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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
48/145

48 ワイコウの賢者

「……暇ねえ」

「暇なのであります!」

「たしかに、暇ですねぇ~」

 一人と二匹は、暇を持て余していた。

 合同使節団がワイコウに到着してから、三日目の朝である。

 ワイコウ側の対応は、丁寧ではあったが冷ややかなものであった。宿舎は豪華そのものだし、出される食事は夏希が普段ジンベルで食べているものとは比べ物にならぬほど贅沢なものだ。代表や随員はもちろん、世話役や護衛の兵士にすら、専属の侍女が最低一人は宛がわれている。飲み物は酒を含め飲み放題だし、甘味や果物などもふんだんに用意されていた。

 これら手厚いもてなしの反面、使節団メンバー個人の行動は極端に制限されていた。警備の為と称し、ワイコウ側との協議時以外外出は禁じられており、ちょっとした買い物や外食はもちろん、市街見物すらさせてもらえない。散歩も宿舎敷地と、隣接している庭園内しか許されておらず、一般市民との交流など望むべくも無い。

 今日も朝早くから凛を含む各国代表団と、サーイェナ、エイラら人間界縮退問題担当者はワイコウ側との協議のため出掛けていたが、委員長補佐に過ぎない夏希と、使い魔であるコーカラットとユニヘックヒューマは留守番であった。世話役の者たちは仕事が無いことを喜んで、干した果物などつまみながらカードゲームなどで暇を潰しているようだが、もともと好奇心の強い夏希と、魔物にしては退屈に弱い二匹は、なんらかの刺激を求めて、宛がわれた部屋で悶々としていた。

「ワイコウは閉鎖的よねえ。まるで共産主義国家みたい」

「共産主義とはなんなのですかぁ~」

 触手をくねくねさせながら、コーカラットが訊く。

「そうねえ。教科書的に答えれば、財産や生産手段の私有を否定し、社会の共有とすることを目的とする主義、かな」

「その主義を採用した国家が、共産主義国家なのでありますか?」

 やや眉根を寄せながら、ユニヘックヒューマが尋ねた。

「そうね」

「そのような国が、どうして閉鎖的になるのでありますか?」

「色々と理由があるのよ。でも最大の理由は、国民に情報を与えない為ね。為政者に都合のいい情報だけ与えていれば、国民のコントロールが容易だから。ま、これは共産主義国に限ったことじゃないけどね。未熟な共産主義国家は官僚制が肥大化したうえに少数の個人に権力が集中しちゃうから、そうなりやすいんだけど」

「情報は広く共有されるべきなのです! 各個体の情報格差は、誤解と反社会的な行動様式をもたらすだけなのです! 閉鎖的な風土ということは、ワイコウは色々と裏で後ろめたいことをやっているに違いないのです!」

 そう決め付けたユニヘックヒューマが、ぶんぶんとステッキを振り回す。

「ユニちゃんは結論を先走り過ぎていると思いますぅ~」

「いずれにしても、友好的とは言えないわよね」

 夏希はそう言いつつ窓外を眺めた。低木に蔓植物を絡めた生垣の向こうに、高い板塀が設けられているので、街の様子をうかがうことはできない。その生垣の前を、腰に長剣を吊った二人の兵士がゆっくりと通り過ぎる。一応、警備の者ではあるが、その主たる任務が不審者の侵入を防ぐことではなく、ゲストが外へ出ないように見張ることにあるのは、明白であった。

「じっとしていると気が滅入るわね。散歩でもしましょうか」

 夏希は勢いよく立ち上がった。出される食事が豪華かつ物珍しいものが多いので、このところいささか食べ過ぎている。太り易い体質ではなかったが、多少は運動の必要があるだろう。

「お供しますですぅ~」

「あたいも行きます!」

 二匹の魔物を引き連れて、夏希は宿舎に隣接する庭園に出た。散策ができるように、低木や花壇のあいだに縦横に小道が走っている。夏希はそこをでたらめに辿り始めた。ユニヘックヒューマが、そのあとをとことこと続く。コーカラットは、相変わらずふわふわと浮いたままついてきた。

