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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
122/145

122 追撃と離脱

 戦場の空気が変質したことに、生馬は気付いた。

 言葉で言い表すことは無理だが、敏感な肌質の持ち主がごくわずかな湿度変化を感じ取るような調子で、生馬はそれを明白に悟った。タナシス軍が、退き始めている。

 ……逃がさんぞ、セーラン。

 様々な状況から、生馬は敵将がセーランであることを半ば確信していた。この手で斬る、と誓った以上、逃がすわけにはいかない。

 生馬は副指揮官に指揮を委ねると、ソリスとマーラヴィを含む側近だけを引き連れていったん前線から退いた。集結点に集まったもののまだ方陣を組んでいない二千名ほどの部下をまとめ上げ、味方左翼部隊の後背へと移動させる。

 狙いは、戦場深く押し込んできたタナシス軍決戦兵力の捕捉である。これに成功すれば、セーランがその救出を意図して退却を中止し、直接戦闘に応じるかも知れない。

 だが、タナシス軍決戦兵力の逃げ足は速かった。生馬が準備を整える前に、六千ほどのタナシス部隊は拘束しようとする憲章条約軍を振り切り、タナシス軍前線の内側へと退却してしまう。

「くそっ」

 毒づきながら、生馬は状況を再検討した。東側……味方右翼部隊の混乱は、仕掛けていた敵が退いたこともあり、ようやく収まりつつあった。一部の部隊は果敢にタナシス軍に反撃を試みていたが、敵の守りは固く、突破に成功する兆しはない。一方、味方左翼部隊は損害も少なく、敵中に孤立した味方部隊を援護する形で激しく攻撃を行っていた。敵の損害もかなり多いようだ。

 ……これを利用するか。

 夏希の部隊の西側……リスオン川寄りには、ざっと見て四千ほどのタナシス軍部隊が健在である。素早く行動すれば、これを孤立化させ、捕捉することが可能だろう。

 生馬はグリンゲ将軍を見つけると、手短に打ち合わせを行った。次いで、率いている部下に方陣を組ませる。自身は、ソリスとマーラヴィを左右に従えて、先頭の方陣の中に入った。

 打ち合わせ通り、グリンゲ将軍率いる左翼部隊が攻勢を強める。頃合よしと見た生馬は、合図を送った。前線の方陣二つが、左右に移動を開始する。好機と見たのか、タナシス軍方陣の一つがいくぶん前に出た。生馬はその方陣にぶつけるように、先頭の方陣を前進させた。



「南下するの! 突出した味方と連携させるのよ!」

 夏希は激しく竹竿を振り回して命じた。

 すでに何度も戦場を体験し、部隊の指揮を執り、そして拓海から折に触れレクチャーを受けたおかげで、夏希の戦術眼は相当に鍛え上げられていた。左翼部隊の動きから、生馬の意図を半ば本能的に悟り、その支援に乗り出す。

 かなり損害を蒙ったものの、夏希の部隊ではいまだ千五百名近くが健在であった。いささか乏しくなってきた貴重な矢が、しゃにむに前進を強行する生馬部隊を阻止しようとするタナシス軍方陣に注ぎ込まれる。タナシス側は勇敢ではあったが、すでに肉体的、精神的に疲労が蓄積していた。対する生馬の部隊は、強行軍による肉体的疲労はあったものの、戦闘を行っていなかったために気力は充実している。立ちはだかったタナシス軍方陣は、数分と持たずに後退を始め、生馬の部隊はあっさりと夏希の部隊との連携を果たした。グリンゲ将軍の部隊も適宜前進し、生馬の部隊との連携を取る。こうして、『敵中に孤立していた憲章条約軍部隊』は、『敵中に打ち込まれた強固な楔』へと変化した。



 憲章条約軍右翼部隊に、もはや敵前線を打ち破る力が残っていないことを見て取った拓海は、近くにいるまともに戦闘力を余している部隊……すなわち、生馬が副指揮官に任せた増援部隊に向け、リダとともにばたばたと走っていた。部隊とはぐれたりした兵が三々五々付いてきたので、二人の後ろには五十名ほどの憲章条約軍兵士が続いている。

