25 戦いのあとで
「すべて計算し尽くしていたのだ、敵の指揮官は」
砦の一室で、ビレットが唸る。
「巧妙だ。実に巧妙な罠だ」
なおも唸りつつ、ビレットが狭い室内をうろうろと歩き回る。その様子を、ベンディスは呆けた表情で眺めていた。
リダが、死んだ。
誰かが死体を確認したわけではない。だが、彼女がジンベル市街地へ入り込んだツルジンケン氏族の戦士たちに混じっていたことは、確実である。そして、生還した戦士たちの中にいなかったことも。
市街地で戦死したか、負傷して動けなくなったことは間違いない。こちらから攻め込んだ以上、ジンベル人の慈悲に期待するのは無理というものだろう。苦しまずに死んでくれたことを祈るしかない。
ビレットとベンディスの手元に残された兵力は千八百程度。ジンベル南城壁攻撃に参加し、生き延びた戦士たちは、軍用路をたどって高原地帯へと戻っていった。そこで再編成を行い、新たに戦士を加えて、再度侵攻を目指すのだ。その足掛かりとなる砦を守り抜くのが、ビレットとベンディスに新たに与えられた任務であった。
おそらく、再編成には最低でも数日かかるだろう。その間にジンベル側も他の平原諸国から集めた兵によって増強されるから、こちらもさらに多くの戦士を集めねばならない。場合によっては、他の氏族から戦士を借りる必要もあるだろう。食料を始めとする物資の集積と運搬も行わねばならない。
「サーイェナ様の思惑通りには行きませんでしたね」
ぼそりと、ベンディスは言った。
「一人でも死者を少なく、というのがサーイェナ様の願いだったからな」
足を止めたビレットが、苦々しげに言った。
『戦いになるのは仕方がありません。ですが、イファラ族からもジンベル人からも、なるべく死人を出さないように』
サーイェナの言葉は、ベンディスの脳裏にも焼きついていた。彼女の象徴とも言うべき蒼い衣を纏い、その美しい顔に心中の苦悩を張り付かせたサーイェナ様の姿も。
未曾有の危機を察知し、高原の民に解決策を示唆してくださった巫女様。心優しき、希望の星。
「失礼いたします」
唐突に、声が掛かった。
「夕食の用意が整いました」
戸口に現れた戦士が、きびきびと告げる。
「わかった」
ビレットが一言答え、戦士を下がらせる。
「行こう、ベンディス。腹が減っては何もできんぞ」
自分の荷物の中から専用食器を取り出しながら、ビレットが肩越しに言う。
「……そうですな」
ベンディスも自分の荷物を開いた。
高原戦士の部隊に、従卒などは存在しない。自分の身の回りの世話さえできない戦士に、他者を率いる力量などあるはずがない、と考えているからだ。
したがって、一軍を率いる将たるビレットに対しても、料理が並んだテーブルが用意されているなどということはなかった。もちろん、食事の内容も他の戦士たちと質も量も同一である。一般の戦士よりも優遇されていることはふたつ。給仕係の前で並ばなくていい点と、今回のように建物のある場所で食べる場合は、専用の部屋で少人数で食べることができるということである。
ビレットとベンディスは、高原戦士ならば誰でも持っている入れ子式の専用食器に夕食を盛ってもらうと、部屋へと戻った。メニューは、湯取りしたばかりで湯気をあげている米飯、干し肉入りのスープ、親指くらいの干した小魚数匹と乾燥果実一切れ、それに竹のカップに入った水であった。それらをテーブルに並べ、向かい合って腰を下ろす。
「さあ、食べよう。食べて力をつけるんだ」
いかにも芝居がかった調子で言ったビレットが箸を手にした。音高く、スープをすする。
「うん。旨いぞ」
ベンディスも箸を手にした。食欲はないが、体力を落さぬためには無理にでも食べねばならない。米飯を箸でつまみ、むりやり口に押し入れる。
ビレットが一番小さな木椀の蓋を開け、中の黒っぽい粉末を少量米飯に掛けた。乾燥させて細かくした川海苔をベースに、数種の香辛料を混ぜたある種の『ふりかけ』である。
