67 タナシスの野望
ルルト政府から派遣された正式な急使がハンジャーカイを訪れたのは、翌日の昼過ぎであった。すぐに平原共同体連絡会議総会が招集され、集まった平原各国代表や高原のオブザーバーの前で、急使がルルトの窮状を述べ、支援を乞う。
「派兵決定だ。総会は平原共同軍司令部に対し、高原諸族および海岸各国と協力し、ルルト市を占拠したタナシス軍部隊を速やかに排除するように命令を出した。平原各国代表は、それぞれの国で防衛隊を供出することと、市民軍を組織することにも同意した。高原のオブザーバーも、義勇軍派遣に協力を確約した」
総会から戻ってきた駿が、一気に説明した。
「で、新たな情報は?」
拓海が、訊く。
「敵兵力は一万七千から八千。船団は七十隻で、軍船が約三分の一。陸戦兵力のうち、いわゆるタナシス人は半分程度。残りは、自治州か支配下の公国、あるいは辺境民族らしい」
「タナシス人って、どんな人たちなの?」
凛が、訊いた。
「俺たちに似ているそうだ。きわめて東アジア的。もっとも、風貌を聞いた限りでは、日本人よりは中国人やモンゴル人に近いみたいだがな。自治州なんかは、東部が高原みたいなヨーロッパ系、西部が黒い肌のアフリカ系に近いようだ。北部の辺境域で抵抗している連中は、西アジアっぽい風貌らしい」
拓海がざっと説明する。駿が、メモに眼を落とした。
「戦闘の経緯を説明するよ。一昨日の午後遅く、七十隻の船団がルルト市沖合いに出現。調査のため緊急出航したルルト海軍艦艇を火矢で攻撃して撃退。その後、三群に分かれて西郊の砂浜、海港、ノノア川河口付近の三ヶ所に小船で上陸開始。ルルト国軍と戦闘となる。日没後も戦闘は続き、夜半にルルト王族は南方の都市クートロアに脱出。国軍部隊もかなりの損害を敵に与えたものの、夜明けとともにルルト市を撤退。決戦を避けて西方海上に退避していたルルト海軍艦艇も、これを見てオープァ海軍と合流すべく西進した、ということだ」
「オープァや東部諸国の動きは?」
生馬が、訊く。
「まだ入ってきていない」
「どうもまどろっこしいな。下手したら、丸一日遅れのニュースを聞かされるんだから」
生馬が苛立たしげに言う。
「ともかく、行動指針はできたわけだ。兵力を集め、兵站を整え、情報を収集しつつ敵の出方を待つ。凛ちゃん、今回は付き合ってもらうよ。臨時だが、兵站局と補給局の顧問を務めてくれ」
拓海が、凛を見た。
「いいけど……兵站と補給とどう違うの?」
「あー、補給関連部局が大きくなりすぎたんで、便宜上ふたつに分けてるだけだ。兵站局には、武器を担当する兵器部、防具と被服を担当する装備部、それに衛生部がある。補給局には、食料部、宿営部、それに街道部と河川部がある」
「兵力結集までどのくらい時間がかかりそう?」
夏希は、拓海にそう尋ねた。敵の数が多い以上、こちらも数をそろえないことにはどうしようもない。
「高原次第だな。早くて七日。おそらくは、十日近く掛かるんじゃないかな。戦略的奇襲に成功されたんだから、後手に回るのは仕方がないよ」
拓海らの予測通り、タナシス船団の約五分の四が、ルルト市占拠完了直後に出航し、北方へと姿を消していた。ルルト市民が安堵したことに、タナシス占領軍の規律は高く、市民への暴行や略奪はほとんど行われなかった。しかしその代わりに、市民たちは食料の増産を指示された。住民は他地域への移動が禁じられ、一時的にせよ職を失った商業関係者や職人が集められ、郊外の田畑で働かされる。川船はすべて、船頭ごと徴用された。
タナシスの次の目標が、ルルト王族が避難した南方ノノア川沿いにあるクートロア市であることは明白だった。
「第二陣到着。総兵力推定三万五千。クートロア市攻撃開始か」
