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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
102/145

102 玉虫色外交

 レムコ同盟成立直後から、タナシス王国西部地域において西部同盟軍……西部同盟の自称では『解放軍』、タナシス王国側の呼称では『叛徒』……の軍事行動が活発化する。

 レムコ同盟も自称『義勇軍』を組織し、東部地域のタナシス王国軍駐屯地などへの襲撃を開始した。スルメ公国、メリクラ自治州、ペクトール公国などの公国軍、自治州軍などは、その人員の大半がそっくりそのまま義勇軍に加わったので、一時的にせよ東部地域の兵力バランスはレムコ同盟側に大きく傾くことになった。



「鍵は宣伝にあります」

 オストノフ国王を前に、リュスメースはそう主張した。

「カートゥール元公王はすでに、真の敵は大タナシス主義とタナシス王家にある、と明言しました。そして、大タナシス主義に共鳴しないタナシス人は、友人であるとも。つまりこれは、タナシス王家およびタナシス政府と、タナシス人および独立を求めぬ他の民族との離間工作と思われます。我が方はこれに対し、激烈なる宣伝戦を仕掛けねばなりません」

「具体的方策を聞こうか」

 執務机から身を乗り出すようにして、オストノフが訊く。

「承知いたしました、陛下」

 リュスメースは説明を始める前に少しばかり間を置き、息を整えた。負傷はすでに癒えているが、寝たきりの生活が長期間続いたので体力は未だ回復していない。

「まず、レムコ同盟の主張が虚偽であり、その真の目的は叛徒民族によるタナシス人を含む多民族支配の構造を創り上げることだ、という見解を広めます。タナシス王国が崩壊すれば、全タナシス人は奴隷も同然の立場に置かれるだろう、との噂も流します」

「レムコ同盟は否定するだろうな。奴らが求めているのは独立と自治だ。そこまでやるとは思えぬ」

「宣伝はすなわち誇張です」

 涼しい顔で、リュスメースは言い切った。

「まあ、我が国は追い詰められている。選択の余地はないな」

 愛娘の身も蓋もない言い方に、オストノフが苦笑いを浮かべる。

「攻撃的な宣伝としては、レムコ同盟盟主カートゥール元公王への個人攻撃を開始します。大衆に人気のある人物ではありますが、決して高潔な人物ではありません。その人格を貶めるような情報はすでに幾つか掴んであります。しかしながら、若い愛人の存在を暴露したとしても、彼の人気が落ちるようなことはないでしょう。なにしろ、あの性格ですから」

「だろうな」

 つかみ所のない、飄々たる性格が、カートゥールのトレードマークでもあるのだ。愛人発覚くらいなら本人は笑い飛ばすだろうし、大衆もむしろ『あの年で若い愛人とはさすがだ』とむしろ賞賛に近い反応を示すに違いない。

「狙い目は、スルメ王国です。武装蜂起の目的は、解放などではなくかつてのスルメ王国を復活させることだ、と反タナシス主義の大衆に信じこませるのです。カートゥールの目指すものは、スルメ、バラ、メリクラ、ペクトールにまたがる大国を再興し、さらに周辺諸地域を侵略、最終的に北の陸塊全土を征服するものだ、との噂を広めます。カートゥールは好人物であると大衆には評価されていますが、野心と無縁な人物ではありません。これによって、レムコ同盟と東部同盟の離反、レムコ同盟内の足並みの乱れ、大衆の支持低下などを狙います」

「うむ。その手はわしも考えていた。……外交面はどうだ? ノノア川憲章条約に助力を求めるべきだろうか?」

「もちろん求めるべきです。現状での彼らとの関係を考慮すれば、まず確実に拒絶されるでしょうが。しかしながら、不介入の言質をもらうだけでも成功と言えるでしょう。シェラエズ王女からの書簡では、むしろタナシスを見限ってレムコ同盟を援助すべし、と唱えている者も一部には居るようですから」