 地面は先ほど降った雨のせいでしっとりと濡れていたが、小道には滑らかな黒っぽい小石が敷き詰められていたので、いたって歩き易かった。日差しを浴びて、花壇の柔らかい土からは、うっすらと白く蒸気が立ち昇っている。空気もじっとりと湿気を含んでいたが、ジンベルやハンジャーカイより気温は低めなので、それほど暑くはない。花壇に植えられている草花は見慣れないものが多かったが、咲いている花の半分以上が白い花弁を有していた。それがこの地方の花の特徴なのか、それとも庭園の管理者の趣味なのだろうか。

「待つのであります!」

 十分ほど歩んだところで、急にユニヘックヒューマが叫び、夏希の前に立った。ステッキを前方に突き出し、威嚇のポーズを取る。

「どうしたの、ユニちゃん?」

 足を止めた夏希は、ユニヘックヒューマの青緑色の後頭部を見下ろしてそう問うた。

「茂みの中に、誰か隠れているのですぅ~。あやしいのですぅ~」

 すうっと前に出たコーカラットが、説明する。

「不審者?」

 夏希は身構えた。一応、外交使節団の一員である。可能性は低いが、誘拐や暗殺の対象になっていてもおかしくはない。

「出てくるのであります!」

 ユニヘックヒューマが強い調子で脅す。

「あ、出ます出ます。乱暴はやめてください……」

 茂みが割れ、ひょいと男の顔が現れた。浅黒い肌に黒褐色のウェーブした髪、という典型的な海岸諸国人だ。年齢は……中年の初め、といったところか。眼つきは温和で、少なくとも暗殺者には見えない。

 コーカラットの触手がにゅっと伸び、茂みを掻き分けて出てきた男の身体を素早くまさぐった。着ているものは、髪と同じような黒褐色に染めてあるワンピースだ。腰には、同色の飾り帯を締めている。

「怪しい物は持っていませんねぇ~」

 身体検査を終えたコーカラットが、触手を引っ込める。

「そんなところで何をしていたのでありますか!」

 ユニヘックヒューマが、手にしたステッキを威嚇的に振り回しながら、詰問する。

「大声を出さないでください、魔物殿。警備の兵士に見つかったら、牢屋にぶち込まれてしまいますよ」

 男が、おろおろと手を振りつつ言う。

「やっぱり、いけないことを企んでいたのでありますね?」

「いえいえ。平原や高原の方に、会いたかっただけですよ」

 相変わらずおどおどした態度だが、意外にきっぱりとした口調で、男が言う。

 とりあえず、危険は無いようだと夏希は判断した。もし仮にこの男が偽装した暗殺者だったとしても、魔物二匹の前では無力だろう。

「とりあえず、身分を明らかにして欲しいわね」

 夏希はそう要求した。

「失礼しました。わたくし、ワイコウ市民のキュイランス、と申します。賢者です」

 丁寧に言った男……キュイランスが、ぺこりと頭を下げた。

「あなた様は、異世界からいらした方とお見受けしますが……」

 キュイランスが、夏希を見上げた。身長は十五センチばかり、夏希のほうが高い。とすると、ワイコウ人男性としては、やや小柄だろうか。

「……見た目でわかるの?」

「お噂はかねがね。顔立ちは平原の民のようだが、肌は白く、美しい。背が高く、髪は漆黒で長く、戦では竹竿を振り回し敵をなぎ倒す。ジンベルの竹竿の君、夏希様ではありませんか?」

「……そうだけど」

 渋々と、夏希は認めた。このありがたくない二つ名が、こんな遠い国の市民にまで知れ渡っていたとは。

「お目にかかれて光栄です、夏希様」

 再び、キュイランスが一礼する。顔をあげた中年男の視線が、なぜか夏希のおでこの辺りに集中していることに、彼女は気付いた。

「……わたしのおでこに、何か付いてる?」

「いえいえ。滅相もありません」

 慌てた様子で、キュイランスが両手を振って否定する。夏希は不信感を覚えたものの、とりあえずそのことは放っておいて、浮かんだ疑問を口にした。

「しかし……よくここに潜り込めたわね。警備の兵士がいたでしょうに」

「雨のあいだに潜り込んだのです。兵士は建物の中に引っ込んでしまいますし、雨で姿も消せますから」

 こともなげに、キュイランスが言う。そこで初めて、夏希は彼の衣服の色を見誤っていたことに気付いた。びしょ濡れなので、黒褐色に見えるだけなのだ。実際は、もっと明るい色なのに違いない。

