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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
133/145

133 先回り

「あのセーランが、リュスメース殿下と一緒だと?」

 アンヌッカが読み上げたリュスメースからの返書を、生馬が睨みつける。

「どこにでも現れるな、あいつは。軍を抜け出して、ルークドルク卿のところに身を寄せたんだろう。……ともかく、指揮を執っているのはルークドルクの側近の一人、ルバンギィという男。付き従っているのが、セーラン元将軍と、四人の男。数が少なくて幸いだな。リュスメース王女の推定によれば、現在この辺りの位置らしいが……」

 リダが捧げ持つようにした地図上で、コーカラットが持ってきた返事に記載されていた内容から判断した位置に、拓海がペンで印をつける。ディディウニ州からディディサク州へと抜ける主街道の上だ。

「大きく間違ってはいませんねぇ~」

 地図を覗き込んだコーカラットが、曖昧な物言いで拓海の推測を追認する。少しでも、人間同士の争いに介入しないように、との心遣いであろう。

「この分だと、今朝はすでにディディサク州に入っているな。このまま街道を進めば、明後日には州都グルシーに着くだろう。となると、スルメ王国入りが四日目か。……いかんな、間に合わないかもしれないぞ」

 指で地図上の距離を測りながら、生馬が言う。拓海が、うなずいた。

「足止め策が必要だな。スルメ王国内に入られたら、厄介なことになる」

 言うまでもなく、ランブーン将軍率いる五百名のタナシス兵は、スルメ王国内では何の権限も持たないし、そもそも入国させてもらえないだろう。

「よし、先回りしよう。コーちゃんに運んでもらえれば、問題ない」

 生馬が、そう決断する。

「いくらコーちゃんでも、一度に運べるのは三人か四人でしょう。何往復もできないでしょうし……」

 夏希はそう指摘した。

「目的は足止めだ。人数はそれほど必要ない。仮に必要だとしても、あいつに頼めば集めてくれるだろう」

「あいつ?」

「忘れたのか? グルシー市には、キュイランスが駐在しているはずだ」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて、生馬が指摘する。

「……すっかり忘れてた」

 レムコ同盟へ連絡将校として派遣されているキュイランス。カートゥール代表がまだグルシーにいるはずだから、彼もまたグルシーにいるはずである。

「まさかとは思うけど、ルバンギィたちは直接カートゥール代表に保護を求めに行ったりはしないでしょうね」

 夏希はそう口にした。ルークドルク卿とカートゥール代表が繋がっているのが明白である以上、その可能性はあり得る。

「グルシー市に向かっているところからすると、そうなのかも知れんな。リュスメース王女誘拐が公けになっていない以上、カートゥールが『保護』しても外交問題には発展しないだろうし」

 拓海が夏希の懸念を肯定する。

「なおさら足止め策が必要だな。よし、コーちゃん、悪いがグルシーまで飛んでくれないか。俺たちを抱えて」

 生馬が、目的地を地図上で指し示しながら、コーカラットに頼む。

「何をしにいらっしゃるのですかぁ~」

「あー、旧友に会いに行くだけだ。キュイランス。コーちゃんも、知ってるだろう?」

「キュイランスさんなら、よく存じ上げていますですぅ~。で、どなたをお運びすればよいのですかぁ~」

「俺とソリス、それに拓海だ」

 いちいち指差しながら、生馬が指定する。

「おいおい。俺も行くのかよ」

 すかさず、拓海が懸念を示した。

「情報収集と謀略はお前の十八番だろ。一緒に来い」

「もう一人くらい、運べそうですねぇ~。ただし、軽い方に限りますがぁ~」

 コーカラットが、触手を揺らしながら言う。

「マーラヴィ、来い」

 即断した生馬が、小柄な少年を指名する。



 コーカラットによって一応無事にグルシー市までの飛行を終えた拓海と生馬は、飛行中ずっと目を回し続けていたマーラヴィの看護をソリスとコーカラットに任せると、さっそく市内のキュイランスの宿所を訪れた。しかし、その姿は宿所にはなかった。