ベンディスの箸が止まった。自分の食器の、一番小さな木椀に入っているものを思い出す。
高原地帯ではありふれた栽培種の柑橘類。その香りのいい皮に果汁を混ぜ、糖蜜を加えて煮た甘く、そしてわずかに苦味のあるペースト。ベンディスの好物。そして、リダが手ずから煮て、詰めてくれたもの。
ベンディスの手から、箸が落ちた。湧き上がった涙をビレットに見せまいと、下を向く。
ベンディスは長男である。兄弟は、妹のリダだけだ。母親はリダがまだ幼いうちに死んでしまったし、父は再婚もしなかった。父親は末弟として分家した身分なので、大家族が珍しくない高原の民としては稀といえる三人だけの小さな家族だった。
そして今、リダを失った。父親はいまだ病で臥せったまま。すっかりやせ細ってしまい、回復の兆しはない。
言いようのない寂寞感に、ベンディスは包まれていた。
ベンディスの様子に気付いたビレットの箸が止まった。もちろん、彼もベンディスの妹が行方不明となったことは承知している。
「ベンディス……」
ビレットが遠慮がちに声を掛ける。
「失礼します」
やおら、ベンディスが立ち上がった。
「米飯で火傷したようです。冷やしてきます」
顔を伏せたまま言い置いて、戸口から出てゆく。
その姿を無言で見送ったビレットは、深くため息をついた。彼自身の属するバチーラ支族は、ジンベル市街地攻略戦には加わっていなかったので、その死傷者はごく少数で済んでいる。だが、他の支族戦士の大多数は、今日の戦いで誰かしら親しい人物……親兄弟、従兄弟、友人などを失っているはずだ。彼らの心は、深く傷ついていることだろう。
「数日で再編成を済ませたとしても……速やかな再攻撃は無理だろうな」
干し魚に箸を伸ばしながら、ビレットはひとりつぶやいた。
王宮の大食堂で開かれたヴァオティ国王主催の戦勝祝賀会は、その規模も長さもささやかなものであった。顔を見せたのは国王陛下とイブリス王女、国政に携わる大臣クラスが数名。ジンベル防衛隊の幹部数名、それに四人の異世界人だけ。軽食と酒を含む飲み物が饗されたが、国王がほとんど料理に箸を伸ばさなかったこともあり、夏希はもっぱら飲み物だけを口にしていた。各人が国王から直々に労いを受けたが、最上級の褒め言葉を掛けてもらったのは、やはりラッシ隊長、生馬、それに拓海の三人であった。
祝賀会がお開きになると、異世界人四人はいったん夏希と凛の仕事部屋へ向かった。
「二次会が必要だな」
柑橘系果実酒を飲んで、色白の顔をほんのりと赤く染めた生馬が言う。
「いいね。凛ちゃんところでやろうか」
同じく頬を染めている拓海が、同調する。
「だめ。さすがに忙しくて、なんにも用意してないし」
凛が、首を振る。
「ふたりともいい加減にしなさいよ。未成年のくせに」
夏希は赤くなっている男二人をねめつけた。
「仕方ないだろ。陛下直々に注いでくれたワインだぞ。飲まないわけにはいかない」
生馬が反論する。
「ワインじゃなくて果実酒ね」
凛が、素っ気なく突っ込む。
「だからと言って、お代わりする必要はないでしょ」
夏希も突っ込んだ。ふたりとも上機嫌で、ラッシ隊長や大臣たちから注いでもらったお酒を何杯も干していたのだ。
「お代わりは勢いだ、勢い」
生馬に代わって、拓海が言い訳を始める。
「戦と宴会は勢いが大事なんだ。空気を読んだというところかな。それに、今日くらいは羽目を外しても罰は当たらないだろう。これで俺たちのジンベルにおける地位も、より強固なものになったわけだし」
「それは……そうだけど」
夏希は不承不承うなずいた。今のところ、夏希ら異世界人はジンベルの人々に厚遇されているが、それはヴァオティ国王の庇護下にあるからである。授与された貴族位など、平原地帯以外では通用しないだろうし、それすらヴァオティ国王が失脚すれば何の意味も持たなくなる。約束された報酬を手にし、元の世界へ無事に帰りたければ、ジンベルにとって役に立つ者であることを常に実証し、ヴァオティ国王の権力維持に協力していかねばならない。