「ともかく、わたしたちもワイコウの一般市民との接触は制限されているの。あなたも、兵士に捕まりたくはないでしょう。お帰りなさいな」

 夏希はそう勧めた。どうやら悪い人物ではないらしいので、兵士に捕まってしまっては気の毒だ。それに、一般市民と接触しているところをワイコウ側に知られたら、夏希が直接咎められることはないにせよ、エイラやサーイェナに迷惑がかかるかもしれない。

「せっかく異世界からのお客人にお会いできたのに、なにも知識を増やさぬまま帰ってしまっては、賢者としての沽券こけんに関わります。ひとつだけ、質問させていただいてよろしいでしょうか?」

 丁寧な口調で、キュイランスが訊く。

「どうぞ」

 夏希は許可を与えた。ひとつだけ、ならば問題あるまい。

「噂になっている人間界の縮退ですが……真実なのですか?」

 真剣な表情で、キュイランスが問う。

「本当よ。このまま手を拱いていたら、二百年以内にワイコウも魔界に飲み込まれるでしょうね」

「夏希様のお言葉を疑うわけではありませんが……かわいい魔物殿、ワイコウは二百年以内に魔界に飲み込まれてしまうのですか?」

 夏希を守るようにその前に立ちはだかっているユニヘックヒューマに視線を転じ、キュイランスが訊く。

「何年後かは定かではありませんが、確実に飲み込まれるのであります!」

 ステッキを振りつつ、ユニヘックヒューマが肯定する。

「宙を舞うかわいい魔物殿も、同じご意見でしょうか?」

 ユニヘックヒューマの返答に深くうなずいたキュイランスが、今度はコーカラットを見上げる。

「ユニちゃんに同意なのですぅ~。放置しておけば、ワイコウどころか海岸諸国すべてもが魔界に飲み込まれることになりかねないのですぅ~」

「それだけお聞きすれば十分です。夏希様、かわいい魔物のお二方。ありがとうございました」

 ぺこりと一礼したキュイランスが、がさごそと音を立てながら茂みの中に消えた。

「人間も魔物も、賢者には変わり者が多いのですぅ~」

 コーカラットが、感想を述べる。

「しかし……どこかで見たことがあるような男だったわね」

 つぶやくように、夏希は言った。高原で出合った誰かに、似ているのだろうか。

「わたくしは、拓海様に似ていらっしゃると思いましたぁ~」

 触手を嬉しげにくねくねさせながら、コーカラットが言う。

「そうか、拓海ね」

 夏希は納得してうなずいた。態度はともかく、体型や顔つきがなんとなく拓海を思わせたのだろう。

「夏希様、また雲が出てきたのであります! 雨に降られぬうちに、屋根の下へ戻りましょう!」

 ユニヘックヒューマが、ステッキで空を指した。もう何度も目にした、豪雨の先駆けとなる白い雲が、むくむくと湧き出しつつある。

「そうね。戻りましょう」

 キュイランスが消えた茂みを一度見やってから、夏希はきびすを返した。



「明日、ワイコウを発つことになりました」

 協議から戻ってきたエイラが、夏希の顔を見るなり開口一番そう告げた。

「じゃ、進展があったのね」

「いいえ。進展がないから、とりあえず諦めて発つことにしたのです。ワイコウへの説得は続けますが、先に海岸へ赴き、タナシス相手の工作を進めます」

「酷い話ね。こちらの説得に耳を貸さないなんて」

「……それが、一応人間界縮退については信じてくれたのです」

 覇気のない表情で、サーイェナが説明を引き取った。

「じゃ、進展があったんじゃないの?」

「あったと言えばあったわけですが、余計に状況が悪化した、とも言えますわね」

 サーイェナが、続ける。

「人間界縮退の脅威については認識してくれた。しかしながら、現状でワイコウを脅かすものではない以上、縮退対策に積極的に協力することは難しい、というのが最終的なワイコウ側の回答なのです」

「なにそれ。高原の民がどうなろうとワイコウは知ったことではありません、ってこと?」

 憤然として、夏希は問うた。

「有体に言えばそうでしょうね。以前のジンベルほどではありませんが、ワイコウも広範に魔術を利用しています。他国に頼まれたからと言って、簡単に魔術の使用をやめることはできないのでしょう」

