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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第一章 高原編
12/145

12 蛮族対策

「残念だが、駿殿の提案は認められない」

 ヴァオティ国王が、厳かに言う。

 夏希ら三人の異世界人は、謁見の間で国王と向かい合っていた。国王の隣にはエイラの姿があり、その傍らには相変わらずコーカラットの姿がある。

「畏れながら、陛下……」

 駿が反駁しかけたが、ヴァオティ国王がそれを身振りで遮る。

「いや、そなたの話は理解した。人が富を生む。まさにその通りだと思う。一部の者が知識を後生大事に抱え込んでいても、その量は増えない。学校とやらを作ることに、反対はしない。だが、我が国は喫緊の問題を抱えておる。余分なかねはないのだ」

「……蛮族の問題でしょうか?」

 夏希は遠慮がちに訊いてみた。

「そうだ。他国からもたらされた情報を勘案すると、イファラ族は本気で我が国を狙っているらしい。早急に対処する必要がある」

「戦争って、お金掛かりますものね」

 凛が他人ごとのように言う。

「陛下。イファラ族はなにゆえジンベルを攻めるのですか?」

 夏希は素朴な疑問をヴァオティ国王にぶつけてみた。戦争に踏み切る以上、その目的があるはずだ。それが何であるかを知り、何らかの手段で取り除くことができれば、開戦を阻止できるかもしれない。

「それが、よくわからぬのだ。他の平原諸国にも協力を依頼し、色々と調べさせてはいるのだがな」

 歯切れ悪く、国王が答える。

「……それはともかく、いい機会だから聞いておこう。そなたたち、ジンベルの防衛に手を貸してはくれぬか?」

 ヴァオティ国王が、三人の顔を順繰りに眺めながらそう切り出した。

「契約内容に、軍務は含まれていなかったことは重々承知している。しかし、今ではそなたらもジンベルの住人。そのよしみで、力を借りたい」

「そうおっしゃられましても……」

 夏希は口ごもった。軍事知識など皆無に等しいし、剣や槍など触ってみたことすらない。凛も、同様だろう。

「なに、戦ってくれと頼んでいるわけではない。防衛隊や、市民軍の訓練を手伝ってほしいのだ。異世界には、優れた軍隊があると聞く。かのマルセル隊長のような、優秀な指揮官もおる。そなたらの知恵を、借りたいのだ」

「あまりお役には立てそうにありませんね、陛下」

 いかにも申し訳なさそうな表情で、駿が言った。

「僕は戦史には詳しいですが、戦略や戦術を研究したことはありません。まして、軍隊の訓練に関しては素人同然です。まあ、軍師の真似事くらいはできるかもしれませんが。陛下がお望みなのは、野戦指揮官タイプでしょう。お手伝いしたいのは山々ですが、お力にはなれないと思います」

「陛下、よろしいでしょうか」

 黙ってやり取りを聞いていたエイラが、控えめに割り込んだ。

「なにかね、巫女殿」

「マルセル隊長の代役を、新たに異世界から召喚してはいかがでしょうか?」

 そう、エイラが提案する。

「このところ、立て続けに召喚しているではないか」

 国王が、渋い表情で指摘する。

「幸い、召喚の儀式に使う供物にはゆとりがあります。報酬の問題だけ解決できれば、お金はあまりかかりませんわ」

「むう。しかし、マルセル隊長の代理となれば、それなりのものを払わねばならぬだろう」

「陛下、御提案があります」

 駿が、口を挟んだ。渋い表情のままの国王が、訝しげな視線を駿に返す。

「……聞かせてもらおうか」

「成功報酬にする、というのはいかがでしょう。蛮族を追い払う、ないしは攻めて来れぬだけの精強な軍隊を作り上げることができれば、報酬を与えるという契約内容にするのです。後払いならば、国庫も楽でしょう」

「ふむ。その手があったか」

 国王が愁眉を開いた。

「よろしい。巫女殿。明日にでも優秀な者を召喚したまえ」


「先に言っておくけど、もうクラスメイトは呼ばないでね」

 夏希はそう釘を刺した。

「もちろんです。……で、召喚するのは皆さんと同じ国の人がよろしいでしょうか?」

 エイラが、訊く。

「いいえ。幸いなことにわたしの属する国はここ六十数年ほど戦争していないの。どうせ召喚するならば、戦場に出た経験のあるひとを呼ぶべきだわ」

「陸軍の現役軍人で、士官教育を受けたものが適当だろうね」

 駿が、アドバイスする。

「船乗りやパイロットを呼んでも、大して役に立たないだろう。叩き上げの軍人も、中世的な戦闘に関して知識が乏しいだろうから、相応しくない。まともな士官教育を受けていれば、戦史についても研究しているはずだから、即戦力になるはずだ」