「だいたい、ここはジンベル王国だぞ。日本の法律法規は適用されないんだ。……ジンベルに、未成年者の飲酒を禁じた法律があれば別だが」
拓海がなおも理屈を述べ立てる。
「そんな法律ないだろうな、たぶん」
生馬がにやにやと笑う。凛が、大げさに肩をすくめた。
「まあ、子供はお酒を飲むべきじゃない、という慣習はあるでしょうね。でも、ジンベル防衛隊で公的な役職に就いているこのふたりを、子供の範疇に入れるのは無理があるわね」
「な、問題ないだろ」
拓海がなれなれしく夏希の肩に手をやる。
「ちょっと。酔っ払ってるんじゃないでしょうね」
その手を邪険に払いながら、夏希は拓海を睨んだ。
「酔ってなんかいないぞ。……よし、その証拠に次回の作戦計画を説明してやろう」
拓海がそう言って、隅の棚から例のホワイトボードとつけペンを取り出した。
「次回のって……次の蛮族の襲来?」
テーブルに座り、いそいそとホワイトボードに図を描き出した拓海を半ば呆れたように眺めながら、夏希は訊いた。
「そうだ。案外あっさりと退却したからな。ごく近いうちに、捲土重来とばかりに再度攻めてくるはずだ。早ければ三日くらい、遅くても数十日以内には」
「ずいぶんアバウトね」
「情報不足ゆえ仕方がない。一戦交えただけでは、敵の意図や士気は予測できても、兵站状況までは把握できないからな。補給物資が潤沢であれば、再編成して休養すれば数日で大規模侵攻が可能になるが、短期遠征のつもりで作戦計画を立てていたとすればすでに米すら不足しているかも知れない。そうなると、兵站組織の再編から始めなきゃならないからどうしても時間がかかる」
すらすらと図を描きながら、拓海が説明する。
「遅れてくれればそれだけこっちは楽なんだが」
生馬が顎を撫でる。
「まあみんな、座ってくれ。基本的なところから始めよう。通常、攻撃に失敗した場合は再攻撃に同じ手法をとることは避けるべきだと言われている。相手側は前回と同じことをすればいいだけだし、心理的にも余裕を与えることになるしな。だが、戦術的、戦略的状況を鑑みるに、同じ手を使わざるを得ない場合が往々にして存在する。そのような場合は、新たな因子を注入してから再攻撃を行わねばならない。その際に最も多く使われるのが、兵力の増強だ」
先が黒く染まったつけペンを振り立てながら、拓海が力説した。
「ジンベル南平原における戦いも同様だ。蛮族側が取ることのできる作戦は極めて限られている。迂回も包囲も不可能。実質上、強行突破しかない。当然、より強大な兵力を集中してくるだろう。今日攻め込んできた蛮族は、推定で五千ほど。次回は少なくともその数割り増し、場合によっては倍以上の兵力を相手にしなきゃなるまい」
「……お前のその回りくどい説明、何とかならんか?」
やや苛立った口調で、生馬。
「ど素人がいるんだ。一から説明しないと、理解してもらえないだろう」
拓海が、夏希と凛に流し目を送る。
「ま、生馬が焦れてるんで本題に入るが……先日届いた駿の手紙を信ずるならば、次に蛮族が押し寄せる前に他の都市国家の正規軍若干が、ジンベル防衛のために駆けつけてくれるだろう。数日以内に千数百名。時間を掛ければ、三千名以上集まるかもしれん。ジンベル防衛隊と同程度の錬度を持った兵士たちだ。これを活用しなければならん」
言葉を切った拓海が、テーブルのホワイトボードを示した。すっかりおなじみとなった、ジンベル南平原の線画が描かれている。
「蛮族は、二度と市街地を使った罠に引っ掛からないだろう。だが、平原諸国の支援を受けたとしても、まず間違いなくジンベル側は数的には劣位に置かれる。正面からぶつかれば、こちらに勝ち目はない。勝利するには、敵の弱点を衝かねばならない」