 ため息混じりに、エイラが言う。

「代償は提示したんでしょ?」

 すでに、委員会と対策群は、ワイコウから魔力の源をいわば『買い取る』ために、平原諸国と高原諸族から金銭や資源などの供出を受け始めている。お金や各種鉱物、農産物、加工品、さらには労働力の提供まで、ワイコウが望むならばかなりのものを与えることになっているはずだ。

「それも、蹴られました。というよりも、折り合いがつかなかったのです」

 サーイェナが、肩をすくめる。

「どうしようというのかしら、ワイコウは。このまま放置していれば、いずれはここも魔界に飲み込まれるというのに」

 夏希は首を振った。たしかに、二百年後と言えば、寿命が短いこの世界の人々にとっては遠い未来でしかないのだろう。しかし、いずれは破局が訪れるのだ。目先の利益だけを優先し、将来の脅威に眼を瞑るというのは、愚かな選択でしかないはず。

「いずれにしても、ワイコウは非協力的です。他の海岸諸国に働きかけて、ワイコウを説得してもらうのも手だと思います」

 エイラが、言う。

「他の海岸諸国は、ワイコウよりも聞き分けがいいかしら?」

「とりあえず、わたくしたちに協力しても失うものはありませんからね。さほど労せずに数百年後の破局を避けることができるのであれば、手を貸してくれるのではありませんか?」

 そう言ったサーイェナが、夏希の目を覗き込んだ。

「……そうであることを期待しましょう」

 自信なさげなうなずきで、夏希は応じた。



「交渉決裂だというのに、ずいぶんとご機嫌ね」

 鼻歌交じりに荷物をまとめている凛を見ながら、夏希は嫌味な口調で言った。

「委員会や対策群は収穫なしだけど、将来平原経済の面倒を見なきゃならない立場から言わせてもらうと、大収穫だったもの」

 服を丁寧に折り畳みながら、凛が言う。

「大収穫?」

「ワイコウの商人と接触して、海岸諸国の消費動向や輸出入品目を調べ上げたの。その結果、椰子油、錫、麻、数種の香辛料、一部の材木などは、有望な商品だとわかったわ。人件費は海岸諸国の方が高いから、木工品や焼き物、加工食品なんかも競争力が高いわね。海岸諸国はいずれも人口が多いし、本格的に貿易が始まったら、かなりの儲けが転がり込むはずよ」

「へえ。それは凄いわね」

「ま、ワイコウの反発は買うでしょうけどね」

 手を止めた凛が、にやにや笑いを浮かべながら夏希を見た。

「反発?」

「椰子油や麻、錫鉱石、それに丈夫で軽い材木なんかは、ワイコウの特産物でもあるのよ。他の海岸諸国への供給を独占して儲けていたのが、ワイコウなわけ。そこへ平原諸国が割り込めば、ワイコウにとっては大打撃よ」

「はるばる平原から輸出して、価格面で対抗できるの?」

 平原からここまでの旅の様子を思い起こしながら、夏希は訊いた。

「輸送コスト的には、近い分ワイコウの方が若干有利よ。でも、人件費は平原の方が安いし、近年はワイコウが独占供給先であることをいいことに、商品価格を吊り上げていたみたいだしね。品質で差がなければ、こちらが有利よ」

「そうなんだ。……ねえ、これをワイコウに対する取引材料に使えないかしら。魔術の使用をやめないと、平原から安い商品を海岸に供給して、ワイコウの経済を弱らせちゃうぞ、って脅すの」

「悪いアイデアじゃないけど、経済担当者としては、却下したいな。せっかくのビジネスチャンスを、ふいにしたくないし」

 凛が、夏希の提案を消極的に否定する。

「凛には悪いけど、委員会代表顧問としては、これは魅力的なアイデアだわ。もし他に手がないようだったら、わたしはこの案をエイラに勧めてみるつもりよ」

「他に手がなければ、仕方ないわね」

 意外とあっさりと、凛が引き下がった。

「でも、これだけは覚えていてね。一国の将来を左右するような国益が掛かった問題に対して、他国が経済的な圧力を加えて干渉した場合、思いもよらなかったような強い反発を受けて事態が悪化するって例は、歴史的には多いのよ」

 夏希を真剣な眼差しで見据えて、凛が言う。

「わかった。覚えとく」


第四十八話をお届けします。評価を入れてくださった方、ありがとうございます。

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