夏希は渋い表情で、届いた報告書を眺めた。むろんまだ文字は読めないが、内容は駿が読み上げてくれたので、頭には入っている。
侵攻から七日目の晩である。タナシス侵攻船団主力がルルトを出航したのが二日目の朝。そしてこの報告を携えた急使がクートロアを発ったのが今日の夜明け前のことだから、タナシス側はたった五日で、一万五千以上の兵力をラドームから運び入れたことになる。
「状況を整理しよう。タナシスの軍勢は、西のオープァ王国や東の東部諸国には手を出さず、クートロア市の制圧を優先している。現在のところ、クートロアを守る戦力は、ルルト国軍の残存兵力二千五百と、急遽編成された市民軍二千、それに駆けつけたワイコウ国軍一千だ。ちなみに、このワイコウ軍部隊はかの有名な救国の英雄、アタワン将軍が指揮を執っているそうだ」
笑みを湛え、拓海が説明する。
「タナシス軍がクートロアに差し向けた兵力は、推定二万。……まあ、ルルトに勝ち目はないな」
生馬が、言う。
「でしょうね」
夏希は陰気に同意した。クートロア市は洪水防止用の高い堤防に囲まれているから、防衛戦には適しているはずだが、四倍近い兵力で攻められたらまず守りきれないだろう。
「注目すべきは、なぜタナシスがクートロア制圧を優先したかだ。普通に考えれば、もはや攻勢能力を失ったルルト国軍に止めを刺すより、いまだ無傷であり、ルルト海軍艦艇を加えて戦力を強化した海軍を持つオープァを先に潰しておいた方がいいはずだ。少なくとも、俺ならそうするがな。兵員輸送途中に洋上で襲われたら痛いし、オープァを屈服させればルルト市西側の防衛負担も軽くなり、兵力を節約できる。これをやらずにクートロア制圧を優先する理由は、三つしかないと思う。ひとつは、タナシスの戦略目的は……それが占領なのか膺懲攻撃なのかは知らぬが……あくまでルルト王国でしかない、という可能性。ふたつ目は、戦略目標がノノア川を遡った場所にある可能性。これならば、途中にあるクートロア市を占領しない限り、目的を達成できないからな」
「ワイコウの占領を狙ってるのか? またなんで?」
拓海の分析に、生馬が眉をひそめる。
「わからんよ。あるいはもっと上流……ひょっとすると、平原を狙ってるかもしれないし」
「まさかね」
凛が、笑う。
「三つ目の可能性は、タナシスの最高指揮官が間抜けか、あるいは海岸諸国の情勢に疎いせいかもしれない。戦略状況を見誤っていれば、当然頓珍漢な戦略を選択するはずだからな」
「で、拓海はどれだと推測するの?」
夏希はそう訊いた。やはり軍事に関しては、彼がもっとも頼りになる。
「一番ありそうなのは三番目だな。いくらなんでも、ルルトに手を出せば他の海岸諸国も敵に回すことくらい承知しているはずだ。だから、ひとつ目の可能性は薄い。ふたつ目も、海岸地帯の植民地化ならともかく、タナシス王国がわざわざ膨大な費用を使ってまでして、ワイコウや平原に遠征軍を派遣する理由が見当たらない」
「まあ、クートロア陥落後に、タナシス軍がどう出るかで、結論は出るね」
ずっと黙ってやり取りを聞いていた駿が、ぼそっと口を挟む。
「こっちの準備状況はどこまで進んだの?」
夏希は拓海に質問を放った。
「とりあえず予備大隊はすべて充足させた。市民軍一万がマリ・ハに集結。あと一万も、各国家で編成を終えている。糧食の集積は、まだ終わっていない。川船の多くが、高原から兵力を輸送するのに使われているからな。前回の戦いでもそうだったが、湿原地帯で食料が補給できるところは限られているし、その量もわずかだ。十分な兵站準備なしに大軍を北上させたら、飢えで自滅しかねない」
「川船といえば、新兵器はどうなったの? 今回さっそく活躍できそうじゃない」
凛が言った。
