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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
130/145

130 さながらファンタジー小説のような

 手筈どおり、夏希はアンヌッカを伴ってこっそりと宿舎を抜け出し、指定された集合地点へと向かった。まだ宵の口なので、街路には人影が多い。ちなみに、剣は荷物に見せかけてアンヌッカが背負っている。

 集合地点には、先行した生馬とマーラヴィ、ソリスと護衛隊兵士一名の合計四名がすでに待ち受けていた。

「あら、あなただったのね」

 夏希は、案内役の女性剣士に向かってにこやかに声を掛けた。高原の民のような白い肌と、金色の髪を持つ背の高い……夏希よりは低いが……若い女性。常に影のようにシェラエズに付き従っていた護衛二人組みの片割れだ。

「ご無沙汰しております、夏希様」

 女性剣士が、丁寧に頭を下げる。

 暗がりで待つうちに、リダを含む残りの四名も無事到着した。念のために点呼を取った生馬が、問題ないことを女性剣士に向かって告げる。

「では、参りましょう」

 女性剣士が先頭に立って歩み出す。一行は、路地裏を辿って進んだ。大通りを横切る場面では、人通りが切れたところを見計らって足早に渡る。ほどなく、夏希らは一軒の商家の裏口へと案内された。

「ようこそ。さっそくだが、こちらへ」

 自ら出迎えてくれたシェラエズが、護衛の褐色の肌の女性剣士を伴って、一行を倉庫らしい大きな一室へと誘う。夏希は異臭に顔をしかめた。積み上げられた木箱や布袋からは、胃薬を連想させる漢方薬系の臭いが濃密に染み出してきている。

「まずは紹介しておこう。わたしが幼い頃、警護役として世話になったファゼルーンだ。今も、身を隠すのを手伝ってもらっている」

 隅の方に立っていた男を、シェラエズが手招いた。背は低いが、がっちりとした身体つきのいかにも戦士然とした男だ。頭は完全に禿げ上がっており、かなりの高齢に見えるが、動作や表情に老いは感じられない。

「高名なる生馬将軍や竹竿の君にお目にかかることができ、実に光栄です。ファゼルーンと申します。今は隠居の身でありますが、以前は近衛隊士としてシェラエズ殿下にお仕えしておりました」

 張りのある……しかし近所に聞こえるのを慮ってか小さな声で、ファゼルーンが挨拶する。

「さっそくですが、殿下。マーラヴィが集めてきた情報ですが……」

 生馬が、女装少年が王宮内で調べてきた警備に関する情報を、シェラエズに説明する。

「なるほど。姉上の寝所の前まではなんとか行けそうだな。そこから先は、強襲するしかあるまい」

 聞き終えたシェラエズが、労いの意味からかマーラヴィに笑顔を向けながら言う。

 マーラヴィが女官たちから聞き出した話では、エミスト王女の寝所……寝室と、そこへ通じる唯一の扉のある控えの間……は、夜のあいだ内側から閂を掛けられ、閉鎖されてしまうのだという。表向きは、王女の安全を確保するためであるが、真の目的はその逃亡阻止にあることは疑いない。夜間控えの間に詰めるのは、女官二人と女性の護衛……もちろんルークドルク卿の部下である……が三名。控えの間の外にも、警護の者が二人張り付く。

「見張りを倒し、扉を打ち破る。控えの間の護衛を倒す。そういう手順になりますな。……陛下は、逃走にすぐに同意して下さいますかな?」

 生馬が、シェラエズに問うた。

「姉上のことだ、問題ない。おそらく、不意の救出を予想して寝所に歩き易い靴と着替えくらい持ち込んでいるだろうな。そういう女だ、わが姉は」

 シェラエズが、微笑んだ。


 一行は、異様な臭気がこもった倉庫で思い思いに時間を潰した。シェラエズの部下の女性剣士ペアが運んできてくれた飲食物をつまみ、武具の手入れをし、雑談に興じ、そしてうたた寝をする。

「そろそろいいだろう」

 真夜中ごろになって、じっと瞑目していたシェラエズがのそりと立ち上がった。褐色の肌の女性剣士とファゼルーンが、隅の方に積んであった木箱を退かして、隠されていた木戸を露にする。金髪の女性剣士が、松明に火を点けた。

 リダが、持参した覆面を各自に配った。シェラエズや女性剣士たちにも差し出したが、自前のものがあると断られる。

 夏希は覆面を被った。袋状になっており、首のところに付いている紐を緩く縛れば、簡単には脱げないような仕組みになっている。簡易な物であり、眼や口元は大きく開いているので、視界を遮ったり呼吸を妨げたりするようなことは無い。

