表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
61/145

61 陣中見舞い

 国軍敗れる。

 ワイコウ政府からの公式発表はなかったが、敗戦の翌日には、すべてのワイコウ市民がそのことを知らされていた。

 もちろん、反カキ国王勢力による宣伝工作の一環である。

 すでに数日前から緊張感をはらんでいた王都ワイコウの空気は、敗戦の報を受けてさらに重苦しいものへと変質していた。夜のあいだに王宮周辺ばかりで発生した何件かの放火は、いずれも小火ぼや程度で消し止められたが、それに伴う喧騒は確実に市民の睡眠時間と精神力を幾許か削り取った。以前から反国王派の摘発は続いていたが、デマを流したと称して、朝のうちに何十名もの市民が官憲に捕縛される。昼過ぎからは、治安維持のために市民軍部隊若干が市内巡察に駆り出された。


「お呼びですか、叔父さん」

「すまんな。まあ、座れ」

 グリンゲが、キュイランスに椅子を勧める。

 静かに現れたジェミが、テーブルにお茶のセットを置いた。グリンゲの目配せを受け、一礼して退出する。

「今回の一件、からくりがわかったぞ」

 甥にお茶を注いでやりながら、グリンゲが言った。

「アタワン将軍から送られてきた戦闘詳報を読んだが、ルルトとオープァの派遣部隊は戦闘に参加しなかったそうだ。湿原地帯北部はわが国の領土とは認められない、と理屈を付けてな。確かに両国はカキ国王の湿原地帯入植政策を批判していたし、相互防衛条約を杓子定規に解釈すれば、納得できる理由ではある。しかし、両国の派遣部隊を率いる将軍が、戦闘への不参加を表明したのは開戦直前だった。どう考えても、これは意図的なものだ。これでは、アタワンとて有効な代替策を講ずるのは無理だったろう」

「ひどい話ですね」

 お茶の入ったカップを受け取りながら、キュイランスは感想を述べた。

「それに、これだ」

 グリンゲが、懐から折り畳まれた紙を引っ張り出した。テーブルの上に、広げる。

 それは、多色刷りのビラであった。派手な赤や藍色の字で、国軍が平原軍に敗北したこと、そして次の戦いも負けるはずであること、ワイコウが生き延びるためにはカキ国王を追放しなければならないことなどが、要領よく書かれている。下の方には、文盲の市民用に敗走する国軍兵士や、勝ち誇って進軍する平原の民、市民によって玉座から引き摺り下ろされているカキ国王(あまり顔は似ていなかったが)などの絵が添えられていた。

「仕事が早いですね」

 キュイランスは感心した。

「早いどころじゃない。このビラが押収されたのは、昨晩なんだ。どう考えても、敗戦の報を聞いてから版木を作り、刷ったものじゃない。何日も前から、国軍の敗北を予測して刷られたものだ。おそらくは、今日中に市内にばら撒かれるのだろう」

「しかし、いい仕事してますね。紙の質もいいし、色ずれもしていない」

 ビラを手に取って、しげしげと眺めながら、キュイランスは言った。

「このレベルの仕事ができるところは限られている。すでに官憲が調べたが、市内の版木職人は全員関係ないと判明した。明らかに、他所で事前に刷られ、持ち込まれていたものだ」

「平原に、これほどの技術はありませんね。ルルトかオープァに発注したのかな?」

 なおも見事な仕事ぶりに感嘆しつつ、キュイランスは言った。

「いや。おそらく、ルルトかオープァが自ら作ったものだろう」

 グリンゲが、断言する。

「まさか」

「もう一度、よく読んでみろ」

 叔父に言われ、キュイランスはビラを注視した。最初から、ゆっくりと読んでみる。叔父が言わんとしていることは、すぐに理解できた。

「本当だ。戦場の位置や戦闘経過に関してはわざと曖昧に書いてありますが、ルルトとオープァの派遣部隊が参戦しなかったことは明記してある。このビラが事前に準備されたものであれば、その作者は未来を見通していたことになりますよ」

「実際見通していたんだ。戦場において派遣部隊が戦闘に参加せず、そしてワイコウ側が敗れることを。すべては罠だ。平原と高原、ルルト、オープァ、それに、おそらくは国内の反カキ国王勢力。そのすべてが、裏で結託しているに違いない。そうでなければ、このビラが存在する説明がつかないのだ」

