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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
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45 共同体構想

 平原と高原の、人間界縮退対策は順調に進んだ。

 高原の民は、族長会議を経て正式に縮退問題を受け持つ独立組織である『対策群』を発足させた。その長に推挙されたのは、やはりサーイェナであった。対策群は魔界との最前線で観測、研究などを行う監視部門と、サーイェナが直接指揮を執る外交部門に分かれており、人間界縮退問題に関してのみ、長たるサーイェナは全高原の民の全権として振舞えるだけの権限が、族長会議によって付与されていた。

 平原において発足した同様の組織は、『人間界縮退対策委員会』と呼称され、その長である委員長に就任したのは、サーイェナとヴァオティ国王の思惑通りエイラであった。こちらの権能は高原の対策群より低く、その機能は主に平原各国との連絡調整と高原対策群との連絡、さらにかなり限定された平原代表としての外交能力に止まっていた。エイラに請われたうえにヴァオティ国王にも要請された夏希は、委員長補佐という肩書きで、直属の顧問のポストに就くことになった。

「ようやく端緒についた、ってとこね」

 凛特製の米粉蒸し饅頭を食べつつ、夏希は言った。

 仕事部屋に、久しぶりに五人の異世界人が揃っていた。武人としての貫禄が漂うようになった生馬。眼光の鋭さが増したように思える瞬。以前よりいくぶん痩せて、そのぶん筋肉がついた拓海。それが魅力のひとつでもあったのだが、子供っぽいところが最近見られなくなった凛。そして、精神的にずいぶんと図太くなったと自覚している夏希。

「しかし……みんな出世したわねえ。瞬はススロン貴族でいまや国王の顧問。生馬はイブリス王女といい仲でヴァオティ国王のお気に入り。拓海は高原の民との交渉を一手に引き受けている感じだし、夏希は委員長補佐。あたしだけ、無役だわ」

 言葉とは裏腹に楽しげに、凛が言う。

「ポストが欲しければ、いくらでもあげられるよ、凛ちゃん」

 瞬が、笑った。

「僕の構想では、近いうちに平原共同体を立ち上げるつもりなんだ。すでにススロンとエボダ、シーキンカイ、新生ニアン、それにハンジャーカイには根回しを済ませてある。ジンベルの説得は簡単だと思うし、そうなれば他の国も同調せざるを得ないだろう」

「共同体って……目的はなんだ?」

 饅頭をふたつに割りながら、生馬が訊いた。

「平原はもっと豊かになるべきだ。そのためには、対外貿易を促進する必要がある。人口がそれほど多くない以上、内需だけでは十分に豊かにはなれないからね。調べてみたが、海岸諸国には魅力的な産物が多いし、平原や高原から輸出できる商品も多いようだ。もっと物流を盛んにすれば、必ず富を産む。今後人間界縮退対策がどのように進むかは不透明だが、多額の予算を喰うことは間違いないからね。そのためにも、平原諸国は資本を蓄積しないと。これら経済振興策の調整役は、経済に通暁していない平原の民には無理だと思う。凛ちゃんなら、うってつけだよ」

「まあたしかに、ここの経済は原始的よね」

 饅頭をかじりつつ、夏希は言った。米粉なのでいささか皮が柔らかいが、かなりおいしい。凛が工夫を凝らして、糖蜜からかなり上質の砂糖を得られるようになったので、中の小豆餡もどきの味も、まろやかな甘味を感じさせる上品なものになっている。

「ふたつ目の目的は、教育の向上だ。イファラ族との戦争でうやむやになってしまったけど、僕が本当にやりたいのは初等教育の普及なんだ。これを共同体で行えば、質の揃った教員の大量育成が可能になるし、各国のカリキュラムが統一できる。加えて、思想的に偏った愛国教育や宗教教育も排除できる」

 珍しく、瞬が熱く語る。

「あー、それはいいわね。どこの国とは言わないけど、日本の周囲にはひねくれた愛国教育を行って子供を洗脳している国ばっかりだものね。子供を素直に教育するのは、いいことだわ」

