表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
42/145

42 停戦条件

 夏希らジンベル王国の非公式代表と、サーイェナおよびサイゼン氏族長の高原側代表による停戦交渉は、難航した。

 両者とも、大枠では利害が一致している。人間界の縮退は、両者にとって共通の災厄であり、これに対処するためには協力体制を整えることが必須条件だ。当然、現在の交戦状態は速やかに終結させる必要がある。

 だが、細かい部分では対立せざるを得ない。双方ともに面子というものがあるし、ジンベル側は参戦してくれた平原諸国に対し、そしてイファラ族は支援してくれた高原の民諸族に対し、停戦に関して納得のゆく説明をしなければならないのだ。

「要点を整理しよう」

 いささか疲れた表情の拓海が、テーブルの上のメモを取り上げた。

「双方とも、今後一致協力して人間界縮退問題に取り組んでゆくことに関しては、原則合意が得られた。即時停戦にも、ほぼ同意。ジンベルの魔力の源については、将来的に共同管理とし、魔術の使用を段階的に禁止する方向で一致。加えて、停戦成立および魔力の源共同管理体制確立後において、平原-高原間で通商条約その他の経済的な取り決めを成立させるための協議を速やかに行うことでも合意した。そんなところかな」

「ともかく、高原の民としては、此度の戦で全面的に敗北したことを公的に認めるわけにはいかないのだよ」

 サイゼンが、肩をすくめた。

「……わたしとしては、当事者として敗北を認めているがね」

「こちらとしても、ジンベルおよび救援軍の勝利で終わった、という姿勢を崩すわけには参りません」

 強い口調で、エイラが言った。

「行き過ぎた譲歩はジンベルが屈服したと看做されかねません。国民の血を流してまで我が国を援助してくれた平原各国に対し、面目が立ちませんわ。下手をすれば、ジンベルが平原で政治的に孤立してしまいます」

「この点で、なんとか妥協点を見出さない限り、進展はなさそうですね。少し休憩にしませんか?」

 サーイェナが言って、同意を求めるかのようにジンベル側の三人を見渡した。

「いいでしょう」

 拓海が同意する。夏希もうなずいた。

 サーイェナが、隅の方で所在なげに立っていたユニヘックヒューマを呼び寄せて、飲み物の支度を指示した。一瞬またあの青汁もどきが出てくるのかと危惧した夏希だったが、部屋を出て行ったユニヘックヒューマがお茶のセットが載った盆を手にして戻ってきたのを見て安堵した。ユニヘックヒューマがポットからカップに茶を注ぎ、お手伝いしますぅ~、と言って寄っていったコーカラットがそれを各人の前に置いてゆく。

 夏希は薄茶色の茶が入ったカップを取り上げ、ひと口すすった。昨晩の宴の時に飲んだものと……あの時は冷ましてあったが……同じだ。普通の麦茶より香りが薄く、甘味がある。夏希は以前に健康オタクの友人の家で飲まされた、はと麦茶を思い出した。

「なにかいい方法はないかしらねえ……」

 ぶつぶつとつぶやきながら、夏希は茶をすすった。緑茶に比べればおいしくはないが、素朴で懐かしいような味がする。

「ともかく、対外的にはジンベルも高原側も勝ったことにしなければ都合が悪いわけだ」

 小声で、拓海が言った。

「いっそのこと、逆転の発想で双方とも負けたことにしたら?」

「……勝者なしの戦争は引き分けと変わりないよ」

 拓海が、笑う。

「ねえ、コーちゃん。なにかいいアイデアないの?」

 夏希は、天井付近まで上昇してゆっくりと回転しているコーカラットにそう問いかけた。

「魔物は人間同士の争いには不介入なのですぅ~。交渉ごとにも、不介入なのですぅ~」

 回転を止めぬまま、コーカラットが返答する。

「ということは、ユニちゃんに聞いても無駄か」

「残念ながら、お役に立てないのであります!」

 ステッキを振りながら、ユニヘックヒューマが元気よく答える。

「なあ、ちょっと聞きたいんだが……」

 遠慮がちに、拓海が口を挟んだ。

「魔物同士がトラブルを起こしたときはどうするんだ? 話し合いだけで解決するのか? それとも他の魔物に裁定してもらうのか? あるいは、法律みたいな何らかの決まりごとがあって、それに基づいて解決するのか?」