「いやはや。これでは、わが国に勝ち目はありませんね」

 キュイランスはビラをテーブルの上に戻すと、呆れたように首を振った。

「アタワン将軍は、増援を得たうえで平原軍ともう一戦交えるつもりらしい。だがおそらく、その戦いでもルルトとオープァの派遣部隊は何らかの理由をつけて参戦を拒否するだろうな。間違いなく、こちらは負ける」

 重々しく、グリンゲが言う。

「では、どうすれば……」

「速やかに平原の連中の要求を呑むしかないな。そうしなければ、国軍は壊滅し、多くの市民軍兵士が死傷するだろう」

「マリ・ハとの軍事衝突に対する賠償と謝罪。ノノア川通行税の撤廃。そして、魔力の源の引渡しですね」

 キュイランスは、以前に竹竿の君に告げられた平原側の要求を口にした。

「そうだ。しかしながら、カキ国王はそれらをお認めにならないだろう。あのお方の性格を考えれば、平原軍が城を囲んでもなお、国軍が健在ならば玉座にしがみ付いているだろうな」

 皮肉っぽい口調で、グリンゲが言う。

「このままでは、次の戦いでアタワン将軍が大敗してしまいますね。国軍が存在する限りカキ国王の退位はあり得ないとすると、何百、いえ、何千ものワイコウ人の血が流されることになる。これは、手詰まりですね」

 嘆息したキュイランスは、お茶をすすった。

「国軍の全滅を防ぎ、なおかつカキ国王を退位させる手段が、実はひとつだけある」

 グリンゲが、やや声を潜めて言う。

「どのような方法ですか?」

 カップを置いたキュイランスは、身を乗り出して叔父の顔を見つめた。

「国軍に、カキ国王を追わせるのだよ」

 グリンゲが、渋い表情のまま口の端を歪めて笑う。

「どうやって?」

「お前が説得するんだ。アタワンはヒュックリーよりも現実的な男だ。勝ち目がない戦はやらんだろう」

「む、無茶ですよ。たしかにアタワン将軍とは以前にも何回かお会いしたことがありますが、友人でも知人でもありませんし。むしろ、叔父さんが出向いて説得すれば……」

 キュイランスは慌ててそう言った。グリンゲはずいぶん軽々しく言っているが、ようは国軍の軍人たるアタワンに、国王陛下に対する叛逆を企てさせようという話なのだ。このような計画、具体的なことを話し合っただけで、処刑されても文句は言えない。

「わしは動けんよ。いまさら戦場に赴くのも不自然だしな。それに、こちらでの下準備もある。反カキ国王派の貴族連中を見極め、接触せねばならん」

「はあ……」

「アタワン宛にはわしが書状をしたためる。お前はまずルルトとオープァの派遣部隊指揮官と連絡を取り、味方につけるのだ。彼らはまず間違いなく、この陰謀の当事者だからな。そのうえで、アタワンを説得する。戦闘詳報によれば、平原軍には竹竿の君が加わっているそうだ。お前は彼女にも接触し、事情を説明してこれ以上の攻勢を行わないように要請しろ。カキ国王を玉座から追い出したら、平原が要求している三つの条件はすべて受け入れる、と確約してこい」

「いいんですか、安請け合いして?」

「構わん。貴族連中が次期国王に誰を担ぎ出そうが、平原との関係は改善させねばならぬからな。マリ・ハに対する賠償は仕方ないし、ノノア川の独占もルルトとの友好には障害でしかない。魔力の源も……無くても、わが国はやって行けるはずだ。問題ない」

「……わかりました。アタワン将軍のところへ参りますよ。問題は……」

 言いかけたキュイランスの言葉を遮るように、懐を探ったグリンゲが金袋をテーブルの上に放り投げた。

「持って行け」



 川船がマリ・ハとオランジ村のあいだを往復し、大量の物資を運び込む。

「予定より遅れてるな。やはり、専門の兵站部を置かない限り、大量輸送を効率的に捌くのは無理だね」

 渋面で、拓海が言う。

「じゃあ、追撃は延期か?」

「今日中の出発は無理だな。明日の早朝にしよう。二十隻ばかり割くから、一個大隊で前衛を編成し、先行させてくれ。偵察隊と連絡を取りつつ、敵情を探らせるんだ」

 拓海が、生馬にそう指示する。

「わかった。すぐに掛かろう」

 うなずいた生馬が、ソリスを従えて走り出す。

「夏希。あんたはすまんが物資の整理を手伝ってくれ。目録を作り、分類して分配なり収納なりしなきゃならん。手が足りなきゃ、村人に手伝ってもらえ。報酬は、米の現物支給でいいだろう。いや、米は足りてそうだな。余ってる食い物があれば、それを与えてやれ。どうせ、金持ちのスポンサーがいるんだ。遠慮することはない」

