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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
13/145

13 異世界の巨人

 ジンベル防衛隊に、新たに教練隊長という役職が設けられた。言うまでもなく、生馬のために新設されたポストである。序列からいけば、防衛隊長、副隊長に次ぐナンバー3の地位になる。

 軍隊というものは、通常きわめて保守的な組織である。まして、ジンベル防衛隊は小規模で、人事異動も少ない。いくら国王直々の任命とはいえ、いきなり余所者が上から三番目という枢要な地位に納まったことを快く思わない者が存在したことは、当然と言えば当然である。

 これら不満分子に対する生馬の対処法は見事だった。主だった士官や腕自慢に、竹を使った模造剣での勝負を挑んだのである。割竹を紐で縛り、柄の部分に滑り止めの布をつけた、長さ百十五センチほどの模造剣……。何のことはない、即席の竹刀である。

 士官の過半数は貴族の次男か三男で、プライドは高く教養もあったが剣の腕は並み以下であり、生馬の敵ではなかった。本職と言えるベテランの長剣兵も、常日頃振り回している両手剣よりも短く、そしてはるかに軽量な竹刀を扱いかね、あっさりと生馬に小手を決められた。

 生馬の体格の良さも、その地位の確定化に貢献した。ジンベル成人男性の平均身長は、百六十センチ程度。防衛隊の兵士には体格の良い者が集まっているとは言え、百七十センチを超える者はそう多くはない。生馬の身長は、百八十七センチ。一般のジンベル人からすれば、巨人といって差し支えのない高さである。

 かくして、『妙な剣術を操る異世界の巨人』はあっという間にジンベル防衛隊でその地歩を固めたのである。



「なかなか優秀だよ、連中は」

 市街地の北側、放牧地の一角で行われているジンベル防衛隊の軍事教練を見学に来た夏希と凛に、生馬が言う。

「基本的に各隊とも十名が一隊だ。弓兵が十隊百名、槍兵が十隊百名、短剣兵も十隊百名。長剣兵が、五隊五十名」

 夏希と凛の眼前では、ちょうど槍兵の一隊が行進して行くところであった。横一列になり、長さ三メートルほどの竹製の槍……いわゆる竹槍ではなく、ちゃんと金属製の穂先が付いている……を水平に突き出して、歩調を合わせながら歩んでいる。黒塗りの陣笠に日除けの白い布をまとわせ、背中には長さ一メートル半ほどもある木製の盾を背負っていた。腰には、刃渡り三十センチほどの剣。まとっている鎧は、名刺大の金属板を貼り付けたいわゆる小札こざね鎧で、胴部と肩を完全に覆っている。腰から下の鎧は、ミニスカート状だ。凛に言わせると、その部分は草摺くさずりという名称らしい。

「竹槍ってのが、どうにも安っぽいわね」

 凛が、感想を述べた。

「そうでもないぞ。駿に聞いたが、アジアでは竹を使った槍はごく一般的だったそうだ」

 生馬が、言う。

 槍隊の向こうでは、弓を握った一団の兵士が、五十メートルほど離れた的に向けて矢を放っていた。弓は二メートルほどもある大きなものだ。面白いのはその射法で、弓の下端をサンダルに押し付け、足の指で挟みこんだ状態で弦を引いている。

「駿に言わせると、昔のインド人はああやって弓を射ていたそうだ」

「ふうん。面白いわね」

「ねえ、馬はいないの? 騎兵は?」

 凛が、訊く。

「それが、この世界には馬という動物が存在しないようだ」

 生馬が、頭を掻く。

「そう言えば……一度も見たことないわね」

 夏希がジンベルに召喚されてもうかなりの日数がたったが、馬は一頭たりとも見たことがない。中世的な社会なのだから、存在するとすれば当然乗用や貨物輸送に広く利用されているはずだ。

