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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
22/145

22 城壁の攻防

「ちょっと待っててね」

 橋を渡ったところで、夏希はそうアンヌッカに告げた。

「どうかなさったのですか?」

「武器を調達してくるわ」

「武器……? お腰の物を、使われるのではないのですか?」

 吊ってある長剣に視線を走らせながら、アンヌッカが不思議そうに訊く。

「これは飾りよ」

 夏希はそう答えつつ、橋のたもとにある小さな船着場へと石段を降りていった。舫ってある小さな川船の中から、竹竿を一本拝借する。

「それで……戦おうというのですか?」

 竹竿を肩に石段を上がってきた夏希を見て、アンヌッカが眼を丸くする。

「そう。川の戦いで使って気に入っちゃって」

 とりあえず身を守る武器はほしいが、人は殺したくない。竹竿は、そんな夏希にはぴったりの得物であった。比較的軽くて振り回しやすいし、長いから敵の懐に飛び込まずとも戦える。

「まあ、確かに川の戦いでの竹竿使いはお見事でしたが」

 アンヌッカが、呆れながら言う。



「見事な戦いだった、ビレット」

 占拠したばかりの砦の一室で、氏族長サイゼンが砦攻略を指揮した副将を労う。

「して、損害は?」

「各支族合計で死者四十六、負傷三十二、まだ戦える負傷戦士六十です」

 憮然たる表情で、ビレットが答える。

「覚悟していたよりも少ないではないか。よくやってくれた」

「しかし、敵の遺棄死体は十体もありません。一方的にやられました」

「こちらの目的は砦の攻略だ。その目的は果たした。勝利を誇りたまえ。その顔では、氏族戦士の士気に関わるぞ。死んだ戦士も浮かばれぬ」

「敵が敗退したのであれば、わたしも胸を張れるのですが、明らかに敵は整然と撤退してゆきました。砦を死守するつもりは最初からなかったものと思われます」

「予定通りの撤退か。それにしては、かなり慌てていたように見受けられるが?」

 サイゼンが、傍らのテーブルを顎で指し示す。その上には皿が数枚置かれており、食べかけの米飯や漬物、干し肉などが載っていた。数膳の箸は投げ出されたかのように乱雑に置かれており、四つあるカップのひとつは倒れて少量の緑茶がテーブルを濡らしている。

「いずれにせよ、敵に大きな打撃は与えられませんでした」

 ビレットが、わずかなため息混じりに首を振る。

「砦占領の目的は達してくれた。それで充分だ。では、わたしはジンベル市街の攻略に移る。諸君らはここで待機し、戦いが長引いた場合に備えてくれ」

「ほとんど無傷の氏族もおります。本隊に組み入れましょうか?」

「うむ。そうしてくれ」

 サイゼンがそう言い残し、部屋を出てゆく。

「どう思う?」

 サイゼンが去ると、ビレットがベンディスに問うた。

「色々と気に入りませんね。ジンベル人は城壁を頼りに戦っても無駄なことくらい理解しているでしょう。それよりも、この砦を死守してこちらに損害を強いる方が上策だったはず。なぜ、あっさりと撤退したのか」

「……敵の指揮官が間抜けという可能性もあるぞ」

「あるいは、こちらよりも狡猾で、何らかの策があるのかもしれません」

 ベンディスはそう指摘した。

「いずれにせよ、次に鉈を握るのは氏族長だ。我々は命令通りに兵を休ませ、次の戦いに備えよう」

 ビレットが、労うかのようにベンディスの肩を叩いた。



 砦から撤退してきた川船が、城壁をくぐってジンベル市街地へと入ってゆく。

 殿の一艘が船着場に着き、そこから数名が降り立った。その中でひときわ背の高い者が他の者になにか指示を与えてから、城壁の階段を足早に登ってくる。言うまでもなく、生馬である。

「ご苦労さん」

 見張り台に上がってきた生馬を、拓海は労った。

「とりあえず作戦通りにいったよ。次はお前の出番だ」

 疲れた表情で、生馬が告げる。

「おいおい。ひどい顔だぞ」

「精神が磨り減った。前へ出て剣を振るってる方が、まだ気が楽だ」

「とりあえず予備隊を頼むぞ」

 拓海はそう告げた。撤退した砦守備隊は、そのまま予備隊となり、当面キルゾーンを囲む市民軍を支援する手筈になっている。もちろん、指揮を執るのは生馬だ。最終的には、この予備隊がキルゾーン内部に投入され、蛮族戦士を掃討することによって、拓海の一連の作戦が完遂することになる。