「了解」

 夏希はアンヌッカを伴って船着場の方へ歩みだした。着いたばかりの川船から、兵士たちが麻袋や樽、木箱などを続々と荷下ろししている。

「しかし……戦争において、兵站ってものがこれほど重要だとは、思ってもみなかったわね」

 歩きながら、夏希はぼやくように言った。

 兵站、という単語自体、この世界へ来るまで夏希は知らなかったのだ。軍事知識と言えば、戦争映画とテレビのニュースで得たものだけ。まあ、兵站に関して該博な知識を持っている女子高生、という存在自体が、たぶん稀有だと思うが。

「拓海様から以前聞きましたが、夏希様の世界では『おいる』というものがたいへん重要な兵站物資だそうですね。なんでも、食料よりも大切だとか」

 アンヌッカが、訊いてくる。

「そうね。何でもかんでもオイルで動くからねぇ。トラックに戦車、戦闘機に軍艦。発電機動かさないと無線機も照明もコンピューターも使えないし。だいたい、オイル巡って戦争すらしてるくらいだし」

「『おいる』が魔力の源みたいなものなのですね」

「ちょっと違うけど、似たようなものかな。いえ、むしろ魔力の源より、オイルの方が大事かもしれない。海岸諸国みたいに、魔力の源に依存せずに栄えている国はいっぱいあるから。わたしの世界じゃ、栄えている国はみんなオイルに依存しているの。特にわたしが生まれた国なんて、オイルを山ほど使っているくせに、ほとんど産出しないのよ……って、この話はまた暇な時にしてあげるわ。こりゃひどいわね」

 船着場の奥に積み上げられた物資の山を眼にして、夏希はうめき声を上げた。木箱、麻袋、皮袋、樽、壷などが、山積みになっている。

「あ~、凛連れてくればよかった。あの娘、こーゆーの得意なんだけどなぁ」

 夏希はぼやいた。



「なんだか最近船に乗ってばかりな気がする……」

 キュイランスはぼやいた。

「なにかおっしゃいましたかな?」

 ぼやきを聞きつけた船主の商人が、何事かと振り向く。

「いえいえ、何でもありませんよ」

 キュイランスは笑顔でごまかした。

 小さな川船は、ノノア川を遡っていた。ちなみに、船籍はルルトで、船主も船頭もルルト人である。マンテムス氏事件以来、ルルト商人はワイコウとの取引を控えるようになっていたが、戦争特需を当て込んで、かなりの数の商人がワイコウ相手の商売を再開していた。ワイコウの船は多くが国軍に徴用されて、軍需物資の輸送に従事しているので、仕方なくキュイランスはこの外国籍の船を借りたのである。

 川船には、幾許かの果物と弱い酒が積み込まれていた。アタワン将軍への陣中見舞いである。戦時ゆえ、一般市民の旅行には制限が課せられていたが、キュイランスはグリンゲ将軍の代理として、これらの品を届けるという理由で、旅行許可を得たのだ。

 食料や増援の市民軍兵士を乗せた川船を時折追い抜きながら、キュイランスを乗せた船は順調にノノア川を遡った。やがて、河岸に拠った川船上の兵士に停船の合図を受ける。

 キュイランスは事情を説明し、上陸許可を得た。ワイコウ軍野営地の側の船着場は、国軍が徴用した船で混雑しているので、遠慮して少し離れた場所に船を着けてもらう。荷物運びのために、船主の雇い人を一人借りたキュイランスは、自らも陣中見舞いの品を担ぐと野営地へ向け歩き始めた。


