこの問題に対処する用意があります」

 エイラが、毅然たる態度で告げる。シェラエズ王女が、首を振った。

「信用できぬ。大国であり、もっとも進んだ文明国であるわが国こそ、魔力の源の管理者に相応しい。平原各国と高原諸族は、ぜひ魔力の源を我々に譲渡してもらいたい。それが、人間界縮退を止める唯一の理性的な手段だ」

「しかし、そのために戦争を起こすなど……」

「人間界が消えてなくなるよりははるかにましではないか。平原と高原に戻り、国王や族長に伝えてほしい。速やかに魔力の源を譲渡するように。そうすれば、派遣軍はすぐにでも撤収し、二度と南の陸塊の領土に足を踏み入れない。お判りいただけたかな?」

 うっすらと笑みを湛えて、シェラエズ王女がエイラを真っ直ぐに見据えた。

「譲渡を拒否した場合はどうなりますか?」

 王女の返答は予想がついたが、あえて夏希はそう訊ねた。

「もちろん、派遣軍の全力を持って攻め込み、奪取する。その能力は十分にあるからな」

 笑みを深くしたシェラエズ王女が、夏希を一瞥して言い放った。



「ともかくこれで、タナシスの目的ははっきりしたわけね」

 ノノア川を遡る川船の中で、夏希は言った。

「動かせる魔力の源があれば、魔力を移し変えることによって、ジンベルの魔力の源を隠すことが可能なのですが」

 エイラが、唇を噛んだ。

「ニョキハン殿に、お借りしましょうか」

 サーイェナが、魔界の賢者の名前を口にする。

「簡単には貸してくれないでしょうね。それに、貸すことは人間同士の争いに加担することになるのではないでしょうか」

 エイラが指摘する。

「ねえ、エイラ。魔力の源って、その容量みたいなものに、制限はあるのかしら?」

 夏希はそう訊ねた。

「推測ですが、元からあった魔力の量は超えられないのではないでしょうか」

「つまり、皮袋みたいなもので、その持てる魔力には限度があると」

「そうですね」

「サーイェナも、同じ意見?」

「もちろんです」

「じゃ、ジンベルの魔力の源は、今現在どのくらい魔力を蓄えているのかな? 半分くらい?」

「その大きさが、蓄えている魔力の量を現しているわけですから……伝承による昔の大きさを勘案すると……七割程度でしょうか」

 可愛らしく小首を傾げて、エイラが答える。

「サーイェナ。高原の魔力の源は?」

「そうですね。八割くらいではないでしょうか」

 やや眉をしかめるようにして、サーイェナが答えた。

「じゃ、ワイコウのものはどの程度かな?」

「見た感じ、ジンベルのものと大きさはたいして変わりませんでしたから、七割程度でしょうか」

 エイラが、推測する。

「なるほど。タナシスが派遣軍を組織してまで、必死になって魔力の源を求めている理由が、やっと判ったわ」

 夏希はにやりと笑った。

「どういうことですの?」

「ニョキハンによれば、タナシスにある魔力の源は三つ。そして、ワイコウの魔力の源を移し替えたということは、そのうちのひとつは確実に魔力を使い切ってしまっていて、ワイコウまで持ってくることができた、ということよ。すべての魔力の源の容量が同じだとすると、他の二つもかなり少なくなっているんじゃないかしら」

「妥当な推論ですね」

 エイラが、うなずく。

「つまりこれは、安全保障問題なのよ。高原よりも早くタナシスが人間界縮退に気づいたということは、すでにタナシスでは高原より大きな被害が出ているはずだわ。そして、すでにタナシスの保有する魔力の総量は少ない。つまり、人間界縮退に対して打てる手がほとんどない状態なのよ」