「覆面ではなく仮面にすべきだったな。『仮面の剣士』ならヒーローっぽいが、『覆面の剣士』じゃどうしても悪役になっちまう」

 生馬が、そんな軽口を叩く。

「では、参ろう」

 松明を掲げたシェラエズが、先頭に立って木戸をくぐった。二人の女性剣士が、続く。

 夏希は一列になった一同の中ほど……生馬とアンヌッカに挟まれた位置……を歩んだ。木戸の奥は石の階段で、左右には古びて白茶けた表面仕上げの粗い板切れが、雑に貼り付けてある。天井は、むき出しの土。

 石段は三十段ほどで途切れ、メインの横穴に続いていた。幅は八十センチほど。高さは一メートル半くらい。床面には荒めの砂が敷き詰めてあり、歩くとわずかに音を立てる。空気は乾いており、ちょっと埃臭かった。夏希はこの世界へ召喚された当日の、コーカラットと出合った鉱山のトンネルを思い出した。あれは……かれこれ一年半くらい前のことだ。

「しかし……あれだな」

 前を行く生馬が、夏希に話しかける。

「なに?」

「こちらの世界はファンタジー映画や小説に出てくるような『剣と魔法』の世界なわけだが……俺たち始めて、そんなフィクションの登場人物らしい行動をしていないか?」

「そうね」

 夏希は噴き出しそうになるのを堪えた。魔術はあったが、ほとんど使われなかったし、魔物はいたが、皆フレンドリーないい奴ばかりで、戦争は数多くあったがいずれも戦力の集中だの兵站だの戦場進出以前に事実上勝敗が決まってしまうような地味なものばかりだった。それが、今になって覆面姿で王宮の内部に繋がっている秘密のトンネルを、王女様や女性剣士や頬に傷のある美少女戦士やらと共に歩んでいる。しかも、その目的は悪の貴族に囚われて利用されている美人女王様を救い出すため……。さながら、RPG物のゲームの一場面のようでもある。

 横穴は二百メートルほど続いただろうか。足元が、上りの石段に変わる。十段ほど上ったところで、隊列は停止した。前方から静粛にするようにとの伝言が伝わってくる。夏希は伝言をアンヌッカに伝えると、動きを止めて息を潜めた。おそらく、先頭を行くシェラエズたちが隠し扉かなにかの向こう側……つまり王宮の風呂場に人の気配がないか探っているのだろう。

 やがて、ごとごとという音が前方から聞こえてきた。ゆらめく松明の明かりの中で、生馬の大きな背中が前進を再開する。夏希は腰に吊った剣の柄に手を掛けながら続いた。

「狭いですからお気をつけて」

 女性剣士のどちらかの声がかかる。石段を上り切った夏希は、身を低くして潜り木戸のような狭い戸口を抜けた。

 そこは王族専用の風呂場の、洗い場のようだった。床は木製のすのこの様なものに覆われており、大きな木桶や木製の台などが整然と並べられている。すのこは乾いていたが、空気はわずかに湿っており、柑橘系のようなやや刺激のあるいい匂いがそこはかとなく漂っている。

「では手筈通りに。ファゼルーン、ここを守ってくれ。生馬殿、お任せしましたぞ。女性陣は、こちらへ」

 シェラエズが、小声でてきぱきと命ずる。生馬が護衛副隊長クラッシカとその部下三名、それにソリス、マーラヴィの計六名を率いて敵の増援阻止と退路確保を担当。シェラエズの女性剣士二名、夏希、アンヌッカ、リダの女性六名が本隊としてエミスト女王の寝所を襲撃するのが、基本計画である。本隊に男性が含まれないのは、もちろん救出対象が高貴な女性で、しかも就寝中であることを慮ってのことだ。

 シェラエズを先頭に、その左右後方に女性剣士ふたり。その直後に夏希とアンヌッカが並び、殿にリダという緊密な隊形で、六人は足音を忍ばせて階段を上った。ちなみに、王宮最奥部内通廊は壁に灯明が掲げられているので、松明は必要ない。

 王宮の内部構造を熟知しているシェラエズの案内で、六人は無事にエミスト女王の寝所の前まで到達した。通廊の角からそっと先を窺うと、マーラヴィが集めた情報どおり二人の護衛隊士の姿があった。腰に剣を吊り、扉の前に置いた腰掛けに座っている。

