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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
137/145

137 義姉妹

 夏希は、生馬に呼ばれて進み出てきたマーラヴィに眼を向けた。本来ならば整った愛らしいはずの少年の顔には、今は石の仮面のごとく固く冷たい表情が張り付いている。

「紹介しよう。俺の部下、マーラヴィだ」

 少しばかり嘲りの混じった口調で、生馬が言う。

 対するセーランは、相変わらず無表情のままだ。生馬の傍らで足を止めたマーラヴィを、生気に乏しい眼で見つめている。

 両者の視線が、ぶつかった。少年の射抜くような鋭い視線と、それを受け流すかのような茫漠たる青年の視線。

「マーラヴィの生まれは、ユッカでな。お前さんの非道な作戦のおかげで、肉親すべてを失った。恋人も死んだ。友人も多くが亡くなった。彼が俺の部下になり、いままで付いてきてくれたのも、俺がお前さんに報復を誓ったことを知っていたからだ」

 淡々たる口調で告げた生馬が、マーラヴィを見やる。

「俺に代わって、こいつを斬っていいぞ」

「感謝します、生馬様」

 硬い表情のままマーラヴィが言って、剣をすらりと抜いた。そのまま数歩前に進み出て、その切っ先をセーランに向ける。

 セーランが、マーラヴィを見つめる。……その網膜には、抜き身の剣を突きつけている少年の姿が映っているはずだが、視線にはまったく感情がこもっていないように見える。さながら、待合室かなにかで時間潰しに仕方なくテレビを眺めているひとのそれのように。

「ひとつ問います。あなたは、ユッカで行ったことを後悔していますか?」

 マーラヴィが、問いを発した。その声は、夏希にはなぜだがひどく悲しげに聞こえた。まるで、泣くのを我慢している幼児の声のようだ。

「後悔はしていない。誤解しないで欲しいが、多くの市民の命を奪う結果になったことは、残念に思う。雇い主たるオストノフ閣下が本来守護すべき市民を、無駄に減らしてしまったのだからな。しかし、あの時点ではあれが最善の方法であったのだ。軍人として、その職責を全うしようとした結果が、あれなのだよ。したがって、後悔はしていない」

 セーランが、言う。言い訳がましい言葉が続いたが、その口調に許しを請うような、あるいは理解を求めるような響きは、微塵もなかった。

「さあ、やりたまえ、少年」

 セーランが、片膝をついた。首を差し出すかのように、わずかに頭を下げる。

「いい度胸です」

 マーラヴィが、剣を持つ腕を上に伸ばす。

「死ぬ前に、言い残したいことはありますか、将軍?」

「元将軍だ……。特にないな。まあ、軍人としては、今回の最後の任務にしくじった事は、残念であるとだけ、言っておこうか」

 マーラヴィが、いっぱいに振り上げた腕を止める。

 戦神を模った彫像のような姿のマーラヴィの動きが、静止した。その姿に、夏希は見入った。正直、セーランの首が飛ぶシーンは見たくない。だが、周囲に居る者の視線を釘付けにする魅力が、そこにはあった。

「死ぬ覚悟は、できましたね、元将軍?」

 静止したまま、マーラヴィが問う。

「それはいささか失礼な質問だな、少年」

 セーランが、答える。声にわずかだが面白がるような響きが含まれていることに、夏希は気付いた。

「軍人として生きていくことを決めた時から、常に死ぬ覚悟はできているよ。この期に及んでも、それは変わらぬ。君も、高名な生馬将軍の側に仕える身ならば、当然死ぬ覚悟くらいは出来ているはずだ。違うかね、少年?」

