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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
114/145

114 殺意

 タナシス軍大部隊が、急速に生馬率いる前衛部隊との間隔を詰めてくる。

 迎え撃つ高原弓兵隊が、曲射で矢を連射する。しかし、タナシス側の前面にいる部隊は大盾を構えた盾兵ばかりであった。射られた矢のほとんどが、木製の骨組みに革を二重張りにした盾に阻まれてしまう。それでも構わず、高原弓兵隊は矢を速いペースで射続けた。多少なりとも損害を与え、隊列を乱すことができればそれなりに効果はある。

 生馬は矢避けの丸盾を背中に負って、手近の立木によじ登った。幼い頃から庭の柿の木に登り慣れているから、木登りは得意である。手ごろな太い枝に伏せるように取り付き、邪魔な枝葉を折り取って前方の視界を確保する。……一軍の将としてはいささかみっともない格好だが、戦況を見極めつつ適切に指揮を執るには全体を見通せる高所に陣取る必要がある。

 わずかに砂埃を上げながら、タナシス兵の群れが突っ込んでくる。数は……やはり当初見積もったとおり、一万五千前後といったところか。こちらは六千。ざっと二倍半の敵である。

 ……貴様のような卑怯者には負けんぞ、セーラン。

 非戦闘員を、しかも本来ならば積極的に守るべき自国の市民を犠牲にする奇計。

 今やユッカの街はひとつの巨大な松明と化していた。風下でもないのに、ここでもはっきりと熱気を感じ取れるほどだ。逃げ遅れた市民は、奇跡でも起こらぬ限り助かるまい。

 許さん。

 生馬は憤りを肚の底に押し込めた。怒りは力を生む、と世間一般では考えられている。それが間違いであることを、生馬は幼い頃から曽祖父や祖父に学んで知っていた。

 極端な怒りは人の力を増幅させたりはしない。ただ単に、意識を怒りの対象に集中させるだけなのだ。それが結果的に大きな効果をもたらすことが往々にしてあるので、新たな力を生み出すと勘違いされているだけなのである。

 意識の集中は、相手が単独であれば大抵の場合有利に働く。例えば、剣道の試合である。相手は常に一人。避けなければならない竹刀は常に一本。周囲に気を配る必要はない。眼前の相手にのみ集中し、一本を奪うことができれば、それで事足りる。戦いはその時点で終了し、勝利を味わうことができる。

 戦場は違う。一人の敵に拘れば、待っているのは死だ。背後から斬り付けてくる敵兵。死角から繰り出される槍の穂先。遠方から放たれる矢。これらに気付かぬ兵士は、長生きできない。

 部隊指揮官も同様である。目先の敵だけに囚われていては、確実に戦況を見誤る。戦場において、怒りの感情はマイナスにしか働かないのだ。

 生馬は忙しく頭を巡らせて戦場をチェックした。味方方陣は、その隊形をまったく崩すことなく、突っ込んでくるタナシス軍部隊を迎え撃とうとしている。

 二倍半の敵と交戦するはめに陥った憲章条約軍だったが、有利な点がひとつだけあった。背後が、安全なのだ。なにしろ、地獄並みの業火に守られているのである。タナシス側が兵力の優越を活かして延翼運動を行おうが、迂回部隊を編成し派遣しようが、無視できるというのは大きい。側面からの攻撃はあり得るが、これに対しては予備として控置してある矛槍兵部隊で十分に対抗できる。


 高原弓兵が、直射に切り替える。

 しゃがむなどして姿勢を低くした槍兵の頭上を、千数百本の矢が通過してゆく。すでに数本の矢が突き立っているタナシス兵の大盾に、さらに何本もの矢が突き刺さった。

 盾兵が、唯一の得物である短い曲刀を抜く。高度な訓練を受けた正規兵である彼らは、後続する槍兵や軽装歩兵のために矢だけではなく槍までも防ぐように命じられていた。……もちろん、革張りの盾では槍の穂先まで防ぐことはできない。おのれの肉体を犠牲にして、味方のために文字通りの血路を拓くように指示されているのである。