「名前からして馬好きそうだもんね」

 凛が、生馬に突っ込む。

「まあな。騎馬隊があれば色々と面白いことができるはずだがな。まあ、敵も無いんだから文句は言えんが」

「で、その敵である蛮族はどんな武器を使ってるの?」

 夏希はそう尋ねた。

「弓と投げ槍が主な兵器らしい。元来が狩猟民族だからな。弓はジンベルのものよりも小さいが、威力、射程ともに同じくらい。ジンベルの弓も、竹をベースにした複合弓だが、それよりも進化しているようだ。投げ槍もかなり上手らしい。その反面、鎧はあまり進歩していないようだ。金属鎧は使わず、せいぜい革鎧。接近戦よりも、離れて戦うのが得意らしい。士気は高く、度胸もあるようだ」

「気弱な狩猟民族って、聞いたことないものね」

 夏希は苦笑した。獲物と正対してこれを屠らねば生きてゆけない民族が、ヘタレのわけがない。

「注目すべきは、その動員能力の高さだ」

 生馬が、続けた。

「老人を除く成人男子のほとんどと、年長の少年、それに女性の一部が、戦時には丸ごと動員できるからな。おおよそ人口の四割近くだろう」

「……ベルリン陥落前のドイツ状態ね」

 凛が、鼻を鳴らす。

「で、攻めて来られたら勝てるの?」

 夏希は、肝心なことを尋ねた。もし勝ち目が無いようならば、契約解除してここからおさらばすることも選択肢のひとつとして考えねばならない。

「工夫しないと、無理だろうな」

 生馬が、顔をしかめた。

「ラッシ隊長……防衛隊のトップの話だと、イファラ族が集められる船の数は多くても百艘程度だそうだ。一艘に五人乗り込むとして、五百人。それぞれが筏を引っ張り、これも五人乗りだとして、五百人。食料なども運ぶ必要があるから、一度に攻めて来れる軍勢は千名程度が上限だろう」

「防衛隊が三百八十。まるで敵わないじゃない」

 凛が、指摘する。

「だから、工夫が必要なのさ。まずは市民軍だ。一応、三千名ほどは動員できるらしい。ただし、ほとんどが素人同然の連中だ。このうち、体力のある者、適性のある者などを選抜し、千名前後をそれなりに使える部隊に仕上げる予定だ。とりあえずこれで、数の劣勢は覆せる」

「質の劣勢は?」

 夏希はそう訊いた。にわか仕立てのパートタイム兵士と、普段から弓や投げ槍を扱い慣れている狩猟民族では、その質に差がありすぎるだろう。

「そこが問題だ」

 生馬が、無精髭が浮いている顎を撫でた。

「ジンベル市街地の南にある城壁は立派だが、いささか長すぎる。そこを千四百名足らずの兵で守備するには、広く薄く守らなきゃならん。一箇所でも突破されたら、負ける。城壁は内側からの攻撃には脆いからな。駿とも相談したんだが、もう少し南……ジンベル川を遡った位置に、砦を築こうかと思っている」

「……そういえば、最近駿を見かけないわね」

 凛が、首を傾げる。

「地図を作ってもらってる。地形の把握は作戦立案に不可欠だからね……と、噂をすればなんとやら、だ」

 生馬が、顎で右手を指す。

 歩んでくるのは駿だった。トートバッグのようなものを肩から下げている。

「やあ、おふたりさん」

 女性陣に挨拶した駿が、にやにやしながらトートバッグに手を突っ込み、紙束を引っ張り出す。

「お望みの場所が見つかったよ。盆地の南端から直線距離で八百メートルほどのところだ」

 生馬が、紙束を受け取る。夏希と凛は、生馬の左右からそれを覗き込もうとした。

「……生馬、悪いけどもう少し下で見てくれる?」

 凛が、注文をつける。

「ああ、すまん」

 生馬が応え、手にしていた紙束を二十センチほど下げた。生馬と凛の身長差は、三十センチ以上ある。当然、生馬が立ったままごく普通に物を読む場合、その対象物の位置は凛の目の高さよりも若干上になる。

 一番上の紙には単色の地図が描かれていた。荒く塗りつぶされたジンベル川が、紙を二分するようにやや蛇行しながら中央に走り、その両側に二本の線が波打つように引かれている。