「うむ。憲章条約が叛徒どもを支援することになったら、まずわが方に勝ち目はなくなるからな。現状では、不介入を確約してもらえるだけでもありがたいと思わねば」

「陛下のおっしゃる通りです。わが方に味方せず、不介入を貫いたとしても、憲章条約には感謝せねばなりません」



「で、どっちが勝つんだ?」

 マリ・ハに帰着したばかりの拓海に、生馬がいきなりそう尋ねる。

「おいおい。這々の体でリスオンから脱出してきたというのに、開口一番これか?」

 拓海が、芝居がかって驚いてみせる。

「ここにいては北の陸塊の情報は集まりにくいからね。現地の新鮮な情報を聞かせて欲しいね」

 拓海に椅子を進めながら、駿が言う。

「ま、道中情勢分析はしてきたがね。あー、凛ちゃん。美味いお茶頼むよ。夏希は北の陸塊の地図頼む。いつぞや駿が描いてくれた大きいやつだ」

「はいはい」

 夏希は嫌そうに立ち上がった。巻いてあった地図を手に取り、テーブルの上に広げる。生馬と駿が、そのあたりにあったインク瓶や空のカップなどを、四隅に載せてくれる。

「全般的な情勢は理解しているな? ではまず西部地域からいこう。西部同盟の兵力は、元カレイトン自治州軍三千、元クーグルト公国軍三千、市民軍二万前後で約二万六千。対するタナシス側は、正規軍二十五個団一万二千五百、奴隷軍が五個団前後、それに辺境軍からの増援若干、合計一万六千程度だ。続いて東部地域だが、レムコ同盟兵力は元メリクラ自治州軍三千、元ペクトール公国軍三千、元スルメ公国軍三千、元バラ自治州軍約一千、市民軍約三万、合計四万ほど。タナシス軍は正規軍が三十五個団一万七千五百、奴隷軍が十五個団程度で、合計二万五千。こんなところだな」

 指でいちいち地域を指し示しながら、拓海が説明する。

「タナシスは、ずいぶん兵力を出し渋っているのね」

 夏希はそう言った。タナシス正規軍の定員は、八十個団四万名。南の陸塊への遠征で三千名以上の損害を受けたが、その後人員補充を行なって質はともかく数だけは回復したと聞いている。

「予備としてリスオン州とアノルチャ州にかなりの数を控置しているようだ。奴隷軍も完全動員していないし、市民軍も動員準備を終えただけだ」

「市民軍はどの程度まで動員できるの?」

「短期なら二十万はいけるだろう。長期なら、その半分だな」

 夏希の問いに、拓海が即答する。

「兵力では、やはりタナシスが有利なのね」

 緑茶のカップを各人の前に置きながら、凛が口を挟む。

「動員すれば、な。タナシスの経済状況を考えると、長期に渡る市民軍の動員は財政破綻を招きかねない。いずれにせよ、タナシス王国は厳しい立場に置かれているよ」

 拓海が、渋い表情で続けた。

「双方の戦略はどうなの?」

 夏希は訊ねた。

「西部同盟はディディリベート州方面で盛んに活動中だ。エルフルール辺境州の反タナシス勢力と手を組みたがっているという噂もある。見ての通り、ディディリベート州を通過すれば西方から王都リスオンを伺えるからな。タナシス王国の政治的状況……オストノフ国王およびタナシス王家の権力、国内の有力貴族の動向、経済的重心、一般国民の心情などを総合的に考慮すれば、反タナシス側の究極の地理的攻撃目標は、王都リスオンにならざるを得ない」

「となると、タナシスは地理的には有利だな。反タナシス側の最大兵力たるレムコ同盟軍がリスオンに至るには、南西方向に向かってディディリア、アノルチャ両州を制圧してからリスオン川沿いに北上するか、ディディリア、ディディサク両州を制圧してから山越えをして、ディディウニ盆地を攻略し、その上で改めて南下して北からリスオンを襲うしかない。どちらも時間、兵力ともに相当消費せざるを得ないだろう」

 生馬が、地図を指し示しながら意見を述べる。拓海が、うなずいた。

「完全に同意するよ」

「どちらも決め手に欠けるわね」

 地図を睨みながら、夏希は腕を組んだ。兵力で劣る反タナシス側としては、完全なる勝利は望んでもいないし、目指してもいないのであろう。タナシス王国の国力を削ぎ、時間を稼ぎつつ、事実上の独立状態を維持できれば、いずれタナシス側も折れると踏んで、武装蜂起に踏み切ったに違いない。