 憲章条約軍側に、号令が飛んだ。最前列の高原弓兵が弓を射るのをやめ、鉈を抜く。しゃがんでいた槍兵が一斉に立ち上がって、それぞれ指示されている通りに長槍を構えた。最前列が、片膝をついて低い位置に、二列目が腰の高さで、三列目が胸の高さに、最後列が三列目の肩越しに、穂先を突き出す。

 その槍衾に、タナシス盾兵が突っ込んでくる。

 槍の穂先が二重の革をあっさりと突き破り、その背後にあるコート状の連鎖鎧も貫いて、盾兵の肉体に突き刺さった。吹き出た鮮血が、埃っぽい黄褐色の土にたちまちのうちに染み込んでゆく。

 わずか十数秒で、一千名近いタナシス盾兵が死傷する。しかし、その犠牲のおかげで、後続するタナシス軍本隊はほぼ無傷のまま、憲章条約軍方陣と合間見えることになる。

 破れた盾や盾兵の死体を踏み越えるようにして、タナシス槍兵が憲章条約軍の槍衾に戦いを挑んだ。双方が繰り出す長槍がぶつかり合い、絡み合う。

 タナシス側の圧力は凄まじかった。こちらの主力は市民軍とは言え、北の陸塊への遠征に参加させた部隊だから、いわばセミプロの集団である。しかも、重要な任務である前衛を構成するために、生馬が自ら選んだかなり質の高い部隊ばかり。それなのに、戦闘開始から幾許もたたぬうちに、早くも押され始めている。

 生馬は樹上から適切な指示を繰り出した。圧力に負けそうなところには、投げ槍兵部隊を急行させて支援させる。突破されそうな箇所にはあらかじめ長剣兵部隊と鉈を手にした高原戦士を配し、逆襲に備える。

 ……よく持っている。が、足りん。

 生馬は歯噛みした。憲章条約軍は、よく持ちこたえている。だが、拘置してあった予備部隊は、急速に減りつつあった。火災から逃れてきた本隊の一部も再編成し、予備隊に編入したが、それもすぐに前線に投入するはめに陥る。

 せめて、あと精鋭一個大隊……一千名いれば。

 生馬は悔しがったが、これ以上この場で抵抗を続けては、損害が増すばかりである。それどころか、戦線の維持に失敗し、包囲殲滅のおそれすら出てくる。

 引く潮時だ。

 生馬は指示を飛ばし始めた。それを受けて、憲章条約軍が戦いを継続しつつ東へと移動を始める。ユッカ市街地の北東へ移動し、テマヨ川の流れと市街地東方の水田に挟まれた逆三角形の位置に立てこもろうという作戦である。ここならば、戦線を短くして兵力を節約できる。ただし、市街地の西方から現れるであろう本隊との連携は諦めざるを得ない。

 生馬は木から下りた。流れ矢に用心しながら、部下とともに東へと移動してゆく。

 ……圧力が弱まった?

 不思議なことに、タナシス側の攻撃は下火になっていた。戦闘隊形を維持しているとはいっても、移動中の軍隊はそれなりに脆弱さを露呈している。それにも関わらず、タナシス軍はこちらを積極的に攻撃してこない。

 ……いや、不思議でもなんでもない。敵の目的は、俺たち前衛を潰すことじゃない。もっと、大きな勝利を狙ってるんだ。

 遅まきながら、生馬はそう気付いた。こちらの戦闘力を削ぎ、動きを封じておいてから、主目標である憲章条約軍本隊を攻撃しようというのだ。

 予定通り一片をテマヨ川、もう一片を水田地帯に接した三角形の土地にたどり着いた生馬は、水田のあぜ道に何人もの伝令を送り出した。火災と煙で、本隊と後衛はこちらの状況がほとんどつかめていないはずである。タナシス側の罠に掛かる前に、早急に情報を伝えねばならない。

