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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
65/145

65 拒絶

 ラドームの公女王カミュエンナから、タナシス本国より入国許可申請に対し返答が来たとの連絡があったのは、夏希らがラドームに入国してから五日目のことであった。

 夏希らはすぐさま公王宮に出向いて拝謁を願い出た。カミュエンナも待っていたらしく、すぐに謁見の間に通される。

 挨拶が終わると、カミュエンナがさっそく本題に入った。

「タナシス本国の意向をお伝えします。現在、タナシス本国内では叛徒が跳梁しており、人間界縮退対策本部および平原共同体からの訪問団の安全を保障できない。ゆえに、入国を遠慮願いたい、とのことです」

「叛徒の跳梁、ですか」

 凛が、眉根を寄せる。

「公女王様、それほどまでにタナシス本国は乱れているのですか?」

 サーイェナが、訊いた。

「たしかに辺境州では叛徒が力を持っていますが、その他の州や自治州は平和そのもののはずです。少なくとも、わたくしが知る限りは」

「ならば、王都リスオンまでくらいならば安全でしょうに……」

「とにかく、タナシス本国の意向はお伝えしました」

 異論を唱えようとしたサーイェナを遮るように、カミュエンナがきっぱりと言った。

「それから、人間界縮退問題に関しての書状も一緒に届きました、お渡ししておきます」

 カミュエンナの合図を受けて、控えていた書記の一人が折り畳んだ書状を持って現れ、恭しく凛に手渡した。凛が、改めてカミュエンナに礼の言葉を述べる。

「わたくしとしても、今回のタナシス本国の意向を遺憾に思います。ここラドーム公国は、北陸塊にあるタナシス王国に属しているとはいえ、北陸塊と南陸塊のあいだにある地。あなた方とは、友好的にお付き合いしたいのです」