 ……しかし、やりにくい戦いだ。

 拓海は速いとは言えぬ疾走を続けながら思った。緩やかな斜面で戦っているので、彼我ともにその布陣や動きは相手に丸見えなのである。味方の背後に隠れてこっそり移動、とかひっそりと布陣していきなり動く、といった方法が取れないのは、きつい。

 すでに拓海も、タナシス側が退却準備を進めていることに気付いていた。このまま素直に逃げられたのでは、野戦軍を捕捉し大きな打撃を与えるという戦術目的を達成できない。目的達成のためには、敵が離脱する前になんとか戦線を突破し、退却を妨害、戦果拡張を図らねばならない。

 ……おいおい、いったい何をするつもりだ。

 拓海は心中で突っ込みを入れた。目指す前方の五千ばかりと思われる増援部隊の各方陣が、分割されたまま前線に組み込まれてゆくのを目にしたのだ。……前線突破が必要とされる局面で、集結している戦力を小分割して使用するなど、愚の骨頂である。拓海は、増援部隊の指揮を執っているのが生馬でないことを確信した。

 やや後方に、前線に組み込まれないまま残っている小さな方陣を見つけた拓海は、少しばかりコースを変えてそこを目指した。おそらく、ここに指揮官がいるであろう。

「これは、拓海閣下」

 走り寄ってくる拓海を目ざとく見つけた副指揮官が、方陣の中から走り出る。

「イムール、状況を報告しろ。生馬はどこ行った?」

 荒い息をつきながら、拓海は訊ねた。

 副指揮官が、手早く推移と生馬の意図を説明する。拓海は、それを聞きながら西方を眺めやった。

「なるほど、とりあえず第一段階は成功のようだな」

 見た限りでは、生馬はその意図したとおりに夏希の部隊と合流し、タナシス軍右翼の部隊を孤立させることができたようだ。

 拓海は思案した。戦線の中央部であるここに五千もの部隊が集結していては、突破を警戒する敵は当然孤立した最西部の部隊を見捨てるだろう。イムールが五千の部隊を分割させ、前線に組み入れたのは、生馬の作戦の観点からすれば妥当だったと言える。

 ……ここは奴の作戦に協力してやるべきか。

 拓海は参謀長権限でイムールの部隊を指揮下に入れると、各方陣に伝令を送って戦闘を継続しつつ移動に備えるように命じた。前線に加わっている振りをしながら、命令があり次第動けるように準備させたのである。狙いはむろん、この位置での戦線突破であった。生馬がまいた餌にタナシス側が喰らいついたその瞬間、つまり敵が戦術の柔軟性を失ったまさにその時に、戦線突破を図るつもりであった。

 一通り手筈を整え、少しばかり時間的余裕ができた拓海は、地面にどっかりと腰を下ろした。例の毒ガスの影響か、いつもより疲労が激しいようだ。最前線で戦う兵士たちの顔にも、疲労の色が濃く見えている。

 ……持ってあと一時間、というところか。そろそろ決定的な打撃を敵に与えるか、まとまった部隊を包囲しない限り、この戦いはまたもや戦略的勝敗がはっきりと決まらぬまま終わってしまうだろう。



 ……やりますね。

 セーランはわずかに顔をゆがめた。

 無事に後退に成功した決戦兵力は、彼の手元で簡単に再編成を終え、強力な予備部隊となっていた。東側の戦線も安定し、憲章条約軍の効果的とは言えぬ攻撃を跳ね返している。

 全面退却のお膳立ては整った……と思えた矢先の、西側での憲章条約軍の攻勢である。これにより、最右翼の四千名ほどの兵員が、味方主力と一時的にではあるが切り離されてしまった。