 それと同時に、生馬は前衛部隊の被害状況と現況の報告を行わせた。場合によっては、こちらから打って出て、牽制行動を行う必要がある。

 だが、上がってきた報告は悲観的なものばかりであった。人的損害は、死傷一千二百程度と、あの激戦にしては軽くて済んだと思われたが、すでに高原弓兵の大半は矢を射耗し尽くしていた。投げ槍も、同様。

 生馬は前方を見やった。五千程度と思われるタナシス軍部隊が、こちらを睨むような形で布陣している。……こちらに積極的に仕掛けるには足りない数だが、こちらの前進を簡単に阻むことのできるだけの兵力だ。いや、これだけこちらが消耗している現状では、無理に打って出れば返り討ちにあう可能性のほうが高い。

 ……くそっ。これでは動きが取れん。



 突然の火災に混乱した憲章条約軍本隊が、燃え盛るユッカ市街地の南方でようやく再編成を終える。

 その前に、無傷だった後衛部隊三千と西部同盟軍二千が、市街地西方の畑地を突っ切って前衛部隊と合流しようと、流れる煙の中に突入していた。不快な臭いが混じる……明らかに鉱物質の可燃物を大量に燃やした煙だ……濃灰色の中を突っ切って、市街地北西へと抜け出した彼らを待ち受けていたのは、セーラン将軍が直卒する約一万のタナシス軍が形作るいくつもの方陣であった。

 視界不良の中前進して隊形を乱し、また指揮系統にも多少の乱れを生じていた後衛部隊は、煙の中を出た端からタナシス軍に各個撃破された。弩の集中射によって損害が生じ、乱された方陣の中に、長柄刀ちょうへいとうを振りかざした重装歩兵が突っ込み、西部同盟兵や憲章条約市民軍兵士を容赦なく切り倒す。

 ようやく事態を悟った憲章条約側が、前進を取りやめ、流れる煙の中でなんとか隊列を整えようとする。それを知ったセーラン将軍が、槍兵の方陣に前進を命じた。タナシス兵の長槍が、煙の中でうごめく影に向かって繰り出される。指揮系統が乱れている憲章条約側は浮き足立った。一部の部隊が、南方へ向けて敗走を開始する。



「深追いはしないか。妥当な判断だな」

 望遠鏡を覗きながら、生馬はつぶやくように言った。

 ユッカ市街地西方にたなびく煙の中から、続々とタナシス軍部隊が湧き出てくる。その隊列に、大きな乱れはなかった。敗走ではない。自主的な後退である。

 その隊列の中に、足取りの重い一団がいることに、生馬は目を留めた。どうやら、敵はかなりの数の捕虜を獲得したらしい。

「総員に伝えろ。厳しい戦いになるぞ」

 望遠鏡を下ろした生馬は、ソリスにそう伝えた。

 タナシス軍本隊の動きから類推するに、市街地西方を迂回していた憲章条約軍は多数の捕虜を出すほどの損害を受け、後退を余儀なくされたのであろう。となれば、タナシス軍の次の行動は、狭隘な地に押し込められているこの前衛部隊に対する攻撃であることは、火を見るよりも明らかである。

 タナシス軍は多少損耗したとしても、まだ一万三千程度の兵力を有しているはず。こちらは五千以下。比較的有利な地形にこもっているとは言え、すでに矢や投げ槍は事実上使い果たした状態である。