「ここだ」

 駿が、矢印を描きこんである箇所を指す。

 南からほぼ真っ直ぐ流れてきたジンベル川が、東側に引っ張られたかのように湾曲している場所だった。

「おう。ここはベストポジションだな。さすがは駿だ」

 生馬が、手放しで喜ぶ。

「あの渓谷……便宜上、ジンベル渓谷と呼ばせてもらうが……は、ジンベル川の流れが長年かけて徐々に穿ったものだ」

 駿が、夏希と凛に向けて、説明を始める。

「だから、渓谷の左右は切り立った崖だ。山岳地帯は険しく、植生も密で踏破するのは困難。渓谷自体も密林と化していて、移動は困難だ。蛮族が攻めてくるには、ジンベル川を船でやって来るしかない」

「それくらいは、知ってるわよ」

 凛が、わずかに口を尖らす。

「問題は、どこで迎撃するかだ。理想的なのは、左右の幅が狭い箇所。迂回できないからね。その上で、川が屈曲しているところ。通るのに時間がかかるから、攻撃し易い」

「ここは実にいい場所だよ。崖が迫っている……特に東側は狭い。まず、この瘤にメインの砦を造る」

 生馬が、地図上のジンベル川の屈曲部の内側……西岸に、指を置いた。

「そして対岸に、これを支援する小さな砦を造る。もちろん、相互に弓で援護できる距離だ。川の中にも、防塞を設ける。これで、砦を抜かない限り蛮族は北上できない。河沿いに道を造って、少し北に寄ったところで橋を掛け、双方の砦の連絡路とする。建設のために、盆地の南端からここまで細いものでいいから道も造りたいな。そうすれば、完璧だ」

「この瘤の部分は、固い岩盤らしい」

 駿が、言った。

「それにぶつかって、川がむりやり捻じ曲げられたんだろうな。そのせいもあって、長年そこだけは流れが安定していたから、左右の崖が大きく削られることなく、狭い谷間になったらしい。ちなみに、その岩盤自体が高さ二メートル近く地面から盛り上がった形で残っている。砦の土台には、もってこいだ」

「なんだか時間が掛かりそうね。大丈夫? 蛮族がやってくるまでに間に合う?」

 夏希は気遣わしげな表情で駿と生馬を交互に見やった。かなりの規模の土木工事になるだろう。もちろんジンベルに重機などない。すべては人力で行わねばなるまい。

「間に合わせるさ」

 生馬が言って、手にしていた紙束をぽーんと音高く叩いた。


 翌日から、工事が開始された。生馬は市民軍の教練に掛かりっきりだったので、工事自体の監督は駿に任された。作業に従事するのは、国王の命令で動員された市民たちだ。城壁の東岸の門から、盆地南端に向け道路が造られる。別働隊が、密林の中に入り込んで木々や下生えを切り拓き、河沿いに道を造りながら進む。川船が往復し、砦建設予定地の整地が始まる。製材を主産業とするハナドーンから角材や板が、ハンジャーカイからはマニラ麻に似た植物で作ったロープが、ニアンからは釘や金具の類が大量に輸入された。

「ねえ、こんなことしてていいのかしら」

 粗製石鹸を溶かし込んだ桶をかき混ぜながら、凛が言う。

「どうするの? スコップ持って作業に参加するつもり?」

 数種類のハーブをすり潰しながら、夏希は訊き返した。

「そうは言わないけど……ねえ」

 口ごもった凛が、手にしている大きなへらを桶の底に立て、その柄に顎を載せる。

 今日のテーマは待望の石鹸造りである。前回の試作品はあまりにも油臭く、実用できる品ではなかった。今回は駿のアドバイスを入れて、鹸化(油脂をグリセリンと石鹸分に分離させること)に石灰だけではなく草木灰も加え、さらに塩斥(高濃度食塩水を使って溶液から有機化合物を析出させること)も二回行う予定である。さらに、臭い消しに大量のハーブ類……食用としては適さない茎や成長しすぎた葉の部分……を大量に混ぜ込む計画だ。

