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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第二章 海岸諸国編
47/145

47 谷間の都市

 何隻もの川船が、連なってノノア川を下ってゆく。

 平原各国の代表と随員が乗ったものが六隻。参加を希望した有力商人たちが乗ったものが二隻。委員会のメンバーが乗ったものが二隻、サーイェナを含む対策群代表が乗ったものが一隻。荷物専用船が一隻。護衛や世話役が乗ったものが二隻。合計十四隻の堂々たる船団である。

 夏希はエイラとともに、人間界縮退対策委員会の船の一隻に乗り込んでいた。凛は一応ジンベル王国代表団の一員だが、道中は異世界人同士がいいとわがままを言って、夏希と同じ船に乗っている。ちなみに今回の合同外交団メンバーに、アンヌッカは加わっていない。人数に制限があるので、夏希の役職では個人的な助手を連れてゆくわけには行かなかったし、護衛の枠も平原各国が精鋭を提供したので、残念ながらアンヌッカが入る余地がなかったのだ。

 川船の列は、すでに平原最北端の国家であるマリ・ハを超え、いわゆる湿原地帯に入っていた。地形的にはきわめて平らなので、流れはごくゆっくりとしており、川幅も広い。緩やかに屈曲している箇所も多く、河岸に溜まった泥には葦のような植物が繁茂している。ノノア川は時折極端に左右に広がって、沼地と言っても構わないほどの面積を持つ開けた湿地を形成していた。

「確かに、こんなところじゃ都市は作れないわね」

 夏希はあたりを眺め渡しながらそう言った。木々も少なく、あっても盆栽のごとく低くねじくれたようなものばかりだ。家を建てられる乾いた土地を探すのさえ苦労するだろう。田んぼなら作れそうだが、少しでも川が増水すればすべて水に浸かりかねない。

「あとどれくらいで、ワイコウなの?」

 船旅に退屈したのか、物憂げな調子で凛が聞く。

「平原の北端から直線距離で二千五百シキッホ……だいたい百五十キロくらい下ったところから、三百シキッホほど南西方向へ支流を遡ったところにあるのがワイコウよ。今日は途中で泊まる予定だし、雨が降れば停止してやり過ごさねばならないから、到着は早くても明日遅く。普通にいけば、明後日になるわね」

「……どうもこのあたりの地理が頭に入らないのよねぇ」

 地理オンチの凛が、愚痴る。

「日本に置き換えて理解すると、覚え易いわよ。瞬に教えてもらったんだけど、関東地方と東北地方に当てはめるの」

「なに、それ」

「ノノア川は、ほぼ北から南へと流れているから、これを南北を逆にした東北新幹線か東北本線に見立てるの。こうすると、ノノア川河口のルルトが東京になるわ」

 荷物から地図を引っ張り出した夏希は、その北が凛に向くようにして差し出した。

「ワイコウはノノア川から東へ……実際には西だけど……外れているから、茨城の下館あたりね。そこからずーっと遡って、福島の郡山あたりが、平原の入口。ジンベルがあるのが、福島市の少し北。高原地帯が、宮城県ってとこね」

「……意外と狭かったのね。この世界って」

「新幹線で日帰りできちゃう日本と比べたら駄目よ。ここの住人の大半は、生まれた国の外へ出たことがないんだから」

 夏希は笑った。

「じゃ、ラドームとかタナシスはどのあたりになるの?」

「地図や資料によってかなり差異があるけど、瞬の推定ではルルト-ラドーム間が六百キロくらい。ラドーム-タナシス間が四百キロくらい、となっているわ。ルルトが東京だとすると、ラドームが鳥島あたり、タナシスは小笠原諸島くらいらしいわよ」

