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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
144/145

144 ファミレスにて

【お詫びと訂正】前話あとがきで第百四十四話が最終回となる予定とお伝えしましたが、分量が過大となりましたので、二話に分割して投稿させていただきます。従いまして最終話は第百四十五話となる予定です。お詫びして訂正させていただきます。

 夏希は、文芸部にちょっと用があるという凛……一応、彼女はそこに籍を置いている……に付き合った。用事を済ませた凛と連れ立って学校を出て、駅の方角に向かう。

「まだ時間あるわね。ちょっと寄ってくわ」

 腕時計で時間を確かめた凛が、ファンシーショップに夏希を連れ込んだ。文具のコーナーに足を運び、可愛らしい表紙のノートを数冊買い込む。



 ファミレスは比較的空いていた。まだ四時までは結構時間があるので、男連中はまだ来ていない。おそらくアルバイトなのだろう、どう見ても夏希らと同じ年頃に見える背の高い……とはいえ夏希よりは若干低かったが……女性従業員に勧められた窓際のテーブル席を断り、二人は奥のトイレに近いテーブルを選んだ。

「ここなら、普通の声で喋っても大丈夫ね」

 凛と向かい合った椅子に座りながら、夏希は言った。斜め向かいの席に、これまた女子高生風の若い女性が座っていたが、調べものに集中している様子なので、聞き耳を立てられることはないだろう。洋書らしい分厚い本や大判の雑誌の類をいくつも広げ、真剣な表情で小さなノートにメモを取っている。

 先ほどの女性従業員がメニューを持ってきてくれたので、夏希と凛はケーキとドリンクバーを注文した。夏希はチーズケーキ、凛がフルーツケーキだ。

 ケーキが運ばれてきた直後に、駿が姿を見せる。

「ケーキか。たまには甘いものもいいかな」

 女性陣が注文した品を見た駿が、チョコムースケーキを注文した。もちろん、ドリンクバーとセットだ。

 駿のケーキを持ってきた女性従業員が、斜め向かいの席の女性客となにやら親しげに会話を始める。ケーキをゆっくりと食べながら、夏希はその様子をぼんやりと眺めた。会話の内容は聞き取れないが、雰囲気からしてどうやら友人同士のようだ。同じ学校の友達が、バイト先に客として来ている、というところか。

 三人は、ケーキを味わいながら生馬と拓海を待った。だが、四時を過ぎても二人は現れない。

 結局、生馬と拓海がやってきたのは四時十分過ぎであった。拓海の方は、大手チェーン書店のロゴマークが入った袋を抱えている。

「悪い悪い。こいつが、本屋で粘っちまって」

 生馬が謝りながら、拓海の頭を小突く。

「いやー、駿に遅れると電話しようとしたんだがな。携帯をニョキハンにあげちまったことを、すっかり忘れてたよ」

 そう言いながら、拓海が袋をテーブルに置いた。

「なに買ってきたの?」

 凛が、重そうな袋をつんつんと突く。

「参考資料さ。主に政治と軍事関連だな。生馬の分も入ってるぞ。小さいとは言え国家運営を補佐せにゃならんのだからな」

 座りながら、拓海が答える。

「軍事関連? また戦争起こそうっての?」

 凛が、顔をしかめて訊く。

「その気はないが、最悪の事態を想定して準備しておくのが、国防の基本だからな。実のところ、俺は古代および中世の戦争に関しての知識は不足していたからな。きちんと、学び直そうと思ってな」

「呆れた。それで、軍師面していたわけ?」

 ちょっと驚いて、夏希はそう突っ込んだ。てっきり、拓海は槍と弓矢が主体の戦争に関する専門家だと思い込んでいたのだ。

「ま、陸戦に関して本格的に勉強したのはフリントロック小銃普及以後だからな。それ以前の戦争なら、生馬のほうが詳しいかも知れない」

「一応、源平合戦くらいまでなら、俺も知ってるが、日本限定だからな」

 振られた生馬が、肩をすくめる。

「だが、陸戦も基本は変わっていないからな。横穴式住居の住人が棍棒で戦うのも、二十世紀の住人が戦車と機関銃で戦うのも、本質的には同じだ。原則さえ忠実に守っていれば、勝つことは難しくない。俺も戦場で色々と小細工を弄したが、戦勝はそれによってもたらされたものではないからな。むしろ、その前の段階で勝ったようなもんだ」

「勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求め、ってやつだね」

 駿が、口を挟んだ。

「……ちょっと、意味わかんない」

 夏希は小首を傾げた。拓海が、薄く笑う。

「孫子の兵法にある言葉だ。勝てる状態を作ってから、戦いを始めろってことだな。戦場で勝利を求めるのではなく、できうる限り有利な条件を整えておいてから戦い始めれば、自ずから勝利が得られるってことだ。高原相手の戦いではこうはいかなかったが、ワイコウやタナシス相手の戦いはそのほとんどが戦力、地勢、タイミングなどこちらが有利な状態で戦えるように工夫した。それが、勝利に繋がっているんだ。戦場で策を弄しても、その効果は高が知れているからな。これら事前の努力や根回しは地味だから目立たないが、本当の意味で戦勝をもたらしてくれたのはこの工夫なんだよ」

「拓海がよく言う、戦術的勝利で戦略的敗北を覆すことは不可能だ、ってやつだな」

 生馬が、考え深げに言う。

「ま、そんな話は後回しにしましょう。なに頼む?」

 凛が、メニューを拓海と生馬に差し出した。拓海が、夏希らの前にある食べかけのケーキが載った皿を見て、軽く顔をしかめる。

「なんだなんだ。ケーキなどしけた物喰って。今日は俺が奢るから、なんでも好きなもの注文していいぞ」

「え、ずいぶんと太っ腹ね」

 夏希は半ば驚いてそう言った。拓海が、わざとらしいウインクをする。

「おいおい。俺たちは、リッチなんだぜ。忘れたのか?」

「リッチって……そりゃ、『もの』は持ってるけど、現金はないじゃない」

 凛が、突っ込む。夏希もうなずいた。

 出所が説明できないうえに、刻印すらない純金の延べ板など、高校生が換金するのは難しいだろう。

「そのあたり、理解のある叔父がいてね」

 拓海が、急に声を潜めた。

「五キロばかり、正規のルートで換金してもらえることになった。手数料たっぷり取られるがな。良かったら、あんたらのも換金してやるぞ? ただし、上限は一キロだ」

「いいね。頼むよ」

 駿が、さっそく依頼する。

 夏希は凛と顔を見合わせた。一キロは一千グラム。いま、一グラムあたり純金の価格はこれくらいだから、千倍すると……。

「お願いします」

「ぜひとも」

「結構。手数料は十パーセントな。言っとくが、すべて叔父さんの懐に入るから」

 うなずきながら、拓海が言う。

「生馬は、いいの?」

 微笑みながらやり取りを見守っていた生馬に、凛が訊く。

「もう予約済みだ。現物も渡してあるし」

「よし。合計で九キロだな。今週中に、俺の家まで持ってきてくれ。いいな」

 拓海が、夏希らに念押しするように言う。


 ミートドリア、シーザーサラダ、ポテトフライ、シーフードピザ、和風サラダ、ミックスピザ、鶏から揚げ、トマトサラダなどが、並べられる。

「誰だ、パスタ注文した奴は」

 拓海が、ペペロンチーノの皿を邪険に突き出す。

「俺だ」

 生馬が長い腕を突き出し、皿を受け取った。

「よし、各人飲み物も準備できたな。プチ会議だから一応仕切らせてもらうぞ。まずは、乾杯といこうか。酒が飲めないのは残念だが、ここは日本だから仕方がない。とりあえず、夏希との再会を祝って乾杯といこう」

 拓海が、メロンソーダの入ったグラスをさし上げる。夏希は、アイスコーヒーの入ったグラスを持ち上げた。

「乾杯」


「じゃ、まず夏希がいなかった半年のあいだに関する、報告からだ。最初は、凛ちゃんからいこうか」

 ピザを取り分けながら、拓海が促す。

「はいはい。わが商会の業績は順調よ。ルルト市内に四店舗を構えたわ。ルルト王室御用達の看板も予定通り獲得。今は、オープァ支店開設の準備中。新ブランドの浸透も、順調」