 ま、いざとなったら水田に逃げ込むさ。

 生馬はそう楽観的に考えることにした。水田に踏み込めば、敵も深追いはしてこないだろう。こちらの部隊としての戦闘力は喪失してしまうが、少なくとも命は助かる。

 生馬は緊張してタナシス軍が再集結する様子を見守った。退いてきたいくつもの部隊が方陣をいったん解き、隊列を組み替える。

 おや。

「……あれは、行軍隊形ですね」

 視力のいいソリスが、首を傾げつつ指摘する。

 一万前後と思われるタナシス軍本隊は、戦闘態勢を取っていなかった。縦に長い隊列を組み、街道を北へと向かい始める。

「退却……いや、転進か」

 生馬はセーラン将軍の意図に気付いた。ここで生馬の部隊と戦えば、殲滅は可能としても、それなりに大きな損害を生じるだろう。戦闘が長引けば、態勢を立て直した憲章条約軍主力との乱戦に持ち込まれることも大いにあり得る。

 セーランも、この戦域が支戦域であることは十分に承知しているに違いない。彼の任務は、憲章条約軍と相打ちすることではない。あくまでも、主戦域のためになるべく少ない戦力で憲章条約軍を拘束し続け、そしてその前進を阻むことにある。そのためには、損害を最小限に抑えねばならない。目先の勝利に囚われて戦力をすり潰すのは、愚策だと知っているのだろう。

 ……奴が狙っているのは一万三千の迂回兵力だ。

 小道を伝い、西方へ大きく迂回して、北西の街道沿いの小村とその東方でテマヨ川を封鎖する手筈の西方同盟軍一万三千。兵力は多いが、タナシス正規軍より訓練も装備も劣る部隊ばかりである。長時間タナシス軍と渡り合えるだけの能力はない。

 その大兵力ゆえに、進軍の模様はタナシス側に筒抜けだったろう。地形を見ればその目標地点もおおよそ推定できるはず。そして、迂回部隊はこちらの状況……タナシス軍主力を拘束することに失敗した上に、かなりの損害を蒙ったので簡単には増援を送ることができない……を知らない。それゆえ、タナシス軍と交戦に入った場合、迂回部隊は事前の作戦計画通りにその場で敵を阻止し、拘束するための戦闘を継続するだろう。……南から、憲章条約軍主力がやってきて敵を挟み撃ちしてくれるはずと信じて。

「ソリス! 志願者を募れ! 迂回した西方同盟軍部隊へ伝令を送るんだ! 状況を知らせ、退却を勧告する。いや、総司令官代理として、俺の名で退却を命ずる。急げ!」

 生馬は副官を急かした。

 ……間に合えばいいが。



 生馬の読みどおり、セーラン将軍は迂回部隊一万三千と接触した。

 迂回部隊の最大の弱みは、街道沿いの小村とテマヨ川の二ヶ所に戦力を分割していることであった。直接的な連携を取ろうとすれば、膨大な面積を守備しなければならず、却って防備を弱体化させてしまうことになる。もっとも、当初の作戦計画ではその脆弱性は無視できるものだと考えられていた。陣外決戦を強要するための迂回攻撃は、敵主力が陣地放棄を決断せざるを得ないような箇所を目標とすることが要諦であり、それには主要な兵站線兼退路である街道と河川という二ヶ所を押さえる必要があったし、いずれにせよ短時間で憲章条約軍主力との連携が果たされるはずだったからだ。

 彼らを攻撃する前にセーラン将軍が打った手は、なんとも効果的な心理作戦であった。なんと、ユッカの戦いで獲得したばかりの捕虜多数を、西部同盟側に向けて解放したのだ。当然のごとく、ユッカ村での憲章条約軍敗北の報せが、西部同盟の末端の兵士のあいだにまで伝わる。

 これで、西部同盟側の士気はがた落ちとなった。……いくら踏ん張っても、憲章条約軍主力はやってこない。迂回包囲部隊のはずが、いつの間にやら逆に敵中に孤立した部隊になり下がってしまったのである。

