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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
57/145

57 ルルトの要請

 ワイコウとマリ・ハが交戦してから、十五日あまりの時が流れた。

 両国のにらみ合いは、いまだ続いていた。他の平原諸国に報復攻撃は止められたものの、ワイコウによる一方的先制攻撃に怒りの収まらないマリ・ハは、防衛隊展開地の要塞化を進めつつあった。対するワイコウ国軍も、長期化を想定したのか砦の構築に勤しんでいる。

 現地で生馬が率いていた旧平原統合訓練部隊は、増援に派遣されたススロンとエボダの防衛隊と交代し、ハンジャーカイへと帰還した。新生平原統合軍は、新たに各国から提供された兵力を吸収し、訓練を継続しつつ、不測事態の発生に備えている。

 駿が海岸地帯からひょっこりと戻ってきたのは、その日の夕暮れ時だった。緊急招集の報せを受けた四人の異世界人は、急いで平原諸国連絡会議本部へと向かった。

「揃ったね、諸君。急がせて悪かった」

 にやにやしながら、駿が集った四人に言う。

「完全に何か企んでいる顔ね」

 凛が、指摘した。

「ずばりその通りだ。まあ、座ってくれ」

「よく無事に帰ってこれたわね。ノノア川が封鎖されていたでしょうに」

 腰を下ろしながら、夏希はそう訊いた。

「ルルトとオープァの外交官にくっついてきたんだ。ワイコウの連中も、この両者には手を出せないからね。じゃ、さっそく本題に入ろう。すまんが、急いで戦争準備を進めてくれ」

 にやにや笑いを続けながら、駿が爆弾発言をする。

「戦争って……相手はどこだ?」

 厳しい表情で、拓海が問う。

「もちろん、ワイコウ王国だよ」

「ワイコウとルルトとオープァだろう?」

 同じく厳しい表情で、生馬が聞き返す。

「いいや。ワイコウだけだ。ルルトとオープァは好意的中立を保つよ」

「どういうこと?」

 眉根を寄せて、夏希も問うた。

「ワイコウを攻撃して欲しい、というのは、実はルルトからの要請なんだ。だから当然、ルルトはこちらの味方。直接兵力は出してくれないけどね。オープァも、それに同調している。東部三カ国とも話はついているんだ。言うまでもなく、高原は平原の味方。負けるはずのない戦いだ」

「待てよ。ワイコウの相互防衛条約はどうなるんだ。ルルトとオープァは、一方的破棄に同意したのか?」

 拓海が、戸惑ったような口調で訊く。

「破棄はしないよ。だが、条文に穴があってね。あとで詳しく説明するけど、ルルトもオープァも参戦しないんだ。ともかく、ワイコウに関する説明を先にやらせてくれ。現在同国を統治しているのは、ご存知のカキ国王だ。彼の力の源泉は、実は常備軍たる国軍なんだ。これをほぼ完全に掌握しているから、貴族連中も商人連中も一般国民も、治世に不満があっても反抗できない。だから、国軍に打撃を与えれば、カキ国王は玉座から滑り落ちる、という寸法だ」

「簡単に言ってくれるぜ」

 拓海が、唸る。

「すでに、ルルトの反ワイコウ勢力と、ワイコウの反カキ国王派はがっちりと手を組んでいるんだ。例の一連の謀略を行った連中だね。そして、その行動は、非公式にではあるがルルト王国政府の承認を得ている。オープァも同調したし、東部三カ国の協力も得られる予定だ。一連のワイコウの動きで、さしものルルト政府も切れてしまったんだな。付き合いきれないから、カキ国王の追い落としに協力するつもりになったようだ」

