(9)
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アメイリの森に入って早半日。俺の忍耐はそろそろ限界を迎えつつあった。
「ねえ、全然いないじゃない。わたくし、こんな不気味なところは早く去りたいのだから、もっとしっかり探してちょうだい」
おおよそ森の中を歩くとは思えないひらひらの衣装で現れた聖女──ルイーナは、出発直後からずっと文句を言いっぱなしだ。今も、近くにいる俺の部下のひとりに、なぜ聖獣と魔獣がいないのかと文句を言っていた。さらに、先ほどはヴィラム殿下にセローナ地区には大した観光地もなさそうだからさっさと王都に帰りたいと愚痴を零していた。
聖獣は非常に希少な存在で、ここセローナ地区の聖騎士団の団員ですら滅多に見かけることはない。
探しに行きましょうと言ってアメイリの森に来たからと言って、すぐに見つかる存在ではないのだ。
「埒が明かないな。少人数に分かれよう」
俺は部下達を一旦集合させる。
「団員は二名ずつペアを組め。この後は、ふたり行動とする。魔獣を発見した場合は手出しせずに通信機で応援を呼ぶように」
「はいっ」
団員達は返事をすると、一斉に散らばった。
「ヴィラム殿下、大丈夫ですか?」
ヴィラム殿下およびルイーナと行動することになった俺は、後ろを歩くヴィラム殿下に問いかける。ヴィラム殿下は「問題ない」とこくりと頷いた。
「わたくしは大丈夫ではないわ。もう足がへとへとよ」
ルイーナがその背後から文句を言う。先ほど回復薬も渡したから体力は回復しているはずなのに、一時間も経たないうちにこれだ。
どうするか迷い、ザグリーンをちらりと見る。目が合うと、ザグリーンは一瞬で俺が考えていることを察知したようでぶんぶんと顔を横に振った。
「頼む。この後ずっとあの調子じゃ困るだろう?」
「ここに置いていけばいいだろう。わがままを言っているだけだ。放っておけば自分で歩くだろう。エリーのほうがまだしっかり歩くぞ」
視線で背中に乗せてやってくれと訴えたが、ぴしゃりと拒否された。
(どうするかな……)
聖女という立場上、一日くらいはしっかりと自分の目で神聖力の源であるアメイリの森の状況を見てほしいというヴィラム殿下の思いがあったのだが、今のルイーナの状態では無理そうだ。
(仕方がない。一旦、森から出てルイーナを聖騎士団の本部に送り届けるか)
そう思ったそのとき、聖騎士団の専用通信機が鳴った。
【こちら、イラリオだ。どうした?】
【こちら、ロベルトです。聖獣を発見しました】
【何、本当か? すぐに行く】
発見した場所を詳しく聞き、すぐに向かうことにした。
「聖獣を見つけたなら、後は魔獣を見つければ私の役目はお終いね」
ルイーナは急に元気になり、スタスタと歩き始める。歩けるなら最初から歩けよ、という言葉はすんでのところで呑み込んだ。
「……ん? リーン、どうした?」
後ろを歩いていたザグリーンが急に立ち止まる。どうしたのだろうと立ち止まった俺に釣られるように、ヴィラム殿下とルイーナも立ち止まる。
ザグリーンは何も言わずに一点をにらみ据えている。感情がピリピリしていることが、伝わってきた。
「こちらに何かが近づいて来る」
「何か?」
俺がザグリーンの視線の先を追い、直後にそこに姿を見せたものにヒュッと息を呑んだ。
(魔獣だ。しかも、かなり大きい!)
それは、禍々しい程に瘴気を纏った大型の魔獣だった。姿形はフェンリルに似ていて元はフェンリルだったのかもしれない。体長はザグリーンと同じぐらい、数メートルはある。
魔獣はこちらには気付いている様子がなく、遥か向こうをゆっくりと歩いていた。
カスペル陛下からは生け捕りにしろという命令だったが、あれはあまりにも大きすぎる。
(まずは部下達を呼び寄せて──)
頭の中でどうするかを考えていると、ルイーナがやらかした。
「見て! あそこに何かいるわ! あれが魔獣ではなくって? 早く生け捕りにしましょう」
興奮気味に叫ぶその声で、魔獣がこちらの存在に気付く。そして、まっすぐに走ってきた。
(くそっ、まずいっ!)
ヴィラム殿下と聖女であるルイーナを傷つけさせるわけにはいかない。咄嗟に飛び出そうとしたとき、先に行動を起こしたのはザグリーンだった。ガオオォォ!という雄叫びと共に、二頭が激しく睨み合う。そのまま取っ組み合いになり、二頭は地面の傾斜を転がり落ちた。