「ああ。任せといてくれ。……こっちの準備はどうなんだ?」

「いまのところ不具合の報告はない。予定通りだ」



 キルゾーンに到着した夏希は、そこで副官と別れた。アンヌッカには、市街地に侵入した蛮族を奥へと誘引する囮を率いる役目が課されているのだ。キルゾーンを有効な罠として機能させるには、ある程度まとまった数の蛮族を市街地へ速やかに引き込む必要がある。

 竹竿を手に、夏希はバリケードの巡回を行った。守備に就いているのは、いずれも市民軍の兵士だ。得物は、ほとんどが竹製の長槍。与えられた仕事はバリケード越しに槍を突き出して、蛮族が乗り越えられないようにすること。単純だが、それなりに危険な任務である。夏希は一隊ごとに顔を見せ、労いと激励の言葉を掛けていった。戦い前の緊張からか落ち着きのない者や顔色の悪い者が散見されたが、夏希にはどうすることもできなかった。

 投石要員は、数箇所にまとめられて待機していた。ジンベルの一般的な家屋の屋根は藁葺きだが、すでにそこには細い丸太と竹、それに板を組み合わせた足場が築かれ、箱、網、籠、布袋などに入った石がたっぷりと蓄えられている。夏希は彼らの様子も見てまわった。実に、半数近くが女性だ。老人や、子供の姿も多い。手にした得物は、恐ろしく統一性がなかった。竹槍や鉈はまだいいほうだ。鎌、包丁、錆が浮いた金属パイプ、単なる木の棒、鍬にスコップ。丈夫な革紐の先に石を縛り付けたもの。ある中年女性が手にしていたのは、なんと大きな裁ち鋏であった。



 高原の戦士五千二百が、ジンベル南平原の南端に布陣する。

 彼らがまず行ったのは、斥候部隊の派出であった。待ち伏せを警戒し、平原の際までくまなく偵察を行う。平行して、橋の建設に着手する。川によって軍勢が二分された状況では、数的優勢を活かすことが困難であるという弱点を、解消しようとしたのである。

 後方より運んできた杭を川中に打ち込み、その上に厚板を渡す。その先端部を足場にさらに杭を打ち、橋を伸ばしてゆく。わずか二時間ほどで、ひと一人が渡れるだけの簡易な橋が、ジンベル川に架かった。ジンベル川の川幅はけして広くはなく、流れもそれほど速くはないが、水量が豊富なうえ深みがあるので、完全装備の高原戦士が渡渉するのはほぼ不可能である。この橋によって、イファラ族は控置した予備隊を分割することなく、東西どちらの岸にも素早く展開できるようになった。

 氏族長サイゼンが、休息していた部隊に前進を命ずる。ジンベル川両岸にほぼ同数の兵を配備したイファラ族の主力は、城壁から四百メートルほどの位置まで進んだ。士気は旺盛であった。すでに全員が、ジンベルの砦があっさりと落ちたことを知っている。ジンベル人恐れるに足らず、という認識が、高原戦士たちのあいだに広まりつつあった。



 望遠鏡を駆使しながら、拓海は蛮族部隊の布陣状況を素早く紙に描き付けていった。

 予想以上の大軍であった。さしもの拓海も、ざっと見ただけで軍勢の規模を把握するのは無理だが、ラッシ隊長の見解では軽く五千は越すという。整然と、かつ静かに隊列を組んでいるところから見ても、その士気や錬度が決して低いものではないことが知れる。

「あそこが本営かな?」

 東岸後方に位置する、五十人くらいからなる方陣が怪しいと睨んだ拓海は、望遠鏡でそれをじっと観察した。本営であることを示す目立つ標識……旗や馬印の類……は見えなかったが、他に同様の小部隊による方陣は見当たらなかったし、位置的に言っても全体の指揮を取り易い場所である。

「では、確かめてやろう。伝令! ラッシ隊長に合図。白と緑」

 控えていた伝令兵が、すぐさま白と緑色の小旗を取り上げ、振った。

 一分もしないうちに、東の城門がわずかに開いた。鎧だけを身につけた非武装の兵士が一人、蛮族の隊列目指して小走りに駆け寄る。

 拓海は蛮族の状況をじっくりと観察した。

 兵士は、蛮族隊列の二十メートルほど手前で立ち止まった。隊列から出てきた蛮族三人が、兵士に正対する。兵士が、懐から取り出した書状を蛮族の一人に手渡した。一礼し、きびすを返す。