「で、ワイコウと戦争することで、平原にどんな得があるの?」

 いかなる場合でも損得勘定を重視する凛が、尋ねた。

「その前に、連中の思惑から説明させてくれ。開戦と同時に、ワイコウ国内の反国王派が大々的な宣伝工作を開始する。そして国軍が大打撃を受け、カキ国王の面子も潰れたところで、さらに過激な宣伝工作を仕掛ける。カキ国王を追放しない限り、ルルトとオープァにも見捨てられ、ワイコウが平原によって蹂躙されるという内容だ。そうやって大衆を味方に付けたワイコウの貴族連中が、カキ国王を追放し、傀儡政権を打ち立てる。そこで、あっさり平原と停戦だ。これなら、ワイコウに大きく恨まれることもない。こちらのメリットは、ワイコウの魔力の源の管理権譲渡、ノノア川の自由通行を謳った沿岸諸国条約の締結、人間界縮退問題に対するルルトおよびオープァの更なる協力、将来的な集団安全保障体制へのワイコウを含む海岸主要国の参加、そしてこれが一番大きいが、本戦役の戦費のルルトによる全額負担だ。もちろん、支払いが行われるのは終戦後で、異なる名目だろうけどね」

「……流れる血だけは自前、ってことか」

 生馬が皮肉な笑みを浮かべる。

「ワイコウの魔力の源が手に入るのは嬉しいけど……また戦争かぁ」

 夏希は大きく息を吐いた。通行税問題やマリ・ハの紛争問題も一気に解決するが、また大勢の死人が出るかと思うとやりきれない。

「ルルトの言うことは信用できるんだろうな?」

 拓海が、確認する。

「僕と一緒に来たルルトとオープァの外交官が、今平原諸国連絡会議で各国の外交官に説明しているところだ。玉璽つきの書簡持参でね。信用してもいいと思うよ。海岸諸国は商人気質だし」

「商人気質?」

「ごく大雑把に言ってしまえば、平原の民は農民気質だ」

 首を傾げた夏希に向かい、駿が説明を始める。

「土地に対する執着が強く、保守的。戦わせると守りには強いが、攻めるのは不得手。高原の民は狩人気質で、土地に対する執着は薄いが、血縁重視。守りは苦手だが、攻めるのは得意。海岸諸国は僕の見る限りでは典型的な商人気質だ。利に敏く、基本的に真面目。先進国らしい享楽的なところは見受けられるがね。大丈夫、約束は守ってくれるよ。おそらく、平原各国の政府も信用して、開戦に賛成するだろう」

「やるしかないようだな」

 生馬が、拓海と視線を合わせる。

「だな。しかし……兵力的にはこちらが上だが、かなりの難敵だぞ、ワイコウは」

 拓海が、難しい顔で説明を始める。

「人口は約八万。常備軍である国軍は約三千五百。しかもかなりの精兵と言われている。市民軍の動員限界は、最大でも一万だろう。野戦に持ち込めば、兵力に勝るこちらが有利だが、あの狭い谷間にある王都ワイコウやその周辺にこもられたら、穴熊状態だ。ルルトも、長期戦は望んでいないのだろう?」

「いや、王都での戦闘は避けて欲しい。目的はあくまでカキ国王の追い落としだ。一般市民への被害は、最小限に留めないと」

 駿が、言う。生馬が、首を傾げた。

「何か策があるのか?」

「ある」

 駿が、地図を取り出した。マリ・ハから北側、湿原地帯を経てワイコウあたりまでの、ノノア川中流域が描かれている。

「カキ国王の弱点のひとつが、これだ。カキ・セド。自らの名を取って付けた入植地。ここを失えば、面子は丸潰れだ」

 駿の指が、湿原地帯北部にある黒い丸を抑える。

「スターリングラードみたいなものか」

 拓海が、笑う。

「こちらがカキ・セドを襲う姿勢を見せれば、カキ国王はそれを阻止しようとするだろう。当然、国軍が出てくる。こちらは、適当な場所でこれを迎撃すればいい」

「そううまく行くのかしら」

 夏希は駿の言葉に疑問を呈した。敵もこちらが待ち構えていることくらい、予想するだろう。

「ルルトの分析では、必ず来るそうだ。カキ国王の性格と立場。国民性。それに、呼応して貴族連中が国王をけしかける手筈になっている。来るよ、間違いなく」

「万が一、来なかった場合は?」

 凛が、訊く。

「カキ・セドを制圧する。カキ国王の面子は潰れ、国民の支持も失われるだろうな。いずれにしろ、こちらが攻め込んでいけば一回は野戦のチャンスが生まれるはずだ。そこで、国軍に壊滅的打撃を与える」

