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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
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58 両者の思惑

「本戦役の肝は、いかにしてワイコウ国軍を戦場に引っ張り出すかだ」

 四人の異世界人を前に、拓海が説明を始める。

「言うまでもなく、戦闘に消極的な敵に戦闘を強要することは難しい。そこで、駿を通じていくつか布石を打っといた。まずは、平原諸国軍がマリ・ハ防衛隊攻撃の報復として、カキ・セド占領を狙っているという噂を流した。カキ・セドは周辺地域を含め、人口二千人ほどの入植地だ。この防衛に国軍が出てきてくれれば、開戦から数日以内に決戦に持ち込める。同時に、カキ・セドが平原の手に落ちるようなことがあれば……それが軍事的占領だろうと一方的な放棄によるものだろうと……カキ国王も終わりだ、という意味合いの噂も流してもらった。いわば、ハードルを上げといたんだな」

「その程度で、出てきてくれるかしら?」

 凛が、疑わしげに言う。

「ちょっと不足かもしれん。ま、順番に説明していこう。敵の総兵力は、国軍三千五百に市民軍一万、と見積もっている。おそらく決戦兵力として出てくるのは、あわせて一万程度だろう。こちらがあまりにも大軍で出て行ったら、さっさと逃げてしまうかも知れない。そこで、平原統合軍は主力七千、マリ・ハで待機する予備軍五千の陣容でいく。これには、兵站担当者は含まない」

「少なすぎないか?」

 駿が、片眉を上げて訊く。

「確かに少ない。だが、主力の半分以上は今生馬が鍛えている大隊編成の精鋭部隊だ。これは強いよ」

「大隊?」

「詳しくはこのあと訓練を見学してもらう時に説明するが、弓を主力にこれを援護する兵を配した、いわば諸兵科連合部隊だな。弓隊や長槍隊はそれ自体の攻撃力は高いが、柔軟性に欠け、攻守の切り替えが遅く、融通が利かないという欠点があった。この大隊編成なら、攻防ともに威力を発揮するはずだ。一隊三百八十名編成で、十隊投入する予定になっている」

 生馬が、ざっと解説する。

「残りは市民軍が約一千。司令部要員が二百。それに、弓兵を中心に高原戦士が二千」

 謝意を示す目線を生馬に投げかけた拓海が、続ける。

「高原も巻き込むの?」

 夏希は驚きの声を上げた。兵力的に余裕がある以上、高原戦士の出番はないと思い込んでいたからだ。

「いいチャンスだからな。かつての敵同士が、肩を並べて戦うというのは、もっとも効果的な和解方法なんだ。政治的にも、対外的、対内的に平原と高原の協調ぶりをアピールできるしな。軍事的に見ても、高原弓兵の能力は高く、平原のそれを上回る。適切に使えば有効な戦力になるはずだ。予備軍五千のうち、防衛隊は一千。あとは市民軍となる。この部隊の出番は少ないと思う。と言うか、予備隊をそっくり注ぎ込まなきゃならない事態に陥ったら、まず間違いなくこちらの作戦目的は達成できないだろうな」

「そうだな。……しかし、ワイコウ国軍の釣り出しにもう少し餌が欲しいところだな」

 拓海の見解に同意した生馬が、不満顔で言う。

「俺もそう思った。そこでだ。キュイランスを活用したい」

「信用できるのかい?」

 薄笑いを浮かべた駿が、訊く。

「俺も、彼は全面的に信頼していない。俺たちを担いでいるとは思わんが、裏切る可能性はあるだろうし、当局に怪しまれて尋問されたりすれば、即座に口を割ってしまうだろうしな。そこでだ。偽情報をつかませた上で、工作を依頼することにした」

「具体的には?」

 やや疑わしげな表情で、生馬が訊く。

「タイムリミットに関しては一切教えない。ルルトの介在についても同様。その上で、こちらの架空作戦内容を伝えておく。総兵力は一万。第一段階は主力をカキ・セドの占領部隊と警戒部隊に二分。前者はもちろんカキ・セドを攻略。後者はノノア川沿いに布陣し、ワイコウ王都からの救援を阻止する。第二段階は主力を合流させ、前進してワイコウ野戦軍の撃破を目指す。第三段階は、ワイコウ王都攻略作戦への移行だ。キュイランスには、第二段階終了時点でカキ国王が退位すれば、第三段階は発動しない、と告げる。で、肝心の工作だが、可能な限りのワイコウ国軍兵力を、早期に湿原地帯に出動させるように働きかけてもらう。対陣状態が続き、兵が疲労するのを狙う、という理由付けでね。そこを、合流したこちらの主力が叩くという寸法だ」