 シェラエズが、無言のまま二人の女性剣士にうなずきかけた。うなずき返したふたりが、戦闘準備を整える。金髪の女性剣士は左右の手に刃渡り十五センチばかりのナイフを握り、褐色の肌の女性剣士は金属鋲のついた皮のグローブのようなものをはめる。

 ふたりの女性剣士が、床に膝をついて、クラウチングスタートのような姿勢を取った。お互い合図など交わさなかったのに、ほぼ同時に前に飛び出す。

 素晴らしいスピードにも拘らず、ふたりはほとんど足音を立てなかった。気配に気付いて護衛隊士が腰を浮かせた時には、女性剣士たちはすでに間近に迫っていた。手前の隊士を褐色の剣士が、奥の剣士を金髪の剣士が狙う。

 金髪の剣士が、引いていた右腕を振るう。ナイフが飛び、隊士の首に正確に突き刺さった。

 数瞬遅れて、褐色の剣士の拳がもう一人の隊士の側頭部を捉えた。倒れかけた隊士の脇腹に、今度は蹴りが叩き込まれる。

 金髪の剣士が、左手に持っていたナイフを隊士の胸に突き立てつつ、倒れる身体を抱きとめる。同様に、褐色の剣士がKOした隊士を抱きとめた。そっと、床に横たえる。

 金髪の剣士が、ナイフ二本を回収し、隊士の服で血を拭ってから腰の鞘に収める。

 夏希は止めていた息を吐き出した。全部で十秒も掛からぬ早業だったが、この二人はほとんど音を立てずに、やってのけていた。

 シェラエズが、ゆっくりと二人のところへ歩んだ。腰を落とし、慎重に扉の向こうの気配を窺う。そのあいだに、二人の女性剣士が邪魔な死体と腰掛を片付けた。

 気付かれていないことに得心したのか、シェラエズが夏希らを手招いた。夏希はアンヌッカとリダに合図すると、足音を忍ばせて扉に近付いた。シェラエズが、手まねで準備するように指示する。うなずいて承諾の意を表した夏希は、アンヌッカと共に数歩退いた。リダが鉈を、女性剣士二人が剣を抜き、身構える。

 シェラエズがすらりと剣を抜き、さっと打ち振った。

 夏希は走った。アンヌッカと同時に、扉に肩から体当たりする。

 ばきっという音と共に、扉が内側へと開く。

 夏希とアンヌッカのあいだをすり抜けるように、二人の女性剣士が控えの間に走り込んだ。シェラエズが、続く。

 体当たりで崩れたバランスを取り戻した夏希は、控えの間の様子を眼で確認しつつシェラエズのあとに続いた。飛び込んだ女性剣士二人は、早くも護衛隊士三名を切り伏せている。女官二人は呆然と長椅子に座り込んだままだ。他に、人影はない。

 シェラエズが、寝所へと続く扉を乱暴に開ける。夏希は、アンヌッカを伴ってそのあとに続いた。

 ……やばいもん見ちゃった。

 夏希は、寝台を目にしておもわずうめいた。

 剣を鞘に収めたシェラエズが、寝台に歩み寄る。覆面越しでも、ため息をつくのがありありとわかった。

「何をしてらっしゃるのですか、姉上」

 シェラエズが、言う。

 エミスト女王は全裸であった。そして、その白い腕の中には、どう見ても十歳前後と思われる黒髪の少女が横たわっている。もちろん、こちらも全裸である。

「女官を連れてきて下さらぬか」

 シェラエズが、夏希に向け頼む。


 エミスト女王の支度は、二分ほどで終わった。

「では、参ろう」

 シェラエズを先頭に、一行は階段を駆け下りた。微かだが、剣戟の音が聞こえてくる。騒ぎを聞きつけて駆けつけたルークドルク卿の手の者と、生馬らが戦っているのであろう。

 通廊に面した扉のいくつかは開かれて、中から就寝中だった女官や王宮詰め貴族が顔を覗かせていたが、武装した覆面姿の一行を止めようとする者は皆無だった。エミスト女王を含む一行は、無事にファゼルーンが待つ風呂場までたどり着いた。