「夏希ブランドだね。あのアイデアは、秀逸だったな」

 駿が、笑う。

 凛が、売り上げや純益、従業員数やその給与水準などの細々とした数字を並べ立てて、業績をアピールする。

「よしよし。凛ちゃんの自慢話はそのくらいにしておいてくれ。次は駿に語ってもらおうか」

「とりあえず海岸諸国政府は初等教育施設設置に対し前向きになってくれたよ」

 あまり嬉しくなさそうな表情で、駿が言う。

「だだし、金は出したがっていない。当然だね。眼に見える見返りがないのだから」

「教育ほど確実な投資はないんだがな」

 拓海が、口を挟んだ。

「教育は、押し付けるだけでは駄目なんだよね。むしろ、教育を受けることが人生にプラスになるような社会を作ってゆく方が、教育を普及させるには早道かもしれない」

「江戸時代の日本みたいなもんだな。貧農の小倅が丁稚になり、読み書きを覚えて手代となり、算盤や帳簿付けを覚えて番頭にまで出世する」

 江戸期には詳しい生馬が、言う。

「今の日本がそうよね。英会話教室にパソコン教室。各種資格や検定の教室。お金を払ってまで学びたいという人が溢れている」

 凛が言う。夏希はうなずいた。必要性があれば、人は自ら学ぼうとするものだ。押し付けの教育は、無駄の極みなのかもしれない。

「次は俺だな」

 食べかけのピザを置き、拓海が身を乗り出す。

「おいおい。順番としては俺だろう」

 生馬が、抗議する。

「いや、今回はトリを務めてもらうぞ」

 にやにやしながら、拓海が生馬をいなす。夏希はぴんと来た。たぶん、生馬はめでたくイブリスとゴールインしたに違いない。そのおめでたい話は、最後まで取っておくつもりなのだろう。

「えー、とりあえず長距離郵便事業は軌道に乗ったよ。ルルトを結節点として、海岸諸国主要都市間の完全なネットワークを作り上げた。都市内にある営業拠点か代理店に持ち込んで料金を払えば、目的地まで宅配するというシステムだ。まだ需要が少ないから、ぶっちゃけ赤字なんだが」

「まずいじゃないの、それ」

「今はまだ近距離郵便だけだから、料金を安く設定するしかない。宅配はコストが嵩むからな。海岸諸国は、労働力も安くないし。平原や高原にまで進出すれば、赤字は解消できるだろう」

「出資しなくてよかった。でも、赤字分はどうやって補填してるの? 自腹?」

 夏希はそう訊ねた。

「いや。別事業が上手く行ってね。元はこれなんだが」

 拓海が言って、ポケットから数枚の鮮やかな紙切れを取り出し、テーブルのフライドポテトの皿と和風サラダのボウルのあいだに置く。

「これは……」

 夏希は四センチ四方くらいの薄い紙片を一枚取り上げた。多色刷りで、一羽の鳥が描かれている。隅には、あちらの文字で数字が記されている。

「切手ね」

 夏希はすぐにその紙の正体に気付いた。

「郵便事業を拡大する際に使おうと、多色刷りの切手を作ろうとしたんだが、ちょうどいい具合に潰れかかった印刷所を見つけてね。技術力は高かったから、先行投資と割り切って買い取ったんだ。切手だけじゃ採算が合わないから、ついでに何か儲かる印刷物を作ろうという話になって、生馬のアイデアでこんなものを印刷したら、大受けした」

 今度は鞄の中から、拓海が葉書大の紙を数枚取り出す。

 バストアップの人物画だった。もちろん、多色刷りだ。

「なに、これ」

「美人画だよ。江戸時代の浮世絵がヒントだな。人気役者や、有名な花魁、茶屋の看板娘などの絵は、よく売れたんだ」

 生馬が、気恥ずかしそうに説明する。

「……って」

 一枚ずつ美人画……いわばあちらの世界のブロマイドだろう……を見ていた夏希の手が止まった。どこかで見たことのある長い黒髪の娘が、竹竿握って微笑んでいる。

「……これは、お金請求してもいいよね」

「悪いが、無料奉仕にしてくれ。あの世界、まだ肖像権に関する概念が希薄だからな。このモデルとなった女性には一切支払いをしていないんだ。へんな先例を作ってもらっちゃ、こまる」

