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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
27/145

27 侵攻理由

「魔力の源、ですって?」

 アンヌッカの報告を聞き、夏希は思わず腰を浮かせた。

「はい。すべてではありませんが、多くの捕虜が、そう供述しました。ジンベル攻略の目的は、魔力の源の奪取にある、と」

 冷静な表情で、アンヌッカが応じる。

 蛮族……外務大臣の進言を入れて、高原の民という用語を公的に使うように国王が触れを出したが、いまだに夏希はこう呼んでしまう……の再侵攻に備え、ジンベルは着々と準備を開始しており、異世界人たちはそれぞれ忙しく飛び回っていた。生馬と拓海は軍事面全般、駿は平原諸国派遣部隊……今では『救援軍』という呼び名が定着しつつある……対応関係、凛は防諜と衛生医療全般。夏希も、市民軍兵士に人気がある、という理由もあって、引き続き訓練担当を任されていたが、他の四人よりも多少余裕があったので、蛮族の『捕虜』を対象にした情報収集の統括も頼まれていた。ジンベル防衛隊の兵士が行った尋問を取りまとめて分析し、次なる戦いに役立つ情報を得るのが、その主な仕事である。

 夏希がもっとも知りたかったのは、なぜイファラ族がジンベル侵攻を企てたかであった。これさえわかれば、再侵攻を未然に防ぐことができるかもしれない。だから、尋問に際してはかならず『ジンベル侵攻の目的』も聞き出すように、と尋問係には通達してあった。

 その結果が、これであった。

 ……ジンベル侵攻の目的は、魔力の源の奪取にある。

「だいたい、魔力の源って、持ち運べるようなものなの?」

「それは、存じ上げません。エイラ様なら、ご存知ではないでしょうか」

「まあいいわ。それはあとで訊いてみるとしましょう。で、蛮族……じゃない、高原の民は魔力の源を奪取して、それをどうしようとしているの?」

「それに関しては、誰も知らないようです。ただ数名の者は、目的は奪取そのものではなく、それをジンベルが使えないようにするためである、という意味合いの供述をしております」

「ジンベルが使えないように……」

 夏希は浮かせていた腰を下ろした。ジンベルという国家を運営するために、魔術は必須といえる。魔力の源が奪取されれば、当然魔術は使えなくなる。ジンベルは、滅びることはないにしろ、国家としては衰退するだろう。イファラ族は、それを狙ったのか。

 いや、国力を削ぐだけなら、そんな迂遠な手段を使う必要はない。単純に攻め掛かっただけで、ことは足りる。戦費が嵩めば経済力は落ちるし、戦死者が生じれば生産力も落ちる。負け戦なら国王の権威も落ちるし、政治的混乱も引き起こせるだろう。

「とりあえずエイラを探しましょう。仕事部屋にいるかな?」

 夏希は立ち上がった。


「魔力の源の持ち運びですか」

 夏希の説明を聞いたエイラが、可愛らしく小首を傾げる。

「今まで誰も試したことがないでしょうね。必要性がないのだから。コーちゃん、どう思う?」

 珍しく浮かばずに、エイラの仕事机の上に着地しているコーカラットを、エイラが見やる。

「わたくしの知識によれば、動かすことはできないはずですぅ~」

 コーカラットが、自信ありげに答える。

「ただし、魔力を使い切った魔力の源ならば、持ち運べると聞いたことがありますですぅ~」

「使い切ったら、持ち運びできても意味ないような……。ねえ、コーちゃん。魔力の源って、結局なんなの?」

「わたくしも、よくは知らないのですぅ~」

 コーカラットが、戸惑っているのか眼をぱちくりとさせながら答えた。

「魔界とも縁が深いものだと聞いた事はあるのですが、魔物は利用しないので、詳しいことはわからないのですぅ~。魔物の賢者ならご存知かもしれませんが、わたくしは知らないのですぅ~」