「大国タナシスの命運を、わたくしたちが握っているということですか」

 サーイェナが、言う。

「そう。南の陸塊で魔力が無駄遣いされれば、タナシスは危機に陥る。だから、軍事力を行使してでも魔力の源を確保しなければならない、と考えれば、辻褄が合うもの」

「でも、シェラエズ王女はそのことをことさら隠そうとはしていませんでしたね。タナシスの命運が、こちらの手に握られているというのに」

 エイラが指摘する。夏希はうなずいた。

「こちらが折れると読んでいるのか、あるいは軍事力の優位に自信があるのか。ま、政治的判断は平原共同体に任せましょう。今は一刻も早く戻って、報告することだわ」



「夏希の分析が正しければ、派遣軍は高原まで攻め込むということだな」

 生馬が、無精髭の浮いた顎を撫でた。

「それだけの能力があるのかしら?」

 凛が、訝る。

「タナシスはすでにワイコウの魔力の源を確保しているんだ。ジンベルのそれを確保しただけでも、とりあえずの目的は達成できるだろう。実際問題として、高原までの侵攻は無理だろうな。長大な兵站線を維持できないよ。平原に踏み込んでしまえば、兵站線を守るためには面的な制圧が不可欠だが、さすがにそれだけの兵員数はない。本気で高原侵攻を行うとすると、最低でも十万の兵力が必要だろう」

 拓海が、そう分析してみせる。

「和平という選択肢はないかしら。タナシスも人間界縮退問題に苦慮しているのだから、対策本部とタナシス王国が等しい量の魔力を保有する、とか」

 凛が、訊いた。

「その気があるのならば、対策本部の使節にしかるべき提案があったはずだけどね。ところが、与えられたのは、事実上の最後通牒だ」

 駿が、笑った。

「いずれにしても、共同体総会の判断待ちだな」

 拓海が、唸る。

「戦争準備はどうなってるの? わたしが留守のあいだ、ちゃんと進んでた?」

 夏希は、拓海と生馬をかわるがわる見た。

「順調だよ。とりあえず四万八千集めた。兵站要員に市民五千。高原からは、さらに二万増派の確約を得た。時間はかかるけどね」

 拓海が答える。

「どのくらいの敵が攻めてくるのかしら」

「ルルトやワイコウからの情報を総合すると、今のところ、敵総兵力は陸戦要員五万、水夫や水兵二千五百から三千、と見積もられる。おそらくは、四万から四万五千程度が来るだろうな」

「凄まじい数だね」

 駿が、肩をすくめる。

「質はどうなの?」

「グリンゲ将軍の話では、かなり錬度は高いらしい。別のルートで入手した情報によれば、タナシス正規軍が五分の二程度、自治領軍と公国軍が五分の一ほど。残りが奴隷軍らしい。装備は、長槍と弓、それに薙刀なぎなたみたいな長柄刀ちょうへいとうを持った重装歩兵と、幅広の曲刀を装備した軽装歩兵、それにいしゆみだそうだ」

「弩って、昔の中国を描いた映画に出てくる、ボウガンみたいなやつだっけ?」

 夏希は首を傾げつつそう訊いた。

「タナシスが使っているやつは、古代中国のものよりは洗練されているようだがな。いずれにしろ、連射速度は普通の弓に劣るが、直射での射程と威力には勝る。野戦では、あまり使い勝手のいい兵器ではないはずだ。敵はこれを奴隷軍の主要装備として使っているようだ」

「で、こちらの作戦は?」

「予定通り、湿原地帯南部で迎撃する。候補地は、ここだ」

 拓海が、机上の地図の一点を指した。マリ・ハから、さほど離れていない位置だ。

「ノノア川の東岸にリモエス、という小さな村があって、その少し下流にタホ川という支流が西から流れ込んでいる。タホ川のやや上流には大きな沼があって、そこに川船を待機させることができる。北からノノア川沿いに伸びていた街道は、いったん西側に膨らんで、タホ川に掛かる橋を通過してから、再び東寄りに向きを変え、ノノア川沿いに戻る。そしてその先には、大きな丘がある。リモエス村の南方はジャングルと沼沢地で、通行は無理だ」