「ねえ、拓海だったらどんな作戦を採るの?」

 呑気そうにお茶をすすりながら、凛が問う。

「反タナシス側は兵力の損耗を避ける意味でも、決戦回避に終始するだろうな。タナシス軍は短期でいいから攻勢に出て、野戦で大兵力を拘束し、殲滅させるという選択肢しかない。もし俺がタナシス軍を任されたら、まずはアノルチャ州に兵力を集中し、その後兵站線を構築しやすいアノルチャ川沿いに遡らせてスルメ公国を狙う。レムコ同盟にすれば、盟主カートゥールのお膝元であり、象徴的な地でもあるレムコ市があるスルメ公国を落とされるのは我慢ならんだろう。タナシスが決戦を強要できるだけの戦略目標は、そこしかあるまい」

「ミッドウェイ海戦みたいなものだな。敵主力をおびき寄せ、殲滅させるために、敵が無視できないほど重要な戦略目標を占領する構えを見せるわけだ」

 生馬が、何度もうなずきながら言う。

「まああれは、アメリカの罠みたいなものだったがな。そこへまんまと日本海軍は嵌り込んでいっちまったわけだ。もっとも、獲物自体は場合によっては罠を引きちぎり、猟師の喉笛を噛み砕けるほどの猛獣だったわけだが」

 なぜか嬉しそうな表情で、拓海が言った。

「じゃ、反タナシス側だったら、どうするの?」

 続けて、凛が訊く。

「うーん。兵力不足である以上、積極的な手は打てそうにないねえ。時間稼ぎに徹しつつ、レムコ同盟軍を動かして農業地域であるディディサク州あたりを占領するかな。実利は少ないが、オストノフ国王の権威を削ぐことはできるだろう。消極的な抵抗は持続によって敵の損害……この損害には、兵力の損耗以外の経済的損失や国民を含む士気の低下、指導層の厭戦気分の増大などが含まれるわけだが……を増やし、政治的戦争目的を戦争行為と釣り合わないものにしてしまう、というのは、弱者の戦争のセオリーだからな」

「じゃあ、このまま睨み合いが続きそうなんだね」

 駿が、確かめた。

「たぶんね。やな言い方だが、憲章条約が手を貸したほうが、勝利するだろうな」

「じゃ、タナシス王国の勝ちじゃない」

 夏希はそう指摘した。いまのところ、憲章条約がタナシス王国を見限って、レムコ同盟に手を貸す可能性は少ないはずだ。

「そうなるな、と言いたいが……総会の模様はどうなんだ?」

 拓海が、駿に確かめる。

「とりあえず様子見、というところだね。北の連中には勝手に殺し合いをさせておけ、などと裏で言い放っている代表もいるくらいだし」

「情勢を見極めてから動くのは構わないが、様子見が長引いた結果完全不介入となってしまうと厄介だぞ」

 拓海が、渋い表情で言う。



 マリ・ハに先に着いたのは、盟主カートゥールの書簡を携えたレムコ同盟の使者であった。

 書簡の中でカートゥールは、スルメ公国、ペクトール公国、メリクラ自治州、バラ自治州が正式に独立宣言を行い、独立国家として機能していることを述べた上で、ノノア川憲章条約加盟各国、各氏族に対し、四ヶ国の国家承認を行うように求めていた。さらに、国家承認と同時に、四ヶ国がノノア川憲章条約に加盟する用意があることも書き記されていた。

 これを受けて、憲章条約総会は紛糾した。国家承認を行えば、レムコ同盟を『叛徒』と定義するタナシス王国の姿勢に真っ向から反することになる。しかしながら、レムコ同盟の掲げる諸政策は、民族自決を標榜する憲章条約の精神に合致する。

 その翌日にマリ・ハに到着したタナシス王国の使者は、同様にオストノフ国王の書簡を携えていた。主たる内容は、タナシス王国と憲章条約との友誼を最確認するとともに、内戦に関して援助を希求するが、もし不可能であるならば不介入の宣言を行なって欲しい、というものであった。