「ちょうど昼飯時だ」

 即断した拓海が、通りの向かい側に建つ酒場兼料理屋に足を向ける。

 入口の暖簾を思わせる垂れ布をくぐった二人は、店内をぐるりと見渡した。昼食時にもかかわらず、店内はそれほど込み合ってはいなかった。埋まっているテーブルは、十二、三程度で、約半分といったところだ。差し向かいで食事中の男女ペアが三組。子供連れの家族らしいのが二組。商談なのか、飲食そっちのけで話し込んでいる男性たちが四組ほど。あとは、隅のテーブルで飲んでいる少しばかり歳がいっているがきれいな女性が一人、食事している若い男性二人組み、それに、一人で食べているいまひとつ冴えない男の姿……キュイランスだ。生馬が、そっと口笛を吹く。

「さすが弟だな。兄貴の行動パターンはお見通しだというわけか」

「言うな」

 キュイランスに似ていることを揶揄された拓海が、苦笑する。

 歩み寄る拓海と生馬に気付いた若い男性二人組みが、食事を中断して鋭い目つきでこちらを注視する。その視線が驚きに変わり、すぐさま二人ともが立ち上がって直立不動の姿勢を取った。

「楽にしていいぞ」

 生馬が、声を掛ける。……二人とも、生馬の部下である。拓海が生馬から借りて、キュイランスに護衛役としてつけてやった兵士である。

「これはこれは拓海様に生馬様。急なおいでとは……何かあったのですか?」

 キュイランスも食事を中断して立ち上がっていた。こちらもやや驚いたような表情だ。

「座ってくれ。説明するから」

 手振りで座るように促しながら、拓海が空いている椅子に座る。

「美味そうだな」

 同じようにテーブルについた生馬が、キュイランスの食べかけの皿を覗き込む。

「あー、子牛肉の煮込みを二人前追加だ。急いでね」

 すかさず、キュイランスが給仕を呼び止めて注文を出した。

「食べながらでいいから聞いてくれ。少々込み入った話なんだ」

 拓海が勝手にパン籠の中のパンをつまみながら、説明を始める。


「なるほど、事情はよく飲み込めました」

 そう言ったキュイランスが、うなずきを繰り返す。

「なにかいい足止め方法はないかな?」

 熱々の子牛肉の煮込みを味わいながら、拓海が訊いた。

「役に立ってくれそうな人がいます。連絡を取ってみますよ」

「時間はあまりないぞ?」

「半ヒネほどいただけますか?」

 いたずらっぽい笑みを浮かべたキュイランスが、断りを言って席を立った。隅のテーブルで一人で飲んでいた美人の処に行って、何事か話しかける。すぐに、美人が席を立った。自ら空いているテーブルの椅子を取って、拓海らのテーブルに座る。

「紹介しましょう。カリスさんです。情報収集の面で、色々と世話になっている方です」

 席に戻ったキュイランスが、そう紹介する。

「口は堅い方ですかな?」

 慇懃な口調で、拓海が訊く。

「いただけるお金の多寡によりますわね」

 美女が、微笑んだ。やや浅黒い肌でアジア系の顔立ちだが、いわゆる東南アジアや南アジア人の風貌とはまた違った雰囲気の持ち主である。

「いいでしょう。こういう事情なのです……」

 拓海が説明を始める。生馬が給仕を呼び、お茶の追加を注文した。


「で、協力してくれますかな?」

 説明を終えた拓海が、訊く。

「お金さえいただければ喜んで。まず、人をやって殿下とその一行を探させましょう。……でも、なんで足止め策しか取ってはいけないのですか?」

「は?」

「相手はたった六人でしょ? お金さえくだされば、腕の立つ奴を十人くらい集められるわ。あなた方はキュイランスさんの護衛を含めれば七人。力を合わせれば、殿下の奪回くらい簡単にできそうだけど」