 褐色の眉間にわずかに縦皺を寄せながら、カミュエンナが言う。

「平原共同体も、タナシス王国ならびにラドーム公国との友好を切に願っております」

 凛が、そう応じる。



 宿舎に戻った凛が、書状をエイラに渡す。夏希は、書状を読み上げるエイラの声に耳を傾けた。

「中身のない書状ね。要約すれば、縮退問題はいまだ調査中。協力要請は検討中、ってことでしょ?」

 訊き終えた凛が、憤然として言う。

「そのようですね。長いあいだ音沙汰なしだったのに、返答は中身がない。何を考えているのでしょう、タナシスは?」

 サーイェナも、わずかに怒りの色を見せながら首を傾げる。

「少なくとも、人間界が縮退していることは、認識しているのよね。だけど、積極的に対策を施そうとしていない。被害が出ていないのかしら」

 夏希はそう推測した。

「そうね。困っているのならば、こちらから申し出た協力を事実上断るような返答を寄越す訳ないものね」

 凛が、同意する。

「いずれにしても、タナシスに関して情報が少なすぎますわ。これでは、対策の立てようがありません」

 困り顔で、エイラが言った。

「外交使節を受け入れてもらえないとなると……スパイでも送り込みますか」

 凛が、ぼそりと言う。

「候補がいるの?」

「彼女とかどう? 空も飛べるし、いざとなったら魔界に逃げ込めるし」

 凛が、天井付近に浮いているコーカラットを見上げる。

「戦略情報の収集は、厳密に解釈すれば人間界の争いに介入しないという魔物の大原則に抵触するおそれがあるのですぅ~。凛様の頼みでも、聞くわけにはいかないのですぅ~」

 するすると低いところに回転しながら降りてきたコーカラットが、言う。

「じゃあ、商船を送り込みますか。山っ気のある商人に偽装して」

 夏希はそうアイデアを出した。

「異国船打ち払い令とか出てるかもよ」

「なら、難船を装って救助を求めるとか」

「いきなり処刑されたりして。いずれにせよ、危なすぎるわね。仮に潜入に成功したとしても、こちらと連絡が取れなければ役に立たないし」

 凛が、首を振る。

「じゃあ、いったん戻ってみんなと相談する?」

「それしかないわね。エイラ。サーイェナ。なにかいい考えはある?」

 凛が、ふたりの巫女に振った。

「ありませんわ」

「同じく」

「じゃ、明日にでも帰国の船を出してもらいましょう。港まで行って、ルルト船とランクトゥアン王子に話をつけてくるわ」

 立ち上がった夏希は、凛に向かって手を突き出した。

「あたしも行かなきゃだめ?」

「違うわ。お金貸して。今日のうちにコーヒー豆全部買い占めて、船に積んでおきたいから」

 真顔で、夏希は告げた。



 翌日、麻袋五つ分の生豆を積んだルルト船は、オープァ軍船に先導されてグルージオン市沖合いから外洋へと出て行った。帰路もかなり海は荒れたが、ユニヘックヒューマの飲み物の助けを借りて、夏希はなんとか乗り切った。

 ルルト海港に無事入港し、川船に荷を移し替え、ランクトゥアン王子に別れを告げる。改めてルルト王宮に赴き、国王の尽力に対し礼を述べた一行は、ルルト外務当局者とタナシス情報の収集に関する打ち合わせを行った後に、与えられた宿舎へと引っ込んだ。そこで一泊し、少しばかり土産物を買い込んでから、川船に乗り込んでノノア川を遡り始める。

 ラドームを発って七日後の午後遅く、ようやく一行はハンジャーカイへと帰りついた。




「ほう。懐かしい香りだな」

 生馬がカップから立ち昇る香気を吸い込んで、眼を細める。その隣では、拓海が凛特製の糖蜜から作ったザラメ糖もどきを、カップにどかどかと放り込んでいる。夏希は顔をしかめた。

「そんなに甘くして。太るわよ」

「苦いのは苦手だ」

 金属スプーンでカップの中身をぐるぐるとかき回しながら、拓海が言い返す。

 その目的を達成できなかったタナシス訪問団が、ハンジャーカイに帰還して解散した翌日である。五人の異世界人は、ハンジャーカイ郊外の畑を潰して新設された『平原共同軍参謀部庁舎』の中にある参謀長執務室に集まっていた。

「ではまず、訪問団団長から報告するわね」

 凛が、ラドームにおける訪問団の活動と、タナシス側の反応を詳しく説明する。

「タナシス王国の言うことは信用できないねぇ」

 にこやかにコーヒーを啜りながら、駿が言った。

「同感だな。たかだか二十名程度の外交使節団の安全を、大国タナシスが守れないわけがない」

 生馬が、うなずく。

「受け入れ拒否の真の理由はなんだ? 友好関係を結ぶ気がないのか、あるいは情報の流出を嫌っているのか……」

 カップを置いた拓海が、考え込む。

「単なる不干渉主義なのかもね。モンロー主義のような」

 駿が、言った。

「どうかな。この世界の海は、厳密に言えば海洋とは言えないだろう」

 拓海が、首を振る。

「海洋じゃないって、どういうこと?」

 夏希は訊いた。たしかに、太平洋やインド洋に比べれば小さな海だが、日本海よりも広い海なのだ。海洋と呼んでも差し支えないのではないだろうか。

「あー、地政学的に言えば、この世界の海は閉鎖海なんだ。南北は陸塊、そして東西はおそらく魔界によって閉ざされている。地中海を思い起こしてくれればいい。モンロー主義……両米大陸に対する新たな植民活動の禁止、ヨーロッパの政治組織を西半球に拡大する試みの拒絶、そしてヨーロッパ内政に介入しないという政策が、曲がりなりにも機能したのは、大西洋が大きく、そして開放された海だからだ。ヨーロッパのシーパワーは、大西洋を通じてアフリカやアジアに投射することができる。北米は太平洋にも面しているから、シーパワーをアジアへと向けられる。しかし、この世界の海は閉ざされている。タナシスのシーパワーが伸張すれば、その向かう先は南側の陸塊しかないんだ。不干渉主義の維持は難しいよ」