「無理だよ。動員令のおかげで、建造中断になっちまった。あと少しで進水だったんだがな。仮に完成していたとしても、初陣がいきなり二百キロの川下りから始まるというのも無理がある。ま、今回は見送りだな」
残念そうな表情で言った拓海が、肩をすくめた。
夏希らの予想通り、クートロア市の攻防戦は一日で終わった。ルルト国軍は、ルルト王族を守ってクートロアを脱出、ワイコウの増援部隊も同様に同盟国の都市から退却した。市民軍は一部が脱出に成功したが、残りは武器を置き、タナシス軍に降伏した。
「いくつか興味深い報告が入ってきた。順に説明しよう。まずは、ルルト国王が平原共同体に庇護を求めてきた。王族を乗せた川船は、すでにワイコウを素通りして平原に向かっている。総会は開かれていないが、主要各国はすでに受け入れを表明している。次に、クートロア市を退いたルルト国軍とワイコウ国軍だが、いずれもワイコウ市に向かった。ここを拠点にして、抵抗を続ける目論見のようだ」
メモを片手に、淡々と駿が報告する。
「続いてオープァ海軍からの報告だ。タナシス船団が、また消えた」
「あちゃあ~」
凛が、手のひらで顔を覆う。夏希も天井を仰いだ。これで、五日か六日後には、タナシスの兵員が一万五千ばかり増えるだろう。
「参ったな。ルルトとの戦闘で多少損耗しているとはいえ、現状で三万以上の兵力なのに、さらに増援となると、こちらの動員計画も見直さないとまずいぞ」
拓海が、唸る。
「敵も、策源地たるルルトの守備に一定の兵力は割かねばならんだろうし……こちらは最低でも五万五千は欲しいな。どうする?」
生馬が、拓海を見る。
「無理をすれば、平原で市民軍を集められるが、やりたくないね。補給局が、五百名以上別枠で人を雇う必要があるし。集めるのに時間がかかるが、高原に頼むしかないよ。一万人増員だ」
「下手をすると、あと十日は掛かるぞ」
脅すように、生馬が言う。
「仕方ない。敵は市民軍を含んでいないんだ。錬度はそれなりに高いだろう。兵力的に劣勢のまま攻勢に出るのは無謀だ。ルルト国民には悪いが、もう少し我慢していてもらおう」
侵攻九日目。クートロア市に若干の守備兵力を残置したタナシス軍は、推定一万八千の兵力で南下を開始した。
「いやいやいや。さすがにおかしいだろ、これは」
拓海が、呆れる。
外交部長として、各国の王族との折衝で忙しい駿を除く異世界人四人は、例によって拓海の執務室に集い、情報の収集と分析を続けていた。
「南下したってことは、タナシスの目的が、ワイコウの制圧だったってこと?」
夏希は拓海を見やってそう訊いた。
「かもしれんが……ワイコウを攻撃して、タナシスにどんな得があるってんだ?」
夏希と眼を合わせた拓海が、首を振る。
「とりあえずワイコウを陥落させ、そこを拠点に南からの反撃に対する守りを固め、あとからオープァと東部諸国を平らげる目論見かもしれない」
机上の地図を睨みながら、生馬が言う。拓海が、鼻を鳴らした。
「教科書無視の戦略だがな。すでにオープァも東部諸国も市民軍の動員を終えて、がっちり守りを固めてるから、簡単には屈服しないぞ。こちらがワイコウにちょっかいを出せば、南方にもかなりの戦力を割かねばならないし。ルルトとワイコウの連合軍には、ルルト市を奪還する力はなかったのだから、先に主力でオープァを陥とし、返す刀でクートロア市を占領した方が、はるかに楽だったはずなのに……」
「そのタナシス軍総指揮官に関しても、情報が入ってきたわよ。どうやら、指揮しているのはタナシス国王オストノフの次女、シェラエズ王女らしいの」
報告書をぴらぴらと振りながら、凛が言った。仕事の都合上、いつの間にか彼女もかなりこの地の文字を読めるようになったらしい。まあ、もともと凛の英語の成績は夏希よりもはるかに上だったから、言語センスが優れていたのかもしれないが。