 物憂げに、凛が合いの手を入れる。

「三つ目は、これは生馬と拓海にも手伝ってもらうつもりだが、集団安全保障体制の確立だ。将来的には、高原の民諸族も含めたい」

「集団安全保障って……どこと戦うつもり?」

 夏希はそう訊いた。

「集団安全保障は、軍事同盟とは違うんだよ」

 苦笑しつつ、瞬が説明モードに入る。

「基本的に、参加国同士で紛争が起こった場合には、参加各国が相互に協力して、これを平和的に解決する。参加国が武力侵攻などを行った場合には、参加各国が武力行使を含む制裁措置を行う。このような言わば非平和的な行動を集団で解決するのが、集団安全保障の概念だ。一番よく知られた集団安全保障組織は、国際連合だね」

「じゃ、よそと戦うんじゃなくて……」

「平原国家間、ひいては平原と高原の武力衝突の芽をあらかじめ摘んじまおう、って話だな」

 拓海が、口を挟む。

「そこまでやる必要性があるの? もともと、平原各国のあいだに争いごとは少ないんでしょ? 経済が活性化して、諸国間の関係が深まれば、紛争なんて起きにくくなるんじゃないの?」

 夏希はそう訊いた。

「それが逆なんだよ。むしろ、国家間の結びつきが強まるほど、紛争のタネは増えるんだ。何の付き合いもない他人と喧嘩する奴はいないだろ? それと同じさ」

 苦笑いしながら、瞬が言う。

「よく経済的に相互依存体制を作れば、戦争防止になると唱えている人がいるが、ありゃ嘘っぱちだ。1939年に第二次世界大戦が始まったとき、ドイツの一番の貿易相手国は、翌年に侵攻することになるフランスだった。日本が真珠湾を攻撃した時も、最大の貿易相手国はアメリカだったんだし」

 皮肉な口調で言った拓海が、剽軽に肩をすくめてみせる。

「とにかく、平原国家間で争っている場合じゃないからね。できれば、各国共同で常備軍を作りたい。そうすれば、各国の防衛隊も大幅縮小できるだろう。高原も安全保障体制に組み入れることができれば、常備軍もさらに減らせるはずだ。海岸諸国との仲は悪くないからね。……ということで、その常備軍を作る段階になったら、二人にその組織と指揮を任せたいんだ」

 瞬が、生馬と拓海を見た。

「……それは、いろいろとまずいんじゃないか?」

 生馬が、言った。

「異世界人が手元に常備軍を掌握したりしたら、下種な勘繰りをする奴が現れんとも限らんだろう?」

「そこで、イブリスとの結婚でしょう」

 すかさず、凛が指摘する。

「そうだね。一国の王族と血縁関係になってしまえば、平原の民も同然だろう。常備軍の指揮を生馬が執ったとしても、異論は出まい」

 にやにやと、瞬が笑う。

「瞬の理想はわかったけど、とりあえずは人間界縮退問題が先でしょう」

 夏希は強い語調でそう言った。

「たしかにな」

 拓海が同意する。

「それについても考えてあるよ。海岸諸国へ使節団を送るべく根回ししているところだ」

 瞬が説明を始めた。

「まずワイコウに行って魔術の使用をやめさせる。次いで海岸に出て、ルルトかラクトアスにラドーム経由でタナシスに親書を送らせる。同時に、海岸諸国との交易に関しても可能性を探りつつ、政財界にコネを築いてゆく。代表団長は、どこかの国に外務大臣クラスを派遣してもらうつもりだ。実質的には、エイラ委員長がトップだろうが。当然、補佐も行ってもらいたい。経済関連は、凛ちゃんに任せるよ」

「瞬は、行かないの?」

「僕は共同体立ち上げに専念する。使節団には高原の代表も加えたいんだ。夏希、サーイェナ殿に話をつけておいてくれ。それと拓海。高原のお偉いさんと、商人にも話を通しておいてほしい。高原の産物をジンベル経由で海岸諸国に流せれば、ジンベルは潤うはずだからな」

「魔術使用禁止で、いずれ干上がりそうだものね」

 凛が、肩をすくめた。冷却や換気の魔術は、いまだ効力を保っている……効果を打ち消すために重ねて魔術を使ったりしたら本末転倒である……が、いずれ近いうちにその力は失われてしまうだろう。金鉱や銀鉱の産出量は激減するだろうし、市民生活にも多大な影響が出るに違いない。国家が財政破綻するのを防ぐには、何らかの形で人と資本とがジンベルに留まる方策を探さねばならない。

