33 膨張する魔界
イファラ族がジンベルに再侵攻した。
軟禁状態であっても、そのくらいはリダにもわかった。数日前から、周囲が慌しかったし、今日は夜明け前からやたらと騒々しかったのだ。朝食はいつも朝日が昇ってからだったが、今回はまだ薄暗いうちに与えられたし、メニューは通常よりも簡素で、炊き立ての米とスープだけ、しかも量が倍くらいあった。
夜が明ける頃には、誰もいなくなったのかこそりとも物音がしなくなった。いつも日中なら聞こえる街の喧騒も、ほとんど聞こえない。……ジンベルが、臨戦態勢を整えたのだ。
夜明け後しばらくすると、喧騒が戻ってきたが、これはいつもとは異なる雰囲気だった。少なくとも、高原戦士が市街地へと攻め込んだ音ではない。イファラ族が前回同様城壁を突破し、自分が救出されることを期待していたリダは、落胆した。
お昼ごろになると、軟禁部屋の周囲にも人気が戻ってきた。時折聞こえる笑い声から、どうやらイファラ族はまた敗北したのだと、リダは見当をつけた。朝に食べ残した米を昼食として噛みながら、リダは今後の身の処し方を思案した。
高原戦士の遺棄死体と放置された重傷者……全員が慈悲深く止めを刺された……の概数が出たのは、日没直前であった。
その数、実に五千百三十余体。内訳は、東岸で百八十余体。西岸で四千九百五十余体である。さらに軽傷者を含め、千二百三十九名が、西岸で捕虜となった。
対するジンベル側の死者は、安楽死処分された者を含め、両岸合わせてジンベル防衛隊が三十八名、救援軍が六百三名、市民軍が百八十一名に止まった。合計、八百二十二名である。
「かなりの痛手だが……仕方ないな」
光る球体が照らす中、死体の片付けを行っている高原戦士捕虜を見守りながら、拓海が言った。
「で、次はどうするの?」
地面にしゃがみ込んだ夏希はそう尋ねた。市民軍は再編成ののち、捕虜の管理と負傷者救護の役目を仰せ付かったので、指揮と調整に大童だった夏希は相当疲労していた。昼食は立ったまま岩塩を舐めつつ冷めた米を頬張っただけだし、そろそろまともな食事をしてから水浴びしたいところだ。
「とにかく勝利を飾れて、平原諸国軍の機嫌を損なわなかったのは大きいね。これで、ジンベルの財布が続く限り味方に留まってくれるだろう」
「いつまで財政が持つものやら……」
ため息混じりに、夏希は言った。市民軍にも、多数の死者が出てしまった。彼らはジンベルの労働人口の中核である。今後は戦いの度に、ジンベルの経済規模は玉葱を剥くように小さくなってゆくだろう。
「そろそろ俺や生馬でなく、瞬の出番かもしれないな」
「外交手段で解決するってこと?」
「生馬がイファラ族の氏族長と名乗る男を捕虜にしたのは知ってるな?」
拓海が訊く。夏希はうなずいた。
「複数の捕虜が、気絶しているその男を見てサイゼン氏族長だと認めた。間違いなく、本人だ。うまく懐柔すれば、ジンベル侵攻を断念させることができるかも知れん」
「懐柔ねえ。具体的に、どうするの?」
眼を細めて拓海を見上げながら、夏希はそう訊いた。生馬の話を聞く限り、サイゼンはかなり頑固でプライドの高い戦士のようだ。簡単に懐柔できるとは思えない。
「その役目をあんたに頼みたい」
「わたし? なんで? 瞬でいいじゃない」
「生馬と瞬とも相談したんだが、適役はあんたなんだ。ジンベル人でも平原の民でもない、ということで異世界人ならば中立的立場を装うことができる。瞬は外務大臣補佐だし、すでにジンベルの利益代表とし動きすぎている。凛ちゃんは軍事に関わっていないから、なめられる」
「どういうこと?」
「高原の民は誇り高き狩猟民族で、サイゼンは戦士だ。戦士でなければ、対等の立場には見てもらえないそうだ」
夏希を見下ろしつつ、拓海が説明する。