「まあ、兵力差からして負ける気遣いはないな。しかし、あんたの書いた筋書き通りに行くかどうかは微妙なところだな」

「僕が書いた筋書きじゃないよ。書いたのはルルトだ」

 拓海の言葉に、駿がくすくすと笑う。

「ルルトと言えば、どうしてルルトとオープァが条約破棄なしで参戦せずに済ませられるんだ? そのからくりを聞いておかないと、怖くて開戦なんてできんぞ」

 生馬が言う。駿がうなずき、一枚の紙を取り上げた。

「これが三カ国の相互防衛条約条文の抜粋だ。『第四条第一項 締約国は、他の締約国の領土に対する武力攻撃に対しては、これを必要と認めるすべての手段を用いて即座に援助を与えなければならない』『同第二項 締約国は、自国領土が他国による侵略の脅威に晒されている場合に限り、前項の援助を制限する権利を有する』」

「それで?」

「この条文に基づけば、だ……」

 駿が、詳しい説明を始める。

「汚いやり方だな」

 聞き終えた拓海が、からからと笑った。

「なんだか、ワイコウが気の毒になってきたわね」

 凛が、鼻に皺を寄せる。

「で、今回の戦役に関してひとつだけ注文があるんだが……」

 拓海と生馬がすっかりやる気になったところで、駿が切り出した。

「注文? なんだ?」

 生馬が、身を乗り出す。

「開戦から五日以内に、ワイコウ国軍を粉砕して欲しい」

「馬鹿な!」

「無理だ!」

 駿の言葉に、生馬と拓海が即座に拒否反応を示す。

「五日? なんでタイムリミットがあるのよ」

 凛が、訊いた。

「開戦と同時に、ワイコウ国内の反カキ国王勢力が一斉に宣伝活動を開始し、国民各層に対しカキ国王追放を呼びかける手筈だ。当然、ワイコウ政府はその弾圧を始めるだろう。それゆえ宣伝活動がまともに機能するのは、五日程度。それまでに国軍に打撃を与えられなければ、ワイコウ国内のカキ国王追放気運は勢いを失ってしまう。そうなれば、たとえ国軍を壊滅させたとしても、カキ国王は玉座を死守してしまうだろう」

 駿が、説明した。

「理由はわかったが、五日は無茶だ。適当な戦場へ展開するだけでも、早くて二日、余裕を見れば三日は掛かるぞ。仮に二日で展開を終えたとしても、敵が来てくれなきゃどうしようもない。無理だよ。ルルトに断りを入れてくれ」

 拓海が、渋い顔で言う。

「同感だな。移動手段は川船と徒歩しかないんだ。エイラが大型軍用ヘリの三十機も召喚してくれるってんなら、別だが」

 皮肉を込めて、生馬も拓海に同調する。

「その宣伝活動の期間を、ずらすことはできないの? こちらとワイコウ国軍が戦闘する数日前から始めるとか」

 夏希はそう訊いた。

「無理だね。開戦時から反国王気運を盛り上げなければ、国軍敗北時に大きなインパクトを与えられない。少なくとも、ルルトの連中はそう考えている。僕としても、その考えは正しいと思う。ダムを決壊させるのならば、満水状態を狙うべきだよ」

「言いたいことはわかるが、五日は無茶だ。ギャンブルにもほどがある」

 呆れたように拓海が言って、首を振った。

「ふむ。何日なら、可能なんだ?」

 困り顔の駿が、拓海に訊き返す。

「相手の出方によるな。もしこちらが布陣した途端に攻めて来てくれるのならば、三日以内に一戦交えることは可能かもしれない。だが、一回の交戦で壊滅的打撃を与えられるとは思えん。追撃ないし再戦を強いるとなると、最低でもさらに五日は掛かるだろう。あわせて八日。余裕をみて、十から十二日というところか」