「魔物同士がトラブルを起こすことはないのですぅ~」

 回転を止めたコーカラットが、座っている人々の目線まですうっと降りてきて答えた。

「魔物には食欲も性欲も物欲もないのですぅ~。だから、他の魔物と利害が対立することはないのですぅ~。トラブルはないのですぅ~」

「そうなの? ニョキハンには物欲があったように思うけど」

 夏希は魔物の賢者の様子を思い出しながらそう訊いた。少なくとも、彼がコレクションである『魔力を使い果たした魔力の源』に対する態度は、いかにも大切な物を扱っているかのようだったし、実際に大事なコレクションだと言っていたはずだが。

「あれは、自分の知識体系を保持しようという意図の現れに過ぎないのであります!」

 やり取りを聞いていた、ユニヘックヒューマが口を挟んだ。

「魔物には欲求はありませんが、意思や意図がないわけではないのです!」

「人間は魔物ほど『できて』はいませんからね」

 やり取りを聞いていたサーイェナが、苦笑いしつつ言う。

「なんとかして、双方が納得できる玉虫色の解決策をひねり出さなきゃならないわけだが……」

 拓海が、頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。

 ……玉虫色か。

 夏希は腕組みした。要するに、双方がこの戦いに勝利したと、対内的に宣言できればいいわけだ。しかしながら、戦争である以上当事者のどちらもが勝者、などということはあり得ない。

 いや、あり得ない話ではないのでは? どちらも目的を達すれば、勝者面をすることは可能だろう。例えば……型落ちとなった商品を激安値段で売れば、買ったほうは得した気分になるし、売った方も不良在庫化を防止できて嬉しいはずだ。これも、玉虫色の解決の一種だろう。

 光の当たり具合や角度によって、紫色や緑色にも見える玉虫色。そんな風に、この戦争も平原と高原という別の方向から見れば、双方が勝利したと言える状況を生み出せはしないだろうか。

「ねえ、拓海。戦争でも、双方が勝利するって形はありえるんじゃないの。例えば……A部隊がXという町を三日間守れと命令される。敵のB部隊は、Xを一週間以内に占領せよ、と命令される。A部隊は命令どおり三日間持ちこたえ、作戦目的を達成して退却する。B部隊はX町を占領し、作戦目的を予定の半分の期間で成し遂げる。これなら、AもBも勝利を宣言できるでしょ?」

「それは、戦術と戦略を混同しているからだ」

 拓海が、言った。

「戦術的に見れば、確かに双方ともに勝利したと言える。だが、戦略的に見れば、どちらかは明らかに敗北しているんだ。もっとわかりやすく言えば、どちらかの作戦目的が戦略的勝利に結びつかないものだった、と後に判断されるだろうな。戦争は最終的に勝利した者のみが、勝者を名乗れるんだ。個々の戦闘における成果は、たとえそれが勝利であったとしても、マクロな視点で見れば手段にしか過ぎない。手段だけを積み重ねても、それが戦略的勝利に結びつかなければ、意味がないんだよ。ラーメン屋が美味いラーメンを客に出すのはラーメン店経営の一手段であって、決して目的ではないようなものだな。そこを見誤ると、ラーメン好きが高じて脱サラした上に借金までして開業した奴の店が、味だけにこだわった挙句繁盛せずに半年で潰れるという悲喜劇となる」

「ふうん」

 言い負かされた形になった夏希は、ため息交じりの相槌を返した。

「そう言えば、こっちへ来てから一度もラーメン喰ってないな」

 物欲しげな顔で、拓海が言う。

「そうね。さすがの凛でも、小麦なしじゃ中華麺作れないし。……蓬莱軒の半チャーハンセット、おいしかったなぁ」

「お、お前さんもあそこがひいきだったか」

 拓海が眼を輝かす。

「うちの学校の近所じゃ、あそこが一番安くておいしかったもの」

「だが、半チャーハンセットは割高だったぞ。やるなら三人で行って、ラーメン三杯とチャーハン大盛りを注文するんだ。あそこのご飯もの大盛りは、百円増しで五割増量だからな。それを三人で分ければ、一人当たり五十円お得だ」

「……せこいわね」

「半チャーハンにはスープがつかないが、チャーハンにはつく。これも大きいぞ」

「スープって言っても、ラーメンのおつゆと一緒じゃない」

 夏希はくすくすと笑った。どこの店でも同じだと思うが、醤油を控えめにしたり、多少具が入っていたりするけれども、基本的にはラーメンのスープと同一だ。

「セットメニューはすべてお得、と思われてるが、よくよく調べてみるとそうでもなかったりするんだよな。ハンバーガー屋やドーナッツ屋でも、期間限定の安い商品を上手に組み合わせて注文すると、定番のセットメニューよりも安く上がったりするし……」

