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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
14/145

14 砦と寿司

 完成した砦を見学して意見を聞かせてくれ、という生馬からの伝言を受けて、夏希と凛はアンヌッカを伴い川船に乗り込んだ。暇だったらしいエイラも同行を希望したので、船には四名が座ることになる。船頭兼護衛の兵士が、竹竿を器用に操って、ゆっくりとジンベル川を遡り始めた。コーカラットは、川船の脇をふわふわと漂いながら付いてくる。

 川船が、市街地南側の城壁に近づいた。このあたりの家々は中心部に比べるとやや小さく、街路も大通りを除けば狭めである。主に低所得者層の住まいが多いようだ。川岸で遊んでいた数名の幼い少女たちが、こちらに向け手を振ってくる。夏希と凛は軽く振り返してやった。数々の便利な発明品をもたらしたおかげで、異世界人はジンベルの一般大衆に好かれている。特に夏希は、もっとも古株であり、女性としてはひときわ目立つ長身ゆえに、一番人気であった。

 夏希は少女たちのうち二人の髪型がツインテールであることを見て取った。シフォネに半ば強引に施した髪型は、いつの間にか『異世界で流行っている女性の髪形』としてジンベルでも流行し始めていた。……かなり高齢の女性までもが白髪頭をツインテールにしているのは、苦笑ものだったが。

 夏希の眼前に、市街地南側の城壁が迫る。切石を丁寧に積み上げたもので、高さは四メートル近い。基部の厚みは三メートルを超え、上部にいくにつれ徐々に狭まっていき、頂部は幅一メートル半ほどの歩廊となっている。壁面は面一つらいちに仕上げられているので、垂直ではないがよじ登るのはほぼ不可能だ。歩廊には南側へ向け、丸太と板を組み合わせた胸壁が造られており、そこから矢を射たり槍を突き出したりすることができるようになっている。

 川船が、ジンベル川を城壁が跨いでいる部分に差し掛かる。コーカラットが、橋桁にぶつからないように高度を下げた。アーチ型になっている橋兼用の城壁の中ごろには隙間が開いており、非常時にはそこから丸太を組み合わせた水門が落ちて来て、川船の進入を防ぐ構造になっている。

 城壁が作り出す影の中から、川船が陽光のもとへと滑り出る。夏希は城壁を振り仰いだ。雑草が繁茂する平地に、巌のごとく立ちはだかっている城壁。いかにも頼もしい眺めだ。川岸から東西に五十メートルほど離れて設置されているふたつの大きな門は、主要部を金属で補強した分厚い木製で、簡単には破られそうにない。そこからは、門の大きさに不釣合いな狭い小道が、真っ直ぐに南方に伸びていた。

 城壁が設けられている狭隘部を過ぎると、盆地は東西にまた広がりを見せていた。通常は放牧地として使われているそうで、あちこちに茶色い牛や白い山羊の姿が見受けられた。西の方に、かなり大きな密林の塊がある程度で、開けた平地が東西の山裾まで続いている。このあたりの川幅は市街地よりも広く、ざっと二十メートルほどか。河岸は大小さまざまな石がごろごろしている河原で、葦のような植物の茂みが点在している。

 二キロほどジンベル川を遡ったところで、盆地は終わっていた。川の両岸が、いきなりジャングルとなる。視線が通らないのでよくわからないが、左右の山裾も迫ってきているようだ。ジンベル渓谷に、入ったのである。

「ジャングル・クルーズを思い出すわねえ」

 凛が、ぼそりと言う。

「ねえ、ジンベルに鰐とかいる?」

 夏希はエイラにそう訊いてみた。

「鰐? 生き物の名ですか?」

 エイラが、きょとんとした顔で訊き返す。

 緩やかに蛇行しながら流れるジンベル川を、川船は静かに遡っていった。少しでも日光を浴びようという魂胆なのだろう、両岸の木々は川の上にも枝葉を張り出している。その緑の天蓋から漏れた日差しが、穏やかな水面にちらちらと光っている。多くの木が、根を水の中にも伸ばしていた。いわゆる気根というものだろう。いかにも亜熱帯らしい板のような平べったい根……板根……を張り出した木も多い。枝から垂れた蔓植物が、水面に触れてゆらゆらと揺れている。時折高所の枝を走る黒い影は、リスザルに似た小動物だろう。たいへんに臆病な生き物で、人の気配を感じただけで葉群の中に隠れてしまう。