 むろん、後退を命じることはできる。しかし、敵の狙いは間違いなくこの四千名の捕捉にあるだろう。後退を妨害し、背後に廻ろうとするはずだ。四千の兵力では、喰い下がる敵を跳ね除けることはまず不可能。こちらから援護の兵力を送ってやらねば、この四千名は確実に全滅する。

 だが援護の兵を送れば、本隊の退却が遅れる。

 ……四千の兵力は大きい。

 セーランは迷った。四千を捨石と割り切って、退却を継続するのが、おそらくは最良の選択だろう。退却のタイミングが遅れれば、それだけ後衛に負担が掛かる。その損害が、四千を大きく越えることも考えられる。

 幸い、今のところ戦線は安定している。

 動きを注視していた敵陣ほぼ中央部の憲章条約軍増援部隊は、その戦力を分割して前線の中へと埋没してしまった。おそらく指揮官が経験不足か、消極的な人物だったのであろう。

 ……いや、やはり四千名を無駄死にさせるわけにはいかない。

 セーランは、手持ちの予備部隊六千すべてを投入して、孤立した四千を救う決断を下した。憲章条約軍に大きな打撃を与える必要はない。牽制攻撃を行って、四千名が無事に後退できるだけの余裕を作り出せばいいのだ。時間も、そしておそらく損害も少なくて済むであろう。そのくらいであれば、味方前線は持ち堪えられるし、敵増援部隊も効果的な動きはできないだろうと踏んだのである。

 セーランの命令により、再編成されたばかりの六千名が、西方へと移動を開始した。



「注文通り、敵主力が向かってきたぞ。夏希、孤立させた部隊は任せた。俺は、セーランの野郎をぶった斬る」

 凄みのある笑みを浮かべた生馬が、愛剣を抜き放った。

「ちょっと数が多すぎない?」

 東方を見やりながら、夏希はそう言った。近付いてくるタナシス軍部隊の数は、ざっと見ても五千を越えている。

「殲滅させるのはむろん無理だろう。だが、セーランのいる方陣を見定めて、そいつのみ集中攻撃を掛ければ、奴を屠ることは可能だろう」

「生馬、私怨を戦場に持ち込むのは……」

「確かに私怨だが、戦術的には妥当な手だ」

 心配げに夏希が掛けた言葉を、生馬が凄みのある笑みのまま一蹴する。

「敵指揮官を含むヘッドクォーターを強襲し、野戦軍の指揮統制を麻痺化させ、敵部隊の各個撃破を意図するのは、野戦戦術の王道じゃないか」

「まあ、そうだけど」

 夏希は不承不承納得した。

 接近する敵増援部隊に対し、高原弓兵が曲射を浴びせ始める。夏希は、自分の部隊の指揮に戻った。孤立した四千のタナシス軍部隊は、救出を意図する味方接近と呼応する形で、反撃を強めたり強引に北方への突破を図ったりするだろう。それを、阻止せねばならない。



 ……いまだ。

 拓海は伝令を飛ばした。タナシス軍予備部隊が、夏希と生馬の部隊……すなわち、敵右翼に打ち込まれた楔と交戦を開始し、容易には後退できなくなった時点。戦術的柔軟性を失った今こそ、戦線突破がもっとも効果的となる。

 あらかじめ移動準備を整えていた各方陣が、いったん戦線から後退すると拓海の指定した地点に速やかに機動する。先鋒に指定されていた方陣は、すでに前進して狙いをつけた敵方陣と交戦中だ。新鋭戦力の前にじりじりとタナシス側方陣が押され、拓海らの前に前線の裂け目が広がってゆく。

 これを塞ぐことのできる予備部隊は、西の方で交戦拘束されている。

「突っ込め!」

 拓海は命じた。集結した方陣が一斉に動き出し、生じた裂け目へと殺到する。



 ……嵌められましたか。

 セーランは平静を装っていくつもの命令を下した。

 交戦中の予備部隊には、順次離脱を命ずる。残念ながら、孤立した四千名は見捨てるしかなかった。今ここで中央部を突破され、後方に廻られては、タナシス野戦軍が全滅しかねない。