「それって、犯罪行為じゃない」

 夏希は自分の絵を振り立てながら突っ込んだ。

「この国ではな。だが、海岸諸国では合法だ。もちろん、モデルには商品化の承諾を得ているし、あとあと問題になりそうな貴族女性や人妻なんかは最初からオファーを持ちかけていない。それに、商品化された女性は皆喜んでるんだ。美人のお墨付きをもらった様なもんだからな。自分をモデルにしてくれと売り込んでくる娘も多く、端から断ってるくらいだ。あ、本当に可愛い子は採用してるぞ」

 真顔で、拓海が説明する。

「凛にしろ拓海にしろ、勝手に人を使って儲けてんのね」

 夏希は商売人ふたりを恨みがましい眼で睨んでやった。

「最後に生馬だ。頼んだぞ」

 ごまかすかのように、拓海が咳払いしつつ生馬を指名する。

「あー、たぶん勘のいい夏希はもう気付いていると思うが、イブリス王女と正式に婚姻した」

 気恥ずかしげに、生馬が報告……いや、むしろ告白と言った方が相応しいか……する。

「おめでとう」

 夏希は心からの笑顔を浮かべ、生馬の手を取って祝福した。

「打算的なことを言えば、これで俺たちの立場はさらに強固なものになった。悲観的に見れば、これで俺たちはジンベル王国と一蓮托生、というわけだ。ま、ススロン貴族たる駿は別だろうか」

 ピザを食べつつ、拓海が皮肉げに言う。

「何を言うか。高原諸族と婚姻を通じて太いパイプ作っちゃった奴が」

 生馬が、言い返す。

「おいおい。リダはイブリスに比べれば、はるかに小物だぞ」

「まあまあ。好きになった女の子と無事ゴールインできたんだから、いいじゃないの」

 言い合い……とは言え、拓海と生馬の仲なのだからむしろ掛け合いかじゃれ合いに近いのだろうが……を止めさせようと、夏希はそう宥めにかかった。

「むしろここは、夏希をどこかの王家に嫁がせて、更なる影響力の拡大を図るべきよね」

 凛が、そんなことを真顔で言い出す。

「それは僕も考えていたよ。美貌と知名度。武勇の数々と地位。中堅国家ならば、王妃として相応しいだけの条件を具えている」

 駿が、すかさず賛同した。

「ちょっと、止めてよ、ふたりとも」

 夏希は引きつり気味の笑顔で応じた。政略結婚など、願い下げである。

「いやいや、夏希を嫁に送り込むに相応しいだけの国家なんて、そうそうはないだろう。最低でも、ルルトクラスの国でないと」

 すっかりその気になったらしい生馬が、フォークを片手に考え込む。

「タナシスに王子がいれば、結婚させてもよかったんだがな。和解の象徴にもなるだろうし、国家規模も夏希に相応しいし、俺たちの安寧にも繋がるだろうし」

 拓海が、言う。

「シェラエズ王女が男なら、似合いのカップルになるんだけどね」

 駿が、笑った。

「シェラエズは夏希に惚れ込んでるしね。あ、いっそのこと同性婚でいいじゃない。宗教的縛りもないんだし、強引に既成事実化してしまえば……」

「やめてやめて。シェラエズが聞いたら本気で押し進めそうだから、やめて」

 夏希は凛のアイデアを全身全霊を込めて否定した。



「あと報告すべきことは……夏希の関係者ね」

 トマトサラダをつつきながら、凛が言った。

「アンヌッカもシフォネも元気よ。シフォネは、完全に王宮の仕事が気に入ったみたいね。二十日ほど前に、見習いの肩書きが取れて、正式な侍女になったわ」

「あー、シフォネに関しては、俺が手を回してイブリス付きの侍女になってもらったんだが、よかったかな?」

 生馬が、そう口を挟む。

「もちろんいいわよ」

 夏希は笑顔で承諾した。イブリス王女は性格もいいし、シフォネを可愛がってくれるだろう。むしろ、可愛がりすぎて夏希が戻った時にシフォネを返してくれないことの方が、心配である。

