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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
141/145

141 お別れパーティ

 異世界人五人はそれなりに忙しい日々を送っていた。

 生馬は相変わらず北部駐留軍の調整に関わっており、北の陸塊に長期滞在中であった。拓海は郵政事業の立ち上げ準備に奔走中で、高原と海岸諸国を行ったり来たりしている。駿はルルト市に腰を落ち着け、師範学校設立に向け邁進中だ。凛も服飾事業の本拠をルルト市と定め、すでに用地の取得を済ませ、今は市場調査と布地仕入先の選定、中核となる人員の確保などを行っている。夏希は、それを手伝っていた。

 そんな中、急に夏希と凛の住まいを訪ねてきたのは、コーカラットであった。

「お久しぶりですぅ~。夏希様ぁ~。凛様ぁ~」

 シフォネに案内され、ふわふわと部屋に入ってきたコーカラットが、いつものようにひらひらと触手を振って挨拶する。

「こんにちは、コーちゃん。遊びに来てくれたの?」

「違いますですぅ~。ヴァオティ国王陛下と、エイラ様からお手紙を預かってまいりましたぁ~」

 触手を体内の物入れに突っ込んだコーカラットが、二通の折り畳まれた書状を引っ張り出す。

 夏希は凛と視線を交わした。ついに来たのだ、あの日が。

 夏希がこちらの世界へ来てから、すでに一年と三百九十日近くが経過している。こちらの一年は、四百五日。あと十五日足らずで、満二年となる。ヴァオティ国王と交わした契約延長期間が、そこで切れるのだ。コーカラットは、そのことを告げに来たのであろう。

「ありがとう」

 手紙を受け取った夏希は、それをざっと一瞥すると凛に渡した。

「うん。予想通りね。延長しないのであればジンベルに帰って来い。元の世界へ戻してやる、とか書いてあるみたいね」

 まだたどたどしいが、それなりにこちらの言語で読み書きできるようになった凛が、手紙に眼を通しながら言う。

「エイラ様とサーイェナ様、それにラクラシャさんはジンベルにいらっしゃいますぅ~」

 コーカラットが、補足説明する。

「ちなみに、ラクラシャさんの能力と、エイラ様とサーイェナ様の研究のおかげで、異世界への移送に必要な魔力の量を大幅に減らすことが出来たのですぅ~。具体的な数字を申しあげれば、召喚の時に使用した量の七分の一程度に収めることができましたぁ~」

「ほう。それは凄いわね」

「で、どうするの?」

 凛が、手紙をひらひらと振りながら、夏希に尋ねた。

「帰るわ。こちらでのわたしの役割は、とりあえず終えたと思うし」

 夏希はきっぱりとそう言った。

 もちろん、未練がないわけではない。あちらに戻れば、ありふれた……ちょっと背が高すぎるが……女子高生のひとり。こちらでは、知らぬ者のない超有名人、竹竿の君である。他国の元首クラスにでも、アポ無しで目通りできるほどのVIP扱い。この世界に居た方が、絶対に楽しい。

 しかしながら、夏希はいままでの活動を通じて、己の未熟さ、特に知識のなさを痛感していた。駿の政治から哲学にまで渡る一般教養知識の広さ。拓海の軍事知識の高さ。凛の経済や歴史、家政関連の知識の豊かさ。肉体派の生馬でさえ、軍事や歴史……やや幅が狭いが……の知識は深い。

 ……いままで一体わたしはなにを学んできたのだろうか。

 小学校六年間。中学校三年間。プラス、高校生活。確かに色々なことを学んできた。しかし、専門的と言える知識は、皆無に近い。

 仮にこの世界へ再び召喚されることがあるならば、もっと知識を深め、経験を積んでからのほうがいい。夏希は、すでにそのような結論に達していた。再びここを訪れるにしても、もう一回り大きくなって……むろん身長ではなく、人間として、だ……からにすべきだ。