「殿下の安全が最優先だ。無茶はできんよ」

 やや憤然として、生馬が言う。

「夜は宿泊するのでしょう? 行程からして、明日の泊まりはメルカの街だと思う。先回りして準備して、宿突き止めて夜襲しちゃえばいいと思うけど」

 そう、カリスが提案する。

「そううまく行くかな」

「メルカの街の宿は三件。いずれも小さいわ。強盗に見せかけて宿ごと襲い、殿下だけ『誘拐』する。下準備さえしっかりできれば、問題ないわよ」

 自信ありげに、カリスが言う。

「ありか?」

 拓海が、生馬を見やった。

「ありだな」

 生馬が、うなずく。確かに、グルシー市に入られる前にリュスメースを奪還できれば、いろいろと面倒がなくて済む。

「よし、俺たちはそのメルカの街まで移動しよう。カリスさん、腕の立つ、かつ信用できる者を集めて、メルカに集合させてください。よろしいですね」

 拓海が、念押しするように告げる。

「任せて」

 カリスが、席を立った。



「結局強襲ですか。生馬様と拓海様らしいですね」

 戻る途中で生馬が買ってきたパンとチーズを頬張りながら、ソリスが微笑む。

 マーラヴィも回復したのか、その傍らで若者らしい旺盛な食欲でパンを貪っている。

「ということでコーちゃん、悪いが戻って夏希とランブーン将軍をメルカまで連れてきてくれ。あのおっさんがいれば、こちらの行動を正当化できる」

 拓海が、ふわふわと浮いているコーカラットに依頼する。

「承知しましたぁ~」

 コーカラットが、するするっと高度を上げる。

「よし、飯を喰ったら俺たちも出発だ。急がずに歩いても夜半にはメルカに着くだろう。それから一眠りしても半日は準備時間がある」

 生馬が、食事中の部下二人を見やりながら言う。



「……というわけなのですぅ~」

 コーカラットが、生馬と拓海から聞いた作戦内容をざっと説明し終えた。

「……ずいぶんと、乱暴な話に聞こえますな」

 ランブーン将軍が、もの問いたげな視線を夏希に浴びせてくる。

「こちらが間に合いそうにない、という現状を考慮しますと、非常に現実的かつ効果的な手段であると思われますが……」

 夏希は内心の不安を押し隠し、笑顔をランブーン将軍に向けた。

「まあ、高名なる生馬将軍と竹竿の君が加わってくださるのであれば、失敗することはないでしょう。金で雇われた部外者に遂行を任せねばならないのも不安材料ですが、これも承認せざるを得ません。しかし……」

 ランブーン将軍が、無表情でふわふわと浮いているコーカラットを見やって、ため息混じりに言う。

「この魔物に乗らねばならぬ、というのは納得がいきませんなぁ」

「お願いします、将軍」

 夏希は頭を下げた。リュスメース殿下の誘拐が公けになっていない状態で、宿屋を襲ったりすれば、地元の官憲とトラブルになりかねない。だが、ランブーン将軍が、女王陛下の直接命令による権威を振りかざしてくれれば、これらトラブルを未然に防げるはずだ。

「仕方ありませんな。留守中の指示を出してきます」

 ランブーン将軍が、諦めたように言って歩み去った。夏希はほっと胸を撫で下ろした。

 すでに日はとっぷりと暮れていた。兵士たちは野原に簡易天幕を張り、すでに食事を済ませて寛いでいる。少し低いところへ降りてきたので、風も穏やかでそれほど冷たくない。

「今からだと夜間飛行になるわね。コーちゃん、航法とか大丈夫?」

「問題ないのですぅ~。魔物の方向感覚は正確無比なのですぅ~。そうでなければ、真っ暗な魔界で暮らしてはいけないのですぅ~」

「そうだった。魔界は真っ暗だものね」

 夏希は苦笑した。コーカラットやユニヘックヒューマのユニークな姿に慣れてしまうと、彼女たちがそもそも魔界の住人であることをついつい忘れてしまう。

「ところで、夏希様と将軍の他に、どなたをお運びすればよろしいのでしょうかぁ~」

 コーカラットが、訊ねる。

「アンヌッカはもちろんね。もう一人、いける?」

「軽い方なら大丈夫ですぅ~」

 夏希は脳内で人選を進めた。ランブーン将軍の部下は、みな大人の兵士ばかりで体重は重い。同行している生馬の部下も、同様だ。

 となると、残るはひとり。

「リダを連れて行くわ」

「はいぃ~。あの方なら軽いのですぅ~」



 夜半まで街道を北上した拓海、生馬、ソリス、マーラヴィ、それにキュイランスとその護衛二人の計七人は、メルカの街の郊外に達すると、適当な野原を見つけてそこで野宿の態勢に入った。持参したパンとチーズ、それに干し肉で簡単に食事を採ったうえで、見張りの一人を残して六人が眠る。交代で眠った七人は、夜が明けても休息を続けた。街が完全に目覚めてから、四人と三人に分かれ、旅人の振りをして中に入る。