「蛮族の弱点って……なに?」
凛が、訊く。
「これさ」
拓海が言って、ポケットから折り畳まれた紙を取り出して広げた。
大小さまざまな四角形が描かれていた。正方形と長方形が十数個。
「今日の蛮族軍の布陣状況を観察し、記録したものだ。たぶん、次の戦いの時も蛮族は似たような布陣を行うだろう。で、注目してもらいたいのはここだ」
拓海の指が、少し離れたところにある小さな正方形を指し示す。脇に小さな字で、『本営』と書き添えてある。
「本営を衝こうというのか?」
生馬が、拓海を見る。
「指揮系統の麻痺化を図る。そして混乱させた上で、野戦において各個撃破を狙うしかないだろう」
拓海が見返す。
「本営……っていうと、蛮族の指導者がいるところ?」
紙を眺めながら、夏希は訊いた。
「そうだ。司令部、本陣、HQ、指揮所、作戦本部、帷幄……。なんと言い換えても構わんが、指揮を執る人物とその補佐がいるところだな。いわば軍隊の大脳だ。ここを失えば、敵は混乱する。そこを衝けば、勝機はある」
「簡単には攻撃できないでしょうに。普通そういうところは、奥のほうにあって厳重に守られているんじゃないの?」
凛が疑義を呈す。
「その通り。多少工夫が必要だ。そこで、これを利用する」
拓海がホワイトボードに指を突きつけた。
ジンベル南平原西部にある小さな森。
「ラッシ隊長の見解では、この森に五百名ほど隠れることは可能だそうだ。ここに精鋭部隊を隠す」
「すぐ見つかっちゃうんじゃないの?」
夏希はそう言った。いくらなんでも、蛮族がそこまで間抜けだとは思えない。単純な待ち伏せくらいなら、あっさりと看破して、対応策を取ってくるに違いない。
「普通なら。今日も攻撃態勢に入る前に、少人数の偵察隊を多数繰り出していたからな。そこでだ、ジンベル南平原に蛮族軍を急速誘引し、なし崩し的に野戦に誘い込む」
「……わかりにくいんだけど」
「イメージで言えば、廊下で相手にいきなり殴りかかるようなもんだな。殴り返されたら、パンチの応酬をしながら部屋の中に退く。相手がこちらを追い詰めようと部屋に入ってきたところで、扉の陰に隠れていた仲間がパイプ椅子を脳天目掛けてどーん、という寸法だ」
「ふん。悪くない手だな」
生馬が、唸る。
「できの悪いコントみたい」
凛が、そう評す。
「敵が南平原に近づいてきたら、こちらは平原の中央部に押し出して、野戦で決着をつけようとする姿勢を見せる。敵は喜ぶだろうな。城壁を使った罠を仕掛けられる気遣いがないのだから。そして敵が斥候を繰り出す前に、こちらから仕掛ける。蛮族は急いで陣形を整え、迎え撃つだろう。そこで小競り合いののち、一斉に退く。当然敵は押してくるだろう。主力と本営の距離が離れたところで、森に隠れている精鋭五百を投入、一気に本営を蹂躙する。これで、敵は確実に混乱するだろう。そのあとは……臨機応変だな。基本的には強く押して、弱点を露呈させ、そこにこちらの戦力を集中させることだ。充分に勝機はある」
「質問」
凛が、小さく挙手した。
「どうぞ、凛ちゃん」
「西の森に精鋭五百を隠すのよね。もし蛮族が本営をジンベル側の東岸に置いたらどうするの?」
「いい質問だ。一応対策として、城壁西門の前に馬出しを造る予定だ」
「旨出汁?」
「城壁の切れ目や出入り口を防御する目的で、その前方に造られる構築物のことだ。馬出しがあると敵はこちらの城門が直接視認できないし、攻撃も直線的に行えない。加えて馬出し自体に兵員を配置すれば、それ自体が簡易ながら陣地となる」
「馬出しを見て蛮族が警戒し、主力を西岸に展開する。当然本営も西岸に置く。……だが、警戒しすぎて本営を東岸に置く可能性もあるな」
ホワイトボードを眺めながら、生馬が意見を述べる。
「そうなったら、精鋭五百は直接敵の背後を衝くように使うしかないな。本営を潰すよりインパクトがないが……仕方ないだろう」