「十日あればなんとかなるが、五日では無理、ということだね」

 なおも難しい顔の駿が、念押しする。

「そうだ。いや、十日でもぎりぎりだな。悪天候の日があったりすれば、動けないだろうし」

「生馬の意見は?」

「とにかく五日じゃ駄目だよ。倍の十日あれば、できないことはないだろうが……」

「よしわかった。十日で頼む」

 破顔した駿が、言った。

「そんなに勝手に決めちゃっていいの?」

 凛が、驚く。

「担いだな、駿」

 拓海が、恨めしげに駿を見た。駿が、笑顔のまま言い訳を始める。

「悪い悪い。端から十日、と言ったら却下されかねなかったからね。五日の倍、と考えれば、長い期間だろ? 宣伝活動は十日は持続するはずだから、そのあいだに何とかワイコウ国軍に壊滅的打撃を与えてくれ。頼むよ」

「仕方がない。どうにか策を考えよう。で、開戦の日時は?」

 拓海が、渋い表情で訊く。

「それはこちらの都合で決められる。ただし、ごく近いうちに頼む。遅くなるほど、ワイコウの外交的立場が回復するからね」



 三日以内に、ルルトによる提案……平原諸国軍がワイコウ領域内に侵攻し、ワイコウ国軍に打撃を与えることによってカキ国王の支持基盤を揺さぶり、玉座からの追い落としを図る……は、平原各国元首すべての賛同を得た。これを受けて、各国が派遣した防衛隊が、続々と策源地たるマリ・ハに送り込まれる。食料を始めとする兵站物資の集積も、開始された。拓海が訓練部隊用に買い込んでおいた川船が、大量の米を積み込んで各河川を下り、マリ・ハを目指してゆく。



「……グリンゲ殿! グリンゲ殿!」

 グリンゲは、うっすらと眼を開いた。顔見知りの廷臣三人ほどが、気遣わしげな表情で見下ろしている。

「おお、気付かれましたか」

 廷臣たちの表情が一斉に和らいだ。

「……わしは……どうして……」

 グリンゲは、わざと力ない口調で言った。

「急に倒れられたのですよ。今、医者を呼びに行かせています」

 農業部の廷臣が、なだめるように告げた。

 やがて駆けつけてきた王宮付き医師が、床に倒れたままのグリンゲをざっと診察した。黒い丸薬を三粒取り出し、書記二人の手を借りて上体を起こしたグリンゲの口に押し込み、水を含ませる。

「心臓ですな。ご無理なさらないで下さい、グリンゲ殿。ご自分の年齢を考え、もう少しお体をいたわらないと」

 諭すように、医者が言う。

「しかし、将軍たるもの、国軍が出動しているこの時期にのんびりしてはおれぬ」

「グリンゲ殿。戦場のことはヒュックリー将軍に任せておけばよろしいでしょう。このところ毎日遅くまで王宮に詰めているではないですか。少しは休まれたほうがいい」

 遠巻きに見守っていた大臣の一人が、言った。

「閣下のおっしゃる通りです。働きすぎですよ」

「よいお年なのですから、無理なさらずに」

 廷臣たちのあいだから、賛同の声があがる。

「いずれにしろ、今日はもう仕事はなしです。寝台を用意しますから、そこで寝ていてください」

 きっぱりと、医者が告げた。

「むう」

 グリンゲは、不満そうな表情を取り繕った。

 数日前から、グリンゲは健康に不安があることをさりげなく周囲に印象付け始めていた。なにしろ王宮勤めの者の中でも、五指に入る高齢者である。多少足をふらつかせたり、腰の痛みを訴えたり、疲れ易いと漏らしたりしても不信がる者はいなかった。

 ぶっちゃけ、仮病である。こうして衰えていることをアピールすれば、国軍の総指揮を命じられることはまずないだろう。もし指名されたとしても、戦陣では身体が持たぬと言い張って辞退すればいい。老いて怖気づいたと糾弾されるかも知れぬが、何百人もの若者を自らの手で死地に追いやるよりは、まだ良心は痛まぬ。

 医者の指示で、四人の衛兵がグリンゲの身体を持ち上げた。ワイコウ最古参の将軍は、聞き分けのいい幼児のようにおとなしく寝台まで運ばれていった。


第五十七話をお届けします。

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