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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
15/145

15 偵察行

「なんでわたしが一緒に行かなきゃならないの?」

 夏希は生馬に食って掛かった。

「仕方ないだろ。駿は外国だし、凛ちゃんは地理オンチのうえ方向オンチ。地図描けるやつはお前しかいないんだ」

 諭すように、生馬が言う。

 いまのところ、蛮族の奇襲対策として、砦の上流三百メートルほどのところに監視所が設けられている。その規模は川船が一艘と兵士四人、望遠鏡がひとつだけという、ささやかなものだ。蛮族の川船が接近してきた場合は、その多寡に応じて決められた数の狼煙をあげ、矢の届く距離に踏み込まれる前にさっさと下流へと逃げ去るのが任務とされた、いわば防犯センサー的な役割しか持たされていない小拠点である。

 生馬と駿の構想では、少なくとも三キロほど上流に新たに監視所を設け、そこに少数の偵察隊なら追い払える程度の兵力を置きたいらしい。

「二キロくらい上流までは、駿が以前に地図を作ってくれてある」

 生馬が、説明する。

「今回はその先を調べながら進み、監視所に適した場所も探す。できれば、十キロくらいまで遡りたい」

「危険でしょ? 高原地帯まで、たしか二十キロくらいじゃなかったっけ?」

「そうだ。概算だが、二十から二十二キロくらいと見積もっている」

「じゃ、蛮族に出くわす可能性も高いじゃない」

 不満顔で、夏希は指摘した。

「だから、護衛は充分に連れてゆく」

「でも……」

 夏希は渋った。生馬の言いたいことはわかる。だが、危険な目にはあいたくない。

「時間があまりないんだ」

 生馬が、説得モードに入る。

「蛮族と商取引をしている商人がいる国からの情報では、すでにイファラ族はかなりの人数を動員しているらしい。完全動員がかかるまで、あといくらもないだろう。ラッシ隊長やジンベルのお偉方の意見じゃ、十日後くらいが一番危ないという話だ。当然の策として、奴らは侵攻前にジンベル川の偵察を行うだろう。ぐずぐずしていれば、そいつらに出会う確率が高くなる。早い方が、危険が少ないんだ」

「夏希殿」

 そばで話を聞いていたエイラが、夏希の腕に手を置いた。

「もしよろしければ、コーちゃんをお貸ししましょうか?」

「え、いいの?」

「もちろん結構です。コーちゃん、いいわね?」

 エイラが、傍らで浮いていたコーカラットを見上げる。

「承知しましたぁ~。夏希様をお守りすればよろしいのですねぇ~」

「おいおい。俺は守ってくれないのか?」

 苦笑いを浮かべた生馬が、コーカラットに突っ込む。

「生馬様はお強いのですぅ~。わたくしが守らなくとも、心配ないのですぅ~」

 コーカラットが嬉しそうに言って、触手をくねくねさせた。


「そりゃ、コーちゃんがいてくれるのは頼もしいけど……」

 夏希は愚痴りつつ、用意した手書き方眼紙を指でいじった。

 五艘の川船は、砦駐屯の兵士たちの手によって、陸路船着場から砦の南へと運ばれていた。川の中に防塞が設置されているので、そのまま遡るわけにはいかないのだ。

 五艘のうち四艘は護衛船で、ジンベル防衛隊の弓兵三名と市民の船頭、それに予備の竿を携えた槍兵がそれぞれ乗り込んでいる。残る一艘は、船頭と弓兵一人ずつ、それに生馬と夏希に加えアンヌッカが乗る。総勢二十五名プラス一匹の偵察隊である。生馬を含め皆が鎧を着込み、武器を携えている。丸腰なのは、夏希だけだ。

「がんばってね」

 見送りに来てくれた凛が、手を振る。夏希は渋い表情で、力なく手を振り返した。

 今日の夏希は、シフォネに縫ってもらったゆったりとした半袖シャツと、サブリナパンツというスタイルだった。さすがにワンピースで長時間ボートに乗るわけにはいかない。頭には、日除け代わりに大き目の手拭いをゆるく巻き、首にも日焼け防止兼汗拭き用の手拭いを掛けてある。ベルトには、お茶を入れた竹筒が下がる。

