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白き巫女と蒼き巫女【改稿中】  作者: 高階 桂
第三章 タナシス王国編
101/145

101 レムコ同盟

 ノノア川憲章条約総会でシェラエズ王女によりほのめかされた『ラドーム島売却案』と、『憲章条約-タナシス王国相互防衛条約案』は、南の陸塊諸国に少なからぬ混乱を引き起こした。

 ラドーム島の『購入』に関しては、海岸諸国が真っ先に賛意を表明した。先のタナシス王国遠征軍の侵攻で多大な被害を被ったルルトを始めとする各国にしてみれば、いわばタナシス本国に対する盾としてラドーム島が機能するならば、安全保障上のメリットは計り知れない。

 その一方、もっとも無関心であったのが高原諸族であった。南の陸塊最奥部に位置する彼らからしてみれば、タナシス王国遠征軍との戦いも参戦はしたものの所詮『他所での戦い』であったし、内陸の民ゆえ氏族長クラスの知識人でも、海洋戦略というものに対し理解が乏しい。

 残る平原諸国は、二つに割れた。シェラエズ王女襲撃事件でタナシス王国に対し引け目を感じていたススロン王国が積極支持を打ち出すと、盟友エボダとシーキンカイがこれに賛同。他の諸国は様子見ながら消極的姿勢を取った。

 相互防衛条約締結に対しては、ほとんどの国家が条件付きながら締結には前向きな姿勢を見せる。やはりタナシス王国の安定は、憲章条約諸国家の利益につながる、と看做してのことである。

 リュスメース王女のプランは上手く行くか……に見えた。



 西側にアノルチャ州、東側にペクトール公国と境を接するバラ自治州。

 港町サマトスの裏通りに建つ古びた宿屋の一室に、中年の男女の姿があった。

 陰気臭い雰囲気の男と、笑い皺が目立つ女性。西部同盟幹部イムサーンと、東部同盟幹部マリンサスのふたりである。

「まずは朗報を。あの御方が、ついに東部同盟と手を組むことにご同意なされました」

 微笑みながら、マリンサスが告げた。

「それは素晴らしい」

 イムサーンが、喜ぶ。もっとも、声の調子に喜色が混じっただけで、表情は相変わらず陰気なままである。

 あの御方とは、スルメ公国公王カートゥールのことである。もともとスルメ王国は北の陸塊南東部のほぼ全域を占める大国であった。しかし内乱から分裂、有力貴族領は王国を名乗ってこぞって独立し、しばらくのあいだ混乱状態が続く。最終的にスルメ王国領は四つの国家……新生スルメ王国、メリクラ王国、バラ王国、ペクトール王国に分かれ、それぞれ独自国家としての道を歩み始めるが、のちに四カ国とも大国化したタナシス王国の侵攻を受け、公国と自治州としてその版図に組み入れられてしまう。

 そのような経緯から、メリクラ、バラ両自治州の有力貴族の中には未だにスルメ公王の血筋……もちろん元を辿ればスルメ王国歴代国王につながっている……に対し畏敬の念を抱いている者が多いし、ペクトール公王家に至ってはスルメ公王家とは親戚筋ですらある。大衆も同様に、スルメ公王家を敬愛している者がほとんどであり、特に好々爺然とした現公王カートゥールの人気は高い。

 そのカートゥール公王が、いよいよ本格的に東部同盟……ペクトール公国とメリクラ自治州の反タナシス組織と手を組む運びとなったのである。スルメ公国が東部同盟に加われば、残るバラ自治州が参加するのも時間の問題であろう。

「近日中に、スルメ公国内で秘密会談が行われる予定です。そこで、東部同盟は発展的解消を遂げ、新たにペクトール、メリクラ、スルメ三地域の反タナシス派が結集した同盟が結ばれる予定です。盟主はもちろん、カートゥール公王に就任していただきます。その後、時期を見て武装蜂起。独立宣言。バラ自治州の取り込み、という運びとなります。西部同盟はこれに呼応して、武装闘争を活発化させていただきたい」

「心得ました」

 マリンサスの説明を受け、イムサーンがうなずく。

「問題は、憲章条約の動きです」

 やや声を低めて、マリンサスが続けた。

「すでにお聞き及びと思いますが、タナシスはラドーム島を憲章条約に売り渡し、代償として相互防衛条約を結びたがっているとか。この条約は、明白に我々に対向する方策のひとつでしょう。この締結は絶対に阻止しなければなりません」