 密林のあいだを一キロ近く遡ったあたりで、前方に真新しい木の橋が見えてきた。その手前西岸に、簡易な船着場があり、川船が何艘か舫われている。船頭役の兵士が、巧みな竿捌きで川船をそこへと付ける。待っていた兵士が、アンヌッカが投げた艫綱ともづなを杭に結びつける。

「なかなか立派じゃない」

 川岸に降り立った凛が、そう感想を述べた。

 一帯の植物はきれいに刈り払われ、地面も整地されていた。正面には、何棟か小屋のようなものが建っており、その向こう側には幅百メートル以上ある低い岩山のようなものがでんと横たわっている。岩山の上には、主に丸太と板で造られた砦本体が見えた。

 岩山によって西側に膨らんだ河の流れは、大小の石がごろごろしている川岸まで含めても二十メートルくらいの幅か。東岸には川沿いに道が伸び、岩山の砦と対になる位置に小さな砦が築かれている。

 狭隘部自体の幅は、二百メートル程度だろうか。ふたつの砦の端はそれぞれ切り立った崖と河原に接しているから、蛮族の軍勢が迂回するのは不可能である。

「よく来てくれた。まあ、ゆっくり見学してくれ」

 満面の笑みで、生馬が出迎えてくれる。

 今日の生馬は、手拭いを巻きつけただけの頭部を除けば完全装備だった。金属製の肩当てが付いた小札鎧。サンダルに脛当て。腰には、特注品のニアン製片刃両手剣……刃渡り八十センチくらい……が下がっている。

「立派なものね。たった十日で、これだけのものを造っちゃうなんて」

 夏希は素直に感想を述べた。

「国王が金も人も出し惜しみしなかったからな」

 歩きながらやや声を潜めて、生馬が言う。

「まあ、大半は駿の手柄だよ。全体の構想は俺。図面を引いたのが駿。軍事上のアドバイスをしたのが俺。建築の指揮を執ったのが、駿だからな」

「で、肝心の駿は?」

「国王に呼び出された。どうやら、別の仕事を任されるらしい」

「別の仕事?」

「他国からの情報だと、イファラ族が他の主要氏族に援助を求めているらしい。そこで国王も他の平原諸国に援助を求める肚を決めた。派遣される外交団に、駿も加えるそうだ。外務大臣補佐だか代理だかの肩書きをもらったらしい。明日出発だから、準備してるところだろう……ああ、ここが一番見晴らしがいい」

 丸太を組み、板を渡した見張り台みたいなところへ、生馬が一同を導く。

 川を挟んで建てられた東西ふたつの砦の前は、奥行き二百メートルくらいにわたって密林が中途半端に刈り取られていた。その向こうは、深い密林のままだ。

「密林のままだと奇襲を受ける。完全に刈り取ってしまうと、敵が動き易くなる。腰くらいの高さが一番踏破しにくいんだが、それだと遮蔽物になって、伏せると矢を避けられてしまう。おおよそ、二十から四十センチくらいランダムに刈り残してある」

 生馬が、説明した。

「川の中にも、三箇所に杭を多数打ち込んで防塞としてある。戦時には、こちらの主砦に四百名、副砦に百名、予備に五十名配備する予定だ。内訳は、防衛隊の弓兵が百、槍兵が百、短剣兵と長剣兵がそれぞれ五十、市民軍の弓が百、槍が百。二百の弓なら、かなりの威力を発揮するはずだ」

「弓矢が、少ないんじゃないの?」

 凛が、指摘する。

「市民でまともに弓を扱える者が少ないからな。この百名だって、特訓を重ねてようやくまともに矢を飛ばせるようになったレベルだ」

 生馬が、肩をすくめる。

 夏希は砦の前面を見ながら、想像してみた。主砦の正面を目指して南から密林のあいだを流れてきたジンベル川は、その手前百メートルほどのところで東向きに流れを変え、副砦の側面に向かってゆく。そこで北向きに曲がった川は、主砦と副砦の側面に流れを晒しながら、主砦の後ろへ回りこむように流れている。……蛮族の川船が突っ込んできても、防塞に遮られた上に両側の砦から矢を雨霰と浴びせられるだろう。徒歩で攻めようとしても、川岸に船を着けたところで矢を浴びるし、ジャングルから飛び出して無理に攻めようとしても、砦に取り付くまでに開けた走りにくいところを押し渡らねばならない。

