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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
43/145

43 帰還報告

 夏希らのジンベル帰還の旅は、順調に進んだ。

 山道を歩み、あるいはコーカラットに乗って、ジージャカイまでたどり着いた一行は、そこでエワと別れると、川船を一隻乗員ごと借り上げた。別口で船頭も二名雇い、昼夜兼行で先を急がせる。

 ジンベルに到着したのは、なんと真夜中であった。眠い眼をこすりながら上陸した夏希とエイラは、とりあえず王宮に出向いて夜番の役人にことの次第を報告し、翌朝にヴァオティ国王へ謁見することを願い出た。それが終わったところで、コーカラットを伴ったエイラは家族に無事を知らせるために帰宅。夏希も異世界人仲間を集めるために、自宅へと向かった。

 予想通り、自宅は静まり返っていた。シフォネの部屋を覗くと、寝台の上にすやすやと寝息を立てている侍女の姿があった。起こすのは忍びないので、夏希は自室に戻ると手早く着替えた。家の中は、不在のあいだもきちんと手入れがなされており、掃除も行き届いていた。シフォネが起きたら褒めてやろう、と心覚えした夏希は、新しいサンダルに履き替えると隣の凛の家に向かった。親友とはいえ真夜中に無断で忍び込むわけにはいかないから、戸口のところで呼びかける。

「な、夏希様! ご無事だったのですね!」

 光る球体を指につけ、おぼつかない足取りで出てきた凛の侍女……ミュジーナが、目を見張った。

「起こしてごめんね。早急に、凛と話し合う必要あるの。起こしてきてくれない?」

「は、はい! かしこまりました」

 慌てて下がったミュジーナが、夜着姿の凛を引きずるようにして戻ってくる。

「あら、夏希。こんな夜中にどうしたの」

「……拉致された友人が無事に戻ってきたのに、その言い草はないでしょう」

「……そうだったわね」

 拉致偽装という設定を思い出した凛が、急にしゃんとなる。

「無事でよかったわ、夏希。エイラとコーちゃんと……もう一人はどうしたの?」

「エイラとコーちゃんも解放されたわ。拓海はいまだ捕らえられているけど、待遇はいいわ。今のところ、安全よ。とりあえず、話し合いをしたいの。ここ、借りていい? 生馬と瞬を呼んでくるから」

「その二人なら、ジンベルにはいないわ」

「いない?」

「生馬は高原遠征軍についていったわ」

「な……。もう戦争が始まっちゃったの?」

 夏希は青ざめた。それでは、高原での苦労が無駄骨ではないか。

「今日の朝……というか、昨日の朝本隊が出発したから、もう高原に侵入したはずよ。接敵の報告は届いてないけどね」

「なんとかして止めないと。瞬も一緒なの?」

「いいえ。瞬は……ススロンに亡命したわ」

「なんですってぇ!」

 夏希の絶叫が、隣近所まで響き渡った。


「で、少しは落ち着いた?」

 お茶を淹れてくれながら、凛が訊く。

「……とりあえず」

 湯飲みを受け取った夏希は、ありがたくそれをすすった。

 ある意味修羅場であった。夏希の声だと気付いて飛び起きてきたシフォネに抱きつかれたうえに胸で号泣される。騒ぎを聞きつけて、近所の人が起き出してくる。どうやって知ったのかはわからないが、アンヌッカが駆けつけてきて、シフォネと並んで号泣する……。とりあえず泣きじゃくる二人の女性をなだめ、近所の人に詫びを述べる。一応高級住宅街と言える地区だから、住人は貴族や官僚、お金持ちが多い。