「いずれにしても、素人のわたしたちが出て行っても役に立たないわ」

 先端が緑色に染まった擂り粉木を振り立てながら、夏希は指摘した。

「それより、石鹸作ってたほうがよっぽど役に立つもの。流行らせたら、それこそ儲けものよ」

 原料であるヤシ油は、マリ・ハからの輸入品。岩塩もイナートカイからの輸入だが、両方とも食用に適さない低質かつ安価なものを使っている。石灰は自給できるし、ハーブ類も同様だ。ジンベルの輸出品目に石鹸が加われば、国庫収入に大いに寄与することは間違いない。石鹸の効能は汚れを落すだけではない。殺菌や消毒効果もある。広まれば、食中毒や伝染病の予防にもつながるはずである。ジンベルのみならず、平原諸国の人々の幸福増進に貢献できるはずだ。


「これは……大成功?」

「そう言っていいわね」

 凛が同意する。

 今回の石鹸の完成度は高かった。泡立ちは充分で、汚れ落ちもいい。夏希は泡まみれの手を鼻に近づけてみた。油臭さは微塵もなく、ハーブのいい香りしかしない。

 夏希と凛は、できたばかりの石鹸……まだ乾燥していないのでペースト状だが……を入れた小さな桶と、水の入った桶を持って、エイラの仕事部屋に向かった。扉のない戸口から、中を覗き込む。

「エイラ、いる? ちょっと、試してもらいたいものが……って、なに慌ててんの?」

 仕事机に向かっていたエイラが、珍しく焦った表情で口を押さえている。頬が動いているところをみると、何か食べていたようだ。

「おやつの邪魔しちゃったかな? ごめんごめん」

 凛が謝りながら、ずかずかと部屋に入ってゆく。夏希も続いた。見れば、机上に小さな鉢が置いてあった。おそらく、エイラはその中のものを食べていたのだろう。

「なに食べてたの?」

 そう訊きながら、凛が鉢に手を伸ばした。アーモンドほどの大きさの茶色い塊をひとつ、つまみ上げる。夏希もひとつ手にとってみた。おおよそ茶色く、見た目は焦がしたフキノトウ、といった感じだ。実際に焼いてあるのだろう、香ばしい香りがする。

「あ、食べないで下さい、おふたりとも」

 咀嚼を終えたエイラが、なおも慌てた表情でわたわたと腕を振る。

「いいじゃない。今度米粉ロールケーキ一本丸ごと焼いてあげるから」

 そう言った凛が、茶色い塊を口に放り込んだ。

「あ、おいしい」

 咀嚼しつつ、凛が眼を輝かせる。

 凛の感想を聞いた夏希も、指先につまんだ謎のおやつを口に入れてみた。歯で噛むと、さくっとした快い歯ごたえのあとに、とろみのある中身が口中に流れ出したのがわかった。味は……胡桃かなにかに似ている。かなり濃厚な味わいだ。

「おいしいね。木の実? 山菜?」

「ああ、夏希殿まで……」

 エイラが力なくつぶやく。

 味が気に入ったらしく、凛が立て続けに謎のおやつを口に放り込んでいる。夏希もふたつ目を手にしたが、エイラが涙目で見つめていることに気付き、それを元に戻した。代わりに、凛のわき腹をつつく。