「ふーん。魔物にも賢者とかいるんだ」

「はいぃ~。知識の探求と思索が好きな魔物は、賢者と呼ばれて尊敬されているのですぅ~」

「ひょっとすると、高原地帯の魔力の源が枯渇したのかもしれませんね」

 考え深げに発されたエイラの言葉に、夏希は驚いた。

「え。魔力の源って、ジンベル以外にもあるの?」

「確実に知られているのは、ワイコウにあるものですね。あと、タナシスにも複数あると噂されています。高原地帯にも、あるという話です」

 エイラが説明する。ワイコウは、海岸諸国に属し、やや内陸部にある都市国家。タナシスは、海の向こうにある大国である。

「なるほど。でも、真の目的はジンベルが魔力の源を使えないようにするためであって、魔力の源を奪いにきた、というわけじゃないみたいなのよ。どういうことかしら?」

「わたくしにも、わけがわかりませんわ」

 エイラも首をひねる。

「うーん。もう少し地位の高い高原戦士を捕虜にできていれば、何かわかったかも知れないけど」

 夏希は小さくため息をついた。あっさりと降伏した戦士は、いずれも身なりからしてかなり下っ端の戦士ばかりだったようだ。それなりに高位の戦士や、指揮官級の者は、誇り高く最後まで抵抗し、殺されてしまったのだろう。

「エイラ様ぁ~。そろそろお時間なので、わたくしは凛様のところへ参りますぅ~」

 ふわりと仕事机から浮き上がったコーカラットが、エイラにそう告げた。

「そうだったわね。行ってらっしゃい」

 エイラがうなずき、小さく手を振る。

「夏希様ぁ~。失礼しますですぅ~」

 エイラに向かい触手を振り返しつつ、コーカラットが夏希に暇乞いをする。

「凛のところ? 何しに行くの?」

「先日わたくしが治療した方々の術後経過を見てほしい、と昨日頼まれましたので、凛様のところへゆくのですぅ~。そろそろ、お約束の刻限なのですぅ~」

 夏希の問いに、コーカラットがそう答える。

「そう言えば……」

 夏希の背後で黙って立っていたアンヌッカが、口を開いた。

「まだ尋問していない捕虜が一名だけいましたね。コーカラット殿が治療した、員数外の捕虜ですが」

「……あの娘ね」

 拓海が気に入って、助命することになった金髪の女の子だ。ラッシ隊長の見立てによれば、結構いい身分の女の子らしいし、ひょっとすると下っ端兵士よりは事情に通じているかもしれない。とりあえず、話くらい聞いておくべきだろう。

「待って、コーちゃん。わたしたちも行くわ」



 天幕に入ってきた一行を、リダは興味深く観察した。

 なんとも奇妙な四人……いや、三人と一匹だった。もっとも目立っているのは、空中にふわふわと浮かんでいる生き物だった。生首を思わせる異形で、ひと目で魔物と知れた。

 先頭をゆく女性は、顔立ちや髪の色こそジンベル人らしかったが、肌の色がやけに白っぽかった。顔に針金細工のような妙なものを付け、自信ありげな表情で歩んでくる。続く女性は同じように白っぽい肌の色だったが、たいへんに背が高かった。最後に続く女性は、顔立ちといい肌の色といいジンベル人らしかったが、背は……二人目の女性ほどではないが……かなり高く、腰に軽めの長剣を吊っていた。眼つきも鋭く、いかにも戦士風だ。

 怪我人の世話をしていたジンベル人は、この一行を恭しく迎えている。白っぽい肌のふたりは、明らかに高い身分のようだった。魔物を連れ歩いているところを見ると、ジンベルの巫女なのかもしれない。とすると、最後尾のジンベル人は彼女らの護衛か。

 寝台に横たわっていたジンベル人たちも、明らかにこの一行の訪問を歓迎していた。みな一様に笑顔を浮かべ、何人かは先を争うかのように積極的に話しかけようとしている。リダは耳を澄ませ、彼らの会話を聞き取った。どうやら、先頭の女性はリン、背の高い女性はナツキ、という名前のようだ。

「あの方ですねぇ~」

 魔物が、リダに向けふわふわと近づいてくる。リダは、掛け布の下でやや身を固くした。魔物自体は、サーイェナ様に仕える使い魔であるユニヘックヒューマを見慣れているから、別段恐ろしくもないが、この一行はどうやらリダに用事があって来たらしい。尋問だろうか? あるいは、どこか別の場所へ移されるのだろうか。

「ど~もぉ~。わたくし、コーカラットと申しますぅ~」

 愛想よく、魔物が挨拶してくる。

「先日、あなたのお腹の傷を縫い合わせたのは、わたくしなのですぅ~。術後の経過を、診察させていただきたいのですぅ~」

 魔物の言葉を聞いたリダは、若干安堵して力を抜いた。

「では、失礼しますぅ~」

 魔物が身体の底面から生えている触手を伸ばして、掛け布をめくる。上半身には胸部を覆う下着しか着けていなかったから、それだけでリダの腹部は露わとなった。

 触手がリダの背中にまわり、胴体を持ち上げる。別の触手が、麻の包帯を器用に解いた。当て布が外され、そこで始めてリダは自分の傷を見た。丁寧に、縫い合わされている。狩猟民族らしく、高原の民の外科治療レベルはそれなりに高かったが、リダにとってこれほどきれいな縫合処置を見たのは、初めてのことであった。