 三人の蛮族も、隊列に戻った。拓海はほくそ笑みながら状況を注視した。

 ほどなく、隊列の中から一人の蛮族が走り出した。他の隊列を避けるように走りながら、後方の拓海が目をつけた方陣に走り込む。しばらく待ったが、出てはこなかった。

「本営、確定っと」

 拓海は紙に描いた方陣に『本営』と記した。



「書状か」

 氏族長サイゼンは、伝令が持参したジンベルからの書状を検めた。宛名は『イファラ族氏族長サイゼン殿、またはイファラ族戦士を束ねる方へ』と記されており、差出人は『ジンベル王国国王ヴァオティ』となっている。

「国王からの書状とあれば、無碍には扱えませんな」

 側近の一人が、言う。

「そうだな」

 同意しつつ、サイゼンが書状を開いた。ざっと読んだ氏族長の表情が、強張る。

「いかがされましたか?」

「……侮辱された」

 サイゼンが、書状を握りつぶした。

「仕掛けるぞ。各支族に伝令を走らせろ」



 強い日差しに焼かれた雑草を踏みしだきながら、高原戦士が一斉に前進を開始する。

 取られた戦法は、砦攻略の場合とほぼ同一だった。矢避けの盾をかざした投げ槍兵が突進し、これを弓兵が援護する。ただし、規模ははるかに上だ。両岸合わせて二千名以上が城壁に向け突入し、千名を超える弓兵が矢継ぎ早に矢を射る。

 ジンベル側の弓兵も射返すが、その数はわずかだ。高原戦士たちは、比較的容易に城壁にたどり着いた。

 ジンベル側の反撃は、そこからが本番だった。

 ありとあらゆるものが、城壁の上から下にいる高原戦士たちに投げつけられ、撒かれ、あるいは落とされた。石、焼いた砂、熱した油、鉄片に刃をつけただけの粗雑なナイフ、細かい砂、そして、糞尿までも。

 石に頭部を打ち砕かれた者が血潮を撒き散らしながら倒れ、焼いた砂や熱い油を浴びせられた者が悲鳴を上げる。砂を避けようと眼を覆った戦士の腕に、ナイフが突き刺さる。糞尿を浴び、激昂した者の胸に、至近距離から放たれた矢が突き立つ。

 妨害にめげず、高原戦士たちは城壁を登ろうと試みた。竹で作った粗製の梯子を掛けようとする者。フック付きロープを投げる者。手にした鉤爪で強引によじ登ろうとする者。あるいは数名で組んで、体重の軽い戦士を投げ上げようとする者たち。

 高原戦士の投げ槍が、ジンベル兵を襲う。胸にまともに受け、城壁から市民兵がもんどりうって落ちる。身を低くした市民兵が、投石で対抗する。悲鳴と怒号が入り混じる中、双方の人々は必死の戦いを繰り広げた。


 城門に向け、一塊となった高原戦士が突き進む。

 中央にあるのは、二十名の戦士によって支えられた一本の丸太である。左右側面に穿った十個の穴に横木が差し込んであり、一本に付き二人の戦士が取り付いている。先端は鈍く尖らせてあった。粗雑ながら効果的な破城槌である。

 その周囲と前方に、盾をかざした戦士十数名が付き従っていた。彼らは飛び来る矢から破城槌の戦士を守る役目であると同時に、予備の人員でもある。

 破城槌が、ジンベル南城壁東門に迫った。人と丸太が、一体となって突進する。城壁の上から散発的に矢が放たれるが、さながら一本の巨大な槍の穂先となった破城槌を押し止めることはできない。

 城門が、迫る。狙うは、両開きの戸の合わせ目。

 破城槌の先端が、分厚い木製の戸にぶち当たった。伝わった運動エネルギーが、かんぬきに収まっていた横木をへし折る。

 戸が弾かれたように開いた。勢いそのままに、破城槌とそれを守る戦士たちが、城門の内側へとなだれ込む。


「東の門を破りました!」

 伝令が、叫ぶ。

「東の第二陣は前進、東の門を目指せ」

 即座に、サイゼンが命じた。

「西の第二陣は東岸へ渡せ。他の箇所での攻勢は継続。敵を城壁防衛に拘束せよ。予備隊も東岸に集結。待機位置まで前進」

 控えていた伝令にも、素早く命令を下す。

 ……最大の障害である城壁さえ突破できれば、勝利は確実だ。


 城壁を攻めあぐんでいた高原戦士が、続々と破った城門から市街地へと侵入してゆく。

 破城槌の部隊もそれを捨て、得物をかざして敵を探した。

 彼らの当面の目標は、城門の確保だった。ジンベル側の予備隊によって城門が奪回されることを防ぎ、一兵でも多くの高原戦士を市街地の中に入れ、城壁掃討を行わねばならない。