「国で言ったら、どこかしら。やっぱり、アメリカ?」

 首を傾げつつ、凛が訊く。

「実戦経験重視なら、そうだろうね。だけど、ウェストポイントの戦史教育は近世以降が中心だからなぁ。むしろ、サンドハーストやサン・シールの方がいいかもしれない」

 駿が答える。

「なに、そのサンドなんとかとか、なんとかシールってのは?」

「サンドハーストが、イギリスの士官学校。サン・シールが、フランスの士官学校だ。両方とも欧州戦史を重視しているから、古代から中世にかけての戦史教育は充実してるらしい」

「じゃ、お勧めはイギリス人かフランス人で」

 夏希はそうエイラに告げた。

「わかりました」


「久しぶりね、こんな格好」

 ドレスシャツに袖を通しながら、夏希はつぶやいた。

 隣では、長袖トレーナーを素肌の上に着込んだ凛が、袖を捲くり上げている。

 あちらの服装に着替えておくというのは、駿のアイデアである。今回召喚される人物は、おそらく軍人だろうから、防衛隊の兵士が不用意に近づけば攻撃してきたりする可能性が高い。また、サバイバル能力にも長けているはずだから、密林の奥深く潜ってしまうことも考えられる。したがってなるべく早めに夏希らが接触し、説得する必要があるが、ジンベルの服装では地元住民と見分けが付かず、逃げられてしまうだろう。日本語はまず通じないはずだから、服装で同じ世界の者と悟らせ、警戒心を解かせてから近づくのが得策である。

「準備できたわよ」

 夏希と凛は、待っていた駿と合流した。駿ももちろん、こちらへ召喚されていた時の服装だ。足だけは、素足にジンベル製のサンダルを履いている。夏希も、履物は同様のサンダルだ。

 ほどなく、召喚の儀式が行われていた部屋から、硫化水素の悪臭をまとわり付かせたエイラが出てきた。

「儀式は無事に終了しました」

「ご苦労様」

 夏希はとりあえず労った。

「コーちゃん、皆さんをお願いね」

 エイラが、遅れて出てきたコーカラットに言う。

「おまかせくださいぃ~」

 コーカラットが、身体を揺らす。道案内兼護衛兼通訳兼異世界の生き証人として、彼女も夏希らに同道するのだ。エイラによれば、コーカラットは……というか、魔物は凄まじく『強い』ので、護衛には最適らしい。もっとも、魔物は人間同士の争いごとには基本的に非介入の立場なので、自ら積極的に暴力行為に及ぶことはないという。夏希らの護衛も、あくまで『ご主人様のお友達』だからこそ、引き受けるのだそうだ。

 待つこと二十分ほどで、報せが来る。今回は、北の方に現れたらしい。

 三人と一匹(?)は、足早に市街地の北へと向かった。途中で出くわした兵士の話によれば、召喚された人物は保護されるのを拒否し、激しく抵抗しつつ逃走しているという。

「さすがに軍人だな」

 駿が、苦笑いを浮かべつつ感心する。

「はやいとこ説得しないと、怪我人が出そうね」

 凛が言う。夏希も駿も同意し、足をさらに速めた。

 市街地の北の外れでは、大勢の兵士が右往左往していた。どうやら、件の人物は市街地に逃げ込んだらしい。夏希らは兵士の案内で家屋の間に入り込み、捜索を開始した。

 ほどなく、三人はばたばたという人が走る騒音を聞きつけた。音からすると、一人らしい。単独と言うことは、捜索の兵士ではないだろう。まず間違いなく、召喚された人物だ。

「こっち」

 耳聡い凛が、皆を足音の方へと導く。

 と、いきなり一軒の家の裏庭から、人影が飛び出した。ブルージーンズにノースリーブのシャツを着込んだ、色白の若い男性だ。たいへん背が高く、右手に木の棒を握っている。ごつごつと曲がっているので、太目の枝から余分な小枝を折り取った物のようだ。

 男性が、浮いているコーカラットに気付いた。

「化け物め!」

 一声叫ぶと、凄まじい気合を込めて棒で打ちかかる。

 コーカラットが、ひょいと動いてこれを軽々と躱す。

 ……え。

 夏希の目が点になった。男性の叫びが日本語だったこともあるが、それ以上に驚いたのは、男性の顔に見覚えがあったからだ。

 境 生馬いくま。……またもやクラスメイトである。クラス一の高身長……百八十七センチ……を誇る、剣道部副部長だ。

「はっ!」

 裂帛の気合とともに、生馬がコーカラット目掛け突きを繰り出す。

 触手の一本を棒状に素早く変形させたコーカラットが、余裕を持って生馬の突きを受け流した。続いて生馬が数回打ち込んだが、いずれもコーカラットの棒状触手に軽くいなされてしまう。