「なんだか、ややこしい地形ね」

 頭の中で地図を描いたのか、あらぬ方を睨んだ凛が、眉をしかめる。

「あとで図を描いてやるよ。わが主力はその丘の上に布陣し、街道およびノノア川を南下する敵を迎撃する姿勢を見せる。敵は、こちらの思惑が丘上からの攻撃にあるものと見て、タホ川の北に戦力を集結させるだろう。正面から攻撃、あるいは川沿いに突破を図る、または大きく西へと迂回を図ることを意図してね。とにかく、その注意は南側に向けられるはずだ。そこで機を見て、突撃連隊を主力とする精鋭を川船でタホ川を使い突っ込ませる。できれば、敵の半数程度がタホ川の南へ渡った時点が望ましいね。主力も丘を降りて、攻撃開始。あそこの橋は細いからね。南と西から圧迫し、兵力差で押し切る」

「タイミング次第の作戦だな」

 生馬が、唸った。

「生馬には、突撃連隊と正規大隊五個すべてを預ける。これで、敵の側面を衝いてくれ。夏希、あんたには出来のいい市民軍五千と、高原戦士一万を任せる。これで西側から回り込み、生馬と連携してくれ。俺は主力を指揮して、南から攻める」

「ねえ。それならタホ川に掛かる橋をあらかじめ落としておいたほうがいいんじゃないの? 時間も稼げるし」

 夏希はそう献策した。拓海が、首を振る。

「いやいや。この橋が、中途半端に立派な橋なのが、本作戦の重要なポイントなんだ。二人の兵士が並んで走れるくらいの幅がある。おおよそ、一分間に四百から五百名は渡れるだろうな。これ以上立派な橋なら、短時間で大兵力が渡れてしまうからこちらとしてはやりにくくなるし、細い橋ならば橋頭堡の確保に時間が掛かるから、敵は事前に仮設橋を建設するだろう。あらかじめ橋を落としてしまえば、当然複数の仮設橋を掛けてから北岸への進出を試みるはずだ。一分間に五百名とすると、四万の兵力が渡河するには八十分。分断撃破を狙うには、ちょうどいい」

「うーん。うまく行くかしら」

 夏希は首を傾げた。兵員数はこちらの方が上だが、総合的な質はタナシスの方が高いだろう。拓海が集めた四万八千の兵士のうち、プロの兵士と言えるのは六分の一程度。あとは訓練不十分の市民軍と、きわめて勇敢だが戦争慣れしていない高原戦士なのだ。

「難しいところだな。ま、第二の策としてマリ・ハの方で防塞構築を進めてるし、例の秘密兵器の建造もどうやら間に合いそうだし。そうそう、船名を決めなきゃならないんだが……なんかいいアイデアないか?」

 拓海が、他の四人を順繰りに見る。

「船名ねえ。適当でいいんじゃないの?」

 凛が、面倒くさそうに言う。

「軍艦だから、人名か地名か、あるいは勇ましい形容詞とかだね」

 駿が、言った。

「人名か。戦国武将名とか、どうだ?」

 鼻息を荒くして、生馬が提案する。

「この世界の人がわからなきゃ意味ないような」

 夏希は苦笑いした。

「何隻かあるのなら、平原の地名でもいいと思うが、一隻だけじゃ難しいねぇ」

 駿が腕を組む。

 五人はしばらくアイデアを出し合ったが、全員が気に入るような名は出てこなかった。

「もう、名なしでいいじゃない」

 話し合いに飽きたのか、凛がそう言い出す。

「いやいや。正式名称がないと、指揮統制の際に困るだろう」

 拓海が首を振る。

「いっそのこと、恥ずかしい名前にしようか。友情、とか、友愛、とか」

 にやにやしながら、駿が提案する。

「待った。動物の名前はどう?」

 ふと思いついた夏希はそう訊いた。

「猛虎とか大鷲とかか? それもけっこう恥ずかしいな」

 生馬が、笑う。

「それじゃ、この世界の人にわからないじゃないの。高原に、セレンガっていう猛獣がいるの。雌ライオンに似た美しい獣よ。これなら、平原の民でも噂くらい聞いたことがあるはずよ」

「そうか。その手があったか」

 拓海が、ぱしんと両掌を打ち合わせた。

「セレンガなら、高原の民は皆ある程度の敬意を持っている。平原でも、知られた名だろう。いい名前だ。気に入ったぞ」

「高原通の拓海が言うのならば、問題ないだろう」

 生馬が賛成する。駿と凛からも、異論は出なかった。


第六十九話をお届けします。

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