 城門から市街地へとなだれ込んだ戦士のほとんどの脳裏には、最大の障害を突破した以上、戦いの帰趨はすでに決した、との思いがあった。



 アンヌッカは見張り台を見上げていた。

 緑の旗と、赤い旗が同時に振られる。

 作戦隊長の合図だ。

 長剣をすらりと抜く。心は落ち着いていた。

「行くぞ!」

 路地に控えていた部下五十名……いずれも市民兵だが、かなり訓練を施してある……に命じ、剣を振りかざしながら走り始める。

 城門奪回を試みる予備隊に見せかけて、蛮族をキルゾーンの奥へと誘き寄せるのが、アンヌッカの役目だ。

 通りに出て、蛮族に姿を見せる。気付いて身構える蛮族に対し、弓兵が矢を放つ。十数本のうち半数以上が盾で防がれたが、何人かの蛮族が倒れる。

 投げ槍兵主体の蛮族が、大盾をかざしながらアンヌッカらに駆け寄ってくる。

「引くぞ」

 アンヌッカは冷静な声音で命じた。投げ槍の射程に入る前に、退かねばならない。矢を番えたまま、弓兵が走り出す。長槍兵がこれを援護しつつ下がり始める。


 東の城門に駆けつけた東の第二陣……約八百が、市街地になだれ込む。

 すでに、七百名以上の第一陣戦士と、弓兵の一部も城壁の内側に入り込んでいた。城門の確保に成功したと判断した幾人かの上級指揮官が、配下の者に城壁の掃討を命ずる。

 しかし、ジンベル側の用意は周到だった。東の城門付近の城壁への登り階段は、ことごとく破壊されていたのだ。登り口を捜して西へと走った高原戦士たちは、ジンベル川に突き当たって立ち往生した。東へと走った一隊は、バリケードと多くの弓兵に遮られる。


 アンヌッカ率いる一隊におびき出された高原戦士たちは、通りを駆けた。しかし追いつけぬまま、囮のジンベル兵は前方のバリケードの間に逃げ込む。

 罠を警戒した高原戦士たちは、矢が飛んでくることを予期して路地に入り込んだ。だが、ジンベル兵が守っているであろうバリケードは沈黙している。


 東門近くの城壁とバリケードでは、激しい攻防が続いていた。

 城壁から、雨霰と石が投げられる。角盾で石を防ぎながら、高原戦士たちが投げ槍で対抗しようとする。だが、巧みに胸壁の陰から投石するジンベル市民兵を仕留めるのは至難であった。

 バリケードをよじ登ろうとした高原戦士は、隙間から突き出された長槍に突かれ、相次いで路上に転がった。周囲の建物の屋根からも、投石が繰り返される。

 多くの高原戦士が、バリケードの背後にまわろうと街路を北へと走った。しかし、行けども行けどもすべての路地はバリケードで塞がれていた。しかも、建物の屋根に陣取ったジンベル人から、頻繁に投石を受ける。城壁から三キッホほど北上したところで、高原戦士たちは東西に伸びるバリケードにぶつかった。こちらにも多くのジンベル人が取り付いていて、盛んに投石される。

 さすがにこの頃になると、多くの高原戦士が自分たちがある種の罠に嵌ったことに気付いていた。だが、後退命令を発する上級指揮官は誰もいなかった。いったん城門を確保した以上、イファラ族は予備隊を無制限に市街に送り込むことができる。数的優位さえ確保してしまえば、急造のバリケードくらい突破できるはずだ。綻びの生じた罠ほど、脆いものはない。一箇所でも突破し、背後に回りこむことができれば、市民軍主体のジンベル人の抵抗など易々と打ち破ることができるはずである。

 何人かの上級指揮官が、声を張り上げて戦士たちをまとめ始める。バリケードの弱点を見つけ出し、そこを一点突破しようという腹積りであった。


第二十二話をお届けします。

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