「そうなの? お互いいわば鎖国状態になれば、不干渉主義を貫けるんじゃないの?」

 夏希はそう反駁した。

「ラドームが王国から公国になった経緯を忘れているよ。タナシス王国は、少なくともラドームまではその政治組織を拡大して来たんだ。もし厳密に不干渉主義を貫きたければ、ラドームを中立地帯にするのが正解なのにね。どう見ても、ラドームの地は互いの陸塊に影響を及ぼすためのブリッジヘッドになるだろうし」

 拓海ではなく、駿が答える。

脱色頭ブリーチヘッド?」

「ブリッジヘッドだ。橋頭堡。敵地で橋を通過する場合、軍勢は脆弱となる。一度に対岸に渡れる兵の数は限られているからね。各個撃破のおそれがある。それを防ぐために、橋を渡った先にとりあえず置かれる強固な前衛部隊による応急陣地などを橋頭堡と称するんだ。地政学用語だと、戦略的な足掛かりの土地、という意味合いだな。朝鮮半島は日本に対するブリッジヘッド、などと使われる」

 例によって、拓海が説明してくれる。

「案外、人間界縮退の原因を作ったのが、タナシスだったりして」

 冗談めかして、凛が言う。夏希は眼を剥いた。

「それを隠すために、入国拒否したの? あり得ない話じゃないわね」

「とにかく、平原共同体外交部は海岸諸国と協力して、ラドーム公国を通じタナシス王国とのあいだに外交関係を樹立できるように努力を続けるつもりだ」

 駿が外交部長としての決意を披瀝する。

「いずれにしても、まったく情報が取れないのは困りものだな。頼みの綱は、ラドーム公国経由の情報か。そのカミュエンナとかいう女王様は、まともな人物なんだな?」

 拓海が、確かめる。

「しごくまともな人物に見えたわね。タナシスに従属してはいるけど、こちら側との友好も維持したい。トラブルになったら、矢面に立つのは彼女の国だからね。板ばさみで苦慮している感じだったわ」

 小さくうなずきながら、凛が答える。

「緩衝国の悲哀だな」

 拓海が、言った。

「それで、わたしたちの留守のあいだ、なにか進展はあった?」

 コーヒーのお代わりを注ぎながら、夏希は訊いた。

「人間界縮退に関しては変わらず。平原共同体の方は、だいぶ組織が整ってきたよ。文化教育部で、念願だった師範学校設立に向けた準備室を立ち上げた。まだ先は長いがね。外交関係では、ノノア川の利用に関する条約を制定するために、各国と調整に入っている。沿岸すべての国が関わる条約だから、これも時間が掛かりそうだがね」

 嬉しそうに、駿が報告した。

「俺は突撃連隊の編成を終えたよ。総員千名。長槍兵が四百、長剣兵が三百、弓兵が百八十、散兵が百、本営が二十。かなりの打撃力になるはずだ」

 こちらも嬉しそうに、生馬が報告する。

「俺のほうは、軍縮を終えた。突撃連隊を除く野戦部隊は、四百名大隊五個にまで削減した。戦時には、動員を掛ければ三日で十個大隊まで増える」

 今度は拓海が報告した。

「合計三千名プラス二千名か。たいしたことないわね」

 凛が、いささか辛辣そうに言う。

「常備軍は金がかかるんだ。参謀部の方でも、かなり人員を使ってるしな。とにかく、参謀部の各部局が平時にきっちり仕事をしていてくれれば、いざという時に動員を掛け、各国に防衛隊を派遣してもらい、そのうえ市民軍を集めれば、短時間でかなりの兵力を円滑に運用できる。大隊の配置はススロン、エボダ、ニアン、マリ・ハ、それにハンジャーカイに各一個ずつ、突撃連隊はハンジャーカイに置く。これで当面、平原は平和を保てるだろう。それと、新兵器の開発にも取り掛かっている」