「なら、なおさら生馬か拓海でいいじゃない」
夏希はそう主張した。拓海が、渋い顔をする。
「俺は見た目で侮られるよ。どう見ても、歴戦の戦士タイプじゃないからな。生馬は直接刃を交え、しかも負けた相手だ。誇り高き戦士としては、簡単には心を許すことはできないだろう。あんたは異世界人で、戦士で、サイゼンとは初対面で、押し出しも良い。おまけに女性で、しかも美人だ。懐柔役にはぴったりだろう?」
「……なんかごまかしがあるような気がする」
夏希はうめくように言った。
「とにかく、明日からサイゼンの尋問を進めてくれ。うまくいけば、イファラ族がなぜ魔力の源を求めているかがわかるし、戦争を止める方策も思いつけるかもしれん。このままじゃ、ずるずると死人が増えちまうばかりだ。こんなむなしい戦い、一刻も早く終わらせるに限る」
「同感ね」
口元を手で覆いながら、夏希は応じた。風向きが変わり、死臭がこちらへ漂ってきたのだ。この気候である。死体は生理機能が停止した次の瞬間から、腐敗を始めてしまう。
「ジンベルの未来のみならず、俺たちの将来も掛かってるんだ。頼むぞ」
拓海が手を伸ばし、遠慮がちに夏希の肩に手を置いた。
戦勝祝賀会は、前回と違い派手であった。
救援軍を構成する各国への顕彰と慰労の意味合いが強かったので、ある種の外交ショーとなったためだ。異世界人も当然全員が出席を強いられた。
水浴びだけ済ませた夏希は疲労を押し隠し、シフォネ手縫いの一張羅のドレスを纏って出席した。空腹だったので、恥も外聞もなく出された料理をぱくつく。
今回の主役は生馬であった。なにしろ、敵の総指揮官を生け捕りにしたのだ。各国の指揮官クラスが、よってたかって生馬に酒を押し付ける。
夏希も色々な国の人から言葉を掛けられたが、それらはドレスや容姿を褒め称えるものではなく、武勇を賞賛するものであった。しかも、いつの間にやら『竹竿女将』だの『竹竿の君』などという恥ずかしい二つ名まで奉られている始末。
「もう竹竿以外の武器は使えないな」
引き攣った笑みを浮かべている夏希を、拓海が茶化す。
「いっそのこと、防具も竹にしたら? 某貧乏パーティのお人よしファイターみたいに」
「なに、それ」
凛の突っ込みに、夏希は怪訝な表情で応じた。
「愛嬌を振りまいてくれよ。君の株は急騰中なんだから」
夏希の耳に、瞬がささやく。
「指揮官クラスはもちろん、平の兵士にも人気が出ている。今後とも同盟諸国の参戦を継続してもらうには、君の存在は大きいんだ」
「……人気ねえ」
「人気は重要だぞ」
真顔で、拓海が言う。
「カエサルがどれだけ民心を掴むのに腐心したか。現代の民主主義国家の軍隊なんて、敵よりもマスコミの方が手強いと思ってるくらいだし。ともかく、あんたと生馬はいまやジンベルの二枚看板、ツートップだ」
「三枚看板じゃないの?」
夏希は、ちょっと首をかしげて横目で拓海を見やった。
「いや。俺は裏方に徹するよ。参謀の匿名性ってやつだな。俺みたいなタイプがしゃしゃり出るとろくなことにならないことは、歴史が証明しているしな」
拓海が苦笑いして、手にしていたグラスに口をつけた。
シフォネの声にむりやり起こされ、代わり映えのしない朝食を摂った夏希は、アンヌッカを伴ってジンベル防衛隊本部へと出向いた。そこに、サイゼン氏族長が拘禁されているのだ。
「おはよう、夏希」
出迎えてくれたのは、生馬だった。
「大丈夫? お酒残ってるんじゃないの?」
「寝たら抜けたよ。……準備は整っている。尋問にはこの部屋を使ってくれ」
案内されたのは、本部棟にほど近い棟の一角にある狭い部屋だった。テーブルひとつに椅子が二つ。隅の棚の上には、供述調書用の筆記用具が一式。明り取りの窓はあるが、薄暗く陰気な部屋だ。冷水配管が通っているので、けっこう涼しい。