「……距離がイメージできないんだけど」

「東京から西の方へ六百キロといったら岡山の倉敷あたり。さらに四百キロ行くと福岡のあたりまで。結構遠いね」

「じゃ、こっちの陸地とタナシスの間の海は日本海くらいかな?」

「もう少し大きいよ。瞬によれば、九州の南端から台湾までが約千キロだって。ラドームを沖縄に見立てると、近いんじゃないかな」

「……何となく、イメージがつかめたわ」

 地図を凝視しながら、凛が言う。



「この支流を遡ったところにあるのが、例のカキ・セドです」

 行程二日目のお昼前、エイラが西岸を指差して言った。川幅二十メートルほどの流れが、茶色く濁った水をノノア川に注ぎ込んでいる。

「じゃあ、ここから北はワイコウの領域になるの?」

「そうですね。このあたりのノノア川沿いに住んでいた人々も、カキ国王の治世が始まってから強制的にワイコウ臣民に組み入れられたと聞きますし。もちろん、平原諸国はワイコウによる新たな領有宣言を認めていませんし、海岸諸国も同様に公的には認めていないそうですが」

 夏希の問いに、エイラが丁寧に答えてくれる。

「このあたりまで来ると、湿地が少なくなるわね」

 周囲を観察しつつ、夏希はそう言った。そこかしこに、濃緑色のこんもりとしたジャングルが点在しているし、ノノア川の屈曲も緩やかになっている。

 しばらく川下りを続けると、今度は西岸に街道が見え出した。それまでも川沿いには一応道らしきものがたびたび見えていたが、今目にしているものはそれらとは段違いに立派なものだ。カキ・セドへの街道だろうか。

「そうですね。もともとあった道を改修したもののようですが」

 夏希の推定を、エイラが肯定する。

 それからさらに数分後、雨に襲われた船団は西岸に見えた小さな村の船着場とその近くで船をもやった。ちょうど昼飯時だったので、そのまま昼食休憩に移る。

 夏希らは昨晩の野営地で今朝炊いた米を食べた。おかず類も、平原から日持ちするものを持参している。雨があがると、商売の匂いを嗅ぎつけた村人が、売り物になりそうな農産物を抱えて船着場に集まり始めた。

 食事を終えた夏希は、村人たちを興味深く観察した。人種的には、平原の民よりも高原の民に近い人々のようだ。ただし髪はほとんどの人が黒か黒褐色で、高原の民のような金髪や赤毛は見当たらない。肌の色もやや浅黒く、地中海東部沿岸やアラブ系の人々に近い風貌だろうか。身長も、平原や高原の民に比べると、若干高めのようだ。

 夏希は果物の籠を抱えている少女から、洋梨もどき……この世界へ来て始めて食べた果物……を三つ買った。支払いはハンジャーカイの通貨で済ませたが、少女はためらうことなく受け取ってくれた。ここを通る商人や旅人相手の商売で、他国の通貨には慣れているのだろう。ついでに、ちょっとおしゃべりをしてみる。村の名は、オランジというらしい。生計はおもに米作りで立てているようだ。

 おしゃべりを終えた夏希は、コーカラットに果物を渡して皮を剥いてもらった。それをエイラと凛と分け合って食べる。

「なかなか豊かな村みたいね」

 食べ終えた夏希は、立ち上がって村を眺め始めた。河岸からちょっと引っ込んだ高台のようなところに、五十軒ばかりの高床式の家々が立ち並んでいる。その西側に街道が走り、さらにその西側には水田が広がっている。村の北側も水田らしく、そこには川の増水対策なのだろう、土手のような堤防が築かれていた。

「景色をご覧になりたいのですかぁ~」

 コーカラットが、夏希にふわふわと寄ってきた。

「うん。でも、ここからじゃたいして見えないわね」

「失礼しますですぅ~」

 いきなり、コーカラットの触手が夏希の腰に巻きついた。

「浮かびますですぅ~」

 声とともに、夏希の身体が宙に浮く。

 夏希は慌ててワンピースの裾を脚に巻きつけた。一応、下にショートパンツを穿いているが、それでも下から覗かれるのは恥ずかしい。

「こんなところで、いかがでしょうかぁ~」

 コーカラットが上昇を止めた。ワンピースの裾の始末に専念していた夏希は、顔をあげた。

 高度は、十数メートルくらいだろうか。眼下には、なかなか魅力的な風景が広がっていた。村の家々が立ち並ぶ北側に、きれいな黄緑色の水田が、南北に三百メートル、東西に百メートルくらいの大きさで広がっている。その北端あたりには、ホットケーキを思わせる円盤状の低い岩山がぽつんとあった。