「もちろんです」

 むっとした口調で、マーラヴィが言い返す。

「しかし、軍人である以上、無駄死には持っての他です。命乞いは、しないのですか、元将軍?」

「しない。無駄なことは、しない主義なのだ」

「いいのですか? 僕がこの剣を振り下ろせば、あなたは死ぬのですよ?」

「わかっている。やりたまえ」

「どうしてそんなに冷静で居られるのです? あとわずかで、命を失うのですよ?」

 声に困惑を滲ませて、マーラヴィが問うた。

「結果的に失敗に終わったが、軍人として誤った判断はしなかったからな。軍人として、この死は誇りを失わずに受け入れることができる。心安らかに、死ねるよ」

 マーラヴィの剣先が、揺れた。かっと見開かれていた眼が、閉じられる。

 皆の視線を集めたまま、剣が振り下ろされた。だが、その銀色の刀身に、力はこもっておらず、その勢いもなかった。

 刀身は、セーランの首筋を捉えることなく、終端まで振り下ろされた。

「……こんなはずじゃ、なかった」

 再び眼を見開いたマーラヴィが、ぽつりと言った。

 剣を地面に突き立てたマーラヴィが、膝をついた。セーランの正面ににじり寄り、その両肩を乱暴につかむ。

「なぜ命乞いしないんですか! 泣き喚いて、命だけは助けてくれ、俺のしたことは間違いだった、取り返しの付かないことをしたと詫びないのですか! 君の両親を、兄弟を、みんなを死なせてしまってすまないと謝らないのですか! 死にたくないと泣き喚くあなたが、生馬様の剣に掛かって死ぬところを眺めて満足することを、ずっと夢想してここまでがんばってきたのに! 死体に唾を吐きかけて、これで恨みを晴らした、ざまをみろと言ってやるつもりだったのに……。こんなの、……復讐じゃない!」

 マーラヴィの声が、泣き声となる。

「やれやれ」

 生馬が、嘆息した。

「マーラヴィでも殺せないか。仕方ありません。ランブーン将軍。セーランの身柄、閣下にお渡しするしかありませんな」

「よいのですかな?」

「彼のような危険人物を野に放つわけには行きませんからな。牢獄で頭を冷やせば、すこしはまともな人物になるでしょう」

「どうですかな」

 ランブーン将軍が、首を傾げる。

「それなら、いっそのこと」

 夏希は、一歩進み出るとセーランに声を掛けた。

「ねえ元将軍。良ければ、わたしの部下にならない?」

「なんですと?」

 いまだマーラヴィに肩をつかまれたままのセーランが、夏希を見た。……眼に、わずかだが驚きが浮かんでいる。

「わたしの部下にならないか、と誘ったのよ。あなたのその才能、埋もれさせるのは惜しいわ。さすがに将軍の位は無理だけど、士官待遇で雇ってあげる」

「おい夏希、正気か?」

 生馬が、怪訝そうな表情で問う。

「彼の軍事的才能は拓海の折り紙つきでしょ? ランブーン将軍に預けても、数年で牢屋から出てきちゃうし。ほっといたら、また敵に廻りかねないじゃない。ならばいっそのこと、味方にしちゃえば万事解決よ」

 生馬の耳元に口を寄せ、夏希は説明した。

「それにしても無茶が過ぎるぞ」

「一応、雇い主には忠実みたいだしね。もちろん、用心はするつもりよ。それに、憲章条約軍の軍人にしてしまえば、逆らった場合軍法で裁いて合法的に処刑できるじゃない。どちらに転んでも、ここでランブーン将軍に引き渡すよりいいわ」