 次いで、前線東側の部隊に全面退却の命令を出す。戦線縮小により兵力を捻出し、これを予備部隊として敵突破戦力にぶつけ、機動防御に持ち込もうとする意図である。むろん、これで東側の敵部隊……憲章条約軍右翼部隊……が自由に動けるようになってしまうが、彼らが迂回包囲に乗り出す頃には、すでにタナシス軍主力は撤退に成功しているはずである。大局に、影響はない。

 ……勢いがいい。

 中央部で突破を狙っている憲章条約軍部隊の動きを眺めながら、セーランはわずかに端正な顔をゆがめた。緩やかとは言え、憲章条約側が坂上に陣取っている形になるので、攻勢の場合は敵のほうが有利なのだ。

 この勢いを何とか止めないと、敗北必至だな。

 状況は圧倒的に不利であった。最右翼の四千名は孤立し、優勢な敵に阻まれて動きようがない。直卒する予備部隊はいまだ離脱できていない。中央部の部隊も抗戦中で動けない。左翼……東側の部隊は、敵突破戦力の側面を衝こうと移動中。

 ……あと残る兵は。

 セーランは丘下に眼をやった。防塞には、わずかに守備兵が残っているだけだ。むろん、戦力になる数ではない。

 ……これか。

 セーランは、自分の慎重な性格に感謝した。手のひらをかざし、風向きも確かめる。……先ほどと変わらない北からの弱い風だ。どうやら、運もこちらの味方らしい。

「伝令! 丘下の防塞守備隊に連絡しろ!」

 念のため、予備の薪を確保しておいたのが、役に立ちそうだ。



「左翼部隊を下げて兵力を捻出したのは大胆かついい手だ。間に合えば、の話だがな」

 拓海はほくそ笑んだ。

 つい先ほど、憲章条約軍突破戦力はタナシス軍前線の突破に成功していた。拓海は追加投入した部隊を、西に廻らせた。狙いは、交戦中の敵予備戦力を含む敵主力の包囲である。味方の疲労は激しいが、このまま行けばタナシス野戦軍の過半数の離脱を阻止できる。

「拓海様! あれを!」

 見張りが叫んで、丘下を指差す。

 タナシス軍防塞付近から、白い煙が帯のように流れ出していた。

「そんな!」

 リダが、悲鳴にも似た声を上げる。

 ……はったりか。いや、そうとも言い切れない。

 タナシス側には、二度目の毒ガスを行う良い機会が再三あったはずだ。しかし、毒性のある煙を出すためには、おそらく大量に何かを燃やす必要があるのだろう。そう考えれば、いままで使わなかったのは当然と言える。

 先ほどの煙と比べると、その幅はぐっと狭く、三分の一程度であった。防塞の中央部から流れ出した煙の帯は、弱い北風によってわずかにその幅を広げつつ、まるで意思を持っているかのごとく拓海率いる突破戦力に向けて伸びてくる。

 流れ出す煙を目にした憲章条約軍各部隊は、ほとんどがその場で動きを止めていた。いくつかの方陣は、後退すら始めている。

 白い煙は、急速に丘の斜面を這い登りつつあった。巻き込まれそうになったタナシス軍部隊が、それから逃れようと急いで西方へと離脱中だ。見守るうちに、憲章条約軍先鋒の方陣が煙に包まれた。たちまち、パニックが広がった。方陣が乱れる。

「やはり、毒……」

「いや、ちがうな」

 リダの言葉を、拓海は否定した。確かに、多くの兵士が慌てているが、まったく動じていない兵士も多い。まず間違いなく、毒性のない煙であろう。慌てている兵士は、聞き及んだ毒ガスによるトラウマを白い煙によって喚起されたか、単なる偽薬的な効果で苦しんでいるだけに違いない。おそらく、化学兵器の心理的側面を利用した、敵の窮余の手段であろう。