「なるほど」

 凛が合いの手を入れた。

「これならば、キュイランスが裏切って架空作戦内容が漏れても、ワイコウ側の効果的な対策はできうる限りの大兵力を早期に派遣し、こちらが兵力を二分している状態で叩く、ということになるはずだ」

「……王都近辺で迎撃する、という策を採用されたら?」

 夏希はそう訊いた。

「作戦失敗だな。ま、こちらが失うものは少ない。いわば振り出しに戻るだけだ。とりあえずルルトの依頼に応じて出兵したんだから、ルルトとオープァとの関係は深まるし、戦費も負担してもらえる。両国と平原が組んでさらなる圧力を加えれば、ワイコウも折れてノノア川の通行税問題も解決するだろう。カキ国王は居座るだろうが、国際的に孤立した状態では悪さもできまい」

「魔力の源はどうなるの?」

「それは後回しになっちまうな。残念ながら」

 夏希の問いに、拓海が顔をしかめた。



「……というのが、竹竿の君の意向と、平原側の作戦計画です」

 説明を終えたキュイランスが、すっかり冷めてしまったお茶をごくごくと飲み下した。

 ……偽情報をつかまされたか。

 グリンゲ将軍は、即座にそう判断を下した。

 これほど短時間で、キュイランスが平原側の全面的信頼を勝ち取ったとは思えない。ならば、教えられた平原統合軍とやらの作戦計画は、おそらくはでたらめだろう。

 グリンゲは思案した。平原に……竹竿の君に協力すべきか? それとも逆らうべきか。

「キュイランス。お前は、どうするべきだと思う?」

「平原側が狙っているのは、カキ国王の退陣だそうです」

 唇を舐めながら、キュイランスが言う。

「マリ・ハとの軍事衝突に対する賠償と謝罪。ノノア川通行税の撤廃。そして、魔力の源の引渡し。この三つを確実に成し遂げるために、カキ国王のワイコウ統治を終わらせる必要がある。そのためには、戦争を吹っかけて叩くしかない。このように、平原側は考えているそうです」

「それはおかしいな。たしかに陛下には政敵が多いが、王都が陥落でもしない限り、退位されることはないだろう」

 そう反論しながら、グリンゲは素早く頭を回転させた。平原側は情報不足から戦略を読み違えているのか、それとも国王追放の秘策があるのか。たとえば、すでに国内の反国王派と手を組んでいるとか。

「いずれにしても、全面戦争となれば大勢の命が失われます。一番いいのは、こちらが平原に譲歩することでしょう。次善の策としては、平原の計画に協力すること、だと思います」

 厳しい表情で、キュイランスが言う。

「陛下に退位してもらわぬ限り、戦争は避けられそうにないか」

 グリンゲは腕を組んだ。鋭い眼でキュイランスを見つめ、質問を放つ。

「で、お前の見たところ平原の連中はどこまで信用できる? 奴らの目的が、わが国に対する侵略でないことを信じていいと思うか?」

「竹竿の君は信用していいと思っています。まあ、わたしに与えられた情報すべてが正確とは思えませんが」

 苦笑しつつ、キュイランスが答える。

「奴らの計画に協力すれば、陛下の退位までにわが国軍は全滅に近い打撃を蒙るだろう。それではワイコウの存続さえ危ぶまれる」

 グリンゲは渋い表情で、そう甥に告げた。

「では、計画に協力しないと……」

「協力はする。だが、国軍の戦力は浪費させない。これしかないだろう。異世界人をそこまで信用できぬ」

「では、カキ国王のことは……」

 声を潜め、もともと猫背の背中をさらに丸めて、キュイランスが問う。

「わしの忠誠の対象は、わがワイコウだ。国王陛下がどなたであろうとな」

 同じように声を潜め、グリンゲはそう言い切った。



 マリ・ハに平原の大部隊が集結し、北上を狙っているとの報告を受けたカキ国王が下した判断は、やはりワイコウ国軍の全面出動であった。引いて迎え撃つ方が有利、という進言もなされたが、ルルトおよびオープァからの増援計二千五百が到着したこともあり、強硬策が選択される。