「……賛成するしかないか」

 生馬が、苦笑して身を起こす。

 セーランが、すっかり元気のなくなったマーラヴィの手から逃れると、立ち上がった。待ち受ける夏希の前で跪き、頭を垂れる。

「ありがたい申し出です。このセーラン、謹んでお受けいたします。夏希様に、忠誠を誓いましょう」

「結構。憲章条約軍へ、ようこそ。さっそく命令よ。当面あなたは、生馬将軍の指揮下に入りなさい。よろしい?」

「夏希閣下の仰せのままに」

 立ち上がったセーランが、夏希に一礼してから、生馬に向き直る。

「生馬将軍。夏希将軍閣下より命令を賜わり、閣下にお仕えすることになりました」

「……わかった。とりあえず、大人しくしていろよ」

 セーランに頭を下げられた生馬が、渋い顔で応ずる。


「じゃ、コーちゃんよろしく」

「承知しましたぁ~」

 コーカラットが、ふわりと浮き上がった。触手には、夏希、アンヌッカ、それにリュスメースの姿がある。

「夕暮れまでには、王都に着けるでしょう。そうすれば今回の一件、無事解決です」

 地上から手を振ってくる生馬らに手を振り返しながら、夏希はリュスメースにそう言った。

「お世話になりました、夏希殿」

 同じように手を振りながら、リュスメースが改めて礼の言葉を口にする。

「他ならぬエミスト陛下とシェラエズ殿下に頼まれた任務ですからね。さあ、コーちゃん。リスオンまで頼んだわよ」

「お任せ下さいぃ~」

 コーカラットがぐんぐんと高度を上げる。目指すは西南西。中央山脈南嶺を越えたそこに、タナシス王国王都リスオンはある。



 夏希がセーランを部下にした、と生馬から聞いた拓海が呵呵大笑する。

「あいつらしいや。身体もでかいが、器もでかい女だ」

 生馬ら岩山の麓の生き残り一行は、脇道を西進して東から向かってきた拓海とカリスの部下たちと、無事合流を果たしていた。セーランも生き残りの護衛剣士も大人しくしているし、ユニヘックヒューマがステッキを変形させて作った寝椅子もどきに横たわって運ばれているソリスの容態も、安定している。

「ま、これでとりあえず北の陸塊も安定するだろう。そろそろ瞬と凛ちゃん呼んできて、仕事をさせる頃合だ。俺たち戦争屋が引っ込んで、内政屋の出番だ」

 大笑の名残で、まだ頬を緩ませたままの拓海が言う。

「安全保障体制の構築の方は、どうなった?」

「細かいとこは瞬に任せちまってるが、ノノア川憲章条約の拡大版はほぼ出来上がった。形式的な総会本部はラドーム島に置く予定で、すでにカミュエンナ・パパの内諾はもらってる。北の陸塊各国がすべて正式に憲章条約に加盟したら、それを記念して盛大にラドームで式典を行うつもりだ。そっちは凛ちゃんの縄張りだな。とりあえずこれで、十年くらいは平和になるな」

「……十年だけなのですか、拓海様」

 生馬の傍らで聞き耳を立てていたマーラヴィが、遠慮がちに質問を発する。

「残念だが、俺が保障できるのはそれくらいだな。俺たちが作ったのは、安全保障の枠組みと国際条約……つまり平和維持のための約束事だけだ。それを実際に機能させ、守り育てていくのはこの世界の人々なわけだ。料理で例えれば、材料とレシピを用意してあげただけだな。素晴らしくおいしい料理になるか、それとも喰うに耐えない生ゴミになるかは、作り手のやる気と腕前次第だよ」

 拓海が珍しく、優しげな声音で説明する。

「平和の維持って、難しいのですね」

「そうだな。平和ってのは、元来存在しないものなんだ。どこを探そうが、神に祈ろうが、見つかることも無ければ授かることもなければ沸いて出てくることもない。多くの人々が、誤解しているがな。だから、闇雲に努力すれば平和な状態が訪れる、とか考えて、愚かな反戦運動とかしてしまう連中が後を断たない。平和へ到達することなど、できっこないんだ。端から、平和など、どこにも有りはしないのだから。無いから、自らの手で、作らねばならぬ。それが、平和だ。そしていったん作り上げた平和は、守り育ててやらねば、すぐに自壊してしまう。希少でか弱い植物のごとき、デリケートな存在だからな。その維持が、難しい」

「どうすれば、維持できるのですか」

 マーラヴィが、困惑顔で訊く。

「平和ってのは、例えて言えば地面に突っ立っている長く細長い棒みたいなものだ。常に人が支えていなければ倒れてしまう、生馬の背丈の五倍くらいある棒だ。一方向からだけ無理に力を加えると、倒れちまう。もちろん、手を離せば倒れる。これを維持する一番賢い方法は、なるべく多くの人が多方向から均等な力で支えてやることだ。安全保障も同様だ。なるべく多くの国家と政治勢力の参加。均等な政治力。要はバランスだ。……いわゆる平和志向の連中は、残念なことにこの棒の先っぽに付いているきれいな玉しか見えていないんだな。平和という名の、美しい宝玉しか。そして愚かなことに、それが手を伸ばせば届くところにあると思い込んでいる。そしてさらに愚かなことに、棒を必死になって支えている人々の姿に気付いていない。だから、反戦運動はおろか反軍運動などという馬鹿げた行為に走ってしまう」