「共同体の本拠は、ハンジャーカイに置こうと思ってる。平原の真ん中に近いし、ノノア川沿い。政治的にも穏健で中立だし、国王もまともな人物だ」

 瞬が説明を続けた。

「あまり先走るなよ。根回しは構わないが。俺たちの立場は、まだ脆弱なんだ。派手に動いて敵でも作ったら、目も当てられん」

 拓海が、控えめに忠告する。

「わかってる。これはあくまで僕の構想だよ。優先すべきは人間界縮退対策だ。しかし、双方の思惑違いがあったとはいえ、今回の戦争は高原が行った人間界縮退対策の一環だったことは留意すべきだと思う」

「……ってことは、今後人間界縮退対策を推し進めていった場合、戦争になる可能性もあると見ているのか?」

 生馬が、訊く。

「準備はしておいた方が、いいかもしれない。共同体創設や、常備軍設立は、その役に立つはずだ。もちろん、平和的に事が進めば、それに越したことはないが」

 瞬が、肩をすくめた。

「この話はこれで終わりにしましょう。せっかく五人揃ったんだから、味見してもらいたいものがあるの」

 ぽんぽんと手を叩いて皆の注目を集めた凛が、立ち上がって仕事部屋を出て行った。しばらくして戻ってきた彼女の手には、小さな木桶があった。水が張られており、中に銅製らしい壷が入っている。

「なに、これ?」

 夏希は疑わしげに桶の中を覗き込んだ。

「お酒。というより、日本酒ね。ジージャカイの職人に作らせてみたの。なるべく日本酒の技法を模倣させてね。その試作品が、届いたの」

「おいおい。日本酒は難しいんだぞ。ここの連中に作れるのか?」

 渋面の生馬が、言う。

「技術力は結構高いのよ。専門の麹職人もいるし。品質管理と温度管理さえ学べれば、そうとう高度なものができるはずだわ。とにかく、飲んでみましょうよ。夏希、悪いけどグラスを頼むわ」

「了解」

 夏希は戸棚から人数分のグラスを出した。壷の木栓を抜いた凛が、中身をグラスに注ぎ入れる。

「ずいぶん黄色いな」

 グラスを取り上げた拓海が、それを窓外からの光にかざしながら言う。

「濾過していないうえに火入れしていない生酒だからね。本来のサケは、こういう色合いなの」

 夏希や瞬のグラスに酒を注ぎながら、凛が説明する。

 夏希はグラスを持ち上げて匂いを嗅いでみた。……一応、それっぽい風味はあるようだ。

「ついでだから、乾杯しましょうか。音頭は……やっぱり先輩に譲るべきね」

 グラスを持ち上げた凛が、夏希を指名する。

「音頭ねえ。何について乾杯しようか?」

「ここはやはり、イブリス王女と生馬の末永い……」

「却下だ」

 拓海のボケを、生馬が即座に拒否する。

「ここは素直に、僕たちの友情あたりでいいんじゃないか?」

 瞬が、にやにやしながらそう提案する。

「そうね。それがいいわ」

 凛が賛成した。生馬と拓海からも、異論は出ない。

「じゃあ、五人の異世界人の友情に。乾杯」

 夏希は自分のグラスからひと口飲んだ。もともと未成年ということもあり、お酒など飲んだことはなかった夏希だったが、こちらへ来てからは事あるごとに飲酒の機会があるので、様々な種類のアルコールを嗜んでおり、それなりに酒の良し悪しがわかるようになっている。このお酒はなかなかの味であった。ちょっと強いが、香りも悪くない。

「少し荒いな。コシもないし」

 半分ほどを空けた生馬が、顔をしかめて言う。凛が、肩をすくめた。

「試作品だからね。……ってなんでそんなに詳しいの?」

「ここだけの話、日本酒は曾爺様に結構つき合わされたからな」

 生馬が言って、豪快に笑った。



「ともかく、平原の民と高原の民が仲良くなれてよかったのですぅ~」

「欲望の塊である人間が合い争うことは仕方ないとはいえ、やはり平和が一番なのです!」

 ステッキをぶんぶんと振りながら、ユニヘックヒューマがコーカラットの言葉に同意した。

 二匹の魔物は、ジンベル市街地の上空三十メートルほどのところをふわふわと漂っていた。いや、より正確に言えば、漂っているのはコーカラットのみで、ユニヘックヒューマはその触手の一本に片手でぶら下がっているだけだ。……おそらく、異世界人たちが見れば『メリー・ポピンズ』を連想したに違いない情景である。