「これなら、蛮族の攻撃を防げそうね。……どう思う、アンヌッカ?」

 夏希は副官に振った。地元の専門家の意見も、聞いてみたい。

「素晴らしい砦だと思います。……欲を言えば、砦の前面に水濠が欲しいところですが」

 遠慮がちに、アンヌッカが答えた。

「あー、それは予算と人手不足から断念した」

 生馬が、苦笑いする。

「まあ、蛮族が来るまでにはまだ時間があるだろうから、防衛隊の兵士と市民有志でぼちぼちと掘るつもりだが」

「ところで……なんで蛮族が攻めてくるか、理由はわかったの?」

 夏希は訊いた。それさえわかれば、戦争を未然に防げるかもしれない。

「いや。単なる領土拡大欲じゃないのかな」

 生馬が、言う。

「それは考えにくいですわ」

 エイラが、口を挟んだ。

「高原地帯は広く、土地は余っているはずです。平原諸国民と事を構えてまで、領土を広げようとするとは思えません」

「噂ですが、より南方に居住していた氏族が、居住域を北に動かしつつあるという話もあります」

 急に丁寧な口調になった生馬が、エイラに向け説明を始めた。

「特にジンベルは他の平原諸国と違いさして広くは無い盆地にあります。いったん攻め取ってしまえば、防衛は容易でしょう」

「……さして広くないのならば、領土拡大にならないじゃない」

 凛が、生馬の論の矛盾を衝く。

「たしかに。だが、領土拡大欲は領土拡大そのものが目的ではない場合もあるぞ。ちっぽけな無人島や利用価値の無い川の中州を巡って、大国同士が戦火を交えた例なんていくらでもあるからな。イファラ族や蛮族全体に、なんらかの政治的な意図や目的があるのかもしれん」

 生馬が、言い返す。

「人間は数が多いからたいへんなのですぅ~」

 コーカラットが、身体を揺らしながら言う。

「魔物は数が少ないから楽なのですぅ~。魔物の数に比べて魔界は広すぎて、寂しいのですぅ~。もっと狭い方が、いいのですぅ~」

「コーちゃんが味方してくれれば、心強いんだがな」

 軽く嘆息しつつ、生馬が言った。

「魔物は人間の争いには介入しないのですぅ~。ご主人様とそのお友達はお守りしますが、それ以上のことはしてはならないのですぅ~」

「まあ、下手に魔物に介入されるよりは、人間同士で争ってた方がいいわよね」

 夏希はそう言った。空を自在に飛べ、剣道有段者を軽くあしらえる能力を持ち、さらに触手を切れ味の鋭い刃物に変化させることのできるコーカラットが本気になったら、凄まじい殺戮兵器と化すだろう。そのような力を持った魔物が何十体も敵味方に配されて戦いとなったら……阿鼻叫喚どころの騒ぎではない。



「凛が朝食を作ってくれるなんて、なにを企んでいるんだ?」

 テーブルについた駿が、お茶を注ぐ夏希に訊く。

「ちょっとフライング気味だけどね。駿が外国に行っちゃうし、その前に食べてもらおうと思って。まあ、壮行会兼砦完成記念よ」

 夏希はそう言いつつ、箸と小皿を配った。駿と生馬が、怪訝そうな表情でそれを受け取る。

 凛の家の食堂に、異世界人四名は集まっていた。ちなみに、隣は夏希の家である。駿の家は少し離れたところにあり、生馬はそこに居候している。蛮族対策で人手が足りず、生馬の家の建築計画は予算さえついていない状態だ。