拓海が顔をしかめて言う。
「馬があればなあ。あの森なら、二百騎は隠せる。歩兵五百より、騎馬二百の方が衝撃力は上だ。速度も速いし……」
生馬が嘆息気味に言う。
「馬、乗れるの?」
「……乗馬経験はないことはないが……乗れるとは言えぬレベルだな」
夏希の突っ込みに、生馬が情けない顔をする。
「ま、俺の立てた作戦計画はざっとこんなところだ。蛮族が再侵攻するまでにどれだけ平原諸国の増援が来てくれるかで細部は変わるし、詰めなきゃならん事柄も多いが、馬出しは陛下の裁可を受け次第造り始めるつもりだ。なんかアイデアがあったら、遠慮なく言ってくれ」
拓海が言って、他の三人の顔を順繰りに眺める。夏希はわずかに首を振った。凛と生馬も、黙ったままだ。
「じゃ、今日はお開きということで」
夏希は立ち上がった。すでに多幸感は消え、身体が妙に軽くなったような気だるい虚脱感じみたものを覚えている。今日は早起きしたし、さっさと帰って水浴びをして、寝たいところだ。
「おいおい。二次会は?」
「ふたりでやってよ。あたしも帰って寝るわ」
引き止めようとする拓海の手をすり抜けて、凛も立ち上がる。
「続きは生馬ん家でやるか。……おっと、忘れるところだった。凛ちゃん、救護所に運び込んだ金髪の女の子、どうなった?」
拓海が訊く。
「あの娘? びっくりしたわよ。いきなりラッシ隊長権限で治療しろ、なんて伝言つきで運び込まれたから。そうとう重傷だったんで、腹部の傷はコーちゃんに縫合してもらったわ」
「縫合技術って、ジンベルにあるの?」
夏希は訊いた。
「ごく原始的なものはね。縫合糸は海岸諸国から輸入した絹糸を使ってるの。針はニアン製だけど。コーちゃんは自前で触手使ったけどね。最初は縫い針みたいにして縫おうとしてたけど、あたしの助言を入れて湾曲した形にして、すいすいと縫ってたわ。器用なもんよ。彼女がいてくれて助かったわ。二十人くらいは、コーちゃんのおかげで命を取りとめたんじゃないかしら。エイラが役に立たなかったのと、好対照だわ」
「エイラが? 有能そうに思えたけど」
夏希は首を傾げた。頭もいいし手先も器用なはずだし、治療の手伝いくらいならてきぱきとこなせそうに見えたが。
「血がだめみたいでね。真っ青な顔しちゃって。仕方ないから、水運び役に任命したの」
凛が、苦笑交じりに言う。
「それで、女の子は助かるんだろうな?」
やや語気荒く、拓海が訊いた。
「腹膜が傷ついてないみたいだったから、感染症を起こさない限り大丈夫じゃないかな。打撲はたいしたことなかったし。頬の傷の縫合は後回しになっちゃったし、医学院の若い人にやってもらったから、たぶん傷跡がくっきり残るわね。気の毒だわ、かわいい子なのに」
修羅場状態の救護所の様子を思い出したのか、うんざりとした表情で凛が答える。ある意味、凛も他の三人と同様戦場で必死に戦ったのであろう。
「……なんだか俺だけ話が見えてないんだが」
生馬が口を挟んだ。夏希と凛が、話を繋げるかたちで『拓海が助けた金髪の女の子』について説明すると、生馬がにやにや笑いを始めた。
「そうか。命を助けて恩を着せた上で、あわよくば喰っちまおう、って肚か」
にやにや笑いを続けながら、生馬が拓海の背中を大きな手でばんばんと叩く。
「そんなつもりはないよ。かわいそうに思って、助けただけだ」
弱々しく、拓海が反論する。
「おおかたちょっと小柄で、眼がぱっちりと大きくて、貧乳で、でも幼児体型じゃなくて、という感じの娘だろ?」
生馬が、夏希と凛に訊く。
「……そうね。そんな感じだったわ」
「よくわかるわね」
「やっぱりな。拓海の趣味ど真ん中ストライクじゃないか。おまけに金髪。下心がないなんて、言わせないぞ」
生馬が豪快に笑い、拓海の背中を肘でどやしつけた。
第二十五話をお届けします。本話で第一次ジンベル南平原の戦いを描いた第三部終了となります。