 夏希はようやく泣き止んだシフォネを家に帰らせた。アンヌッカは説得しても帰りそうになかったので、凛の家の警備を命じておいた。

「……って、落ち着いてお茶飲んでる場合じゃないわよ!」

 夏希は腰を浮かせた。

「早く生馬に連絡して、高原遠征軍を止めないと。直接交戦が始まったら、停戦が不可能になるわ」

「あー、それに関しては安心して。高原遠征軍は、高原の民と交戦することはないから」

「はあ?」

 夏希は腰を浮かせたまま、凛の顔を凝視した。凛は、澄ました表情でお茶をすすっている。

「生馬はそのために、同行したのよ。実は、瞬の策謀があってね。まあ、正確に言えば、ススロンとエボダの策謀だけど」

「策謀って……。説明して」

「その前に、高原での出来事を細大漏らさず聞かせて。今現在ボールを手元に置いているのは瞬と生馬よ。あなたの話によっては、計画を修正する必要が出てくるかもしれない」

「じゃあ、話すわ」

 しぶしぶ腰を下ろした夏希は、拉致当日のことから細かく語っていった。拓海の様子も、聞いた範囲で付け加える。途中で、凛が夏希の湯飲みに二回、お茶を注ぎ足した。

「じゃあ、ほぼ目的を達成したってことね」

「そうね。親書を陛下に渡して、高原側の本音を伝えて、説得するだけなんだけど……で、瞬の策謀って、なに?」

「簡単に説明すると、ニアンにおけるクーデターを成功させるのよ。現国王の兄がエボダに亡命しているから、彼のスポンサーであるエボダとススロンが私兵を若干与えて、国王追放、政権奪取をやらせるの。防衛隊が近くにいると、カウンタークーデターの恐れがあるから、主力が高原に行くまで待っていた、というわけ」

「カウンタークーデター?」

「クーデターが発生して混乱している状態で、第三者や旧政権の同調者がさらにクーデターを起こすことよ。ニアンの場合だと、有力貴族や現国王寄りの防衛隊部隊ね」

 凛が、簡潔に説明する。

「ふうん。で、そのクーデターは、成功するの?」

「まず間違いなく。すでに何人かの有力貴族は抱きこんであるそうよ。ニアンの現有兵力は、治安維持要員と王宮警護部隊だけ。無血は無理としても、短時間で制圧できるはずだわ。市民も抵抗はしないでしょう。クーデター勢力の後ろ盾にエボダやススロンといった大国がついているのが見え見えなんだから」

「じゃあ、わたしたちが高原でやってきたことは……」

「無駄じゃないわよ。瞬の計画が上手くいっても、高原侵攻計画が頓挫したうえに、ジンベルとススロン=エボダ連合との関係が劇的に良好化するだけだもの。高原側とは改めて停戦交渉をしなければならないし、魔界膨張……人間界縮退か、その問題解決にはなにも寄与しないんだから」

「それはそうだけど」

「……ひょっとすると、もっと上手いシナリオ書けるかも知れないわね」

 湯飲みを置いた凛が、腕を組んだ。

「どんな?」

「拉致偽装は、ヴァオティ国王承認の上だった、ということにするのよ」

「よくわかんないんだけど」

「ヴァオティ国王は、最初からニアンを裏切るつもりだった。だから、高原の民と秘かに和平交渉を試みた。ニアンにばれないように、高原の民に拉致されたと偽装してね。ニアンでのクーデター成功、高原遠征軍撤退、ジンベル主導で高原側との停戦成立、ススロンやエボダを参与させた形での、人間界縮退対策としての平原と高原の協力体制の構築……という具合にいけば、ジンベルの株は上がるしススロンやエボダに恩を売ることができるでしょう」

 すらすらと、凛が説明する。

「理屈の上ではそうだけど……」

「まあ、そのあたりはエイラとも相談する必要があるわね」

「しかし……なんだかばらばらになっちゃったね、わたしたち」

 少しばかり寂しげに、夏希はつぶやいた。

「そうね。瞬は亡命。生馬は高原行き。拓海は高原で人質状態。まあ、事態がジンベル王国の枠を超えて推移しているからね。仕方がないけど」

「ねえ。高原で拓海にも聞かれたんだけど……凛、あなたは人間界縮退問題にどこまで関与するつもり?」

「どこまでって……。そりゃ、ジンベルに被害が及ばないように努力するわよ」

「高原の民は? 彼らに被害が及ぶのは、許容範囲?」

 重ねるように、夏希は質問を放った。

「停戦が成立し、友好を結べれば、助けてあげるべきでしょうね」

「問題は、今後のわたしたちの身の振り方よ。人間界縮退問題に関わろうとすれば、当然活動はジンベル王国内に止まらない。地理的にも、政治的にもね。ジンベル王国の貴族にして官吏、という立場では、おそらくやっていけないわ」