「デスクライトはないの?」
「ない。ついでに言っておくと、昼になってもカツ丼は出ないぞ」
夏希のボケに、生馬が苦笑しながら付き合ってくれる。
「サイゼンは別の離れの一室に拘禁されている。ついでに言うと、その隣には拓海が拾った女の子が入ってる」
「それなら、その拘禁されている部屋で尋問する方が面倒がないじゃない」
「尋問の際に、専用の部屋に連れ込むというのは基礎的なテクニックだよ。たとえ囚われの身であっても、寝起きする場所はホームグラウンド的な感覚を持つものだ。常にアウェーの感覚を与えてやるのさ。まあ、今回はあまり追い込んでも意味ないが」
「なるほど」
「警備には、兵士二名、市民軍兵士一名を手配してある。アンヌッカもいることだし、サイゼンも面倒は起こさないだろう。お前さんは座って待っていてくれればいい。大物ぶってね」
生馬が、顎で椅子のひとつを指す。
「サイゼンの調子はどうなの? 昨日、生馬が気絶させちゃったんでしょ?」
夏希はそう訊いた。後遺症が残っていたりすると、尋問に差しさわりがあるかもしれない。
「……かなり酷い打撲を負わせちまった。ま、俺の腕もまだまだ未熟というところだな。しばらく腹が痛むと思うが、奴も武人だ。たぶん弱音は吐かんよ」
「弱音を吐かない武人なら、懐柔するのも難しそうね」
「お前が先に弱音を吐いてどうする。じゃ、後は頼むぞ。尋問が終わったら、警備の兵に言って部屋に戻させてくれ」
「その前に。ここでおいしいお茶飲めるかしら?」
生馬を引き止めた夏希は、そう尋ねた。懐柔させるのならば、それなりにサービスすべきだろう。とりあえずお茶ぐらい用意しておきたい。
「わかった。先に厨房の誰かを寄越すよ」
「わたしはイファラ族氏族長サイゼンだ。貴殿は?」
市民軍兵士に先導されて入ってくるなり、サイゼンが昂然と言い放って、座っている夏希を見下ろした。
「わたしはジンベル市民軍隊長、夏希です。どうぞお座り下さい、氏族長」
夏希はサイゼンの視線を受け止めつつ、慇懃に言った。
視線を夏希から逸らさないまま、サイゼンがテーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろす。
サイゼンに続いて入ってきた武装兵士二名が、扉の両脇に立った。市民軍兵士は夏希に一礼してから、廊下に出て扉を閉めた。邪魔が入らないようにそこで立哨するのが、彼の役目である。
アンヌッカは例によって、夏希の背後で後ろ手を組み、静かに立っている。
夏希はしばしサイゼンを観察した。禿げ上がった頭と、力強くかつ知的な眼。いかにも精力に溢れた中年男、といった風情だ。
……これは手強そうな。
夏希は眼を逸らさないまま、にこりと微笑むと、言った。
「お茶はお好きですか?」
「嫌いではないな」
夏希はわずかに横を向くと、うなずいた。合図を受けてアンヌッカが、棚の上に置いてあった茶道具を使ってお茶を淹れ始める。
……お世辞とか通じそうな人物じゃないわね。
お茶が入るのを待ちながら、夏希はそう判断した。むしろ、単刀直入に話し合ったほうが、いい結果が得られそうな気がする。
アンヌッカが、湯飲みを夏希とサイゼンの前に置く。
「どうぞ」
自分の湯飲みを手にしながら、夏希はお茶をサイゼンに勧めた。
「うまい茶だ」
ひと口味わったサイゼンが、表情を変えぬまま言う。
「外見でお判りかとも思いますが、わたしは異世界人です」
湯飲みを置いた夏希は、そう切り出した。
「つまりは、ジンベル人でも平原の民でもありません。ジンベル王国に雇われて、協力しているだけです。この戦争においては、きわめて中立的な立場にあります」
「ほう」
「わたしはこの戦争を終わらせたいのです。ご協力いただけますか?」