「新兵器?」

「生馬」

 拓海が、生馬に合図した。生馬が大声でソリスを呼ばわる。

 しばらくして現れたソリスは、一本の棒状武器を携えていた。立ち上がった生馬が受け取って、斜めに構えてポーズを取る。

「海岸諸国のげきに似てるけど、ちょっと雰囲気違うわね」

 全長は刃部を含めて二メートル半ほど。刃部には、片側に斧を思わせる形状の大きな刃が、その反対側に太いナイフのような刃が突き出している。先端には、槍先のような尖った刃がある。

「ハルバードだ。いわゆる矛槍だね。突けば槍として、叩けば長柄の戦斧として、錨爪を使えば引っ掛けることもできる多用途兵器だ。複合兵器としては、史上もっとも成功した部類じゃないかな。防御には長槍のほうが適しているが、攻勢には使いにくいし、接近戦にも弱い。ハルバードなら、攻防両面で威力を発揮できる。慣れないと扱いにくい武器だが、いずれ長槍兵の大半はこれに置き換えるつもりだ」

 拓海が、説明した。

「竹竿の君に、感想をうかがいたいね」

 生馬が、ハルバードを夏希に差し出す。立ち上がった夏希は、しぶしぶそれを受け取った。天井に刃部が刺さらないように注意しながら、小さく振ってみる。見た目どおり、結構重い。三キログラムくらいか。

「確かに、使いこなすにはかなり訓練しなきゃならないでしょうね」

 夏希は刃部をじっくりと観察しながら言った。竹竿のように、単に振り回すだけでは役に立たない。相手に正確に斧刃の部分を叩きつけたり、錨爪を引っ掛けたりしなければならないのだ。

「新兵器は、もうひとつある」

 にやにやしながら、拓海が言う。

「今度はなに? 連弩れんどでも開発したの?」

 凛が皮肉っぽい口調で訊く。

「いやいや。川船だ。ノノア川を制すものは、この地を制す、ってことで、武装艦艇をハナドーンで建造中だ。重装甲、火矢対策済み。こいつで河岸の敵に対して矢を雨霰と浴びせるんだ。無敵のチート兵器だね」

 拓海が、くすくすと笑う。

「一番苦労したのが推進機関だ。当初はスクリュー推進にするつもりだったけど、それでは喫水が深くなってしまいノノア川はともかく支流に入り込めない。結局、内輪船になった」

 駿が、言い添える。

「内輪船?」

「外輪船は知ってるだろ? その外輪を、船内に持ち込んだバージョンだ。外付けだと、破壊されやすいからな」

 夏希の疑問を、拓海が解消してくれる。

「当然、人力推進よね」

「もちろん。単純なクランクを利用した自転車みたいな脚漕ぎ方式を採用した。設計責任者は、駿だが」

 拓海が、駿を見る。

「ここの金属加工技術と、木工のレベルが高くて助かったよ。職人に設計図を理解させるのには手間取ったけどね。とりあえず、作動テストには成功し、量産に入らせている。おそらくしょっちゅう故障するだろうからな。予備部品を多めに作っとかないと」

「川船ってことは、河川専用なの? 海には出せないのかな?」

 凛が、訊いた。

「出せないことはないが、喫水が浅いから大波がきたらひっくり返るね。少なくとも俺は乗りたくないよ」

 拓海が笑いながら言う。

「完成はいつごろ?」

「あと四十日ってとこだな。予算の都合がつけば、二番艦も建造したいが……とりあえず運用テストしてからだな」

「使い物になるのかしら」

 懐疑的な表情で、凛が問う。

「たぶんね。船首部分は中に鉄材を仕込んだ銅張りにして、衝角しょうかくをつけた。敵船に体当たりをかませるんだ。かなり大きな川船でも、一撃で沈められるはずだ」

「そんな敵がそうそう現れるとは思えないけど」

 自慢げな口ぶりの拓海を見ながら、夏希は苦笑した。仮にタナシス王国と戦うはめになったとしても、その戦場は海であろう。川船が活躍する場面など、まずあるまい。


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