 夏希はそう言った。

「じゃ、どうしようと言うの?」

 凛が訊き返す。

「それが、よくわからないのよね」

 夏希はため息混じりにそう答えた。ジンベルを含む平原の民、それに、停戦が成立すれば仲良くなれそうな高原の民を、助けてやりたいという気持ちはある。しかしながら、現状で夏希らの立場は非常に曖昧かつ脆弱だ。人間界縮退問題に関しては、助言以上のことはできそうにない。

「瞬も同じようなことを言っていたわ。まあ、その時点では、人間界縮退に関しては良くわかっていなかったんだけどね。ともかく、あたしたちの知識その他をジンベルに伝えるだけじゃ効率が悪い、ってことらしいわ。彼の構想では、平原諸国を糾合した何らかの政治的組織を作り上げるつもりらしいし」

「統一国家作り?」

「まさか。瞬はそこまで野心家じゃないわよ。それに、フィクションならともかく、現実ではそんな試みが流血なしに短期間で成し遂げられるわけないもの。もっと、緩やかな結びつきよ。EUとか、ASEANみたいな共同体構想ね。幸いなことに、平原諸国内に傑出した国力を持っている国家はないし、最小の国家であるジンベルもその国力はニアンやススロンの三分の一程度。共同体を作るには都合がいいわ」

「ススロン亡命も、その布石というわけ?」

「そうね。さすがにジンベルみたいな小国主導で共同体構想をぶち上げても、誰も乗ってきてくれないでしょうから」

 自嘲気味に微笑んだ凛が、急に笑みを消すと、心配そうな表情で夏希を見つめた。

「まあ、あんまり先走っても仕方ないわね。ともかく、今日は寝たら? 明日陛下に報告しなきゃならないのでしょ? 顔色もよくないわよ。旅で疲れたんじゃないの?」

「まあ、明日の主役はエイラだから、わたしは黙って座ってればいいんだけど……そうね、寝ておくわ」

 温くなったお茶を飲み干すと、夏希は立ち上がった。



 翌朝。

 寝不足のまま、夏希はエイラとともにヴァオティ国王との謁見に臨んでいた。

 エイラが弁舌爽やかに拉致事件の詳細を国王に説明してゆく。打ち合わせ通り、夏希は黙っていた。異世界人である彼女よりも、以前から筆頭巫女として仕えているエイラの方が、国王の信頼ははるかに厚い。

「そのようなわけで、僭越ながら高原の民と停戦に関する話し合いを行ってまいりました。決して陛下の代理を名乗ったり、ジンベル代表を装ったわけではありませんが、越権行為であることは重々承知の上です。お咎めがあれば、甘んじて受ける所存であります」

 エイラが神妙な面持ち……普段と変わりないといえば変わりないが……でそう言って、深々と頭を下げる。夏希もそれに倣った。

「いや、罪に問うつもりはないぞ。それよりも、交渉内容を聞かせてくれ」

 ヴァオティ国王が、エイラを促す。夏希は内心で安堵の息をついた。拉致自体が偽装であることを疑ってもいないようだし、勝手に交渉したことに関して無罪との言質も得た。

 エイラがサーイェナおよびサイゼンとの交渉内容を説明し、懐から二通の親書を取り出して控えていた秘書官に渡す。ざっと外見を検めた秘書官が、封蝋がしっかりとしていることを国王に示してから、これを剥がし、紙を広げて国王に差し出した。受け取ったヴァオティ国王が、読み始める。

「この、人間界の縮退というのは、まことなのか?」

 国王が問う。

「まことでございます。ジンベルの筆頭巫女として断言させていただきます」

「夏希殿?」

「本当でございます、陛下。魔界から招いた魔物にも確認いたしました。人間界は、縮退しております」

 強いて自信ありげに、夏希も答えた。

「余としては、停戦自体は喜ばしいことだと考えておる。人間界縮退がまことであるならば、戦争などやっておる場合ではないからな。しかしながら、すでにわが防衛隊は高原遠征軍とともに高原に攻め込んでおる」