「そうね。夏希の手伝いがなくとも、あたしの事業は何とかなると思うし」

 以前から夏希の意向をそれとなく聞かされていた凛が、あっさりと夏希の決断を支持する。

「で、ジンベルまでコーちゃんが連れて行ってくれるの?」

「それは無理なのですぅ~。わたくし、エイラ様のお使いでラドームまで行かねばならないのですぅ~。夏希様がお帰りになるまでにはジンベルへ戻りますが、その前に夏希様はジンベルへ向かって欲しいのですぅ~」

 夏希の問いかけに、コーカラットが済まなそうに触手を控えめに振りつつ答える。

「まだ日数はあるから、のんびり川船で行けばいいじゃないの。あと数日すれば、生馬も北の陸塊から戻ってくるはずだし。拓海も、しばらくはルルトにいるようだし。みんなで盛大にお別れパーティでもやってから、ジンベルに向かえばいいわ」

 凛が、みんなという部分を強調するように大きく腕を広げて言う。

「そうね。最後なんだから、派手にやりましょうか」

 頭の中で招待客リストを作りながら、夏希は微笑んだ。



 夏希のお別れパーティは、予期していたよりも大規模なものになった。

 ルルトの王族……ハルントリー王子が聞きつけて、会場を半ば無理やりにルルト王宮内に変更させたためだ。夏希としては身内だけで気の置けない集まりにしようと思っていたのだが、王族臨席とあれば規模の拡大も格式のアップも致し方ない。ハルントリー王子の計らいで、特別に平民でも参加できることになったので、アンヌッカやソリスも末席に加えられたが、それでもかなり堅苦しい集まりとなってしまった。

「ま、あとで身内だけでもう一回集まろうや。おれも、長い休みをもらったから、しばらく付き合えるし」

 一通り列席者に挨拶を終えてきた夏希に、ごくろうさんといった顔でグラスを手渡しながら、生馬が言う。

「有名人にして人気者はつらいな」

 にやにやしながら、拓海が言う。

「で、いつジンベルに向かうんだ?」

「明後日の朝ね。ジンベルでも、陛下への挨拶やらなにやらやらなきゃいけないから、早めに行っておかないと。ところで」

 夏希はいったん言葉を切り、居並ぶ四人を見据えた。

「みんな、どうするつもり? わたしのあとから、戻るの?」

「俺はしばらく残るよ。例の事業が軌道に乗るまで、あと半年くらいかかるからね。それから帰っても、遅くはないだろう」

 強い酒を選んだのか、グラスの酒をちびちびと舐めつつ、拓海が言った。

「あたしもそれくらい時間が欲しいわね。まだ他人任せにできるほど、事業が安定していないし」

 凛が、言う。

「僕も、残りたいね。そう、拓海と同様、半年もあれば充分だろう」

 駿も、拓海と凛と同様、滞在延長を表明する。

「俺は帰ってもいいんだが……みんなが延長するなら、付き合ってもいいかな」

 生馬がそう言って、剽軽そうにいかつい肩をすくめた。

「そう。じゃ、しばらくお別れね。みんな、がんばってね」

 夏希は微笑みつつそう言った。ちょっと寂しいが、いずれ再会できるのだ。皆それぞれが、目標を持ってこの世界で新しいことを成し遂げようとしている。その邪魔をしてはいけない。

「あー、夏希。俺も一緒にジンベルへ行っていいか?」

 生馬が、訊いた。

「もちろんいいわよ。イブリス王女に会いに行くの?」

「ああ。ソリスにも、里帰りさせてやりたいしな。それと、マーラヴィだ」

「あの子が、どうかしたの?」

 凛が、口を挟む。

「ソリスが、あいつを義理の弟にしたがってるんだ。ジンベルに連れて帰って、両親の許可をもらいたいそうだ」

「それはいいわね。でも、大丈夫かしら」

 夏希は賛意を示しつつ、疑念を口にした。息子が勝手に年下の少年を連れてきて、弟にしたいなどと申し出たら、普通は断られるのではないだろうか。

「ソリスの親父さんはいい人だし、俺の口添えがあればたぶん問題ないだろう。マーラヴィも、一応正規の軍人として憲章条約軍から俸給の出る身分になったしな。ソリスは一人っ子だし、息子が一人増えるのは、むしろ歓迎じゃないか」