 グリンゲ将軍は、総指揮官就任を打診されたが、健康上の理由を名目にこれを固辞した。現在南部で派遣部隊を指揮しているヒュックリー将軍が、次席であるために総指揮を執ることになる。

 ワイコウでは急ぎ市民軍の編成が行われた。しかし、それが終了する前に平原側の侵攻準備が完了したようだとの報告がもたらされる。カキ国王は、副将格であるアタワン将軍に、急ぎ出動するよう命じた。ヒュックリー将軍には、適宜退却し、アタワン将軍率いる本隊と合流するようにとの命令を携えた伝令を送る。

 アタワン将軍に指揮された総計一万一千七百名……ワイコウ国軍二千二百、市民軍約七千、ルルト国軍千五百、オープァ国軍一千は、山道をたどってノノア河岸を目指した。補給物資を満載した川船が先回りし、河岸に補給所を設置してゆく。川船の数は不十分であったが、アタワン将軍は兵站面での不安を感じていなかった。もとより長期戦は想定していなかったし、予想戦場域にはノノア川沿いに多少なりとも耕作地がある。食料に限って言えば、ある程度の現地補給も行えるはずであった。



「お久しぶりです、みなさん」

 弓兵を主体とする二千名の高原戦士を率いてマリ・ハに現れたのは、イファラ族のベンディスであった。

「ひょっとして、拓海のご指名?」

 出迎えた夏希は、そう訊いた。ベンディスが出てくれば、当然妹のリダも付いて来るはず。そのように考えた拓海の計らいかもしれない。

「いえ、族長会議の指名ですよ」

 夏希の考えを読み取ったのか、苦笑しつつベンディスが応える。

「実戦経験と平原の民に関する知識、それにお二人だけですが異世界人との面識などを考慮されたようです」

「そうなんだ。ところで、リダは?」

「止めたんですが、付いてきました。まあ、弓の腕前はかなりのものですから、足手まといにはならないでしょう。弓兵隊の一員に組み込んであります」

「……心配じゃない?」

「わが妹ながら、あいつはなかなか強かな娘です。大丈夫ですよ」

「いや、そっちじゃなくて、拓海の方よ」

 夏希は苦笑交じりに言った。

「そちらも心配していません」

「じゃ、兄公認のお付き合いなの?」

「高原では、男女関係に対しては親族と言えども過干渉することはないのです。リダももう子供ではありません。誰を好きになろうと、誰と付き合おうと、誰の愛を受け入れようと、自分の責任です。……まあ、その風潮のせいで未婚の母が多いのも、高原の特徴ですがね」

 ベンディスが、苦笑いする。

「子供はどうなるの? 父親なしじゃ、いろいろと問題が生じ易いんじゃないの?」

「子育ては母親が行うことはもちろんですが、親族がいろいろと手助けします。高原の民は、平原の民よりも血縁を重視することを思い出してください。血の繋がっている子供であれば、家族の枠を超えて一族の一員として大切に育てられるのです」



「作戦速度には、二種類ある。物理的な進軍速度と、指揮統制上の意思決定速度だ。前者は言うまでもなく、兵力移動の手段に制約される。歩兵より騎兵が速く、良路があり燃料補給が潤滑に行けば自動車化された部隊の方がさらに速い。後者は言わば指揮官の決断の早さだ。もちろん、あまりに拙速では本末転倒だがな。各所から上がってくる情報や報告、具申などを総合的に判断し、的確な命令を末端にまで行き渡らせることが肝要だ。この両者が優れた軍隊は、高い作戦速度を維持できる。敵はその速度について行けずに、主動を奪われ、対応が後手に回り、やがては自滅するわけだ」