 拓海が滔々と語る。

 ……セットで注文しない。

 まてよ。

「ひらめいた」

 夏希はぽんと手を打った。


「つまり、一括で処理するのを諦めるのよ」

 夏希は説明した。

「わたしたちは、停戦、魔力の源の管理、今後の平原と高原の交流、人間界縮退対策などを一度に処理しようとして、袋小路に入り込んじゃったのよ。これらを適宜分割し、個別に解決すべきだわ。それも、双方の視点でね」

「具体策を聞かせてもらおうか」

 難しい顔のサイゼンが、促す。

「まず、停戦に関して。ジンベル側は、高原側との停戦が成立し、高原の民が二度と平原に攻め込まないと確約したと発表する。これで、平原側が戦争に勝利したことになるわ」

「……高原の民はそれを認めぬぞ」

 サイゼンが、指摘する。

「ちょっと待っていてください。高原側は、あとで説明しますから。えーと、停戦後、しかるべき時間を空けてから、ジンベルは人間界縮退に関して平原諸国に説明し、その対策としてジンベルの魔力の源をイファラ族との共同管理とすることを正式に宣言する。そしてそのあとで、人間界縮退対策を、高原の民と協力して行うための準備に取り掛かると発表する。あくまでも、ジンベルおよび平原諸国主導と見せかけてね」

「で、高原側は?」

 うなずきながら、拓海が先を促す。

「高原側は、停戦成立と同時に、ジンベルがイファラ族との魔力の源の共同管理を認めた、と発表するの。これで、戦争目的は達成できたのだから、勝利したと主張できるんじゃないかしら。そのすぐあとに、平原側が人間界縮退対策について、高原側に協力する姿勢を見せていることも強調する。で、共同管理の正式宣言が行われる。その後、平原側と人間界縮退対策や経済協力に関して色々と取り決めが行われることになるけど、すべて高原側の主導であるかのような顔をする、という段取りよ」

「玉虫色と言えば聞こえがいいが、つまりは双方の民を口先でごまかすわけだ」

 拓海が遠慮なくそう評する。

「民は騙せるかも知れないが、これでヴァオティ国王が納得してくれるかね?」

 サイゼンが、夏希を見据えた。

「どう思う、エイラ」

 サイゼンの鋭い視線から眼を逸らした夏希は、ジンベルの筆頭巫女に振った。

「時間も限られていますし、これで納得してもらうしかありませんね。少なくとも、この案でジンベルが損をすることはないと思いますし」

「皆さんがヴァオティ国王を納得させる自信がお有りでしたら、わたくしはこの案で他の氏族長を納得させてみせます」

 サーイェナが、深くうなずきながら言い切った。うなずき返した夏希は、視線を転ずるとサイゼンを見つめた。

「どうでしょう、サイゼン殿。イファラ族の皆さんは、納得してくれますでしょうか?」

「わかった。なんとかやってみよう。平原の軍勢が高原を侵したら、早期停戦は不可能になるからな。ここは無理矢理にでも停戦に持ち込まねばならん」

 うなずいたサイゼンが、夏希に歯を見せた笑顔を向ける。

「よし、俺も賛成だ。そうと決まれば、ぐずぐずしては居られん。コーちゃん、ジンベルまでひとっ飛びしてくれるか?」

 ぽんと手を打った拓海が、振り返ってコーカラットに頼む。

「いくらわたくしでも、皆様をお乗せして長時間飛ぶのは無理なのですぅ~。人間界では、そこまで力がでないのですぅ~。それに、わたくし高いところも苦手なのですぅ~。だから、山岳地帯を飛び越えるのもできないのですぅ~」

「なんだ。じゃ、また歩きと船で時間をかけて戻らなきゃならないのか。ここからなら、イファラ族の居住地を経由してジンベル川を下った方が早いのかな?」

「いや、来たルートを戻った方が、二日は早く着くだろう」

 サイゼンが首を振る。

「いずれにしろ、そろそろ日が暮れてしまいますわ。出立は明日になさるべきでしょう。それに、いろいろと準備もありますし」

 サーイェナが、言う。夏希は怪訝な顔をした。

「準備? なに、それ」

「忘れたのかね。皆さんは、拉致されたのだよ」

 苦笑しつつ、サイゼンが説明する。

「そのまま帰したのでは、偽装だということがばれてしまう。こちらの提案した停戦条件をジンベル側に渡すために解放された、という形にするのが適切だと思う。わたしとサーイェナ殿の連名でヴァオティ国王宛の親書を書こう。それを、持って行ってくれ」