 生馬が、やや自信ありげな口調で説明する。

「ソリス自体が生馬の引き立てで出世してるからな。生馬が口添えすれば、親父さんは逆らえないだろうよ。何しろ、将来はジンベルの王婿となる身分だからな」

 くすくすと笑いながら、拓海が言う。



「しばしのお別れね」

 夏希は、駿の手を握った。拓海が握手代わりにハグしようとしてくるが、これは華麗なステップで躱す。川船の上からこの様子を見ていた生馬が、愉快そうに笑った。

 夏希はリダの抱擁は、素直に受けた。金色の髪に鼻を埋めながら、ささやく。

「浮気させちゃだめよ。いいわね」

「したら、鉈でちょん斬ってやります」

 冗談には聞こえない固い声で、リダが答える。

「またね、夏希」

 笑顔で、凛が抱きついてくる。夏希は、小柄な友人の身体をきゅっと抱きしめた。

「元気でね。……事業の成功を、祈ってるわ」

 湿っぽくなるのを嫌った夏希は、仲間との別れの挨拶をほどほどにして切り上げ、川船に乗り込んだ。前日にかなり激しい雨が振ったので、ノノア川の広い流れは薄茶色に濁っており、水量も若干増えていたが、ここルルト河港内は堤防のおかげで穏やかであった。

「生馬、夏希を頼んだぞ」

 手を振りつつ、拓海が言う。

「任せろ」

 生馬が、陽気に手を振り返した。

 見送りの人数は多かった。生馬が同道するので、彼の部下たちが大勢来てくれたのだ。その中には、夏希の側にあって共に戦場を駆け巡った者や、護衛としてはるばる北の陸塊まで付いてきてくれた者の顔も、ちらほらと見受けられる。夏希はその一人ひとりに向け、手を振って別れの挨拶をした。後ろの方に姿を見せていたセーランにも、手を振ってやる。セーランが、珍しく戸惑ったような表情を見せて、深々とお辞儀をした。



「さて」

 川船がノノア川本流に入り、遡上のペースが安定したところで、夏希はアンヌッカとシフォネを船首の方に誘った。

「周知のように、わたしはもうすぐこの地を去ります。そこで、あなた方の今後の身の振り方ですが……」

「どこまでもお供します、と言いたいところですが、それは無理なのでしょうね」

 寂しげな笑みを浮かべて、アンヌッカが言う。シフォネは、すでに泣き出しそうな表情だ。

「まあ、わたしとしてはいずれ戻ってくる気でいるし。もちろん、ヴァオティ陛下のお許しが出れば、だけどね」

 夏希は強いて笑顔を作ってそう言った。シフォネに泣かれては、あとあと面倒だ。

「なら、わたし、ずーっと夏希様をお待ちしています! 夏希様のお屋敷を守ってます! 毎日お掃除して、いつ夏希様が帰ってきてもいいように、お手入れしてます! お庭のお花の世話も、やります!」

 シフォネが、いきなり身を乗り出した。ツインテールを揺らしながら、まくし立てる。

「ん~。気持ちはありがたいけど、それは無理じゃないかしら」

 ジンベルにあった屋敷はすでに他人手に渡っているし、ルルトでの宿舎も今朝引き払ったばかりである。すでに、夏希の家と呼べるものは、ここにはない。

「ねえ、シフォネ。あなたはとっても優秀な侍女だわ。もっと格の高い貴族のお屋敷で働いても充分にやっていけるでしょう」

「わたしが仕えるお方は、夏希様ただおひとりです」

「うーん」

 夏希は頭を抱えた。忠節は嬉しいが、いくら夏希でも不在のあいだ侍女を丸抱えするのは財政的に苦しい。今までは、ジンベル王国との契約期間ということで、シフォネの手当てその他は王国の財布から出してもらっていたのだ。自腹を切るのは、避けたい。