 ……いずれにしても、打つ手無しだな。

 拓海は毒づいた。この状態では、無理に前進命令を出しても、かえって陣形を混乱させ、敵に逆襲の好機を与えるだけである。敵に逃げる時間を与えるのを承知で、パニックが収まるまで待つしかない。

 ……やるな、セーラン。シェラエズもなかなかの戦術家だったが、それ以上に兵の動かし方が巧みのようだ。



 ……失敗か。

 同じ頃、生馬も拓海同様毒づいていた。

 約三千の兵を率い、生馬は後退するタナシス軍増援部隊を追っていたが、二個団一千名ほどの後衛部隊相手にてこずっていた。一個団ずつ交互に支援と後退を繰り返す要領で、しぶとく抵抗を続けられ、敵の後退に伴う混乱に乗じて戦果を挙げるという追撃本来のかたちを取れなかったのである。別働隊を編成して平行追撃を行わせてもみたが、タナシス軍の撤退速度は速く、却って戦力を分散させただけに終わってしまった。

「これ以上は、深追いになります」

 ソリスが、そう進言する。

「お前の言うとおりだ」

 生馬は、追撃中止の命令を出した。望遠鏡を取り出し、後衛部隊の様子を観察する。

 すでに生馬は、その中にセーランらしき人物を見出していた。何人もの側近や護衛兵に囲まれた、剣さえ帯びていない男。彼が、セーランに違いなかった。自ら後衛を指揮し、見事な遅滞行動で離脱を成功させたのだ。

「セーラン。次に会った時は、必ず斬るからな」

 レンズ越しに見える男に、生馬は低く呼びかけた。



 ……しつこい敵だった。

 ようやく追撃を諦めたらしい敵を見やりながら、セーランは頬を緩めた。

 敵将は驚くほど背の高い男であった。おそらくは、シェラエズ殿下が南の陸塊に遠征した時捕虜にしたイクマという将軍であろう。憲章条約軍随一の猛将、という噂どおりの猛追ぶりであったが、やっとこちらを逃がしてくれる気になったようだ。

 ……さて、この敗北をどのようにシェラエズ殿下に言い訳しようか。

 セーランの見積もりでは、総兵力三万八千のうち無事なのは二万六千程度であった。負傷しながらも離脱できたのが三千程度。残る九千は、戦死か負傷して戦場に置き去り、あるいは降伏したと思われる。

 キュスナル市に立てこもれば、二万六千でも十分に戦えるが、その指揮を執らせてもらえるかは微妙なところである。主たる敗因は、情報不足にあったとは言え、セーランが敗軍の将であることは間違いないのだ。むろん、責任を取れと言われれば、指揮権の返上どころか自害することすら、セーランは厭うつもりはなかった。もともと、王家への忠誠心は人一倍ある。実力を認めてもらった上で、大抜擢された以上、国王陛下にはどのような形であれお詫びせねばならぬ。



 完全包囲されたタナシス軍部隊四千が、ようやく降伏勧告を受け入れる。

「終わった」

 夏希は地面にへたり込んだ。

「また不完全燃焼の戦いになっちまったな。まあ、それなりの打撃は与えてやったが」

 歩み寄った拓海が、苦笑する。

「損害は?」

「序盤でかなりの死傷者を出したし、右翼部隊の損害も大きい。死傷一万近くだ。健在なのは、生馬の部隊を含めて三万八千ってとこだな」

「キュスナル市に立てこもられたら、まずいでしょ」

 夏希は拓海を見上げてそう言った。戦略的に迂回できない箇所だし、それなりに要塞化も進んでいるはずだ。

「そろそろ講和のタイミングかもしれんな。これ以上戦ったら、寛大な条件で停戦というわけには行かなくなるかもしれん」

「で、次の一手はキュスナル攻略準備?」

「そうなるな。……いや、やはり兵力不足だ。なんとしてもレムコ同盟から援兵を出してもらわんと、話にならん」

 しかめっ面で、拓海が言う。

「それと、毒ガス対策も忘れないでよ」

 夏希は釘を刺した。


第百二十二話をお届けします。

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