「同感だ」

「そこで、今王都リスオンに潜入させてある工作員に、ある工作の準備をさせています。これを行えば、タナシス王国と憲章条約の関係はいっそう悪化するでしょう」

「憲章条約使節に対する暴動の扇動ですかな」

「どうやら、そちらも当方の工作準備を察知しておられるようですね」

 マリンサスが、笑い皺の多い顔を歪め、苦笑した。



「支えきれんな、こりゃ」

 拓海はぼやいた。

 凄まじい数の市民であった。ざっと見ただけで、千人は軽く超えるだろう。宿舎裏手や近くの路地などにも人が溢れているようだから、それを加えれば二千から三千、というところか。

 対するリスオン警備団の兵士たちの数は、以前より増員されていたものの、二百人程度に過ぎない。むろん、暴徒の殺害を厭わずに槍や剣を振るえば撃退は可能だが、そんな事態になれば大量虐殺となってしまう。いまのところ、市民たちの怒りの矛先は憲章条約とその使節団に向けられているが、兵士たちが実力行使に出ればリスオン警備団が矢面に立つことになるだろう。そしてその怒りのエネルギーは、速やかにタナシス王家にも向けられるはずだ。下手をすれば、全市をあげての反王家暴動に発展しかねない。

 現状ではオストノフ国王は憲章条約使節の安全を保証してくれているが、いざ自分に火の粉が降りかかりそうになれば、拓海らが見捨てられる可能性も高い。この場は、自力で切り抜けるしかあるまい。

「よし、最後の手段だ。全員、屋根裏に登らせろ」

「は? 屋根裏ですか? 隠れるにしては中途半端な場所ですし、逃げ道を塞がれたらひとたまりもありませんよ」

 護衛隊長が、怪訝な顔をする。

「隠れるわけじゃないよ。すぐに屋根に飛び出せる準備をしておくんだ。こうなったら、彼女に頼るしかない」


 拓海はそっと頭を突き出すと、周囲をぐるりと見渡した。

 すでに宿舎の板葺き屋根には、護衛の者の手によって穴が開けられていた。マンホールよりも一回り大きく、痩せた人ならば三人いっぺんに屋根に抜け出せるほどの穴である。

 デモ隊の一部はすでに暴徒化していた。石畳を剥がして作られた石礫が、宿舎の壁や屋根に当たって鈍い音を立てている。棒や刃物などの物騒な物を手に、敷地内に入り込んだ市民も相当いるようだ。リスオン警備団の兵士は暴徒との本格的衝突を回避しようと、消極的対応に務めているらしく、騒動の勢いを止めるには至っていない。

「まずいな」

 拓海は舌打ちした。群衆の中に、松明を掲げた者が複数いることを見て取ったのだ。宿舎に火を放たれたら、対応のしようがない。

「早いとこ来てくれないと、本気でやばいぞ」

 拓海はタナシス王宮の方角を見やった。助けは、その方向から来るはずである。

 さらに多くの市民が、宿舎敷地内になだれ込んでくる。どこから調達したのか、本格的な長槍を携えた者まで数名確認できた。石礫も激しくなり、拓海の周辺の屋根にも幾つかが当たり始める。火が放たれたらしく、木材が燃焼するときに生ずる特徴的な臭いも漂ってくる。

 と。

 拓海の目が、空中を猛スピードで飛んでくる物体を見つけた。それが、見る間に大きくなる。

「遅れて申し訳ないのですぅ~」

 急制動を掛けつつ、コーカラットが謝る。

 どん。

 ブレーキが間に合わなかったのか、それともこれも計算のうちなのか、コーカラットのボディが勢い余って屋根にめり込んだ。もちろん怪我などなく、生じた窪みからすぐに身を引き剥がし、拓海の前に浮かぶ。

「二十二人いる。早速だが、安全な場所まで連れていってくれ」

「わたくし結構な力持ちですが、二十二人ものお方を一度に運ぶのは無理ですぅ~」

 コーカラットが、拒絶するかのように顔の前で一本の触手を左右に振る。

「何人なら運べる?」

「六人くらいでしょうかぁ~」

「よし、四組に分けよう」

 拓海は夏希の部下を主に、六人を指名した。戦力にならない文官から非難させるのが、セオリーであろう。

「ですがその前に、多少時間稼ぎを行った方がいいと思いますですぅ~。拓海様のお許しを頂きたいのですぅ~」

 コーカラットが、許可を求めてくる。

 すでに、多くの暴徒がコーカラットの飛来に気づいていた。無謀にも、コーカラット目掛けて石礫を投げつけてくる暴徒もいる。もっとも、当たりそうな石礫はすべてコーカラットの触手によって弾き飛ばされていたが。