「それがいいですわね。解放が不自然に見えませんから」

 エイラが賛意を示す。



「俺、ここに残ろうかと思うんだ」

 朝食の席で、拓海がいきなりそう切り出した。

「……ごめん、拓海。もう一度言ってくれる?」

 ぼんやりと米飯を口に運んでいた夏希は、とろんとした眼を拓海に向けた。一日でも早くジンベルに帰還するために、日の出とともに出発する計画なので、今はまだ夜明け前である。テーブルの上には、植物油を使った灯明のようなものが置かれ、黄色く弱々しい光であたりを照らしている。ちなみに、高原の民が普段使っている明かりは狩猟民族らしく獣脂を使ったものだそうだ。燃焼の際に不快な臭いを発するので、気を使って貴重な植物油を融通してくれたらしい。

「俺は、ここに残る。拉致されたんだから、全員が一度に解放されたんじゃおかしいだろ? 一人くらいは、人質……とまではいかないが、残された方がリアリティがある。そうじゃないか?」

「……それは、確かにそうですが」

 冷肉の薄切りを箸でつまみながら、エイラが言う。朝食のメニューは炊き立ての米飯、何の動物かはわからないが、牛肉っぽい味がする冷肉、鮭肉に似た色と味のスモークした魚肉、茹で野菜と漬物、といったところで、ジンベルで食べていたものとたいして変わりはない。

「まさか、リダと別れたくないから、って理由じゃないでしょうね?」

 あくび交じりに、夏希は訊いた。昨夜は早めに就寝したが、早起きしたのでそうとう眠気が残っている。

 言われた拓海が、一瞬動きを止めた。灯明の弱々しい光でも、赤面したのがわかる。

 ……図星か。

「まあいいわ。拓海の言うことは筋が通ってるし。二度の戦いで活躍した軍師が敵に捕らわれているとすれば、ヴァオティ国王も軍事的冒険をためらうかもしれない」

「それは、望み薄だと思いますね」

 エイラが、夏希の言葉を否定する。

「で、ここに残って、そのあいだ何をするつもり? ただ単に、リダとの親交を深めようってわけじゃないんでしょ?」

 夏希はそう訊いた。拓海のことだ、たぶんなにかしら企んでいるに違いない。

「高原について、もっと調べてみたいんだ。我々は、高原とその民について無知すぎる。人間界縮退対策には、高原との協力が不可欠だからな。できれば、有力者とのコネも築いておきたい」

「……言動が瞬っぽいわね」

「そうだな」

 拓海が苦笑いした。

「まあ、瞬が平原諸国に対して行ったことを、俺は高原でやりたいんだ。あとで絶対に役に立つからな」



「親書は二通用意しました。これが、表向きの親書、つまりは公表用のものです」

 宿舎を訪れたサーイェナが、テーブルに折り畳まれた紙を置いた。

「こちらがいわば本物の親書です。これを公表なさった場合は、停戦の意思なしと看做しますので、ご注意を」

 もうひとつ紙を置いたサーイェナが、少しばかり凄みを感じさせる笑みを浮かべ、夏希と拓海を見やる。

「一応、中身をご確認下さい」

 サーイェナに促され、エイラが紙を開き、いまだこちらの文字を読めぬ……というか、読めるようになろうという努力すら怠っている異世界人ふたりのために小声で音読してくれる。本物の親書の文面は、前日の会議で合意した内容に沿ったものだった。公表用は、かなりジンベルにおもねた表現が多く、素直に解釈するとイファラ族側が一方的に譲歩したようにも取れる。末尾には、サーイェナとサイゼンの署名があった。

「どうですか?」

 読み終わったエイラが、夏希と拓海を見やった。

「いいんじゃない?」

「問題ないだろう」

「ご同意いただけたようなので、お持ちいただきます」

 親書を回収したサーイェナが、後ろで控えていたユニヘックヒューマから大きめの紙を受け取り、一通ずつ丁寧に包んだ。次いで懐から棒状の蝋を取り出し、灯明で炙って溶かしてから紙に垂らし、封蝋とする。

