(3)
その日、俺はヴィラム殿下にふたりきりで話したいと呼び出された。滞在先はセローナでは一番の高級ホテルだ。
「今回の件は、本当にすみませんでした。結界の緩みが生じている現状を見せることで聖女としての自覚を持たせようと無理にアメイリの森に連れて行ったのですが、まさかこんなことになるとは」
向かいのソファーに座るヴィラム殿下は、強張った表情のまま深々と俺に頭を下げる。
「いや、大丈夫です。怪我も治りましたし」
笑って腕を勢いよく回してみせると、ヴィラム殿下は少しだけ口元を綻ばせた。
「──ところで、あの不思議な光のことなのですが」
ヴィラム殿下がゆっくりと口を開く。
本題が来たな、と思った。アメイリの森にいたヴィラム殿下も当然あの不思議な現象は目にしたはずだ。
「私はルイーナのすぐ近くにいましたが、彼女が祈ったようには見えませんでした。おそらく、聖女は別の──」
「ヴィラム殿下!」
非礼を承知でヴィラム殿下の言葉を遮る。
「あの光の件は、俺に預からせてもらえませんか?」
「イラリオに?」
ヴィラム殿下は訝しげに俺を見つめる。
「心当たりがあるのですか?」
「ヴィラム殿下が、全面的に俺の味方になってくださると約束してくださらない限り、申し上げることはできません」
俺はまっすぐにヴィラム殿下を見返す。
王太子であるヴィラム殿下を脅すような言い方は、とんでもない非礼だ。しかし、俺はヴィラム殿下ならばきっと大丈夫だと確信していた。
ヴィラム殿下は少し考えるように逡巡すると、「わかりました。イラリオのことだから、私を陥れるようなことはしないでしょう」と言った。
期待通りの返事に、ほっとする。
「──実は」
俺は、今までの出来事を端的に話す。
そして、アリエッタは聖女候補のひとり──アリシアであり、彼女こそが真の聖女であると告げた。
ヴィラム殿下は想像を超えた話に暫く絶句していたが、やがてぽつりと口を開く。
「まさかそんなことが。しかし、その言葉を聞いて納得しました。ルイーナがどんなに祈りを捧げても、各地で瘴気は溜まる一方でしたから。元々聖女でないなら、当然のことです」
ヴィラム殿下は暫く考え込むように黙り込む。
暫くしてから、俺を真っすぐに見つめてきた。
「今回の一連のことは、私から父上に上手く報告しておきます。父上はあの性格です。真実を知ったら、平民のアリエッタのことをまるで物のように扱い、利用し続けるでしょう」
──平民のアリエッタのことをまるで物のように扱い、利用し続ける。
その言葉に、俺も同意する。国王陛下は俺のことも、いいように利用し続けた。平民であるアリエッタのことなど、言わずもがなだろう。
「お願いします」
俺はヴィラム殿下に深々と頭を下げる。
「イラリオ」
「はい?」
「あなたは今はこんな辺境にいますが、私はイラリオのことを本来なら国の中枢に戻るべき人だ思っている」
ヴィラム殿下は真摯な眼差しでこちらを見つめる。
「近いうちに、父上には王座を退いていただきたいと思っています。もし私が王座についたら、イラリオには右腕として私を支えてもらいたい」
ヴィラム殿下の言わんとしていることを理解して、俺は息を呑む。
俺はヴィラム殿下の前に跪くと、右手を胸に当てる。
「命を掛けて、あなたを支えましょう」
その言葉に、迷いはなかった。
「私に命を掛けるのは困ります。あなたには、聖女を守るという崇高な使命があるのですから」
ヴィラム殿下は俺を見下ろし、困ったような顔をする。
そして、「頼りにしていますよ」と笑った。
ひとりになった俺は、今後のことを考える。
ヴィラム殿下からなんらかの連絡がくるまでは、何事もなかったかのように今まで通りの生活を送るのがいいのだろう。
(ん? 今まで通り?)
アリエッタがもしも本当はアリシアであるとすれば、彼女は本当は成熟した女性であって──。
(何もまずいことしていないよな……?)
六歳児だと思っていたから、だいぶ油断していた部分がある。
多少だらしがない部分を見せてしまったのは目を瞑ってもらおう。頭を撫でたり抱き上げたりしていた気がするが、それは大丈夫だろうか。
風呂上がりに時折上半身裸でうろうろしていた気がするから、今後は気を付けなければ。時折アリエッタが寝起きの悪い俺のベッドにダイブしてくるのでベッドに引きずり込んでくすぐり返していた。
まずいぞ、これは完全にアウトな気がする。
俺はこれまでのアリエッタとの生活を思い返し、頭を抱えたのだった。