 水田の西側には、よく整備された街道が、北から南へと真っ直ぐに走っている。そして、水田と対を成すように、街道の西には葦類に周囲を縁取られた楕円形の大きな灰色の沼地があった。その更に西側は、濃密なジャングルがある。

 沼地の南側にも、規模は小さいが水田の広がりが認められた。さらに南側には、畑が広がっている。川沿いながら、乾いた土地に恵まれているところのようだ。だからこそ、村が形成されたのだろう。

「もういいわ。コーちゃん、下ろして」

「承知しましたぁ~」

 するすると、コーカラットが高度を落とし、夏希を船の中へと戻した。そこで始めて夏希は、自分が村人たちの注目の的になっていたことに気付いた。……魔物すら珍しいというのに、その触手に巻かれて一緒に宙に浮かんだ女性など、一生のうちに一度見るか見ないか、というくらい希少な見世物だろう。

 気恥ずかしさを覚えた夏希は、こそこそと日除けの下に逃げ込んだ。



 三日目の朝、ノノア川に別れを告げた船団は、ワイコウに通じる支流を遡り始めた。

 もはや湿地帯の面影はなく、川の両岸は濃密なジャングルに覆われていた。遡るにつれ、徐々に勾配が増してくる。周囲に山も増え、やがてそれらが連なり始める。川岸に水田や畑を伴った集落の姿も、頻繁に目に付くようになった。

 昼近くに、船団の前方に巨大な岩山が出現した。川は、その中から流れ出しているようだ。

 夏希が見守るうちに、先頭の船が川が岩山に穿った狭い谷間に滑り込んでいった。二隻目、三隻目が続く。夏希の乗る船も、谷間に入り込んだ。岩山に日差しが遮られ、日除けの下がさらに薄暗くなる。

「どうやら、着いたようですね」

 ぼそりと、エイラが言った。

「着いた? ワイコウに?」

 夏希は素っ頓狂な声をあげた。

「そうです。もうそろそろ、ワイコウが見え出すはずですわ」

 そう言われた夏希は、日除けの下から首を突き出して前方を眺めた。ちょうど船は屈曲部を通過しているところであった。左岸には大きな岩があり、視界を遮っているが、右岸には平地があり、日当たりに恵まれていないながらも畑地が広がっている。

 船が流れに沿って向きを変え、いきなり視界が開けた。

「ここが……ワイコウ?」

 夏希は唖然として顎を落とした。

 さして広くもない谷間に、整然たる都市が広がっていた。ほぼ中央を貫くように川が流れており、その左右にみっしりと建物が立ち並んでいる。都市の左右の広がりは谷間を形作っている岩山のふもとまで達しており、一番端の建物など岩肌そのものを壁に利用しているかのようだ。

「なんでわざわざこんな狭い谷間に街を造ったの?」

 ジンベルも狭い盆地だったが、それよりもはるかに狭隘な谷間である。家々の数はどう見てもジンベルの数倍はあるだろう。とすると、当然住民も数倍はいるはずだ。

「もともと鉱山都市として発展してきた国ですから」

 エイラが、説明を始めた。

「魔力の源が、この場所にあったせいでもあるでしょうね。そういう意味では、ジンベルと同じような成り立ちかもしれませんね。それと、数百年前にはこの都市と周辺の住民とのあいだで長きに渡る戦争があったそうです。谷間ならば、守り易いですからね。ある種の城塞都市でもあったのでしょう」

「なるほど」

 左右に聳える岩山を越えて軍勢を送り込むことはおそらく不可能だろう。谷間の出口さえしっかりと守れば、この都市は難攻不落の要塞と言える。

 やがて前方に現れた船着場には、すでに数名のワイコウの役人が待ち構えていた。警護役なのか、長さ二メートルほどの槍のような武器を携えた二十名ほどの兵士も待機している。

