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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
19/145

19 準備と訓練

 ジンベル側に、あまり時間は残されていなかった。

 ヴァオティ国王の裁可を得て大量の市民を動員した拓海が、ジンベル市街地南部のジンベル川東岸にキルゾーンを設定した。住民を強制退去させ、ありとあらゆる資材……材木、単なる丸太や木の枝、廃材、ロープ、石、錆びた鉄材などを使い、バリケードを造って囲い込む。その大きさは、幅が東西に七十一メートル、長さが南北に百九十七メートルほどになった。総面積一万四千平方メートル程度である。

 それに先立って行われた防諜の強化は、単純だがきわめて効果的なものであった。すべての市民……これには、外国籍の市民も含まれる……の国外への移動を禁じたのである。川船の運航も休止され、他国からジンベルにやってきた船も抑留の対象となった。むろん商人層から抗議の声が挙がったが、ヴァオティ国王は強権でこれを押さえつけた。

 ジンベルは臨戦態勢を整えつつあった。



「で、なんでわたしが市民軍の訓練をしなきゃならないの」

 王宮の一室で拓海の要請を聞いた夏希は、そう愚痴った。

「俺はバリケード造りや城壁の改良で忙しい。生馬はカテゴリーAとBの連中の訓練に掛かりっきりだ。凛ちゃんは防諜関係を統括してもらってるし、駿はまだ帰ってこれない。手が空いているのはあんただけだ」

「ジンベル防衛隊の誰かに……」

「おいおい。敵が眼の前に迫ってるんだよ。士官も兵士もみな忙しいんだ」

「でもねえ……」

 夏希は渋った。軍隊の訓練など、見学したことすらない。自分にそのような役割が務まるとは思えなかった。

「最初は俺が手伝うよ。難しいことはアンヌッカに任せればいい。言っとくが、あんたの評判はかなり高いんだぞ」

「評判?」

「ジンベル川の戦いで教練隊長生馬様の命を救った女傑、ってもっぱらの評判だ」

「……なに、それ」

「長槍を振るって蛮族の首級六つを挙げた、とかいう話も伝わってるぞ」

 にやにやしながら、拓海が続ける。

「竹竿しか振るってないわよ。誰も殺してないし。誇大もいいところじゃない」

「まあ、英雄譚に尾鰭がつくのは当然のことだ。それに、あの一件でジンベル軍の士気が上がったのは確からしい。結構なことだよ。とにかく、今は非常時だ。使える人材はすべて使いたい。あんたはすでにジンベル防衛隊兵士にも、市民軍の連中にも人気があるんだ。彼らに手本を見せてやってくれ」

「でもねえ……」

 夏希は渋った。ジンベル川のときは生馬やアンヌッカ、そして自分を守るためにやむを得ず戦ったが、内心では戦争になど関わりたくない、と思っている。

「仕方ないな。よし、やる気が出るものを見せてやるよ。とりあえず、来てくれ」

 拓海が手招く。夏希はアンヌッカを伴って、渋々あとに続いた。王宮を出て、ジンベル川の方に向かう。

「キルゾーンに行くの?」

「そうだ。まだ工事中だからな」

 ややぶっきら棒に、拓海が応ずる。

 ほどなく、三人はキルゾーンの北端にたどり着いた。バリケード造りは、かなり進んでいるようだった。建物の連なりをなるべく利用するようにして、資材を節約する工夫がなされている。作業には、結構な数の市民が動員されていた。女性や老人の姿も多い。皆汗にまみれながら、杭を打ち、丸太を組み、石を運んでいる。キルゾーン内部にある老朽家屋は取り壊され、廃材が資材として活用されていた。新しかったり、しっかりとした造りの建物は、開口部を板や丸太で塞がれて、内部に入れないようになっている。

「彼らを見て、なんとも思わないのか? 自分たちの街を守るために、必死になって働いている姿を?」

 作業の様子を眺めながら、拓海が言う。

「そりゃ、助けてあげたいけど……」

 夏希は口を尖らせた。ジンベルの人々は好きだし、恩義も感じてはいるが……戦争はしょせん人殺しである。たとえ、それが自衛のためであっても。なるべくなら、加担したくはない。