「よし、出発だ」

 生馬が命令を発する。川船が岸を離れ、縦に並んで川を遡り始める。夏希と生馬の乗り込む船は、前から三番目だ。

 先頭の川船が、密林が刈り払われていないところまで進み、さらに遡ってゆく。濃密なジャングルに左右を、そして樹冠に上部を覆われた川に船が滑り込んでいく様は、さながら緑色のトンネルに吸い込まれてゆくかのようだ。水面を渡る風は涼しく、夏希の鼻にはすでにおなじみとなった密林の生臭い臭いを運んでくる。

「ちょっと流れが速いみたいね」

 水面を流れてゆく枯れ枝を見送りながら、夏希はそう言った。

「うん。わずかだが勾配があるからな。地図を描くときには、そのあたりも描き込んでくれよ」

「わかった」

 しばらく遡ったところで、川岸に船が舫ってあるところに行き着く。監視所だ。本来は素通りする予定だったが、兵士が二人慌てた様子で手を振っているのを見た生馬が、すべての船に止まるように合図を出した。自分の乗り込んでいる船の船頭には、岸へ着けるように命ずる。

「どうした?」

「上流方向から、妙な音が聞こえています」

 監視所の兵士が、緊張した面持ちで生馬に報告する。

「妙な音?」

「御自分でお聞きになられた方が早いと思います」

「そうだな」

 生馬が、静粛を命ずる。夏希も、船縁をつかんだ状態で動きを止め、息をひそめた。

 様々な音響が、耳に飛び込んでくる。流水が川岸や川船を撫でてゆく涼しげな音。木々が風になぶられるざわめき。虫たちが奏でるベース音。それらに時折、遠くで啼く鳥の甲高い声が混じる。

「よく聞こえないが」

 しばし耳を傾けたのちに、生馬がそう言いつつ報告した兵士に目を当てる。

「先ほどまではかすかではありますが聞こえていたのですが」

 兵士も首を傾げる。

「どのような音だったのか?」

「密林を切り拓いているような音でした」

「なんだと?」

 生馬の声音が変わった。

「どういうこと?」

 夏希は訊いた。

「……わからん。ひょっとして……。いや、即断は危険だ」

 わずかの間考え込んだ生馬が、兵士にうなずいた。

「ご苦労だった。引き続き警戒に当たってくれ」

「はっ」

 兵士が一礼する。……ジンベルに、敬礼という習慣は無い。

 生馬が、護衛船に周囲に集まるように合図する。

「この先に敵がいるかもしれない。各船とも、静粛を保つように。先頭の船は、望遠鏡で前方を確認しつつ進むこと。前進速度はゆっくりで構わん。河岸への警戒も怠らぬように」

 押さえ気味の声で、指示を出す。

「……なんか、やな予感がするんだけど」

 再び川を遡り始めた川船の中で、夏希は生馬に告げた。

「やな予感は俺も同じだ。蛮族が予想よりも早く出張ってきているのかも知れない。いずれにせよ、調べる必要がある」

 生馬が厳しい表情で言い切る。

 監視所から夏希の見積もりで一キロほど遡ったところで、先頭を行く船が急に川岸に寄った。後続の船もそれに倣う。生馬が、船頭に船を前に出すように身振りで命じた。先頭を行く船の脇に寄り添わせる。

「どうした?」

「川岸に、船が舫ってあります。蛮族の姿もあります」

 望遠鏡を手にした兵士が、小声で報告した。

 生馬が、自分の望遠鏡を出した。身を低くしたまま舳先へ行き、覗き始める。その姿を眺めていた夏希だったが、しばらくすると好奇心を抑えられなくなり、生馬の背後ににじり寄った。