 迅速かつ慎重な行動が必要であった。

 補給担当の士官に話を通したキュイランスは、陣中見舞いの品を手にアタワン将軍の天幕を訪ねた。筆頭将軍グリンゲの身内として、アタワンとはすでに面識がある。

 アタワンに歓迎されたキュイランスは、ルルトとオープァ派遣部隊のトップにも陣中見舞いを持参したと称して、シュビッツ、ネーゲルスの両将軍を呼んでもらった。アタワンに、自分の身分の保証をさせようという魂胆である。やってきた二人の将軍にそれぞれ手土産を渡したキュイランスは、いったんそこを辞した。二人の将軍が天幕を出て、自分たちの部隊へ戻りかけたところで、声を掛ける。

「何か御用ですかな、キュイランス殿」

 副官と護衛の兵を伴ったシュビッツが、訊いてくる。

「叔父からお二人に伝言を預かっているのです。内密にお話できませんか?」

 キュイランスが発した言葉を聞いた二人の将軍が、目配せを交し合う。

「よろしいでしょう。では、わたしの天幕で」

 シュビッツがうなずき、歩き出した。肩を並べるように、ネーゲルスが続く。キュイランスは、少しばかり慄きを感じながら、そのあとを追った。後ろには、副官たちと護衛兵がぞろぞろとついてくる。

 天幕の中に招じ入れられたキュイランスは、シュビッツが人払いをするのを待った。三人だけになったところで、懐からゆっくりと……武器と間違えられてはことだ……書状を抜き出す。

「わたくしは、これをアタワン将軍にお渡ししようと思います」

 そう言って、開いた書状を二人の将軍に見せる。

 ……さあ、どのような反応を見せてくれるか。

 キュイランスは内心の不安を押し隠し、二人の将軍を無表情に見守った。

 書状の内容は、要約すれば『平原と高原とワイコウ国内の反カキ国王勢力とルルトとオープァは結託している。貴殿に勝ち目はない。ここは貴殿も反カキ国王派に加わるのが得策。委細はこの書状の持参者に』というものである。署名はなされていないが、その差出人がワイコウ筆頭将軍グリンゲであることは明白だ。

 もしこの二人の将軍が、グリンゲの読みどおり平原側と内通していれば、今後のキュイランスの行動を後押ししてくれることは確実だろう。だが、読みが外れていた場合は、カキ国王に対する反逆罪の疑いで拘束され、アタワン将軍に引き渡されることになろう。もちろん、グリンゲもただでは済むまい。

「ほう、なかなか興味深いことが書いてありますね」

 読み終えたネーゲルス将軍が、薄く微笑んだ。

「で、あなたはこれをアタワン将軍にお渡しして、どうされるおつもりですかな」

 落ち着いた表情ながら、ちょっと詰問口調で、シュビッツが訊いてくる。

「わたしが知る限りでは、平原側の戦争目的はマリ・ハとの軍事衝突に対する賠償と謝罪。ノノア川通行税の撤廃。加えて、魔力の源の引渡しです。目的達成のためには、カキ国王陛下に退位していただく他はない。そこで、アタワン将軍を説得し、国王に反旗を翻していただきます」

「できるのかね、君に」

「難しいでしょう。しかし、協力してくださる方がいれば、可能だと思いますが」

 表情を和らげたキュイランスは、媚びるかのように二人の将軍をちらりと見た。

 シュビッツとネーゲルスが、顔を見合わせた。シュビッツがわずかにうなずき、ネーゲルスが同意するかのようににやりと笑う。

「ウィニョン! 入れ」

 いきなり、シュビッツが大声をあげた。すかさず天幕の垂れ幕がさっと上がり、剣を吊った護衛が数人飛び込んでくる。キュイランスは、思わず身体を硬直させた。

「当番兵にキュイランス殿をおもてなしさせろ。所望した物は、なんでもお出しするように。ただし、絶対に天幕の外には出すな。いざとなれば、切り捨てても構わん」

 早口で、シュビッツが告げる。隊長格らしい一人が、小声で指示を飛ばした。護衛の一人が天幕の外に消え、二人が入口を、そして残る二人がキュイランスの両脇を固める。隊長は、その背後にまわった。

「悪いが、すこし相談の時間をいただきたい」

 そう言い置いて、シュビッツが天幕を出てゆく。ネーゲルスが、続いた。


 二人の将軍が戻ってきたのは、十ヒネほど後のことであった。

 キュイランスにとっては、空恐ろしいほど長い時間であった。当番兵がお茶を持ってきてくれたので飲んだが、味はもちろん熱かったのか冷やしてあったのかさえ定かには覚えていない。