「ジンベルが魔力の源の管理を我々に任せれば、戦争は終わる。簡単な話だと思うが?」
やや皮肉めいた口調で、サイゼンが答える。
「魔力の源は、ジンベルには必要不可欠なものです。イファラ族に譲渡するわけには参りません」
「くれと言っているわけではない。魔力を減らさなければいいだけだ」
「しかし、魔術を使わねばジンベルの産業は……」
「魔界に飲み込まれてしまえば、産業どころの話ではないだろう。ジンベルを滅ぼしたいのか、貴殿は?」
「はあ?」
話の脈絡がつかめず、夏希は唖然としてサイゼンの顔を見つめた。夏希の表情に気付いたサイゼンが、噛んで含めるように説明を始める。
「サーイェナ様が主張された通り、このままでは数十年以内に高原地帯が魔界に飲み込まれてしまう。言うまでもなく、魔界で人間は生存できぬ。いずれ、平原地帯も飲み込まれることは必至だ。だがその前に、高原の民が生き延びるために平原地帯に押しかけるだろう。平原の民はそれを受け入れないから、間違いなく全面戦争が勃発する。そのような悲惨な未来を防ぐために、ジンベル人は一刻も早く目を覚ますべきなのに……」
「ち、ちょっと待って下さいます?」
夏希はサイゼンの説明を押し止めた。
高原地帯が魔界に飲み込まれる? それと魔力の源がどういう関係なんだ?
「お話を整理させてもらいますが……高原地帯が魔界に飲み込まれそうなのですか?」
「そうだ」
「で、魔力の源を……」
「貴殿らが魔術を使えば、魔力の源が減ってしまう。魔力の源が減れば、魔界が広がる。それだけの話じゃないか。サーイェナ様は以前からこのことをヴァオティ国王に警告し、魔術の使用を抑制するように何度も親書を送ったが、ことごとく無視された。だから自衛のために、わがイファラ族は各氏族の依頼を受けてジンベル侵攻を行ったのだ。強制的に、ジンベルの魔力の源を管理するために。……それくらい、承知していなかったのか? ああ、異世界人だからな。知らされていなかったのか。しょせん、貴殿らも国王に雇われた他人でしかないのだな」
言い終えたサイゼンが、腕を組んで上体を反らした。冷ややかな視線で、夏希を眺めている。
「本当なのでしょうね?」
「嘘をついてどうする。そんなことをしても、わたしに利益はない」
「御自分の鉈に掛けて、嘘は言っていないと誓えますか?」
夏希はサイゼンの眼を覗き込むようにして尋ねた。
「無論だ。わたしの鉈に掛けて、嘘は言っていない」
即座に、サイゼンが応じた。口調は、力強くかつ落ち着いている。
魔界。雑草すら生えていない、荒涼たる不毛の地。魔物以外の生命の存在が許されぬ領域。
……それが本当に膨張しつつあるとすれば、大問題である。
「今回の尋問はここまでとします」
勢いよく立ち上がった夏希は、警備兵二名につかつかと歩み寄った。
「ここで見聞きしたことは他言無用です。漏らせば厳罰に処せられます。いいですね?」
声に威厳を込め、兵士を見下ろしながら通告する。
「承知しました、市民軍隊長」
「もちろんであります、夏希様」
二人の兵士が、熱心な口調で応じる。
「では、サイゼン殿を元の場所へ戻すように」
サイゼンを引き連れて、二人の兵士が出てゆくのを見送った夏希は、黙って立っている副官を見やった。
「アンヌッカ。あなたもこの件に関しては口を閉ざしていてもらえるかしら」
「むろんです、夏希様」
とにかく仲間と相談せねばなるまい。
王宮に集まるのは気が進まなかった。サイゼンの証言が嘘偽りのないものだとすれば、ヴァオティ国王は夏希らを騙していたことになる。
結局夏希が会合場所に選んだのは、市民軍本部であった。本部と言っても、市街地の空き家を改装した小さなもので、臨時に雇われた庶務員が三人交代で詰めているだけだが、市民軍隊長たる夏希なら好き勝手に使うことができる。アンヌッカを連れそこへ向かった夏希は、庶務員に命じて数名の市民軍兵士を集めさせた。彼らに緊急招集の旨を書いたメモを渡し、他の四人を探させる。