 総会では、激論が続いた。多くの代表が、当面の不介入策を支持する。

 結局、総会が採択したのはタナシス王国、レムコ同盟双方に阿たような妥協案であった。平和を希求する憲章条約は、友好国タナシス王国の内戦を深く憂慮し、その平和裡な終結を強く望むとともに、そのための助力は惜しまないつもりである。この戦いはあくまで内戦であり、憲章条約各国は、レムコ同盟加盟各国、西部同盟加盟各国の国家承認は行わないが、両同盟を外交交渉相手として認定する。これは内戦状態終結を目的としたもので、決してタナシス王国への内政干渉ではない。タナシス王国、レムコ同盟双方が望むのであれば、憲章条約は喜んで和平仲介に尽力するつもりである……。



「本国でわたしの軍事的才能を欲しているそうだ。残念だが、帰国せねばならない」

 心底無念そうな表情で、シェラエズ王女が告げた。

「それは残念です。殿下の才能が発揮されるような事態にならないことを、願っていたのですが」

 夏希は淡々とした口調で言った。南の陸塊への遠征では敗軍の将となったとは言え、シェラエズの野戦指揮官としての才能は、拓海や生馬でさえ一目置くほどのものだったのだ。その彼女を呼び戻したということは、タナシス内戦がこれから激化することの証左でもあろう。

「わたしは勘のいい方でな。なんとなく、貴殿と次に出会うのは戦場のような気がする」

 ややさみしげな笑みを浮かべて、シェラエズが言う。

「そうですね。総会が方針を変えて、積極介入を決めれば、派遣軍が編成されるでしょう。自賛ではありませんが、実績と殿下との関係を鑑みれば、わたしがその指揮の一端を担うことは十分に考えられます……」

「いや、そうではない。わたしの勘は、夏希殿を敵として、戦場で相まみえることになる、と告げているのだ」

「まさか、そんな」

「そなたとは戦いたくないな。聡明で、度胸もある。一軍を率いるだけの度量もある。夏希殿はまさに名将の器じゃ。正面から戦ったら、勝つ自信はない」

「殿下……」

 夏希は言葉を失った。常に勝気で自信とユーモアに溢れ、きらきらと輝いていたようなシェラエズが、急に萎んでしまったように見えたからだ。若さすら、失われているように思える。まるで、生活に追われて疲れきった三十路女のような横顔だ。

「夏希殿。ひとつだけ約束して欲しい。もしわたしの最後に立ち会うことがあったなら……美しいままで死なせてくれ。頼む」

「なにをおっしゃるのですか、殿下。わたしはそのような……」

「頼む」

 向き直ったシェラエズが、夏希の顔を見据える。不意に、夏希はシェラエズが以前よりも痩せていたことに気付いた。南の陸塊の食事が身体に合わなかったのだろうか。あるいは、心労ゆえか。大きな血走った黒い目が、強い意志を滲ませながら、夏希の目を覗き込んでくる。

「……わかりました。殿下の最後に立ち会うことがあれば、殿下が美しいままでいられるように善処します」

 シェラエズの迫力に耐え切れず、夏希は不承不承そう約束した。

「ありがとう」

 シェラエズが、目を閉じた。まるで疲れきったかのように身を引き、椅子の背にもたれかかる。

 プレッシャーか。

 夏希は理解した。マリ・ハという外交の最前線で、大国タナシスの事実上の特命全権大使という大役を長期にわたってこなしてきたのだ。母国は深刻な内戦状態。対応を一歩誤れば、国が滅びかねないという立場。シェラエズのような有能かつ豪胆な女性でも、その心理的圧迫は凄まじいものがあったのだろう。

 ぐぅ。

 聞こえてきた異音に、夏希は思わず微笑んだ。どうやらシェラエズは、そのまま寝入ってしまったようだ。緊張から解放されて、おもわず眠気を催してしまったのだろうか。

 夏希は音を立てないように立ち上がると、周囲を見回した。隅の椅子の上に、ショールのような薄布が掛けてある。それを取り上げた夏希は、眠りこけているシェラエズの上にそっと掛けてやった。

 シェラエズの寝顔は安らかだった。さきほどの疲れたような感じは微塵もなく、まるで母親の腕の中の幼女のような安らかさだ。夏希は思わず手を伸ばし、シェラエズの艶やかな黒髪にそっと触れた。

 ……おやすみなさい、殿下。長い間、ご苦労様でした。

 足音を忍ばせながら、夏希は静かに部屋をあとにした。


第百二話をお届けします。

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