「はい。なんちゃって醤油だけど、我慢してね」

 取り出した陶器の小瓶を、夏希は生馬に押し付けた。

「なんちゃって醤油?」

「煮た大豆に岩塩を加えて寝かせておいたの。その上澄みよ。塩気がきつ過ぎたんで、煮切ったお酒で薄めて、ジージャカイの川海老魚醤を混ぜてあるわ。まだ熟成が足りないんで香りはいまいちだけど、何とかなるでしょう」

 生馬が、慎重な手つきで小瓶の中身を小皿に注いだ。小皿を持ち上げ、匂いを嗅ぎ、鼻に皺を寄せる。

「なんか、生臭いな」

「醤油の代用品か。ひょっとすると、あれかな?」

 なんちゃって醤油を注ぎながら、駿が期待を込めた視線で夏希を見やる。

「おまたせ~」

 凛が、大きな平べったい桶を両手で捧げ持って現れた。テーブルの中央に、どんと置く。

「寿司か!」

 半ば腰を浮かせた生馬が、桶の中を覗き込む。

 桶には、握り寿司がぎっしりと詰まっていた。だが、その彩りは地味だ。大半が白っぽい魚介で、色鮮やかなのは出汁巻き卵の黄色と、何かの葉を使ったらしい緑色くらい。鮪の赤身や海老のピンク色などはどこにも見えない。

「川魚は全部昨晩から酢締めしてあるから、安心して食べてね」

 凛が、解説した。

「わさびはホースラディッシュにハーブを混ぜてごまかした模造品だから、香りは悪いけど」

 生馬がさっそく箸を伸ばし、酢締めされた川魚の切り身が載っている寿司をつまんだ。なんちゃって醤油を少し付け、口に放り込む。

「旨い。鮎寿司っぽいが、こっちの方が旨いぞ」

「どれ」

 駿が、茹でた川海老が載っている寿司を食べた。顔をほころばせて、凛を見上げる。

「うん。旨いよ、凛ちゃん」

 夏希も箸を伸ばした。座った凛も、食べ始める。

「結構いろんな種類があるのね」

 イクラに似た、川魚の卵の醤油漬け。真っ白な蝦蛄しゃこもどき。魚醤で煮付けた茸を載せたもの。焼き魚に川海苔の佃煮を塗り、軽く炙ったもの。酢締め川魚の切り身を、紫蘇のような香りのいい葉で巻いたもの。小指ほどの小魚を、甘辛い味付けで柔らかく煮たもの。

「どれも旨いが、巻物がないのが寂しいな」

 生馬が、言う。

「ハンジャーカイから紙漉きの道具を取り寄せて、板海苔作りに挑戦したんだけどね。香りが良くなくて。やっぱり、海苔は海のものでないとだめみたい。あ、これも食べてみて。うまく漬かってるといいんだけど」

 凛が言い訳しながら、『がり』が入った小鉢を回す。

 夏希は蝦蛄もどきに挑戦した。イヤーラからの輸入品として、茹でて軽く干したものを以前にも食べたことがあるが、これはもっと水分が多い。生きたまま仕入れて茹でたものだろうか。

 なんちゃって醤油を付け、かじる。……蝦蛄よりも、寿司海老に似た味わいだ。おいしい。

「ま、今回一番苦労したのは、寿司酢に使う砂糖よ。米酢はイナートカイからの輸入品で間に合ったし、米から作るお酒もジージャカイから買えた。でも、雑味の無い甘さを得るには、糖蜜の結晶じゃ駄目なの。糖蜜の結晶をいったん溶かし、ろ過して煮詰めて結晶化させ、またお湯で溶いてからろ過して……。三回繰り返したら、やっと三温糖くらいのものができたわ。今度大量に作って、お菓子に使ってみるつもり」

 みんなにお茶を注ぎ足しながら、凛が苦労話をする。

「お菓子より、ラーメンとカレーを作ってくれよ。久々に食べてみたいから」

 生馬が、注文を出した。

「小麦粉が手に入らないから、ラーメンは無理ね。クミンとコリアンダーはあるから、カレーはできると思う。ターメリックもあるし。カレーはあたしも好きだし、暇があったら挑戦してみるわ」

 凛が、確約した。


第十四話をお届けします。当話で第二部「召喚編」は終了です。次回からは蛮族との戦いを描く第三部となります。

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