「進言させていただいてよろしいでしょうか」

 エイラが、ずいっと身を乗り出した。国王が、身振りで許可を与える。

「今回高原側が出した停戦条件は、本来ならば受け入れがたいものですが、人間界縮退の事情を考えますに、ここで一歩退くのも国益かと思われます。幸い、高原側とは話がついており、国内外へはジンベルおよび派遣軍の勝利を謳うことができます。防衛隊を高原遠征軍から早急に引き上げさせるとともに、正式な陛下の名代を高原へ派遣なさることが最善の策と愚考いたします」

 あくまでへりくだった態度で、エイラが意見を述べる。

「ふむ。いずれにせよ、ニアンや他の国々とも相談する必要があるな。拓海殿も早急に助け出さねばならぬ」

「お心遣い、痛み入ります」

 夏希は沈痛な表情を取り繕うと、そう言って頭を下げた。……拓海のことだ、夏希というお目付け役がいなくなったのをいいことに、リダとよろしくやっていることだろう。



 ニアン本国でクーデター発生。

 その報せがジンベルにもたらされたのは、その日の夕暮れ時だった。

 事態を高原遠征軍へと報せる伝令使が発ったのを見届けた夏希と凛は、王宮へと向かった。そこでエイラと合流し、仕事部屋にこもって情報の収集と分析に当たる。

 続報は、次々ともたらされた。各国が派遣した伝令使。商人の噂話。ニアン政府が慌てて派出した、各国に対し救援を求める急使も、ジンベルにやってきた。もちろんその前にエイラがヴァオティ国王に対し根回しを行っていたので、急使が目通りできたのは外務大臣止まりであり、会見自体も『内政不干渉の原則』と『防衛隊主力の不在』を理由にあげたジンベル側が救援要請をを丁重にお断りする、という結果となった。

「どうやら、クーデターは成功したようね」

 王宮内の食堂から取り寄せた遅い夕食を噛みながら、凛が言う。ちなみに、食しているのは夏希が初日に食べた牛丼もどきである。

「そうね」

 ホワイトボードに書き散らしたメモを整理しながら、夏希は応じた。クーデター勢力がニアン市街地に侵入したのは、早朝のことだったらしい。その兵力は、ニアンに残留していた防衛隊の戦力を上回っており、抗戦を諦めた現国王は少数の警護部隊とともに王宮から脱出、友好国であるイヤーラに逃れたようだ。市街地を掌握したクーデター勢力は、現国王を廃し、その兄を新国王とする政権樹立を正午近くに宣言。情勢は、いまのところ落ち着いているという。

「後ろ盾にススロンとエボダがいることを皆知っていますからね。他国も、下手に手出しはできないでしょうし」

 含み笑いをしつつ、エイラが言う。親ニアン国であるイヤーラもケートカイも、防衛隊主力を高原侵攻作戦に参加させているので、手元にある兵力はわずかだ。ここでニアン救援に乗り出せば、それを口実にジンベルに駐屯しているススロンやエボダの兵力に本国を衝かれないとも限らない。動くのは無理だった。

「高原遠征軍の情報が入ってこないのが気がかりね」

 お茶に手を伸ばしながら、凛が言う。

「まだ早いよ。川船で往復だから……真夜中までには、第一報が入るんじゃないかな。高原の民と接触してなきゃいいんだけど」

 夏希はそう答えた。もう完全にこちらの時間……一日二十一時間半……に慣れたし、時計を使わない生活を長い間続けていると、時間の経過に対する感覚が鋭敏化するようで、自分でも不思議なくらい正確に今現在の時刻がわかるようになっている。

「まあ、生馬がうまくやってくれるのを祈るしかないわね」

 お茶を飲み終わった凛が、諦め顔で首を振る。

「しかし……事前に図ったわけでもないのに、異世界人の皆さんはそれぞれ良い場所にいて活動していらっしゃいますね。瞬殿がニアンの政変に関わり、生馬殿が高原遠征軍の動きを抑制し、拓海殿が高原の民の動きを抑える。凛殿と夏希殿がジンベルで、これらを調整する。まるで、なにか不思議な力が働いたかのようですわ」

 エイラが言って、微笑む。

「不思議な力って……異世界召喚を行っちゃう巫女さんが言うセリフじゃないわね」

 凛が、控えめに突っ込んだ。


第四十三話をお届けします。

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