「よし、やってくれ」

 拓海は即座に許可を与えた。

「では、始めますですぅ~」

 ひゅん。

 いきなり、コーカラットの触手数本が四方八方に素早く伸ばされた。その先端が、飛んできた石礫を次々とキャッチする。

 次の瞬間、触手がしなった。捕らえられていた石礫が、猛烈なスピードで投げ返される。

 すべての石礫が、投げた者に正確に投げ返され、ことごとく命中した。あちこちで、血しぶきやら悲鳴やらがあがる。

 コーカラットや拓海らの周辺で、投石が一斉に止んだ。驚いた何人かの暴徒が、急に逃げ腰になる。

「では次に移りますですぅ~」

 触手を引っ込めたコーカラットが、今度は高速回転を始めた。すぐに、ボディの下部から白い煙のようなものを吹き出し始める。それはたちまちのうちに広がって、拓海らの周囲を霧のように覆い、見通しを悪くした。

「コーちゃんジュースか?」

 拓海は鼻をうごめかした。微かに甘い匂いがする。

 コーカラットが作り出した霧はかなり濃いものであった。視程はせいぜい二メートルといったところだろう。これでは、暴徒もうかつに動けまい。

「では、最初の組を運びますですぅ~」

 その霧の中からにゅっと現れたコーカラットが、触手を伸ばしてきた。拓海は屋根に上がると、控えていた六人が屋根に登るのを手伝った。コーカラットが六人全員に触手を巻きつけ、すうっと霧の中に消える。

 拓海はいったん穴の中に戻った。霧のおかげで暴徒はかなり大人しくなったようだが、投石はいまだ続いている。用心に越したことはない。

 続いて、拓海は二組目の六人を指名した。

「リダ。悪いが君は俺と一緒で四組目だ」

「望むところです」

 腰に吊った愛用の鉈に手を掛けたリダが、不敵に笑う。

 ……逞しくなったな。

 不意に、拓海はそう思った。瀕死の重傷を負って倒れていたのを偶然見つけた時も、それなりに逞しい少女ではあったが、鈍感な拓海が気づかないうちに心身ともに急速に成長を遂げたようだ。頬の傷も、以前は美しい顔を汚す無粋な醜い線であったが、こうして逞しく成長した状態で改めて見れば、ある種の戦化粧のようにすら思える。



 スルメ公国の地方都市、レムコ。

 アノルチャ川の一支流のほとりにある、古い都市である。人口は三千程度。農産物の集散地として、重要な都市であった。

 その郊外にある、とある古びた屋敷の一室で、初老の男性が一枚の紙に自分の名を綴っていた。カートゥール、と。

 体つきはがっちりとしており、体型はやや太め。赤ら顔で、髪も豊かな髭も真っ白である。クリスマスシーズンの異世界ならば、衣装を着替えるだけでサンタ役が務まりそうな風貌だ。

 同じ紙に、次々と署名が書き加えられてゆく。東部同盟の指導者たち。バラ自治州の反タナシス主義者。辺境地域から来た、抵抗組織のリーダー。

 すべての代表が署名を終えたところで、カートゥールが口を開いた。

「諸君。ここにレムコ同盟の成立を宣言する」

 一斉に、拍手が巻き起こった。それが静まるのを待ってから、カートゥールが続ける。

「レムコ同盟の目的は、現在北の陸塊においてタナシス王国の圧政と抑圧、搾取、迫害などに苦しめられているすべての人々を、その首枷より解放することにある。その高邁なる目的を達成するために、当レムコ同盟はいかなる国家、団体、組織、そして個人とも力を合わせる用意がある。レムコ同盟は当面の敵をタナシス王国に定めることを表明するが、真の敵は人種差別的史観と虚偽に彩られた大タナシス主義と、それを拠り所にして北の陸塊で侵略行為を継続してきたタナシス王家である。レムコ同盟は、人種による差別を否定し、タナシス人が優越民族であると主張する大タナシス主義も当然のごとく否定する。したがって、大タナシス主義を受け入れぬタナシス人は、我々の敵ではない。そして、大タナシス主義を否定し、レムコ同盟の主義主張に賛同するタナシス人は、我々の友人である。当レムコ同盟は、喜んで彼らを同志として迎え入れるつもりである。このことは、強調しておきたい。以上だ」