「それから、例の土地だけど、アンヌッカがいい借り手を見つけたぞ。ま、ぶっちゃけ俺なんだが」

 拓海が、そう言い出す。

「拓海が借りたの? まあ、信用できる借り手だと思うから、借り賃しっかりと払ってくれるのなら、文句はないけど」

「あたしと拓海も、陛下からご褒美に土地もらったのよ。夏希の隣にね」

 凛が、説明を始める。

「あたしはとりあえず家建てたわ。専らルルトで生活してるし、どうせ留守ばっかりだから、小さい家だけどね」

「俺もとりあえず屋敷を構えた。そこへ高原の知り合いから、土地を貸してくれないかと頼まれてね。隣り合っている夏希の土地をアンヌッカから借りて、又貸ししたわけだ」

 拓海が、身振りを交えて説明する。

「高原の知り合い? わたしの土地を、何に使うつもりなの?」

「園芸だ。高原には、きれいで珍しい植物が多いからな。それを平原各国の好事家や王宮の庭に卸す商売を始めたいらしい。面白い試みだと思うよ」

「なるほど」

 夏希は納得した。

「で、エイラとアンヌッカは元気? コーちゃんとユニちゃんは?」

「ラクラシャを含む巫女三人は、相変わらず研究に勤しんでるよ。俺たちが帰還する時には、お前さんが帰還する時よりも魔力の消費量は半分で済んだ。なんでも、どこかに経由ポイントを設けると、さらに消費を抑えられるらしい」

 平らげ終わったパスタの皿を隅に押しやりながら、生馬が言った。

「魔物たちは変わらないわ。仲良く三匹でやっているわよ」

 凛が笑顔で言う。

「ニュアムコムは相変わらず喋らない?」

「うん。コーちゃんは相変わらず飛び回ってるし、ユニちゃんは相変わらずステッキ振り回してるわ」

「そう」

 夏希も微笑んだ。なんだか、魔物たちのにぎやかな様子が眼に浮かぶようだ。

「他の連中の話や情勢も説明しておこうか。ヴァオティ陛下はお変わりない。ジンベルも、安泰だ。平原諸国も安定。高原も、変わらないな。海岸諸国も、平和そのものだ。あ、キュイランスが、嫁をもらったことは言っておこうか。下級貴族の三女。ちょっと嫁き遅れ気味だが、なかなかきれいな嫁さんらしい。北の陸塊も、ラドームを含め問題は起きていない。リュスメース女王のタナシス統治も、上手く行っているようだ」

 拓海が一気に説明する。

「で、夏希。これからどうするの?」

 凛が、箸を置いて夏希を見つめる。

「どうって?」

「俺たちは、しばらくこちらで勉強したのちに、向こうへ戻る予定だ。そう、ヴァオティ国王とエイラと約束して来たしな。だからこそ、さっそくこんなものを買ってきたわけだが」

 拓海が言って、書籍が詰まっている袋をぽんぽんと叩く。

「お前さんはどうする? 付き合うか? それとも降りるか?」

 生馬が、背を丸めるようにして夏希の顔を覗き込む。

「降りても、別に構わんぞ。俺と拓海は女房を向こうに残した身だし、凛ちゃんは事業を、駿もプロジェクトを残してきているから、抜けるわけには行かないが、お前さんはまだそこまで異世界にはまり込んでいるわけじゃない」

「最後まで付き合うわよ」

 昨日落涙したことを思い出しながら、夏希は言った。

「あの世界、好きになり過ぎたし。自分に何ができるのか、まだよくわかっていないけど、やる気だけはみんなに負けないつもりよ。一緒に戻るわ」



「そろそろ追加注文が必要だな。夏希、磯部さん呼んでくれ」

 メニューを取り上げながら、拓海が言う。

「誰よ、磯部さんって」

「このテーブル担当のホールのお姉さんだよ」

 当たり前のことを訊くな、といった顔で、拓海が夏希を見る。

「なんで、名前知ってるの?」

「名札見たに決まってるだろ?」

「美人の情報はとりあえずチェックしとくのが、こいつの流儀だからな」

 生馬が、笑った。

「中学の時に付けていたノートなんて、凄かったぞ。自分のクラスのみならず……」

「生馬く~ん。黒歴史の暴露合戦なら、君は僕に敵わないことくらい、承知しているはずなんだがねえ……」

 何かのキャラの真似なのか、猫なで声になった拓海が、生馬のおしゃべりを遮った。

「いや、すまんかった」

 生馬が、両手を合わせて拓海に向け謝る。


第百四十四話をお届けします。次回百四十五話が最終話となる予定です。……たぶん。

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