「妙な槍ね」

 夏希は船縁から身を乗り出すようにして、兵士が手にしている武器を眺めた。長槍の刃の部分から側方に枝のようなものが突き出している。刃が十手のような形状を為している長槍、と言えばわかり易いだろうか。

げきの一種ね」

 凛が、言う。

「劇?」

「昔の中国で流行った武器よ。横棒の部分で敵の武器の刃先を防いだり、直接相手に叩きつけたりすることもできるいわゆる多刃兵器の一種ね。形状からして、あまり洗練されていないレベルじゃないかしら」

「ふうん」

「注目すべきは戟じゃなくて、出迎えの模様ね。ぜんぜん慌てた様子が見えないわ。あたしたちが来るのをずっと待ち構えていたはずもないし。何らかの、早期警戒システムのようなものが普段から機能しているのでしょうね。すでにかなり前から、船団が川を遡ってくることが知られていたに違いないわ」

 凛にそう指摘され、夏希はおもわず岩山の上のほうを眺めた。あの辺りに監視所を設ければ、川の様子は何十キロも先まで見張ることが可能だろう。……どうやって、この険しい岩山の上まで登るのかは知らないが。

 船着場で、船団は停止した。すべての船が着けるだけのスペースがないので、半数ほどのみが着岸し、あとは船溜りでの待機となる。

 表向き使節団団長となっているススロンの外務大臣、人間界縮退対策委員会委員長であるエイラ、対策群の長たるサーイェナなどのお偉方が、護衛を伴って下船し、ワイコウ役人の挨拶を受けた。そこで短い話し合いが行われ、使節団の面々がそれぞれの船に戻ってきた。ワイコウ役人の一人が、先導する船の一隻に乗り込む。

「とりあえず宿舎に案内するそうです。近くの船着場まで、船で行くとのことですわ」

 夏希の隣に戻ってきたエイラが、そう説明した。

 ふたたび動き始めた船の中から、夏希は街の様子を興味深く眺めた。ジンベルと同様、街中を流れる川の両岸は、切石を使って丁寧に護岸工事が施されている。両岸に等間隔に植えられているのは、葉の形状からして柳の仲間だろうか。

 この都市の建物は、馴染みの高床式住居ではなく、切石を積み上げた基礎の上に柱を立て、壁板を張るという造りだった。屋根は、平原地帯と同じような藁のような植物で葺いてある。大きな建物の中には、壁をすべて石造りにしたものも多かった。異国人ばかりが乗った船団を、興味津々で眺めている人々の服装は、平原の民と大差なかったが、原色を使った派手な色使いの服が多く目に付いた。街の様子からして、平原諸国よりも多少は生活水準が高いように思える。

 やがて船団は、河岸に設けられた掘り込みのような水路に入っていった。一分ほど進んだところで、その水路は人工的に作られたと思われる池につながっていた。周囲には青々とした木々や茂み、花壇などが配置されている。何らかの庭園か、公園らしい。

 池の一角には、簡易な船着場のような施設があり、十四隻の船はすべてそこへ集められた。ここでも着岸のスペースが足りず、各船は船縁を寄せ合うようにして停船し、人々は船伝いに下船した。

 待ち受けていた役人の案内で、一行はぞろぞろと庭園を突っ切り、その先に見えている宿舎に向かった。切石の土台と板壁という典型的なワイコウ式の建物だったが、かなり広く、窓枠に透かし彫りが入っていたり、床板の上に柔らかな敷物が敷かれていたりと、かなり豪華な印象だ。

「あれ、涼しいよ」

 建物の中に入るなり、凛が頓狂な声をあげた。

 夏希もすぐに気付いた。……冷却の魔術が掛かっている。

「……嫌味でしょうか」

 エイラが、唇を噛んだ。

「おもてなしの心、と受け取っておきましょう。今のところは、ね」

 少しばかり凄みのある笑みを浮かべたサーイェナが、言った。


第四十七話をお届けします。

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