 拓海が『レムコ同盟』成立の噂を聞いたのは、アノルチャ市でのことであった。

 コーカラットによって炎上する外交団宿舎から救出された憲章条約外交団は、いったん王宮に避難保護されたが、これ以上リスオンに留まるのは危険であると判断、多数の兵士に護衛されてリスオン市を脱出した。これには、王宮内襲撃事件で重傷を負って療養中だったが、ようやく歩けるまでに回復したハルントリー王子と、付き添っていた人々も同行していた。川船でリスオン川を下り、アノルチャ市まで至った一行は、アノルチャ州政府が用意してくれた船に乗り込み、出港準備を整えていたところであった

「これからどうなりますかな、拓海殿」

 船室で椅子に掛けたハルントリー王子が、訊く。

「タナシスは危機な立場に置かれましたね。戦略的二正面作戦を採らざるを得なくなりましたから」

「腹背に敵がおる状態、ということですな」

「左様です、殿下。戦力の集中は、戦略、戦術双方に通用する軍事的優位を得るための普遍的原則です。これが難しくなる状況は、悪夢に等しい」

「しかし、レムコ同盟とやらの戦力は、タナシス正規軍よりも劣るでしょう。本格的動員を開始すれば、タナシスの兵力はもっと増大するはず。優秀な軍人も、タナシスには多いと聞く。二正面作戦とは、敵にとっても戦力の集中が不可能な状況でしょう。案外簡単に、タナシスが勝利を収めるかもしれませんぞ」

「軍事的勝利は可能かもしれませんが、政治的に勝利できるかどうか。まだ噂の段階ですが、レムコ同盟側はタナシス王国の打倒を目指しているわけではないようです。敵はあくまでタナシス王家。そして、大タナシス主義に対してのいわば聖戦を唱えている」

「聖戦? 聞きなれない言葉ですな」

 ハルントリーが、首を傾げる。

「失礼しました、殿下。絶対的正義に基づく崇高なる使命としての戦い、とでも解釈して下さい」

「なるほど。大タナシス主義に真っ向から立ち向かい、非タナシス人の力を結集し、タナシス王国からの解放を目指すいわば正義の戦い、と言うことですな」

 理解したらしいハルントリーが、うなずく。

「まず間違いなく、レムコ同盟と西部同盟は連名で憲章条約に対し、援助や協力を求めてくるでしょう。彼らの主張は、民族自決主義を取る憲章条約の意向とも合致しますから。そしてもちろん、タナシス王国も友邦としてわが方に援助を求めてくるはずです」

「憲章条約-タナシス王国相互防衛条約案が成立する前に、レムコ同盟が動きましたからな。で、拓海殿は憲章条約がどのような外交姿勢を見せるのが得策とお考えですかな?」

「言うまでもなく選択肢は三つです。従来通りタナシスに味方する。タナシスを裏切って、レムコ同盟と西部同盟を支援する。中立を保つ。第三の選択肢は論外です。中立では、タナシスと反タナシス派双方に深く恨まれるだけです。今後どちらが政治的に勝利するにしても、北の陸塊に憲章条約を憎む大国がひとつ、生まれることになる。安全保障上、これは許容できません。で、どちらに付けば得策か、ですが……」

「タナシス王国を裏切る選択肢もある、ということかね?」

「レムコ同盟の成立で、タナシス王国が敗北する可能性が高まりましたからね。もっとも重視すべきは、憲章条約諸国の結束と、諸国民の安全です。負ける方に味方するのは愚かなことです。過去のしがらみは未来の為に無視せざるを得ません。いまのところ、どちらが勝利するのかはわかりません。まあ、方針を変えずにタナシス王国の味方をした方が、見栄えがいいということはありますが。重要なのは、最終的に勝利する方を早期に見定め、そちらに早めに味方してやることです。そしてできれば、戦争の行く末を左右できる立場に、憲章条約を置きたい。十年後、二十年後を見据え、北の陸塊の政治的動向を上手にコントロールできるような地位を、憲章条約が占めることができれば、しばらくは平和が続くでしょう。平和が続けば、市民の生活水準を向上させたり、経済をより活性化させたりするような方策が取りやすくなります」

「もっともなことだ」

「ですが、これら方策を決定するのはあくまで総会です。わたしは、助言できる立場にすぎません」

「拓海殿のご意見、しかと承りましたぞ。帰国したら、さっそくルルトの代表に書簡を送りましょう。オープァを始めとする海岸諸国にも、働きかけるつもりです」

「恐縮です、殿下」

 拓海は深々と頭を下げた。


第百十一話をお届けします。

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