「順調に塞がってきているようですねぇ~。臭いからしても、壊疽えその兆候はありませんですぅ~」

「鼻がないのに判るの?」

 背の高い女性が、魔物に訊く。

「魔物ですからぁ~」

 魔物が応え、当て布を戻した。するすると包帯を巻き、元に戻す。

「じゃ、次行きましょうか」

 背の低い女性が言った。

「はいぃ~」

 魔物が応じ、リダから離れる。どうやら、別の怪我人の様子を見るようだ。

「じゃ、こちらも始めましょうか」

 残った背の高い女性が、リダの枕元に寄った。手には、紙束と小さな壷がある。戦士女性は、その背後で鋭いまなざしをリダに投げかけていた。

 ……やはり、尋問か。

 リダは諦念し、わずかのあいだ目を閉じた。

「あなた、お名前は?」

 そう問われたリダは、素直に自分の名を告げた。他にもツルジンケン支族の者が捕らえられているとすれば、嘘を言えばすぐにばれる。囚われの身である以上、下手に逆らわない方が利口だ。

 背の高い女性が、答えを紙に書きつけながら次々に質問を放ってくる。リダは、それらに正直に答えていった。わからない事柄や知らない情報に関しては、素直にわからない、知らないと答える。

「イファラ族がジンベルに攻めてきた目的は、魔力の源にあったのね?」

 女性が訊く。質問の形式をとってはいるが、口調は断定的だ。

「そうらしいです」

 リダはわざと曖昧に答えた。女性が、わずかに身を乗り出す。

「イファラ族は、ジンベルの魔力の源をどうしたいわけ?」

 『これ以上魔力が減らぬように、魔力の源をイファラ族が管理する』

 これが、答えである。だが、リダはそう答えるのをためらった。

 口調からしてこの女性は、そのことをまったく知らないと判断したからだ。

 ……なぜ知らないのだろうか。

 リダは背の高い女性の顔をまじまじと見上げた。ジンベルの国王は、サーイェナ様からの書状を確実に受け取っているはずだ。だから、一般のジンベル人ならともかく、身分が高い上に公的なものらしい尋問を行うような立場の女性が、イファラ族によるジンベル侵攻の理由を知らないとは考えにくい。

 リダは急いで頭を働かせた。この女性は、嘘をついているのだろうか。それとも、リダが判断した通りに、イファラ族の本当の目的を知らないのだろうか。

 嘘をつく必然性はないように思われた。尋問の手管かもしれないが、わざわざそのような事柄を伏せる理由が思い当たらない。やはり、知らないのだと見たほうが自然だろう。

 となると、ジンベルのヴァオティ国王は、イファラ族侵攻に関わる情報を意図的に統制しているということになる。

 ……なんのために?

「ええと、よく知りません」

 リダは時間稼ぎも兼ねてそう答えた。

「よく知らない、ということは、多少は知っているのですね」

 護衛役の女性戦士が、質問を放つ。言葉は丁寧だが、語調は鋭い。

「サーイェナ様の意向で、ジンベルの魔力の源をどうにかする、という噂は聞いたことがあります。でも、具体的にどうするか、とかは知りません」

 リダは事実も交え、曖昧に語った。

「サーイェナ様って、誰?」

 背の高い女性が、訊く。

「高原の巫女様です」

「他の捕虜の供述にも出てきました。蛮……いえ、高原の民の高位巫女です」

 女性戦士が、小声で補足説明する。

「やっぱり、高原の魔力の源が枯渇したのかしら。ねえ、そんな話聞いたことない?」

 首を傾げつつ、背の高い女性が訊いてくる。

「聞いたことありません」

 そう答えつつ、リダは素早く頭を働かせた。どうやら、本当に知らないようだ。そしてそれは何を意味するのか?