「ほら。あんな子供たちもいるんだ」

 拓海が、バリケードの一角を指差す。

 六歳くらいの男の子二人が、その小さな身体に不釣合いなほど太い丸太を力を合わせて抱え上げ、運んでいる。その先では、小さな手に鉛筆くらいの太さの枝を何本も握り締めた三歳くらいの幼女がしゃがみ込み、真剣な表情で枝を一本ずつ丁寧にバリケードの隙間に差し込んでいた。

「俺は、あの子たちの泣き顔を見たくはない。だから、蛮族と戦う」

 拓海がきっぱりと言った。

 不意に、夏希はここへ召喚された当日の夜のことを思い出した。寝台の上で、ジンベルの人々に喜んでもらえることをしよう、そうすれば感謝されるはずだ、と考えたはずだ。

 喜んでもらえる。感謝してもらえる。

 今が、そのときなのかもしれない。拙くても、夏希にもできることがあるはずだ。バリケードに細い枝を突っ込んでいる幼女と同じくらいささやかな手伝いかもしれないけれど、ジンベルの人々にとって役に立つことが。……たとえそれが、他人を殺めることにつながりかねないとしても。

「……わかったわ。市民軍の訓練、やらせてもらうわ」


 拓海に連れられ、アンヌッカを伴って市街地北の牧草地……今は完全に防衛隊と市民軍の訓練用地と化している……まで歩く。

「基礎的な訓練はすでに済んでいるよ」

「基礎的なことって?」

 夏希は訊いた。

「行進の仕方。上官の命令には服従すること。合図があったら上官に注目すること。命令されていないことはやらないこと。勝手に持ち場を離れるのは罪だということ」

「……基礎的以前の問題だと思うけど」

「そう言うなよ。もともと米作ったり家具作ったり金掘ったりしていた人々だ。戦うやり方なんて、知っている方がおかしい」

「それ、自分がおかしい存在だと言ってるようなもんじゃない」

 夏希は苦笑しつつ指摘した。

「平和な時代には、そういうマニアが流行るんだ。戦国オタクや侍オタクの発祥は江戸時代だというしな。三国志なんかがもてはやされたのも、江戸期だし。……あー、まずやらせるのは、これだ」

 拓海が指す先には、地面に立てた十本の低い杭があった。その上に、藁束のようなものが紐で縛り付けてある。

「あれを、これで突かせる」

 地面から、拓海が長さ二メートルほどの竹の棒を拾い上げる。先端が、斜めに切り落とされていた。……いわゆる竹槍である。

「これで戦わせる気?」

「まさか。とりあえず、度胸を付けさせるだけだ。先進国の軍隊でも、いまだに銃剣刺突の訓練をやってるが、その主たる目的は敵を目の前にしてもびびらずに殺せるだけの度胸を兵士に持たせることにある」

「結局殺し合いなのね」

「戦争ってのは、そういうもんだ。棍棒で殴りあうのも、何千キロも離れたところに弾道ミサイルを撃ち込むのも、本質的に変わらないよ。争いを戦いで決着させるから、戦争と言うんだ」

 冷笑を浮かべながら、拓海が言う。夏希はため息をついた。

「なんで戦争になるのかしら。戦わなければ、みんな幸せになれるのに」

「逆だよ、逆。みんな幸せを望んでいるから、戦争になるんだ。人の幸せってのは、突き詰めると個人が自分の希望、欲望を達成することに過ぎない。炬燵でアイスを喰うような小さな幸せから、実業家として天下を取るような大きな幸せまで、それは変わらない。戦争も、幸せを追求するから起きるんだ。幸せに背を向けている者は、他人と争う必要がないからな」

「なんか、納得できないわね」

「争うのは、生物の本質みたいなもんだ。遺伝子レベルで刻み込まれた、生存のための本能。コアラやナマケモノみたいに、他者と争わない形で生き延びてきた生物もいるが、あれは例外的だ。ほとんどの生物は、他者との競争に打ち勝って生き残った。人間は頭が良かったから、争わずに生きていける方法を色々考え出した。だが、頭の良さは社会性の肥大につながった。昆虫や獣なら巣だの群れだのの単位で争うのがせいぜいだったが、人間はその属する国家という巨大な社会単位で争いを始めるようになっちまった。因果なもんだな」