 そんな中セーラン将軍がまず攻撃したのは、テマヨ川沿いに布陣した七千五百の西部同盟軍であった。用いた兵力は、一万二千。

 すぐさま、小村にこもった西部同盟軍部隊五千五百から、二千の部隊が引き抜かれてテマヨ川に向かう。だが、この部隊はタナシス軍別働隊に捕捉され、前進を阻まれる。

 テマヨ川沿いの西部同盟軍は、士気が落ちたにも関わらず、それなりに勇敢に戦った。市民軍とは言え、祖国独立という理想に燃えて志願した者ばかりである。だが、徐々に西部同盟軍の損害が増えてゆく。堅固な陣地を築く時間がなかったし、資材も不足していたから、布陣してタナシス軍を待ち受けていたと言っても事実上正面切っての野戦と大して変わりはない。後背はテマヨ川に守られているものの、兵力差から両側面からも容赦のない攻撃を受け、兵力を損耗してゆく。

 ついに、方陣のひとつが壊滅し、前線に穴が開く。指揮官が予備隊を投入し、その穴を塞ごうとしたが、訓練不足の市民軍は動きが鈍かった。予備隊が到着する前に、セーラン将軍がすかさず送り込んだタナシス軍重装歩兵が、穴を広げつつ西部同盟陣内に踊り込む。振り回された長柄刀が弓兵の腕や首をあっさりと斬り落とす。パニックに陥った市民軍兵士が、闇雲に後退しようと動き、それが陣内の混乱をさらに倍化させる。

 タナシス軍に背後にまわられ、前線を構成していた方陣の幾つかがあっさりと崩壊する。セーラン将軍がさらに予備隊を投入し、勢いを得たタナシス側はテマヨ川河畔まで到達し、西部同盟軍を二分することに成功する。

 こうなると、戦いは一方的になった。方々で、抵抗を諦めた西部同盟兵士が得物を捨て始める。比較的短時間で、テマヨ川沿いに布陣していた西部同盟軍部隊は壊滅した。

 その戦況を見て、街道沿いの小村に立てこもっていた五千五百の西部同盟軍部隊の士気は地面にめり込むほどにまで下がった。優勢な敵に囲まれ、救援の来るあてはない。包囲を突破したとしても、追撃に晒されるのは必至だ。

 包囲を完了したセーラン将軍が士官を派遣し、降伏勧告を行う。五千五百名は、戦わずして降伏した。



 夕方近くになって、ようやくユッカ市街地の火災は鎮火した。もはや燃える物が何も無くなった、という形での、自然鎮火であった。

 生馬はソリスを伴って、いまだ随所で燻っている市街地に足を踏み入れた。地面が熱を帯びており、流れる空気は熱く重苦しい。

 いたるところに、炭化した死体が転がっていた。熱変形した冑で憲章条約兵士とわかる者。親子らしい、寄り添ったままの大小の死体。熱気から逃れようとしたのか、石組みの建物の土台のあいだにはまり込んでいる死体。もつれ合うように倒れている小さな三つの死体は、午前中に見かけた少年三人のものだろうか。あるいは、少女三人組のものか。

「決めたぞ、ソリス。セーラン将軍には、この報いを必ず受けてもらう」

 搾り出すように、生馬は言った。

「お止めはしません」

 上官の性格をよく知っているソリスが、うなずく。

「セーランは、俺が斬る。やつは武人でも戦士でも軍人でもない。単なる殺戮者だ」

 生馬はむろん、この世界に来るまで人を殺したことは無い。それどころか、剣道などのスポーツ以外で他人に『危害』を加えたことは一切無かった。幼い頃から武道の精神を叩き込まれてきたから、喧嘩すらしたこともなかったのだ。

 こちらの世界へ来てからは、なりゆきで大勢の人を殺めたが、生馬本人には人を殺したという意識は希薄であった。相手は、こちらを殺そうと目論んでいるのだ。覚悟して戦場に赴いた者同士である以上、命のやり取りをしたとしても、それは単なる殺しとは本質的に違うものである。敵を倒したいと思うことは、殺意を抱くとはまったく異なる感情なのだ。

 今初めて、生馬は殺意というものを抱いていた。

 ……セーラン将軍は、俺が地獄に送る。


第百十四話をお届けします。

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