「あとは引き受けます。さあ、早く」

 夏希は、シェラエズを促した。

「すまぬ」

 ファゼルーンから松明を受け取ったシェラエズが、礼もそこそこに隠し戸を潜り抜ける。エミスト女王を挟むようにして、二人の女性剣士もあとに続いた。

「リダ。あなたはここにいて。アンヌッカ、行くわよ」

 夏希は風呂場を飛び出した。生馬たちを、撤退させねばならない。

 剣激の音がする方向へと走り出そうとした夏希だったが、前方からわらわらと男たちが走ってきたので足を止めた。生馬たちだ。

「どうだ、首尾は?」

 上機嫌な弾んだ声で、生馬が問いかける。

「成功。撤退するわよ」

「おう。こっちも上首尾だ。五人ほど斬ってやったら、びびって退いていった。今のうちに、逃げよう。殿は、任せろ」

 生馬がそう言って、手振りで夏希に先に行けと促す。

「任せたわよ」

 風呂場に戻った夏希は、リダに松明を持たせると先行させて、そのあとを追った。アンヌッカが、続く。石段を足早に降り、横穴も出来うる限りのスピードで歩む。漢方薬臭い倉庫に出た時には、もうシェラエズやエミスト女王の姿は消えていた。

 ほどなく、生馬ら男性陣も一人も欠けることなく木戸から姿を現した。後始末は任せろというファゼルーンを残して、十名は覆面姿のまま深夜のリスオン市街を走った。宿舎付近でようやく覆面を外し、一息入れる。

 タナシス側の警備は、深夜ということもあり最小限の人数となっているが、それでもその眼を盗んで宿舎内部に入るには工夫が必要であった。生馬が夜目にも目立つ白い布切れを振ってこちらの護衛の者に合図を送る。それを受けて、護衛の者がタナシス兵に暖かい夜食の差し入れを開始した。生じた隙を衝き、夏希らは無事に宿舎に戻った。

「どうだった?」

 出迎えた拓海が、問う。

「大成功だ。目的は完璧に達成。怪我人なし。こちらの正体もばれなかった」

 久しぶりの立ち回りでテンションが上がった生馬が、はしゃいだ声で報告する。

「そうか。夜食が準備してある。ご苦労さん。クラッシカ殿たちはこちらへ」

 拓海が、食堂を指差す。

「おっと、俺もこっちへお邪魔させてもらうぞ。拓海、酒も準備してあるんだろうな」

 マーラヴィとソリスの肩をばんばんと叩きながら、生馬が訊く。

「好きなだけ飲め。足りない分は、勝手に持っていけ」

 食堂へと歩み出した生馬の背中に、拓海がそう呼びかける。

「わたしたちも一休みしましょう」

 夏希は、残ったアンヌッカとリダに声を掛けた。腹は空いていないが、喉が渇いている。

「あんたらの夜食はこっちだ。悪いが、俺もご一緒させてもらうぞ」

 拓海が、女性陣を一室へと誘った。テーブルの上には、薄焼きのパンや冷肉、茹でた豆類などの簡素な食べ物が並んでいる。気が利くリダが、全員分のカップに果実酒を注いだ。

 夏希は豆をつまみつつ、拓海にエミスト女王救出作戦の詳細を物語った。ただし、寝台で同衾していた少女に関しては割愛する。

「よしよし。これで、ルークドルク卿がどう出るかな」

 ぐびぐびと果実酒を喉に流し込んだ拓海が、訊く。

「一番いい解決方法はルークドルク卿が赦免かなにかと引き換えにリュスメース王女を返してくれることよね。シェラエズはなるべく穏便にことを処理したいようだし、エミスト女王もそれには賛成でしょう。最悪のケースは……」

「リュスメースが死体で返ってくることだな」

 夏希が濁した語尾を、拓海がずけずけと口にする。

「なんとか助けてあげたいんだけどなあ、リュスメース」

 命がけで、夏希を救ってくれた小柄な少女。その恩返しの意味でも、無事に救い出してあげたい。

「ま、ボールはルークドルクのコートにあるんだ。どう動くか、見守るとしようや。今日は、もう寝るよ」

 カップを干した拓海が、立ち上がった。リダも立ち上がり、夏希とアンヌッカに向かって無言で一礼すると、部屋を出て行った拓海の後を追う。

 ……リダに含むところは無いけれど、なんか腹立つわねえ。

 その姿を見送りながら、夏希はそう思った。嫉妬心とまではいかないが、どうも妬ましいカップルである。

「アンヌッカ。わたしたちはもう少し飲むわよ」

「お付き合いしますよ、夏希様」

 輝くような笑顔を見せたアンヌッカが、夏希のカップに果実酒を注ぎ足す。


第百三十話をお届けします。

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