 皮肉な笑みを浮かべた拓海が、手にした竹槍を肩に担いだ。


 いわゆるカテゴリーCの市民軍総勢二千名は、生馬と拓海の手によって百名ずつの『中隊』二十個に編成されていた。さすがにすべての者を一度に訓練に駆り出したのでは、ジンベルの国家機能が麻痺してしまうので、今日集められたのは二個中隊二百名だけであった。

「なんか……おじさんばっかりじゃない」

 だらしなく整列した二百名を眺め渡しながら、夏希はぼそりと感想を述べた。全員が男性で、しかも若い人は誰一人としていない。

「中隊編成は年齢別にしたんだ。体力に差がありすぎると運用が面倒だからね。ちなみに、女性はひとつの中隊にまとめたから、十代の女の子から弓の扱いがやたらと上手なおばあちゃんまで混ざってるが」

 拓海のアドバイスを受けながら、夏希は訓練を開始した。まず全員に対し、作戦隊長……拓海がラッシ隊長からもらったはなはだ曖昧な肩書きである……から防諜についての説明と戦場の心構えが説かれる。続いてアンヌッカによる竹槍を使った槍術の基本演錬。それが終わったところで、全員に竹槍が配られ、一中隊はそのままアンヌッカに預けられて先ほどの杭を突く訓練を、残る一中隊は夏希が投石の訓練を行うこととなった。

「投石? やったことないよ、そんなの」

「中学の時、ソフトボール部だったと凛ちゃんから聞いたぞ」

「……たしかに、ボールを投げるのは得意だけど」

 夏希は拓海から渡された石……テニスボールくらいの大きさ……を胡散臭げに見た。

「とりあえず正しい投石フォームを教え込むんだ。それから、的当てに入る。的は大きめに作るんだ。あたり易いようにな。まずは、自信を付けさせること。細かいテクニックはそのあとだ。水泳を人に教えたことはあるかい?」

「あるわ」

 夏希は昔を思い出して微笑みながら答えた。凛が不器用ながらも泳げるようになったのは、実は夏希の特訓のおかげである。あれは、小学校二年の夏休みだったか。

「じゃあわかりやすいな。水に対する恐怖心をなくし、人間は水に浮くことを身体に覚え込ませる。泳げなくてもすぐに溺れることはないということを会得させる。そして、水を掻けば前に進むことを教える。同じ要領で、敵に対する恐怖心をなくし、投石で倒せると信じ込ませるんだ。ま、詳しいことはここに書いておいた。参照して訓練を進めてくれ」

 拓海が、数枚のメモ書きを渡してくれる。夏希は、眉をひそめた。

「なに、この『明日のために その1』とか『その2』ってのは?」

「……ちょっとした冗談だ。流してくれ」

 気恥ずかしげに、拓海が視線を逸らした。



 ジンベル側の準備は続いた。

 キルゾーンのバリケードは、わずか三日で完成をみた。手の空いた市民総出で市街地北方のジンベル川の河原から投げるに手ごろな石が集められ、バリケードの内側とキルゾーンを囲む建物の屋根に仮設された足場の上に蓄えられる。その間にも、蛮族は着実にジンベルに近づきつつあった。