「封筒ってものはここにはないんだな」

 サーイェナの作業を見守りながら、拓海が顎を掻く。

「封筒が広く使われるようになったのは、郵便制度が発達してからの話よ。配達人が直接受け取って、配送先まで丁寧に運んでいた時代なら、中身を保護する必要がないし、表書きもいらないんだから。……凛の受け売り知識だけどね」

 小声で、夏希は返した。

「封蝋三つが公表用、四つが本物です。お間違えのないように」

「お預かりします」

 サーイェナが差し出した親書を、エイラが恭しく受け取る。

「道案内には、エワを付けます。昼食も持たせましたので、よろしければお召し上がり下さい。あと、念のために」

 再びサーイェナが懐を探り、折り畳まれた紙と小さな革袋を差し出した。

「平原でなにか不都合があれば、この手紙を見せれば、どこの集落でも便宜を図ってくれるはずです。こちらは些少ですがきんが入っています。ジンベルまでの路銀としてお使い下さい」

「お心遣い、痛み入ります。ありがたく頂戴します」

 エイラが丁寧に言って、手紙と革袋を手にした。夏希も礼を言っておいた。

「そろそろ日の出ですね。すぐに出立なさいますか?」

 充分に明るくなった戸口の外を見やりながら、サーイェナが言う。

 エイラが、確認するかのように夏希を見た。

 夏希は短くうなずいた。準備はできているし、一ヒネでも早くジンベルに戻り、ヴァオティ国王を説得しなければならない。


「道中無事でな。頼んだぞ」

 拓海が、遠慮がちに夏希の手を握る。

「そちらこそ。リダとうまくやんなさいよ」

 拓海の耳に口元を寄せ、夏希はからかい気味にそうささやいた。

「高原の民の動きは、サーイェナ殿と協力してなるべく抑えておくから」

 夏希の言葉を無視し、拓海が言った。

「そうね。お願いするわ」

 ニアン主導の高原侵攻が、夏希らのジンベル帰着前に行われたとしても、両者の直接交戦が行われなければ、まだ停戦に持ち込めるはずだ。

「拓海様のことをお願いしますですぅ~」

「合点承知であります!」

 隣では、魔物二匹が別れの挨拶を交わしている。

 見送りの人数は少なかった。サーイェナとユニヘックヒューマ、サイゼン、ベンディス、リダ、それに居残る拓海だけだ。ベンディスは、夏希らに同行するエワに対し、なにやら小声で細々とした注意を与えているらしい。

「では、参りましょうか」

 挨拶を終えたエイラが、エワを促した。うなずいたエワが、先頭に立って歩み始める。夏希は一回拓海に向け手を振ってから、そのあとに続いた。エイラも歩み始め、殿にコーカラットがゆっくりと飛ぶ。



「間に合いますかな」

 居残った異世界人……拓海に聞こえない程度の小声で、ベンディスはサイゼンにそう尋ねた。

「間に合ってもらわねば困る。高原の民と平原の民の全面戦争になれば、おそらくはこちらに勝ち目はないぞ」

「……まさか。数はこちらの方が上ですぞ」

 サイゼンの言葉に驚いたベンディスは、思わず声を高めてしまった。リダやサーイェナが、何事かとベンディスに注目する。

「戦争は数だけでやるものではないよ」

 なぜだか相好を崩したサイゼンが、ベンディスの眼をまともに見据えた。

「彼らに捕らえられ、そして停戦交渉を行ったから、異世界人のことは君よりもよく理解したつもりだ。彼らの知識の量は半端ではない。ナツキ殿の話を信ずるとすれば、彼女の属していた国では、貧民の子供ですら、読み書きができるそうだ。しかも、寝小便をする年頃からな。そんな世界の聡明な若者と知恵比べをして、勝てると思うか?」

「しかし、高原戦士の力量は……」

「高原の民の戦士としての能力は高い。それは間違いない。だが、我々は戦争慣れしていない。戦士としての伝統に欠ける」

「戦士としての伝統……」

「タクミ殿に聞いたが、戦場でわたしを倒したイクマという異世界人の家系は、千年を超える戦士の家系だそうだ。そんな人材相手に、付け焼刃で挑もうとした我々は、愚かだったとしか言い様がない……」

 言葉を切ったサイゼンが、ベンディスから視線を逸らし、すでに豆粒ほどの大きさに見えている旅立った一行を眺めた。

「異世界人を敵に回してはならんよ。できることなら、友人とすべきだ」

「それは、同感ですな」

 ベンディスは認めた。


第四十二話をお届けします。今週も評価点を入れていただきました。ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