(8)
◇ ◇ ◇
聖女光臨の儀の会場はチェキーナ大聖堂だ。そこまでの送りはイラリオさんがやってくださることになっている。
「おはよう、気分はどうだ?」
迎えに来たイラリオさんは私の顔を見ると、にこりと微笑む。
黒い髪がさらりと額にかかっており、合間から鋭さのある目元が見える。相変わらず、とても整った容姿をした人だ。
「とてもいいです」
「それはよかった。緊張している?」
「はい、ちょっとだけ。でも、家族が会いに来てくれたのでだいぶ解れました」
「家族?」
イラリオさんは不思議そうに首を傾げる。
家族とは黒猫のイリスのことだ。
けれど、そんなことを言う必要もないかと思って私はにこりと微笑み返した。
初めて足を踏み入れる大聖堂は、荘厳な雰囲気ながらもまさに精霊の世界を思わせるような異世界感が漂っていた。
「わー、すごい」
一歩足を踏み入れた瞬間、思わず感嘆の声が漏れた。
精緻な彫刻が施された柱や梁には金箔が貼られ、その合間を埋めるように天井や壁中に美しい絵が描かれていた。見上げてよく見ると、一番中心になるところにひとりの美しい女性とそばに控える男性、そして、大きな動物が描かれていた。
「あれは、聖女と聖騎士、そして聖騎士の相棒である聖獣を描いたものだ」
私がその絵を気にしているのに気付いたのか、イラリオさんが小さな声で囁く。
「聖女と聖騎士と聖獣」
私はイラリオさんに言われた単語を口の中で呟く。
「聖獣は神聖力を持った聖なる獣だ。その姿を見ることは滅多になく、大変貴重かつ尊い存在でもある。そして、初代聖女を守っていた聖騎士は聖獣を連れていたと言われている」
イラリオさんが、補足するように説明した。
(あれが聖獣? イリスとは随分と見た目が違うのね)
私は改めて天井を見上げる。
そこに描かれている大きな動物は、見たこともないような姿をしていた。真っ白なオオカミのようにも見えるけれど、体の大きさが聖騎士の身長ほどもある。そして、そのお尻からは三本の尻尾が生えていた。一目見て、普通の動物ではないとわかる。
そのまま足を進めてゆくと、前方に何人かの人がいるのが見えた。男性と女性両方いる。女性達は、先日顔を合わせた聖女候補達だ。その中にはメアリ様もいて、目が合うとにこりと会釈してくれた。
男性は格好から判断するに、中央にいるのは国王陛下、その横にいるのが王太子殿下、そして周囲に並んでいるのが司教だろう。
イラリオさんはその列に並ぼうと近づいたが、それを制止したのは国王陛下だった。
「ここに並んでよいのは、王家の直系と聖職者のみだ」
辺りにピンと張り詰めた空気が流れる。
「父上、しかし──」
国王陛下の隣にいた、恐らく王太子殿下と思しき男性が国王陛下に抗議するように声を上げる。しかし、それを止めたのはイラリオさん自身だった。
「ヴィラム殿下、大丈夫です。俺は外の控えの間で待っています。心遣いに感謝します」
ヴィラム殿下と呼ばれた男性は何かを言いたげにイラリオさんを見返したが、何も言うことなく小さく頷く。
イラリオさんはくるりと振り返り、私のほうに歩み寄った。
「アリシア、俺は聖職者ではないから聖女光臨の儀には同席できない。控えの間で結果を待っている。ずっとそこにいるから、何かあればすぐに言ってくれ」
「はい、わかりました」
私はぺこりと頭を下げ、ここまで送ってくれたイラリオさんにお礼を言う。そして、四人の聖女候補達の隣へと立った。
「あなたがセローナ大聖堂から推薦された聖女候補のアリシアさんですね?」
一際豪華な司祭服を着た初老の男性がゆっくりとした口調で話しかけてきた。さっき、隣に立つ司教が〝大司教〟と呼んでいるのを聞いたので、ここチェキーナ地区の大司教なのだろうと思った。
「はい。私がアリシアです」
セローナ大聖堂と聞いて、不思議な縁を感じる。母はセローナ地区出身だったと、まだ元気な頃に聞いたことがある。大聖堂の話も時々してくれた。黄土色の石造りの重厚な建物だと。
「あれが平民出身の……」
嘲笑するような囁きが聞こえてはっとしてそちらを見る。そこには、一人の司教がいた。まるで汚いものでも見るかのような視線でこちらを見つめている。やはり、聖女候補が平民というのはかなり特異なのだろう。