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◇ ◇ ◇
聖女一行がセローナ地区に来てから、そろそろ1年が経つ。
今日はカミラさんがお友達と出かけていて不在なので、私はアルマ薬店の留守を任されていた。
「すみませーん」
「はい。どうしましたか?」
「咳止めのお薬をいただけるかしら?」
「咳止め薬ですね。少々お待ちください!」
元気よく返事をすると、私は薬棚の前に立ち目的の薬を探す。上から二段目の棚に置かれているのを発見し、背が届かないので踏み台に乗ってそれを取った。計量スプーンで量を量り、手早く分包してゆく。
「お待たせしました。咳止め薬です。一回分ずつに分けてあるので、朝晩の一日二回、お湯に溶かして飲んでくだしゃい」
「ええ、ありがとう。エリーちゃん」
一人前の薬師っぽく、格好よく決めていたのに肝心な所で舌を噛んだ。
突っ込まないでくれてありがとう!
その後も何人かお客さんの対応をすると、あっという間に閉店の時間近くなった。遅いなあと思っていると、カミラさんが戻ってくる。
「遅くなってごめんね、エリー」
「いえ、大丈夫です。楽しかったですか?」
「ええ、それはもう。アメイリの森に行ったのは久しぶりだけれど、花がたくさん咲いていて──」
カミラさんは楽しそうに今日の出来事を話す。その嬉しそうな笑顔を見ていたら、気持ちがほっこりとした。
以前は魔獣が増えてきたと人々が不安に駆られていたアメイリの森だけれど、あの日からぱったりと魔獣の姿が消えた。
セローナ地区では平和な日々が続いており、こうしてカミラさんのようにアメイリの森にハイキングに行くことを再開し始めた人も多いのだ。
「それにしても、エリーが遠くに行っちゃうのは寂しいねえ。たまには遊びにおいでよ」
「うん」
寂しげな顔をするカミラさんに、私は元気よく答える。
実は、つい先日イラリオさんの異動が決まった。
3カ月ほど前に、議会の全会一致により失脚した国王に代わり即位した新国王──ヴィラム陛下が是が非でもとイラリオさんを王都に呼び戻したのだ。
イラリオさんはセローナ地区の騎士団長から、アリスベンの騎士団総帥、即ち、この国の全ての騎士団のトップに栄転することになっている。
私もイラリオさんと一緒に、王都に引っ越すことになっていた。
ルイーナ様は既に神聖力の使い過ぎで疲弊して、聖女の役目を引退状態だ。そのルイーナ様に代わり、私は聖女に任命されるらしい。
正直言うと不安がないと言えば嘘になるが、イラリオさんがそばにいてくれるのできっと大丈夫だと信じている。
すっかりと薄暗くなった頃、「エリー」と私を呼ぶ声がした。
「エリー、そろそろ帰ろうか」
仕事を終えたイラリオさんが私を迎えに来る。
「はーい」
私は元気よく返事すると、イラリオさんの腰の辺りにポンッと飛び込む。イラリオさんは危なげなく私を受け止めると、ひょいっと片腕で抱き上げてくれた。
イラリオさんに気付いたカミラさんは「あら」と声をあげる。
「団長さん。この前一緒に歩いていた恋人は元気にしているかい?」
「ああ。おかげさまで」
「王都に行ったら一緒に住むんだろう? 楽しみだねえ」
「まあな」
イラリオさんは意味ありげに笑う。
その恋人、実は元の姿に戻ったときの私なんです! とはカミラさんの手前口には出せず、私はふたりの会話に耳を傾ける。
「可愛かっただろう?」
「本当に。いつの間にあんなべっぴんさんの恋人を作ったのかってびっくりしちゃったよ」
カミラさんは楽しげに笑うと、片手を振った。
イラリオさんは私を抱っこしたまま歩き出す。
可愛いって言われて、ちょっと照れる。
すると、イラリオさんはすぐに私の変化に気付いた。
「エリー、なんか頬が赤くないか? もしかして照れてるのか? 可愛い」
「もう! からかってるでしょ!」
「そんなことはない。いつだって可愛いと思ってる。エリーは愛らしくて、アリシアは綺麗だ。家に戻ったら、アリシアの姿も見せてくれ」
イラリオさんは優しい眼差しを私に向ける。
うう、こんなことをさらっと言うなんて!
真っ赤になる私の頭を、イラリオさんはぽんぽんと撫でた。
ふわりと心地よい風が吹く。精霊達が楽しげに踊る無数の光が見えた。
〈了〉
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「出戻り王女の政略結婚」
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