(7)
しばらくすると、メイド服を着た女性が部屋を訪ねて来た。
「アリシア様。他の聖女候補様とご一緒に聖女光臨の儀のご説明をさせていただきます。ご準備が整ったら下の大広間にお越しください」
「はい」
聖女候補は確か五人いるはずだ。どんな人達なのだろうと、少しどきどきする。
緊張しながら階下に向かうと、そこには既に四人の若い女性がいた。四人とも綺麗なドレスを着ていて、いかにも平民なエプロンワンピースを着ているのは私だけだ。
「アリシア=エスコベドです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、ふたりは「よろしく」と返してくれたけれど、あとのふたりには無視されてしまった。
(なんか嫌な感じ……)
あまり歓迎されていないことを感じて、シュンとしてしまう。
そう待つこともなくチェキーナ大聖堂の司教をしているという男性が現れて、聖女光臨の儀の説明をしてくれた。イラリオさんに聞いた通り、基本的には祈りを捧げるだけのようだ。
「皆様は聖女候補ですから、高い神聖力を持っていることは間違いありません。ただ、これまでの記録では聖女が祈りを捧げたときは特に大きな祝福が得られると言われています」
大きな祝福ってどんな祝福なのだろうと不思議に思ったけれど、司教によるとそれはその時々によって違ったのでなんとも言えないらしい。前回は大聖堂の周囲の花が一斉に咲き乱れ、前々回は七色に煌めく光が大聖堂を照らしたとか。そういえば、イラリオさんもそんなことを言っていた気が。
そんな神秘的な場面に立ち会えるなんて、なんだかわくわくする。
説明を終えた司教達が部屋を出て行く。すると、聖女候補達もひとり、またひとりと部屋を出て行った。
私も部屋に戻ろうとしたとき、聖女候補のひとりから声をかけられた。
「こんにちは、わたくしはメアリ=クルトンよ。さっきは返事を殆ど返せなくてごめんなさい」
振り返ると、先ほど「こんにちは」とだけ返してくれた令嬢のひとりがいた。黒色の髪に黒色の瞳、童顔の可愛らしい女性だ。
「あ、いえっ。私も何も考えずに声をかけてしまってごめんなさい」
私は咄嗟に謝る。さっきの雰囲気を考えると、ピンと張り詰めた空気を突如壊すという場違いな行動をしたのは私のほうだった。すると、メアリと名乗った女性は首を振る。
「皆さん、聖女になりたいでしょう? だから、みんなライバルなのよ」
「ライバル?」
「そう。聖女は実質的に王族と同等の地位が与えられて、人々に敬われる。それに、聖女様が作る結界は聖女様の心の動きを反映すると言われているから、みんなが気を遣って望んだことは大抵叶うわ」
メアリ様は周囲を見回し人がいないことを確認すると、私の耳元に口を寄せた。
「それこそ、王太子殿下の妻になりたいっていう望みだってね」
なるほど、と思った。ただの聖女選びかと思ったけれど、聖女となれば様々な副次的な恩恵があるということなのかな。
「メアリ様も聖女になりたいのですか?」
「わたくし? わたくしは、全然。どうせ違うもの」
「どうせ違う?」
「ええ。神聖力は聖獣の末裔といわれている王族が特に強いのはご存知?」
「ええ」
本当は知らないけれど、話が進まなそうなのでとりあえず頷く。
「わたくしを見つけてくださった聖騎士様に聞いたら、代々の聖女光臨の儀では聖女候補のうち特に聖獣の血──つまり王族に近い方の中が選ばれているんですって。わたくしの家門は、調べたら七代前に王室の方とご縁があったみたいだけれど、それって縁があるとも言いづらい位薄いわ。他の方はもっと近いときに王族との縁があるの。だから、わたくしは絶対に違うと思うわ」
「なるほど……」
つまりメアリさんの話を整理すると、聖女の神聖力はアリスベン王国の建国者である初代国王──聖獣の力が由来であるから、血が薄い自分は絶対に違うと言いたいのだろう。
「それなら、私も違うと思います」
「あら、なぜ? アリシアさんは平民だけど父親が不明って聞いたわ。だから、ひょっとすると公爵様の庶子ってこともあり得るんじゃない?」
そんなことまで情報が回っているのかと内心驚いた。だから、あの場にいた令嬢のうちふたりは私に挨拶すら返さなかったのかと合点する。
私は「あははっ」と笑う。
「ないですよ。私の母は、薬師でした。しかも、王都からずっと離れたセローナの。だから、公爵様と知り合うきっかけなんてありません」
「あら、そうなの? イラリオ様が連れていらしたからてっきり──」
メアリ様は意外そうに目を瞬かせて何かを言いかけたが、そこで口ごもる。
「なら、何代か前のご先祖様が貴族の家で侍女をしていたのかもしれないわね。どちらにせよ、選ばれる可能性がないなら気が楽だわ」
「そうですね」
メアリ様と話したら、なんだかとっても気分が軽くなるのを感じた。