「夏希様。こういうのはどうでしょう」

 アンヌッカが、内緒話をするかのように口元に手のひらを立ててから、喋り出す。

「ジンベル王宮の侍女頭にお願いして、シフォネを王宮付きの侍女にしてもらうのです。他の貴族屋敷の侍女では、夏希様が戻ってこられてもすぐに異動するわけには参りませんが、王宮付きならばヴァオティ陛下におねだりすれば簡単かと。それに、王宮で働くならば常にわたしの目の届く処にいるわけですから、色々と安心です」

「なるほど。それはいい案ね。シフォネ、どう?」

「わたしが、王宮付きの侍女に……」

 想定外だったのだろう、シフォネの眼が点になっている。

「異存はない? じゃ、その方向で話を進めましょう。生馬を通じてイブリス様にもお願いすれば、たぶん大丈夫でしょう。シフォネ。わたしが戻ってくるまで、王宮でお仕事していてね。わかった?」

「はい、夏希様」

 納得したのか、晴れやかな表情でシフォネがうなずく。

「で、アンヌッカ。あなたはジンベル防衛隊に戻るの?」

「はい。まだ軍籍はそこにありますから。ですが、夏希様が戻ってこられたら、すぐに副官に復帰させていただきます」

 にこやかに、アンヌッカが言う。

「もちろんよ。わたしの副官は、あなた以外にいないわ」

 夏希は笑みを返した。この女性には、本当に世話になった。常に側にいて寝食をともにしたのはもちろん、命を救われたことも、再三ある。彼女の心の強さに、そしてその笑顔に、何度励まされ、何度癒されたことか。

 衝動的に、夏希はアンヌッカに腕を差し伸べ、抱き寄せた。ごく自然な感じで、頬に口づけする。

「ありがとう、アンヌッカ」

「夏希様にお仕えできて、本当に良かったです」

 ちょっとはにかみつつ、アンヌッカが言う。

 アンヌッカから身体を離した夏希は、羨ましそうに指を咥えていたシフォネも抱き寄せ、頬に口付けした。シフォネの頬が、真っ赤に染まる。



 川船は、ゆっくりとした速度でノノア川を遡っていった。急ぎの旅ではないので、夜間は船を止めて宿を取るか、河岸に舫っての船中泊となる。

 やがて、船はジンベル川に入った。両岸の濃い緑から湧き出してくるような湿度の高い熱い空気を舳先と帆で切り裂きながら、川船は進んでゆく。ジンベルに近付くにつれ、夏希はなんとなく息苦しさのようなものを覚えていた。

 そこに着けば、終わるのだ。……二年もの長いあいだ続いた、非日常の暮らしが。

「いろんなことが、あったわねえ」

 船縁に肱をつき、ぼんやりと水面を眺めながら、夏希は追憶にふけった。

 いきなりの召喚と、コーカラットとの出会い。坑道から外に出て、強烈な日差しと湿った暑い空気、それに亜熱帯特有の生臭い臭いに包まれた時のことは、鮮明に覚えている。ジンベルの王宮に連れ込まれ、そこで出会った白き巫女、エイラ。そして、アンヌッカ。

 凛の召喚。駿の召喚。生馬の召喚。川船でジンベル川を遡っての偵察行。後に『竹竿の君』とあだ名されるきっかけとなった、高原の民との小競り合い。

 拓海の召喚と、イファラ族との戦い。重傷を負って気絶していた美少女、リダ。

 第二次ジンベル平原の戦いと、捕虜になったサイゼン支族長。人間界縮退を知って驚いたこと。拓海とともに、『拉致』されて赴いた高原。サーイェナと、ユニヘックヒューマとの出会い。魔界からやってきた魔物の賢者、ニョキハン。そして、高原の民との和解。

 外交任務を帯びて訪れたワイコウでは、キュイランスとの出会いがあった。海岸諸国歴訪で知り合った、ランクトゥアン王子。外交努力にも関わらず、始まってしまったワイコウとの戦争。そして、事実上自滅したワイコウ王国。