「視野狭窄だな。歴史を少しでも学べば軍事力による個別安全保障がいかに平和維持に寄与してきたかが、わかるはずなんだが」

 生馬が、皮肉な口調で言葉を挟む。

「共産主義者や左がかった連中の教科書は、一種のラノベだからな」

 拓海が笑った。

「よくわからないのですが……」

 マーラヴィが、さらに困惑顔になる。

「ま、そのうちにわかるようになるよ。ひとつだけ言えるのは、この世界の平和を維持する仕事は、君のような若者たちの肩にかかっているということだ。頼んだぞ」

 拓海が手を伸ばし、マーラヴィの肩をぽんぽんと叩く。



 コーカラットが、タナシス王宮のバルコニーに強行着陸する。

 衛兵が慌ててすっ飛んできたが、リュスメース王女の姿を見て再び慌てて走り去る。夏希はアンヌッカとともにリュスメースをエスコートして屋内に入った。走ってきた士官が、リュスメースと夏希をすぐに謁見の間に案内する。

「お帰り、リュスメース」

 寛いでいたところだったのか、やや略式のドレスをまとったシェラエズ王女が現れたのは、一ヒネほど後であった。

「ただいま戻りました、姉上」

 姉妹が、ひっしと抱き合う。夏希は、次に来るであろうシェラエズの『攻撃』を予期して、三歩ほど退いた。予想通り、妹との抱擁を終えたシェラエズが、次に抱きつく相手を隣に見出せずに戸惑う。

「よくぞ妹を無事救出してくださいました。深謝いたします、夏希殿」

 エミスト女王も現れ、夏希に礼を申し述べてから、リュスメースに抱きつく。夏希は、エミストの抱擁は受け入れた。シェラエズが寂しげな表情を浮かべたが、気にしない。これくらいで凹むようなシェラエズではないはずだ。


 小さな食堂で夕食をいただきながら、夏希はリュスメース救出の経緯をエミストとシェラエズに物語った。

「改めて礼を申し述べます、夏希殿。あなたはタナシス王国の未来を救ってくれたのです」

 エミスト女王が、満面の笑みで夏希の手を取る。

「タナシスの未来、ですか?」

「そうです。ようやく、国内の諸事が片付きました。近いうちに、わたくしは退位し、玉座をリュスメースに明け渡します。生まれ変わったタナシス王国は、ノノア川憲章条約に正式加盟し、南の陸海諸国の盟友となることでしょう。あなたは、タナシス王国、いや、この世界の未来を救ってくれたも同然なのです」

「しかし……こうして四人で食事していると、まるで四人姉妹のようだな」

 シェラエズが、唐突に話題を変えた。

 ……言われてみれば。

 エミスト、シェラエズ、リュスメース三人とも東洋系の顔立ちである。髪も黒く、眼の色も黒かこげ茶色で日本人と大差ない。シェラエズは顔立ちが派手すぎて日本人には見えないが、エミストはちょっとエキゾチックな美人ながらも日本人と言っても通りそうな風貌だし、リュスメースに至っては制服でも着せれば日本の中学生と見分けがつかないだろう。

「いっそのこと、夏希殿にわたくしの姉になっていただきましょうか」

 リュスメースが、口を挟んだ。

「いいですね。義姉妹になっていただきましょう」

 エミストが、笑顔で言う。

「義姉妹……ですか?」

「形式的なものだ。仲の良い友人が義姉妹となったり、家族ぐるみの付き合いをしている者の歳が近い少女同士が義姉妹となることは、多いのだ。面白い。夏希殿がわたしの妹になってくれるのだな」

 シェラエズが、嬉しそうに言って夏希の手を取る。

「同意していただけますか?」

 エミストが、空いている夏希の手を取った。リュスメースが椅子を立ち、夏希の背後に寄り添って身体を密着させる。

「わたくしが長女。シェラエズが次女。夏希殿……いいえ、夏希が三女。リュスメースが四女。承諾していただけますね?」

 エミストが、いたずらっぽい笑みを浮かべたまま夏希の眼を覗き込む。

「ま、まあ、形式的なものでしたら、よろしいですが、陛下」

「だめよ、夏希。姉妹なんだから。姉上と呼んでくれなければ」

「承知いたしました、姉上」

「わたしのことは、シェラエズと呼んでくれ。歳も近いからな。姉扱いする必要は無いぞ、妹よ」

 シェラエズが笑いながら言って、夏希の手の甲に頬をこすりつける。

「こんなに素敵な姉上が三人も。リュスメースは、幸せ者です」

 弾けるような笑顔で、リュスメースが言う。

第百三十七話をお届けします。

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