 メルカの街は、それほど大きなものではなかった。大き目の農村が、街道を利用する人々に便宜を与える施設を経営している、といった程度である。それでも交通の発達しているタナシス王国らしく、それら施設は南の陸塊ではあまり見られないほど立派なものであった。宿屋が三軒、居酒屋権食堂が一軒、パンなどの食料から靴、雨具などの旅行用品、さらに怪しげな薬品まで商っているよろず屋が一軒。普通の民家でも、街道沿いに建っているものの多くが、『部屋貸します』『衣類修理承り』『冷たいお茶あります』『足の痛みに効く薬草売ります』『お酒量り売り』などの商魂逞しい看板を掲げている。

 拓海ら四人は居酒屋権食堂に入って朝食を注文した。食べている最中に、若い男性が近づいて来た。小声で、カリスの使いの者だと名乗る。

「人数はわたしを含めて十二人そろえました」

 眼つきが悪く、いかにも裏社会の者らしい若者が、低い声で報告する。

「すでに六人が、メルカ入りしています。宿の詳細を調べているところです。他に二人が、街道を北上し目標を捜索しているところです」

「さすがに仕事が早いな。情報収集は頼む。俺たちは、街外れで待機する。この店に、連絡役を残しておくから」

「承知しました。カリスさんは、昼までにメルカ入りする予定です」

 うなずいた若者が、小さく一礼すると店を出てゆく。



 コーカラットの触手によりメルカの郊外に着いた夏希、アンヌッカ、リダ、ランブーン将軍の四人は、徒歩でメルカの街に入った。コーカラットは、街の上空かなり高い位置に待機させておく。地上から見上げても簡単には見つからないが、下で誰かが合図すればすぐに降りてきてもらえる高度である。

「しかし……妙な一行ね」

 夏希は苦笑した。体格のいい中年男性と、若い女性三人。しかも、全員が武装している。……どう見ても、普通の旅人には見えないだろう。

「こちらです」

 四人が目抜き通りに入った途端に、一軒の店の前から声が掛かった。マーラヴィだ。夏希らは、促されるままに居酒屋権食堂に入った。テーブルに座って待っていたキュイランスが、立ち上がって四人を出迎える。

 テーブルに着いた四人は、遅い朝食を掻き込みながらキュイランスの説明に耳を傾けた。ちなみに、朝食はきわめて簡素かつ不満の残るものであった。パンは焼いてからだいぶ日数が経っていたもので堅かったし、スープも熱いだけで薄味、チーズも二流品で、出された野菜も農村であるにも拘らず古びていて苦かった。……競争原理の働かぬ街で一軒だけの食堂だから、仕方がないといえば仕方がないのだが。

「とりあえず、計画通りというわけね」

「はい。お食事が終わりましたら、マーラヴィが皆さんを拓海様や生馬様のところへご案内します。そこで、打ち合わせてください。夕暮れまでには、殿下を含む一行が到着し、宿に入るでしょう。決行は、夜半を予定しています。拓海様の計画では、殿下の救出に成功したら、即座に魔物殿に乗せてリスオン市へ送り届けるとのことです。夏希様にも、護衛として同行して欲しいと仰っておられました」

「それは了解」

 夏希はうなずいた。

「ああ、カリスさんがいらっしゃいました。……おや、様子がおかしいぞ」

 なんだかやけに説明口調で言いつつ、キュイランスが半ば腰を浮かす。

 夏希は戸口の方を振り仰いだ。中年にはまだ程遠いが、若いとは言えぬ美女が、硬い表情でつかつかと歩み寄ってくる。

「カリスさん、ご紹介します。こちらがかの有名な竹竿の君、夏希様です。そしてこちらが、タナシス正規軍のランブーン将軍……」

 キュイランスの言葉を、カリスが身振りで遮る。

「何かありましたかな?」

 眉根を寄せて、ランブーンが訊ねた。

「キュイランスさん、主だった人を至急集めて。作戦変更を余儀なくされたわ」

 堅い声で、カリスが言う。

「作戦変更?」

 夏希も半ば腰を浮かせた。カリスがうなずく。

「先行偵察の二人から報告よ。殿下の一行はメルカには来ないわ。今朝早く、主街道を逸れて東に向かったの」


第百三十三話をお届けします。えー、以前から最終話は百三十五話前後を目指している、と宣言しておりましたが……謹んで撤回させていただきます。予想よりも『リュスメース奪回』イベントが長引いております。従いまして、最終話は百四十話前後となる予定です。今しばらくお付き合い下さい。

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