 と、生馬の視線が夏希らを捉えた。細い目が、大きく見開かれる。

「宮原か! 森に藤瀬も!」

 名を呼びながら、生馬が三人をコーカラットから庇うような位置に走り込んだ。

「ここは俺に任せろ! 早く逃げるんだ!」

 コーカラットに向け威嚇するように棒の先を動かしながら、生馬が叫ぶ。

「あの~、境君。悪いんだけど……」

 夏希は頭を掻きつつ生馬の背中に声を掛けた。

「宮原! 女の子は頼んだぞ! 俺はこの化け物を倒す!」

 夏希の呼びかけを意に介さず、生馬がコーカラットを睨みながら言い放つ。

 映画か漫画だったらまことに格好のいいシーンである。だが、事情を知る夏希らから見るとなんともお間抜けな状況だ。

「化け物ではありませんっ~。魔物ですぅ~」

 生馬の言葉に、呆れたようにコーカラットが応じる。

「魔物か。道理で禍々しい姿をしている。さあ、掛かって来い!」

 生馬が、挑発する。

「境。落ち着け。その魔物は敵じゃない」

 駿が、生馬の肩に手を掛けた。

「なんだと? 奴は味方なのか? じゃ、追って来た兵士が敵なんだな?」

 なおもコーカラットに棒の先を向け、視線も逸らさぬまま、生馬が早口で訊く。

「いや、兵士も味方だ。ここには、敵はいないよ」

「なん……だと?」

 生馬の顎が、がくんと落ちる。


「異世界召喚なんて、不可解だ」

 夏希らの説明を受けた生馬が、顎を撫でつつ唸る。

「不可解なのはこっちも同じよ。イギリス人かフランス人が来るはずだったのに、なんであなたが来たのか……」

 夏希は首をひねった。

「エイラの能力不足、ということだろうな」

 にやにやしながら、駿。

「もしかすると、最初に召喚した人物に関係する者しか召喚できないんじゃないの?」

 疑わしげに、凛が言う。

「まあ、とりあえずクラス一の武闘派が召喚されたことは、確実だが」

 にやにや笑いを続けながら、駿が生馬を見た。

「完全に同意するわ」

 夏希はうなずいた。身長百八十七センチ。やや細身ながら、剣道三段の腕前。気質的にも、荒事は得意そうだ。

「で、俺は何のためにここに召喚されたんだ?」

 生馬が、短く刈った頭を掻きながら訊く。

「それはね……」

 夏希は縷々説明を始めた。蛮族対策に話が及んだ時点で、生馬の目が輝く。

「俺に軍隊を任せるというのか、その国王は?」

「そこまでは言ってないけど、訓練に手を貸して欲しいらしいわ。指揮を執らせてもらえるかどうかは、訓練結果次第じゃないの?」

「そういえば、境は戦国マニアだったな」

 駿が、苦笑する。

「ああ。異世界召喚じゃなくて、戦国時代にタイムスリップだったら、大喜びだったんだがな」

 生馬が、どう見ても日本には見えない周囲の風景を眺め渡す。ちなみに、木刀代わりの棒はいまだ手にしたままだ。

「ともかく、面白そうだ。俺も仲間に入れてもらうよ」

「ありがとう、境君」

 夏希は軽く頭を下げた。予定した人物……現役の外国人士官……に比べれば物足りないが、それなりに頼もしい仲間が増えた。

「しかし……さっきから聞いていると、お前らずいぶんと仲がいいな。名前で呼び合ったりして」

 三人を見比べながら、生馬が薄笑いを浮かべる。

「結構長く一緒にいるからね。境君も、名前で呼んで欲しい?」

 凛が、訊く。

「小学生みたいでちょっと気恥ずかしいが……生馬でいいよ。よろしくな、駿、夏希、凛。……おっと、もう一人いたっけ」

 振り返った生馬が、背後で浮いているコーカラットに歩み寄る。

「さっきは済まなかったな。事情がわからなかったとは言え、いきなり打ち込んでしまって。謝るよ」

「誤解が解けてよかったですぅ~。しかし、見事な太刀捌きでしたぁ~。かなりの使い手と、お見受けしましたがぁ~」

 コーカラットが、嬉しそうに身体を揺らしつつ言う。

「いやあ、褒められるほどの腕は持ってないよ。むしろ、あんたの腕の方が上だ。まったく隙が無かったしな」

「腕ならいっぱい持ってますからぁ~」

 コーカラットが、すべての触手を持ち上げてひらひらと揺らす。生馬が、豪快に笑った。


第十二話をお届けします。

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