「日没と同時に、工事を中断したようだ。砦からおおよそ二シキッホほどの処だな」

 バリケード完成の翌日、王宮まで報告に戻ってきた生馬が、そう告げた。

「明日の午前か。準備は?」

 拓海が、訊く。

「砦は万全だ。偽装工作の準備もできてる。今夜は念のため、俺も砦に泊まりこむつもりだ」

「偽装工作って、なに?」

 夏希は訊いた。

「砦の放棄が既定方針じゃないと思わせるための工作さ。わざと米を残しておいたり、予備の武具を置いといたり、そういった類の偽装だ」

 生馬が答える。

「ねえ、駿からの連絡は?」

 凛が、拓海と生馬に訊く。

「とりあえずいくつかの都市国家から兵力提供の確約を取り付けたようだ。だがどうせ、今回の一戦には間に合わん。期待しないほうがいい」

 軽く首を振りながら、生馬が言う。

「じゃ、明日攻め込まれるとの前提で、各自の配置だ」

 拓海が、メモに眼を落す。

「生馬は防衛隊三百を率いて砦の守備。適当なところで退却。しつこいようだが、捕虜は出すなよ。残してきていいのは死体だけだ」

「任せろ」

 生馬が厳しい表情でうなずく。

「凛ちゃんは西の市場の臨時救護所待機。資材は集まった?」

「救護用品は充分に。ただし、人手不足ね。だいぶ、市民軍に取られちゃったから」

 不満顔で、凛。

「子供でも外国人でもいいから、集めてもらってくれ。で、夏希はキルゾーンの市民軍の統制……」

「ちょっと待って。わたしが指揮するの?」

「いや。統制だけだ。指揮は防衛隊の士官が……あー、うち一人はアンヌッカだが……執ることになる。夏希の役目は統制だ。攻撃のタイミングは俺が計るから、合図を受けたらそれを中継しろ。あとは、市民軍の連中に手本を示せばいい。あれだけ訓練したんだからな。あんたが石を投げれば、みんな真似して投げてくれるさ」

「簡単に言ってくれるわね」

「で、俺は城壁の上の見張り台に陣取る。主な役目は蛮族軍の観測とラッシ隊長からの命令伝達だ。名目上とはいえ、総指揮を執るのはラッシ隊長だからな。それを、忘れないでくれ。……命令伝達には、旗を使う。これが、識別表だ。しっかり覚えといてくれ」

 拓海が、三人に紙を配った。赤青緑白の四色の旗を組み合わせた合図のようだ。

「夜間の場合は、光る球体を使った色つき灯火で代用する。意味は旗の場合と同じだ」

「……光る球体に色違いなんてあったっけ?」

「色ガラスを仕入れた。これで、間に合わせだが角灯っぽいものを作ったんだ。昨夜テストしたが、充分使える」

「結局、戦争になっちゃうのね」

 ぼやき気味に、夏希は言った。明日になれば、大勢の死者が出るだろう。もはやそれを止める手立ては残されていない。

「ここまで来たら、計画通りやり切るしかない。あとは明日だな。とりあえず今日は充分に睡眠をとって、明日は早起きしてくれ。おそらく蛮族は夜明け前から工事を再開し、午前の早い時刻に砦攻撃を開始するだろう。勝負は……午後だな」

「なんだか楽しそうね」

 拓海に対し、やや皮肉っぽく凛が言う。

「楽しいと言ったら語弊があるな。むしろ、十二分に試験勉強をした上でテストに望む心境かな。某マンガの主人公のセリフを借りれば、『オラなんだかわくわくしてきたぞ』ってところか」

 笑みを浮かべながら、拓海が言う。

「……男って単純な生き物なのよね」

 凛が、肩をすくめた。

「否定はしないよ」

 拓海が言って、からからと笑う。

「……おっと、忘れるところだった」

 生馬が、部屋の隅に畳んで置いてあった革のようなものを取り上げた。夏希に押し付ける。

「なに?」

「革鎧だ。何も着ていないよりは、ましだからな」

 夏希は広げてみた。腰から上の胴体をすっぽりと覆う、丸首のベストみたいな形だ。なんだかふにゃふにゃで、頼りない。

「矢を止めることはできないが、それなりに使える。お前には、怪我をしてもらいたくないから」

 生馬が、視線を逸らしつつ少しばかり気恥ずかしげに言う。

「ありがとう。着させてもらうわ」

 夏希は素直に言った。気遣いはありがたい。

「それから、これだ」

 生馬が、鞘付きの長剣を取り上げる。

「お前が直接戦うことはないだろうが……一応武器は持っておいたほうがいい」

「それは……いらないわ。使えそうにないし」

「筋力や体格も考慮して選んだ剣だ。万が一のために、持っておいたほうがいい」

 生馬が剣を押し付ける。

「わがままに聞こえるかもしれないけど、人を殺したくないのよ」

 ジンベル川の小競り合いではやむなく竹竿を振るったが、たぶん人は殺していないはずだ。自衛的な戦争における殺人は絶対的な悪ではない、と言うことは理解しているし、明日は戦いに参加する覚悟を決めたが、やはり直接自分の手で人を殺すのだけはしたくない。

「抜かなくてもいいから、とりあえず腰に下げといた方がいい」

 拓海が、言った。

「市民軍の面々に示しがつかないからな」

「わかったわ。でも、抜かないからね」

 不承不承、夏希は長剣を受け取った。

第十九話をお届けします。

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