 タナシス王国への訪問を意図して向かったラドームで出会った、カミュエンナ王女。タナシスに入国を拒絶された訪問団。その直後、ルルト王国を襲ったシェラエズ王女率いるタナシス派遣軍。

 シェラエズとの激しい戦い。退くタナシス派遣軍。ルルト市の解放と、降伏したシェラエズ。タナシス王国との交渉。オストノフ国王。エミスト王女。そして、リュスメース王女。タナシスとの和解。

 ラドームの騒乱に端を発する、北の陸塊の混乱。それを収拾しようと、再びタナシスへ。

 リスオン王宮でのテロ。……あの時は、本気で死を覚悟した。夏希の命を、文字通り身体を張って守ってくれたリュスメース。

 しかし関係者の努力もむなしく、北の陸塊の戦乱は拡大する。やがて、憲章条約も介入を決断。アノルチャ上陸。王都リスオン目指しての進軍。セーランとの決戦。

 オストノフ国王の死と、エミストの即位。停戦。

 ルークドルク卿の企みと、その粉砕。

「……よく生きてたわね、わたし」

 夏希は吐息とともにそんな言葉をぽつりと言った。どこかの戦場で長槍の穂先に刺し貫かれたり、日の差さぬ裏路地で暗殺者の刃に倒れたり、秘かに盛られた毒でくたばっていたとしても、なんらおかしくない日常であった。

「濃い二年間だったわね。でも、これで良かったのかしら」

 わずか二年。それだけの時間で、夏希ら五人の異世界人は、ある意味停滞かつ安定していたこの世界に大変革をもたらしてしまったのだ。

「ねえ、生馬。わたしたちがやったことって、正しかったのかなぁ」

 夏希は振り返ると、ソリスとマーラヴィ相手にカードゲームに興じている生馬にそう問いかけた。ちなみにこのカードゲームはトランプを模した四十八枚一組で、拓海が考案したものだ。拓海は大々的に流行らせて一儲けしようと企んだのだが、駿と凛に『賭博行為を増長させる』と反対され、試験的に製作された十組しか現存しない『希少な遊戯道具』となっている。当然、プレイできる人も限られており、ルールを知っているのは拓海と生馬の周辺にいる数名くらいである。

「正しかったんじゃないのか? 少なくとも、一般大衆は喜んでいると思うぞ。戦死者の家族は、別だろうか」

 プレイを続けながら、生馬が答えた。

「ま、俺たちはなりゆきでいろいろやっただけだからな。その場その場で最善と思われる手を打っていったら、結果的にこうなってしまっただけのことだ」

「なりゆきねえ」

「選択の連続。なりゆきの積み重ね。それが、人生さ。運命と呼ぶ奴もいるがね」

 悪いカードを引いてしまったのか、顔をしかめながら生馬が言う。

「人生かぁ」

「受け売りで悪いが、人生とは後戻りが許されない巨大な迷路みたいなもんだ。しかも、ゴールは自分で勝手に設定できる。右へ行くのか左へ行くのか、その場で判断しなければならない。自分を信じてな。それが正しい道であると、信じ込んで歩くも、常に疑って歩くのも自由だ。たとえ間違った道を選んでも、ゴールをその先に設定すれば、問題ない。近場にゴールを設定して自己満足するもよし、遠方に設定して苦しむのも、また一興だ」

「ずいぶんと哲学的ね。それに、厭世的だわ」

「戦国時代なんて殺伐とした時代に興味を持っていれば、哲学的にも厭世的にもなるさ。おっと、降参だ」

 生馬が、手札を伏せたまま場に投げ出した。どうやら、負けたらしい。

「少なくとも、おれは自分の成したことは誇らしく思ってるよ。唾を吐きかけたり石を投げてくる奴よりも、笑顔を向けてくれる人の方がはるかに多いからな。それだけで俺は満足だし、また満足すべきだと思う。高望みしちゃいけないよ。しょせん、俺たちは人間に過ぎないのだから」


第141話をお届けします。最終話は144話になりそうです。

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