「そのくらいにしときなさい。エイラが泣くわよ」

「……おやつ取られたくらいで泣くことないじゃない。それほど、好物だったの?」

 食べるのをやめた凛が、からかうように言う。

「そうではないのです。異世界のあなた方には秘密にしていた食べ物ですから……」

 エイラの語尾が消え入る。

「秘密? 魔術関連の食べ物とか?」

「いえ、異世界の方が普通食べないものなので……」

「ふーん」

 凛が、あらためて謎のおやつを手にした。しげしげと眺めてから、ぼそりと言う。

「ひょっとして、虫?」

 エイラが、こくんとうなずく。

 夏希の喉元に、苦いものがこみ上げた。

「……ねえ、エイラ。吐いていい?」

「ですから、食べないでとお願いしましたのに」

「吐くなんてやめなさいよ。もったいない」

 凛が呆れたように言って、夏希の青ざめた顔を覗き込んだ。

「昆虫食なんて一般的じゃないけど世界中にあるわ。日本にだってあるし」

「そうは言ってもね……」

 夏希は胃の辺りを手のひらで撫でた。昆虫を食するのは肉や魚を食べるのとさほど変わらない行為だ、と頭では理解していても、嫌悪感は拭えない。

「異世界人の皆さんが気を悪くするといけないので、ずっと秘密にしていたのです。虫を食べるのは昔からの習慣みたいなもので……さすがに今では食事として食べることはありませんが、おやつやお酒のおつまみに食べることは珍しくないのです」

 言い訳がましく、エイラが言う。

「その昔、平原地帯でまだ牧畜が発達していない頃には、昆虫は貴重な蛋白源だったのですぅ~」

 部屋の隅でひっそりと浮いていたコーカラットが、すーっと近づいてきた。

「衛生的にも栄養的にもまったく問題ないのですぅ~」

「……たしかに、問題ないでしょうけどねぇ」

 夏希は口中に湧いた苦い唾液をむりやりに飲み込んだ。

「昆虫食がばれたからって気にすることないわよ、エイラ。あたしはこの味、気に入ったわ」

 凛がまたひとつつまんで、口に入れる。

「……相変わらず度胸があるわね、あなた」

 夏希は心底呆れて凛の様子を眺め……そこで自分が桶を手に下げたままだということに気付く。

「そうそう。石鹸を試してもらおうと来たんだっけ。凛、お願い」

「はいはい」

 水の入った桶を机に置いた凛が、ポケットから木栓のついた小さな瓶を取り出した。エイラの手を取り、その手のひらに瓶の中身を慎重に一滴だけ落す。

「……油、ですか?」

 怪訝そうな表情を浮かべたエイラに、夏希はハーブでパステル・グリーンに染まった石鹸をひとつかみ千切ると手渡した。

「はい。これに水をつけて、擦ってから手を洗ってみて」

 なおも怪訝そうなエイラが、夏希に言われた通りに桶の中で手を洗い出す。

「あら。油が落ちましたわ」

 手のひらを見つめながら、意外そうにエイラが言う。

「どう? これが石鹸の効能よ。お風呂で使うと、気持ちいいわよ」

「これが石鹸ですかぁ~。面白いですぅ~」

 石鹸の一片を千切り取ったコーカラットが、触手を擦り合わせて泡立て始めた。魔物らしく石鹸の性質を早くも悟ったのか、触手の一本をリング状にして、そこに石鹸の膜を張って遊びだす。

「どう? 売れると思う?」

「……どうでしょうか」

 エイラが、首を傾げる。


「売りたいのなら、不安にさせることだな」

 駿が、言う。夏希は小首を傾げた。

「不安?」

「人間は安心を好むからね。まず消費者を不安にさせる。そこで、特定の商品を購入したりサービスを受けたりすれば、不安が解消されるとアピールするわけだ。女性誌によくそんな記事が載ってるだろう? 『これを知らない人は流行に遅れてる』『今の流行りはこれ! なんとかはもう古い!』『○○もってない人はおしゃれじゃない!』みたいな。宗教屋もおんなじだな。まず不安にさせる。『先祖の霊が怒っている』『このままではさらに運気が下がり続けます』『前世の悪行の報いです』……そのあとで、高価な壷や水晶玉を売りつけるわけだ」

「なるほど」

 凛がうんうんとうなずく。

「じゃ、具体的にどうすれば……」

「汚いやり方だが、伝染病の恐怖でも煽るんだね。その上で、石鹸さえ使えば伝染病を予防できると宣伝するんだ。まず間違いなく、売れる」

「それじゃ、誇大広告じゃない」

 夏希は呆れた。

「だから、汚いやり方なのさ。幸い、ここには消費者庁も国民生活センターもないからね」

 にやにやと笑った駿が、続けた。

「……まあ、正直な商売はあってもきれいな商売というものは存在し得ないからな」


第十三話をお届けします。

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