「どうなってるの?」

「見てみろ。三百メートルほど先だ」

 生馬が、望遠鏡を差し出す。

 受け取った夏希は、接眼部を目に当ててみた。視野に、暗い緑色が飛び込んでくる。

「川岸に沿って動かしてみろ」

 生馬がアドバイスする。

「……なんにも無いじゃない……あ」

 そろそろと望遠鏡の先を動かしていた夏希の手が止まった。折り取った木の枝を被せて隠してあるが、明らかに人工的なものが川岸に見受けられる。川船だろう。

「どうするの?」

 望遠鏡を返しながら、夏希は訊いた。

「まずは状況を探る」

 そう答えた生馬が、他の船に手振りで静粛を命じた。

 夏希も動きを止め、耳を澄ませた。密林と川が発する様々な自然な音に混じり、おそらくは人工的なものと思われる騒音が聞こえる。

「……何の音?」

「発生源はもっと上流だな。蛮族が何か企んでいるのは間違いない」

 生馬が、唸る。

「生馬様。この音は、密林を切り拓いている音です」

 アンヌッカが、言った。

「間違いないか?」

「はい」

 自信ありげに、アンヌッカがうなずく。

「……ってことは」

「いや、即断はできん。……蛮族は何名確認した?」

 生馬が、望遠鏡を携えた兵士に尋ねる。

「二名までは確認しました。革鎧をまとっています。得物は確認できませんでした」

「川船一艘とすると、おそらくは四から五名だろうな。その蛮族を捕らえてみよう」

「危なくない?」

 夏希は疑わしげに尋ねた。

「危ないさ。だが、情報を得るための捕虜の獲得は、偵察の基本的な手段だ」

「しかし……開けている場所ですから強襲は難しいですね」

 アンヌッカが言う。川船で近づけば容易に発見されてしまうし、密林を静かに押し進むのも無理だ。

「ちょっとした策が必要だな。……よし、お前囮になれ」

 生馬が夏希を指差す。


「最初から荒事になる予感がしてたんだよねぇ」

 夏希はぼやいた。

「夏希様、背中が曲がっていますよ。囮だと、悟られてしまいます」

 やんわりと、アンヌッカが注意する。夏希は丸まっていた背中を伸ばし、きちんと身を起こした。

 生馬の作戦は、こうだ。夏希とアンヌッカ、それに兵士三名が乗った船と、護衛船の計二艘が、コーカラットを伴って先行する。もちろん、隠れている蛮族には気付いていないふりを装う。蛮族の目的は偵察か早期警戒だから、魔物が護衛に付いている船にわざわざちょっかいを出してくることはないだろう。通り過ぎたあとで、上流にいる味方に連絡……たぶん狼煙のろしを使って……するくらいが、妥当なところである。彼らの注意が、通過する夏希らに向いているうちに、生馬ら主力が下流から接近し、機を見て一気に突っ込む、という段取りになっている。

 案の定、蛮族は夏希らの船がそばを通過しても手を出しては来なかった。三十メートルほど行き過ぎたところで、夏希はさりげなく振り返ってみた。

 ちょうど、生馬が率いる三艘が波を蹴立てて突っ込んで行くところであった。弓兵を舳先に乗せ、槍兵にも竿を持たせるという高速仕様だ。生馬は抜刀して、先頭の船で仁王立ち状態。……なかなかに様になっている。

 川岸で慌てたような動きがあった。警告の叫びもあがる。

 生馬が剣を振って、矢を射るように命ずる。弓兵が即座に矢を放った。蛮族が潜んでいると思われる茂みに、何本もの矢が吸い込まれる。複数の悲鳴があがった。

「戻して!」

 夏希は船頭に指示を出した。直接戦闘には参加しないが、上流側の警戒と逃げ出した蛮族の捕獲という副次的な任務を生馬から与えられている。

 突撃する船上の弓兵が、素早く矢を番えて二の矢を放つ。三本目の矢を放つ頃には、川岸がすぐそばに迫っていた。船頭が巧みに竿を操り、川岸に船腹を擦るようにして船を着ける。

 すぐさま、生馬が飛び降りた。弓を置いて腰の片手剣を抜いた弓兵たちが、生馬に続く。槍兵も竿を手放して槍を手にし、周囲を警戒し始めた。船頭は竿を槍のように構えて、身を低くしている。

