(8)
「アメイリの森の調査は明日から行います」
「ええ、お願いします。私も行こうと思います」
「聖女様はどうされますか?」
「難色を示していますが、立場上初日だけは来てほしいと伝えました。また、一日最低二回の礼拝は欠かさずにしてもらうよう伝えてあります。残りの時間は観光をしたいそうです。彼女に、町案内の者を付けてもらっても?」
「わかりました」
(わざわざセローナ地区までやって来たのに、やることが観光なのか……?)
色々と言いたいことはあったが、申し訳なさそうに眉尻を下げるヴィラム殿下の様子を見て口に出すのは止めた。聖女の機嫌を損ねることは結界の緩みに繋がるから、どうにもしがたい状況なのだろう。
「しかし、なぜこんなに神聖力の結界は弱くなってきているのでしょう? 以前は聖女が一度祈りを捧げれば数カ月は保つと言われていたのに」
俺が漏らした疑問に、ヴィラム殿下は固い表情のままティーカップの液体を見つめる。
「私は疑問なのです。ルイーナは本当に──。いえ、何でもありません」
ヴィラム殿下は口を噤むと、小さく首を振った。
ヴィラム殿下とルイーナ様がやって来た翌日、セローナでは町中が新しい聖女と王太子殿下の話題で持ちきりだった。学校でもみんなその話をしていたし、アルマ薬店でも同じだ。
「いやー、さすがは聖女様だね。ちょっとだけ見えたんだけど、祈りを捧げたらこう、キラキラとね──」
便秘薬を買いに来たという中年の男性は、片手を広げて上にかざし、光の精霊の祝福である煌めきを表現している。どうやら初めてあの祝福を目にしたようで、興奮気味だ。
「そうだったらしいね。私は見ていないから、残念だよ。今日の夕方にも祈りを捧げるみたいだから、見に行ってみようかねえ」
手早く薬の準備をしながら、カミラさんは相槌を打つ。
その会話を聞きながら、私はなんとなくモヤモヤしたままだった。
(ルイーナ様、なんであんな嘘ついたんだろう?)
全然親しくなんてなかったし、語らい合ってもいないのに。
理由を考えてみたけれど思いつくことはひとつ──〝慈悲深い聖女様〟である自分を演出したかったのではということだけだった。現に、ルイーナ様は一度たりともアリシアの名前を口に出さなかった。ひょっとしたら、名前すら忘れているのではないかと思う。
(あっ、特製絆創膏も作らないと)
空になった在庫箱を見て、私は絆創膏作りの材料を準備する。今朝、イラリオさんに『たくさん必要になるかもしれないから、今あるものは全部ほしい』と言われて聖騎士団に全て納品してしまったのだ。なんでも、今日はアメイリの森に聖獣や魔獣の生息状況の確認に行くのだとか。
(聖獣はいいんだけど、魔獣の調査って大丈夫なのかな……)
イラリオさんやザグリーンに聞いた話では、聖獣が瘴気に侵されて魔獣に変化すると凶暴性が増し、何もしていない無害の相手であろうと突然攻撃を仕掛けてくるのだとか。ザグリーンが怪我をしていたあの日も、魔獣と遭遇して戦った結果、怪我をしたらしい。
(何もないといいのだけど……)
なんだか胸騒ぎが止まらない。
私はそんな嫌な予感を振り払うように、近くにいたイリスを抱き上げる。イリスのもふもふに触れたら、少しだけ気持ちが落ち着く。
「イリス。レオ達は大丈夫かな?」
カミラさんには聞こえないような小さな声で、イリスに尋ねる。
「心配なら、見に行ってきてあげるにゃ。何かあったら知らせるにゃ」
「本当? そうしてくれると助かるな」
イリスはするりと私の腕から地面に降りると、ふわりと姿を消した。
(ザグリーンもいるし、イリスも見に行ってくれたし、これで大丈夫だよね?)
私は気を取り直すと、用意した材料を並べて黙々と特製絆創膏作りを始めたのだった。