 不意に、リダは真相に思い当たった。ジンベルのヴァオティ国王は、サーイェナ様の提案を握り潰したのだ。自身の権力維持のために。そして、イファラ族との軍事衝突を選択した。ジンベルの市民に、ことの真相を知らせないまま。もし市民が、サーイェナ様の提案内容を知れば、国王の政策に反対するものが出るであろう。それを恐れたのだ。

 この女性に対し、曖昧な返答をしたリダの判断は正しかった。もしも本当のことを包み隠さずに話していたら、そしてそのことがヴァオティ国王やその側近に知れたら、口封じされる可能性が高い。リダは改めて自分の立場がたいへん微妙かつ脆い状態にあることを意識し、慄然とした。

「やっぱり知らないか。仕方ないわね」

 背の高い女性が諦め顔で言って、女性戦士と顔を見合わせる。

「あの……ひとつ訊いてもよろしいですか?」

 リダは思い切って自ら口を開いた。この背の高い女性は、立場はどうあれそれなりに事情通のようだ。尋問の様子が高圧的でなかったから、それほど敵意も持っていないはず。幾許かでも、情報を得ておきたい。

「ん、なに?」

「あなたは、ジンベルの巫女様なのですか?」

「違うわよ」

 背の高い女性が、笑顔で否定する。

「では、あちらの方が巫女様なのですか?」

 リダは、目顔で背の低い方の女性……今は四つほど離れた寝台に横たわるジンベル人の様子を、魔物と一緒に診ている……を示しつつ訊いた。

「彼女も違うわ。ああ、コーちゃんを連れていたから勘違いしたのね」

 背の高い女性が首を振る。リダは少し待ったが、それ以上の情報を女性が漏らしてくれないことを悟り、新たに質問を放った。

「もうひとつだけ訊いてよろしいでしょうか。なぜわたしは、命を救ってもらえたのですか?」

「それは……話していいかな。タクミ、って男があなたのことを気に入ったのよ。同性として、一言だけ忠告しておくけど、タクミには用心しなさいね。油断しちゃだめよ」

 微笑みながらそう言った背の高い女性が、筆記用具をまとめ始める。……どうやら、尋問を無難に乗り切れたようだ。

「じゃ、お大事にね」

 笑顔のままそう言った背の高い女性が、横たわっているリダの肩にそっと手を触れた。体臭なのか、それとも何かをつけているのか、ほのかに甘い匂いが、リダの鼻をくすぐる。


 リダの耳は鋭い。

 優秀な狩人というのはそういうものだ。鋭い五感と、忍耐力。体力や弓の腕など、さして重要な事柄ではない。獲物を探し出し、確実に仕留められる瞬間を得るまで粘ることのできる者こそが、大地が育んだ肉を持ち帰ることを許されるのである。

 奇妙な四人組が去ったのち、リダは寝たふりをしながら怪我人たちの会話に耳を傾け、様々なことを学び取った。

 もっとも驚かされたことは……驚きのあまり身動きして、危うく寝たふりがばれるところだった……背の高い女性と顔に針金をくっつけていた女性が、異世界人だということだった。レベルの高い巫女ならば、異世界から人を召喚することができる、ということは聞いたことがあったが、まさかジンベルの巫女にそのような能力があるとは思いもよらなかった。高原最高の能力を持つサーイェナ様でも、異世界召喚はまだ無理だ。それを超える力を持つ巫女が、このジンベルにいたとは。

 驚きはそれだけではなかった。あの二人の女性以外にも、三人の異世界人がいて、いずれも男性だという。そしてそのうちの二名は、ジンベルの正規軍であるジンベル防衛隊に所属しており、イファラ族との戦いを勝利に導いたのは、その二人の貢献が大きいと思われていることも知った。それに加え、リダを尋問した背の高いナツキという名の女性も実戦で『大いに』活躍したという。……確かに体格はずば抜けて良かったが、優しげな顔立ちでとても人を殺せるような女性には見えなかったが。

 ……これらの情報は、ぜひとも兄上に伝えるべきだ。意地でも生き延びて、ここを抜け出し、味方のところまで戻らねばならない。

 リダはそう決心した。

 そのためには、一日も早く傷を癒し、動けるようになること。そして、ジンベル人に協力的なところを見せて、油断させること。もちろん、ありとあらゆる機会を捉えて情報の収集にも努める必要がある。

 リダは眼を閉じた。怪我人たちの噂話はおおかた終わり、天幕の下には静寂が訪れていた。睡眠が傷を早く治すことを、高原の民は長年の経験で知っている。リダは心を落ち着けつつゆっくりと呼吸して、眠りが訪れるのを待った。


第二十七話をお届けします。……コーちゃんの出番が多い回は書いていても楽しいです(笑)

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