 ノノア川を下る川船の中で、拓海がやや自慢げに説明した。

「で、この船団は前者の作戦速度の向上に貢献しているわけね」

「そうだ」

 堂々たる船団であった、その数、実に百七十隻。

 平原統合軍北進の兆候を察知したヒュックリー将軍率いる約一千名のワイコウ国軍部隊は、陸路北上して湿原地帯北部……カキ・セドの至近まで退却していた。名目上の総指揮官であるススロンの将軍に率いられた三千の平原統合軍は、ヒュックリー将軍指揮下の警戒部隊を追い散らして、カキ・セドよりも北の河岸に上陸を敢行した。これを見て取ったヒュックリー将軍が、約一千の国軍部隊を率いてカキ・セドに立てこもる。

「やはりそう来たか」

 地図を睨みながら、拓海が唸った。

「どうするんだ。偵察隊の報告とルルトからの情報を勘案すると、敵の主力はかなり近付いてきているぞ。ここで戦力を二分するのはまずい」

 マリ・ハまで往復した川船に乗って、第二陣の二千五百名を率いてきた生馬が問う。

「幸い、敵主力はやる気のようだ。野戦を意図して、南下して来るだろう。こちらは、それを予定よりも南で迎撃しよう。オランジ村だ」

 拓海の指が、地図の一点を指す。ノノア川沿いにある、小邑らしい。

「……って、どこかで聞き覚えのある村ね」

 夏希は首を傾げた。

「作戦はこうだ。ここに一千を残し、四千五百でオランジ村へと進出、敵主力に備える。マリ・ハからは船で残る一千五百を直接オランジ村まで輸送する。予備軍からも一千五百を船でここまで移動させ、カキ・セドに立てこもっている敵一千の押さえとする。残しておいた一千は、予備軍を輸送した川船でオランジ村まで急送する。つまりは、主力七千全てで敵主力を迎え撃つわけだ」

「となると、のんびり準備している時間はないな」

 生馬が、急いた口調で言った。

「その通りだ。とりあえず、俺が総指揮官といっしょに第一陣としてオランジ村に向かう。二人は第二陣として来てくれ。いいな」

 命令口調で、拓海が言いつつ、夏希と生馬を指差す。



 アタワン将軍率いる一万一千七百の軍勢は、ようやくカキ・セドまで一日行程の場所までたどり着いた。偵察隊を数隊放ち、小部隊による警戒線を張り巡らしてから、野営準備に入る。

「明日は敵と接触することになるだろう。兵には腹いっぱい食わせてやれ」

 そうアタワン将軍は命じた。

 就寝前に、偵察隊からの伝令が戻ってくる。どうやら、平原側はオランジ村に陣取っているらしい。

「この村か。どのような村なのか?」

 アタワンは、地図を眺めながら湿原地帯に詳しい側近に尋ねた。

「は。ノノア川の西岸にある米作りで成り立っている小村です。人口は二百ほど。密林が東側へ大きく張り出しているので、隘路と言えます。街道の西側に沼があり、西側には水田が広がっていますので、おそらく敵はそれを盾として使ってくるのではないでしょうか」

「なるほど。敵は有利な地形に陣取ったというわけだな。あと留意しなければならぬのは、敵の川船だな」

 ワイコウの軍勢が徒歩でここまで移動するのに掛かった日数は二日。平原側の進発はこちらよりも遅かったが、すでに数千の軍勢をカキ・セドよりも北側に送り込んでいる。距離を勘案すれば、四から五倍くらいの速度であろうか。

「川船でこちらの連絡路を断つ策に出られると、厄介ですな」

 側近の一人が、発言した。

「いや、むしろその方が好都合だろう」

 アタワンはそう応じた。情報では、当面の兵力はこちらの方が上である。敵が自ら戦力を分散してくれるのであれば、各個撃破が可能となる。連絡線が一旦断たれたとしても、兵站状況には余裕があるし、短期間ならば問題は生じないはずだ。むしろ、警戒すべきは敵が川船を使って短期間のうちに正面の兵力を増強する可能性だろう。カキ・セドに立てこもっているヒュックリー将軍を救出するためには、こちらは敵が予備軍を投入する前に、早めに攻勢に出る必要がある。隘路であるオランジ村に陣取る敵兵力がこちらを上回ってしまったら、安易に攻勢に出るのは自殺行為だ。

 アタワンは決断した。

「状況に変化がない限り、明日仕掛けるぞ。皆、よく眠っておけ」


第五十八話をお届けします。

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