 夏希はじりじりとして待った。作戦は成功なのか……。

 二分ばかりして、生馬が茂みから出てきた。すでに、剣は鞘に収まっている。船に残っていた兵士たちに指示を出したあとで、夏希らの方に向けて安全確保の合図を送ってくる。

「うまくいったようですね」

 アンヌッカが、安堵の吐息を漏らした。


「四人中矢で死んだもの二人。負傷したもの一人。そいつは何とか取り押さえた。無傷だったやつは激しく抵抗したんで、やむを得ず斬った」

 生馬が、淡々と説明する。

「……まさか……あなたが斬ったの?」

「一太刀浴びせただけだ。止めは他の者が刺した。ごく自然に、身体が動いたよ」

 さばさばした表情で、生馬が言う。

「ごく自然に、って言っても、竹刀と長剣じゃ扱い方が違うでしょうに」

「ここだけの話だが、ガキのころからひい爺様の真剣を振り回してたからな。……それより、死体を見てみろ」

 生馬が、倒れている蛮族二人を、顎で指す。

 夏希は鼻に皺を寄せながら、倒れ伏している死体に恐る恐る近づいた。

 伏せているので年齢はわからないが、ターバンのような被り物の端からはみ出ている髪は黄色味の強い金髪だ。仰向けに倒れている方は髪は黒いが、顔立ちは明らかにヨーロッパ系だった。普通にイギリス人とかドイツ人とか自己紹介されても疑わないだろう。ただし、二人ともヨーロッパ人男性にしてはやけに小柄で、夏希よりもどう見ても背が低い。ジンベル人と大して変わらない体格のようだ。

「蛮族って、かなり違う人種なんだ……」

「人種とは、なんですか?」

 アンヌッカが、訊いてくる。

「身体的特徴で人を種別したもの……でいいのかな?」

「たしかに、平原の民と蛮族は見た目が異なりますが、それがどうかしたのですか?」

 不思議そうに、アンヌッカが訊いてくる。

 ……この世界には人種差別とかないのだろうか。まあ、魔物であるコーカラットがジンベル市民からも別段忌み嫌われたりしない……それどころか、『異形のもの』としてすら認識されていないところからして、この世界には肌の色だの血統だのにこだわることがないのかもしれない。

 夏希は首を振ると、生馬のあとについて茂みの中につけられた踏み分けを奥へと進んでいった。負傷して捕らえられた蛮族……こちらは中年の男性で、ウェーブした褐色の髪をしていた……が、抜き身の剣を手にした兵士に見張られながら、矢傷の手当を受けている。

 さらに奥に五メートルほど行ったところに、蛮族が生活していた跡があった。地面に折り取った小枝が敷かれ、その上に大きな革や布が広げてある。矢筒や投げ槍などの武器も、きちんと揃えて置いてあった。

「……これは、やばいぞ」

 キャンプ跡を調べていた生馬が、首を振った。

「どうしたの?」

「見てみろ」

 生馬が、拾った小枝で隅の方にあった塵芥の小山をつつく。

「……ゴミじゃない」

「ゴミは情報の宝庫なんだよ」

 呆れた口調で、生馬が言う。

「一般家庭のゴミだって、ちょっと調べれば家族構成や生活レベルくらいすぐにわかる。昨日の夕食のメニューさえ当てられるんだ」

「……蛮族の食事内容知ってどうするの?」

「こいつらの正体を知ることができる。いいか、よく見てみろ。ゴミの中に骨がないだろ。獣のものも、魚のもない。柑橘類の剥き滓はあるが、これはジンベルでも作ってる栽培種だ。自生しているものじゃない。つまりは、ここで自給自足していたわけじゃない、ってことだ」

 枝の先でゴミをほじくり返しながら、生馬が続ける。

「火を使った形跡もない。穀類の滓もない。野菜屑もない。ここで調理はしていないと断言できる。ざっと調べたが、保存食の類も持っていなかった。ということは、定期的に調理済みの食物を運んできてもらっていたんだろうな。おそらくは、近いところから。さっきから妙な音を立てている連中のところに違いない」

 生馬が枝を捨てると、夏希を見据えた。

「そいつらを探しに行くぞ。蛮族がなにを企んでいるのか、突き止めるんだ」


第十五話をお届けします。本話から第三部となります。

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