やがて文句を垂れながらも集合した四人の異世界人に、夏希はサイゼンが語った事柄を詳しく話して聞かせた。
「サイゼンの話、信用できるのか?」
聞き終えて最初に質問を放ったのは、拓海だった。
「それはわからないわ。とりあえず、自分の鉈に掛けて真実だと誓ったけどね。初対面のおじさんの嘘を見抜けるほど、人生経験豊富じゃないし」
「とりあえず、話の辻褄はあってるね」
瞬が、うなずく。
「おい、瞬。外務大臣はこのことを知っていたのか?」
拓海が今度は瞬に向け、質問を放つ。
「それはわからないな。あくまで僕は補佐だからね」
「でも、仮に氏族長の話が本当だとしても、どうしようもないでしょう。魔力の源を使うのをやめたら、ジンベルは干上がっちゃうわ」
大げさな身振りを交え、凛が言う。
「確かにそうだ。しかし、魔力の源が魔界の広さと関係しているとはな。どういう仕組みになってるんだ?」
生馬が首を傾げる。
「まったくの当てずっぽうだけど、もともと魔力の源は魔界の広がりを押さえるためにあったんじゃないかしら」
自信なさそうに、凛が言った。
「で、後年誰かがそこから力を引き出す技、つまり魔術を編み出した。その結果、魔界は徐々にかつ密やかに広がっていった。最近になって人間の居住域にその境界が迫り、魔界の膨張が知られるようになった。そのことに気付いたサーイェナとかいう巫女が、イファラ族を焚き付けた、と」
「そんなところかも知れないね。それよりも問題は、国王陛下が僕たちを騙していたことだよ。イファラ族の侵攻理由に心当たりがない、と言明していたからね」
瞬が難しい顔で言う。
「そうよね」
夏希はヴァオティ国王に謁見し、なぜイファラ族がジンベルを攻めるのかを尋ねた時のことを思い起こした。あれはまだ生馬が召喚される前のことだ。……なんだかずいぶんと昔のことのように思える。
「サーイェナの親書が届かなかった可能性はないのか?」
「何度も出したのなら、届いたと考える方が自然だね」
生馬の意見を、瞬がやんわりと否定する。
「側近の誰かが握り潰したのかも知れないぞ」
拓海が見解を述べる。
「提案。まずは傍証を固めるべきよ」
凛が小さく挙手して、そう主張した。みなの視線が、凛に集中する。夏希は訝しげに問うた。
「どうしようというの、凛ちゃん?」
「魔界についてなら、すぐ近くに専門家がいるじゃない。生まれ育った……かどうかは定かじゃないけど、魔界出身者が」
「だが、彼女に相談すれば、必然的にエイラも巻き込むことになるぞ」
拓海が指摘する。
「ちょうどいいわ。エイラも仲間にしちゃいましょうよ。彼女は信頼できるでしょ?」
凛が言って、期待を込めた眼で夏希の顔を見る。
「……そうね」
夏希はゆっくりとうなずいた。夏希が個人的に信頼しているジンベル人を挙げるとすれば、上から順にアンヌッカ、エイラ、シフォネといったところだろう。
「今頃はたぶん王宮にいるはずね。あまり行きたくないけど、王宮に場所を移しましょうか」
「それがいいわ。ここ、暑いし」
手で首筋のあたりを扇ぎながら、凛が賛成する。空き家改装の臨時本部なので、冷水の配管が設置されていないのだ。
「エイラの仕事部屋に全員で押しかけるのか?」
生馬が、訊いた。
「それよりも、わたしと凛の仕事部屋に呼び出したほうがいいでしょう。とりあえず、移動しますか」
夏希は立ち上がった。
第三十三話をお届けします。来週より作者は恒例の夏休みに入りますが、更新は予約掲載を利用していつも通り毎週土曜日夜十九時前後に行う予定です。ただし感想など頂いた場合の返信等は大幅に遅れることがあります。ご了承下さい。