 ちなみに、ユニヘックヒューマは空を飛ぶことはできない。魔物には空を飛べるタイプと飛べないタイプがあり、彼女は後者なのだ。飛べるタイプは魔物全体の三割程度であり、いわゆる『人型』に近い魔物は大多数が飛べないタイプである。

「やっぱり人間界は面白いのですぅ~。魔界が広がって、人間界がなくなってしまったりしたら、大変なのですぅ~」

「コーちゃんの言うとーりです! 人間界ほど面白いところはないのです!」

 ふたたびステッキを振り回しながら、ユニヘックヒューマがコーカラットに同意した。

 実のところ、この二匹は魔物の中では変り種であった。退屈に弱かったのだ。

 たいていの魔物は、実に忍耐強い。退屈にも耐え、長い時間をじっと動かずに、思索だけで過ごすなどごく当たり前のことだ。

 この二匹は違う。常に何か新しい刺激を求めるのだ。もっとも、刺激といってもそれは魔物レベルの刺激であり、人間から見ればごく弱いものでも、彼女らにとっては実に興味深い強い刺激となる。なにしろ、魔界はだだっ広いうえに雑草一本生えておらず、魔物の生息数も限られているのだ。刺激的な出来事どころか、感覚によって得られる情報量さえ、局限されている。

 それに比べ、この人間界はなんと刺激に満ち溢れていることか。何千、何万という人間が、隙間なく繁茂する植物の中で、何十万種類もの動物や昆虫とともに暮らしている。こうして飛んでいる二匹の眼下にも、何百人もの人が働き、遊び、休み、そして眠っているのだ。立ち昇る炊事の煙。それを吹き散らす風。わずかに漂っている、稲穂の匂い。荷車に山と積まれている果実の、鮮やかな彩り。二匹を見上げて手を振っている子供たちの歓声。……こうしてのんびり漂っているだけで、処理しきれないほどの情報量が否応なしに飛び込んでくる。

 エイラとサーイェナという二人の巫女にそれぞれ仕えている二匹だったが、強制的に仕えさせられているわけでも、何らかの契約を結んだわけでもない。使い魔を求める呼びかけ……召喚術の一種……を聞きつけ、自ら馳せ参じたのだ。ただひたすらに、『面白そうだから』という理由で使い魔をやっているに過ぎない。そしてこの二匹は、現状を大いに気に入り、そして楽しんでいた。

「特に異世界人の皆さんは面白いのです! 普通の人間とは違うのです!」

「同意しますぅ~。皆さん、変わり者なのですぅ~」

 巫女に仕えているだけで、二匹は十二分に刺激を受けていたが、コーカラットは鉱山の中で夏希と出会って以来、ユニヘックヒューマはハンゼイ氏族の本拠地で夏希と拓海と出会って以来、さらに大いに刺激に晒されていた。

「そろそろサーイェナ様のご用事が終わる頃合なのです! あたいは帰ります!」

 ユニヘックヒューマが、ステッキを振った。

「このあと、サーイェナ様はどこへ行かれるのですかぁ~?」

「ススロンとエボダに参るのです! サーイェナ様はお忙しい方なのです!」

「では、王宮までお送りしますですぅ~」

「それには及びません! さらばです、コーちゃん!」

 ユニヘックヒューマが、掴んでいたコーカラットの触手からぱっと手を離した。慎み深く、ステッキと手でスカートを押さえた状態で、真っ直ぐに落下する。どしんという音ととともに、あぜ道に小さく土ぼこりが巻き上がった。

「ユニちゃんは、やることが派手なのですぅ~」

 もちろんユニヘックヒューマに怪我などない。元気にステッキを一振りしてコーカラットに別れを告げると、魔法少女型魔物は実り始めた稲に挟まれたあぜ道をとてとてと駆けていった。

「ではわたくしも、エイラ様のところへ戻るのですぅ~」

 コーカラットはくるりと半回転すると、エイラの自宅を目指しふわふわと飛び始めた。


第四十五話をお届けします。本話で第一章完結です。次週からは第二章になります。今後ともよろしくお願いします。

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