「ほう。女性野戦指揮官か。夏希のライバル出現かな」
拓海が、茶化す。
「やめてよ。向こうは万単位の軍勢動かしてるのよ。わたしとは桁が違うわ」
夏希は顔をしかめた。まして向こうは超大国の王女である。こちらは、小国の一貴族に過ぎないのだ。
「次女か。親征の代理かな? それとも指揮官としての才覚があるのか」
生馬が、腕を組む。
「それが、関係あるの?」
「大有りだよ。指揮官の立場がわかれば、その足元を掬うような手を打てる。親征の代理であれば、面子を失うことには耐えられないだろう。だが、有能な野戦指揮官として、指揮権を付託されていれば、面子を失ってでも実利を取るだろう」
拓海が、説明した。
「だからこそ、拓海は参謀役に徹してるんだよな」
生馬が言う。
「ま、主たる目的は、軍隊の実権を握らずに作戦指揮を執りたいからだが。トップに立っちまうと、無用な責任が生ずるし、敵に研究されるしでいいことない。それに、俺たちが所詮は異世界人だということも忘れちゃだめだ。権力を握れば、警戒されるし妬まれる。今まで曲がりなりにもジンベルや平原の改革を進めてこれたのは、なるべく既得権益を侵さぬように注意深くやってきたからだ。どこかのマンガやアニメみたいに、既得権益侵しまくりで強引に異世界の改革などやらかしたら、良くて恨み買いまくって暗殺、悪けりゃ内戦突入だよ」
拓海が、苦笑いする。
「ストーリー的には、その方が盛り上がるからね」
ラノベ通の凛が、言う。
「そうか。みんなそれなりの地位に就いたけど、誰かを蹴落としたわけじゃないんだ」
夏希はここ半年の流れを思い出しながら言った。五人とも色々な肩書きを持ったが、その大半が、平原統合軍や平原共同体、人間界縮退対策委員会などの新設された組織のポストであったし、ジンベル防衛隊での地位も、市民軍隊長などという新たに設けられたものであった。夏希らのおかげで不利益をこうむった人は、ジンベルや平原の敵になった人々を除けば、きわめて少ないはずだ。
「いずれにしても、タナシスの真意がわからんと、具体的な戦略を策定しづらいな」
拓海が、唸る。
「聞いてみれば?」
唐突に、凛が言った。
「聞く?」
「平原共同体はタナシス王国と直接交戦したわけじゃない。外交使節を送って、シェラエズ王女に会うのよ。何らかの情報は得られるはずだわ」
「いい案だが、かなり危険だな。問題は、誰を行かせるかだが……」
生馬が、組んでいた腕を解いて、顎を撫でた。
「駿じゃだめなの?」
夏希はそう言った。交渉ごとなら、彼が一番優秀である。
「もうすでに、平原共同体がルルト王族を庇護したことは知られているだろう。開戦に向けて準備していることも、当然悟られているにちがいない。外交部長を送り込むのは、リスクが大きすぎるな。もう少し、中立的な立場の者の方がいい」
拓海が、言う。
「中立的といえば……」
凛が、夏希を見た。
生馬も、夏希を見つめる。
「そうだな。人間界縮退対策本部は、平原各国と高原諸族の支援を受けてはいるが、政治的には独立した国際組織だ。武力はもっていないし、今回の戦争にも中立の立場を貫けるだろう。以前から、タナシス王国と接触しようとしていたのだから、南の陸塊にタナシス王族が来たのであれば、挨拶に行ってもおかしくはないな」
拓海が、にやつきながら言う。
「……捕まって処刑とかされたらどうするのよ」
「エイラとサーイェナに一緒に行ってもらえ。コーカラットとユニヘックヒューマが一緒なら、タナシスも無茶はしないだろう」
生馬が言う。夏希は逃げられそうにないことを悟った。
「……こんなことなら、賢者を続けていればよかった……」
「何か言ったか、秘書官?」
グリンゲは、傍らに立っているキュイランスを見た。