 シュビッツ将軍が、身振りで護衛兵たちを天幕の外へと追い払う。

「相談の結果、我々は君に協力することにした。そこで、もう少し肚を割って話し合いたい」

 ネーゲルス将軍が、口を開いた。

「この書状を書いたのは、グリンゲ将軍なのだね」

「そうです」

 キュイランスは、素直に認めた。

「では、グリンゲ将軍の目的は?」

 今度は、シュビッツが訊く。

「ワイコウの国益です。カキ国王治世のワイコウではなく、純然たるワイコウ人の国家たるワイコウの国益であることに、留意していただきたい。すでにこの戦い、ワイコウに勝ち目はありません。このまま平原との戦争が続けば、さらに多くのワイコウ人の命が失われ、国力は疲弊します。その前に戦いを終わらせるには、カキ国王陛下に退位していただく以外に方法はありません。国内の反カキ国王派も、ワイコウを滅ぼすつもりで活動しているわけではありませんから、それに協力することに決めたのです」

「で、アタワン将軍が反旗を翻すことに同意した後は?」

 キュイランスを追い込むかのように、シュビッツが質問を重ねる。

「まず、その事実を王都に伝えます。アタワン将軍に、カキ国王を弾劾する一文を書いていただくつもりです。それを反カキ国王勢力に渡せば、王都のカキ国王支持勢力を切り崩せるでしょう。そのあとを追うように、将軍とここの全兵力を王都へ向け進軍させます。ワイコウに現存する最大の兵力を前にしては、カキ国王も玉座を明け渡さざるを得ないでしょう」

「……アタワン将軍に、すべての部隊が服従するとは思えませんが」

 懐疑的な表情で、ネーゲルスが口を挟んだ。

「そこで、お二方の協力が必要なのです。ルルト、オープァの部隊合計二千五百が、反旗を翻したアタワン将軍を支持しているという処を見せれば、数の減った国軍や、軍規の緩い市民軍も大人しく従ってくれるでしょう」

「平原軍はどうするのです? 追撃されるかもしれませんよ」

 ネーゲルスが、訊く。キュイランスは、訝った。

「お二方が平原側に連絡を取れば、停戦に持ち込めるのでは?」

「それは無理だ。我々は、平原軍と通じているわけではないのだよ。上から、なるべく戦わないようにと指示されているだけだ。決して、ワイコウを裏切っているわけではないのだ」

 シュビッツが、断言する。キュイランスは、うなずいた。

「なるほどそうでしたか。では、アタワン将軍を説得したあとで、士官の方一人と、その護衛数名を貸していただけませんか」

「何に使うつもりかな?」

 シュビッツが、片眉を上げる。

「平原軍に、『竹竿の君』が加わっていたと聞きましたが」

「たしかにいたようだ。オランジ村の戦いでも、一隊を率いて活躍したとの噂は聞いた」

「あの方とは、面識があります。直談判に、付き合ってもらうのですよ。休戦協定を結ぶのは無理ですが、二日ばかり猶予をいただくことは可能でしょう」

「わかった。最後にひとつ訊きたい。君はどこまで信用できる?」

 さかんにうなずいたネーゲルスが、そう斬り込んでくる。

「わたくしにも、叔父上にも、あなた方を騙すメリットがありませんよ。どうせ、天幕を出たあとでアタワン将軍の配下が戦闘準備を整えていないか探らせたんでしょう? わたくしがアタワン将軍に命じられて、あなた方がワイコウを裏切っているという証拠を集めているわけではないことは、確認できたはずです。何度も繰り返すようで恐縮ですが、この件であなた方に嘘をついても、ワイコウにもわたくしにも叔父上にもなんら益はありません」

「確かにそうだな」

 ネーゲルスが、納得したようにうなずく。

 シュビッツ将軍が、ネーゲルス将軍と視線を合わせた。ネーゲルスが、わずかにうなずく。

「よろしい、キュイランス殿。君を信用しよう。ウィニョン! 来てくれ!」

 シュビッツが、護衛兵を呼んだ。天幕の垂れ布が上がり、今度は隊長格が一人だけ入ってくる。

「キュイランス殿が、アタワン閣下の天幕を訪問される。誰かつけて、案内してさし上げろ」

 キュイランスは、ほっと息をついた。どうやら、最初の川は無事に渡り切ったようだ。


第六十一話をお届けします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