「何でもありません、大臣閣下」
青い顔をしたキュイランスが、つぶやくように答える。
「しっかりしろ。アタワン将軍相手にはったりをかましたことを思い出せ。お前は、自分で思っているよりも度胸のある男だ。安心しろ。タナシスは手荒な真似はしないはずだ」
「そうだといいんですけど」
グリンゲとキュイランス。今はワイコウ王国農務大臣とその秘書官となった叔父と甥は、川船の船首に立っていた。その後ろでは、一人の兵士が長槍の穂先に細長い白布を結びつけたものを、頭上に掲げてゆっくりと左右に振っている。軍使や交渉者の印である。
小さな川船は、ゆっくりとワイコウ川を下っていった。すでにタナシス軍は、王都ワイコウまで半日足らずのところまで迫ってきている。
「ふむ。どうやら見つかったようじゃな」
河岸に気配を感じたグリンゲは、視線を正面に据えたままつぶやいた。
「これ。落ち着かんか」
急にあたりをきょろきょろと見回し始めたキュイランスを、たしなめる。
ほどなく、前方に川船が現れた。タナシス人が乗っていることを見て取ったグリンゲは、船頭に減速を命じた。十キッホほど離れたところで停船し、用向きを告げる。
「ワイコウ王国農務大臣グリンゲだ。国王陛下の命を受け、参った。タナシス軍指揮官にお目にかかりたい」
「承りました。ご案内しますので、当船のあとについてきてください」
細く吊り上がった眼のタナシス士官が、慇懃に言う。
一シキッホばかり下ったところで、タナシス船が河岸に寄った。上陸を促されたグリンゲは、キュイランスを伴って岸に上がった。船頭や、護衛の兵士も船から下りるように要請される。どうやら、河岸にいてもらいたくないらしい。少しばかり奥まったところにある野原に案内されたグリンゲらは、そこでしばらく待つように告げられた。
「扱いが悪いですね」
キュイランスが、愚痴る。
しばらくすると、十数名の兵士が分解された天幕を持って現れた。慣れた様子で、野原に大きな天幕をいくつも立ててゆく。全員が、茶褐色の肌をした南の陸塊では見かけない人種であった。作業が終わったところで、指揮者らしい士官が、一行を小振りの天幕の中に招じ入れた。グリンゲらは、敷物の上に座って待った。しばらくすると、二人の兵士がお茶を運んできてくれた。今度は、高原の民のような白い肌の人種だった。
三十ヒネばかりのち、天幕に革鎧姿の中年男性が現れた。元軍人として、男性が高位の軍人であることを本能的に悟ったグリンゲは、素早く立ち上がった。
「タナシス正規軍のランブーン将軍です。お待たせしました、派遣軍総指揮官、シェラエズ王女殿下がお会いになられます」
中年男性……ランブーン将軍が、丁寧な口調で挨拶する。
「ワイコウ王国農務大臣グリンゲです。将軍、秘書官を同行させてもよろしいかな?」
「ご随意に。しかしながら、護衛の方はご遠慮願います」
グリンゲとキュイランスは、ランブーン将軍の案内で天幕を出た。いつの間にか、あたりにはタナシス軍兵士が二百名ばかり集まっていた。二ヒネほど歩み、ひときわ大きな天幕の前に出る。
「こちらで、王女殿下がお待ちです。どうぞ」
ランブーン将軍が、天幕の垂れ幕を持ち上げる。
「将軍。身を検めなくてよろしいのですかな?」
グリンゲは、少々驚きながら訊いた。彼もキュイランスも、ここまでまったく身体検査の類は受けていない。もちろん、身には寸鉄も帯びていないが、これではグリンゲがその気になれば小振りの剣くらいは持ち込めてしまうだろう。
「ワイコウは文明国でしょう。タナシスも、同様です。国王陛下の命令を受けていらっしゃった閣下が邪な企みなどするわけがありません。それに、王女殿下は勇気あるお方です。どうぞ、お入り下さい」
ランブーン将軍が、薄く笑った。
第六十七話をお届けします。