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「ヴィラム殿下はこのような無計画なことを、こちらの負担も考えずに行う方ではないかと。さらに、決まったばかりの新聖女様までご一緒だなんて……。これは、なんらかのこうせざるを得ない理由があったのではないかと」


 非常にオブラートに包んだ言い方ではあるが、ロベルトは間接的に『国王陛下がそうしろと命じたのでは?』と言っている。それには俺も同感だった。ただ、カスペル陛下が命じたとすれば──。


「何か突拍子もない無理難題を突き付けてこなければいいのだが」


 ロベルトも表情を固くしたまま黙り込む。俺の心配が杞憂であるとは言い切れないのだ。


 ロベルトの背後にある窓からは、澄んだ青空と木の枝に止まる二羽の小鳥が見える。そんな平和な日常だからこそ、思いがけないこの書簡が余計に気味悪く見えた。


    ◆ ◆ ◆


 必要な場面で感情を抑えるのは得意だ。

 幼い頃から、王族はそうあらねばならないと教え込まれてきたから。


 父上や母上が亡くなったときも、セローナ地区への実質的な追放を言い渡されたときも、周囲には何の感情も見せずにやり過ごしてきた。しかし、そんな俺ですら今回ばかりは怒鳴りたい衝動に駆られる。


「ヴィラム殿下。こちらの書簡に書かれた内容ですが、正気でしょうか?」

「封書だった故、私も今初めて内容を知ったのだが、父上はいつもと変わらないように見えた」


 内容を今知ったというのは本当のようで、ヴィラム殿下は少し青ざめた表情をしていた。


「そうですか」


 俺ははあっと息を吐く。

 いつもと変わらない。


 ああ、そうかもしれない。兄上であるカスペル陛下は、いつだって徹底して俺を煙たがっているように見えた。こんな無理難題を押しつけることもあり得る。


 俺は努めて平静を装い、ヴィラム殿下の説得を試みることにした。


「アメイリの森の状態を調査するところまでは異論ありません。ただ、魔獣を生け捕りにするのは危険です。彼らは理由なく人を襲いますし、存在そのものが瘴気をまき散らします。そんなものを生きたままにし、さらに王都に連れて行くなど言語道断です」

「…………」

「聖女の加護があれば大丈夫と書いてありますが、そんな保証はどこにもない。俺はみすみす自分の部下達に死の危険と隣り合わせの行為をさせ、さらに王都にまで瘴気を運ぶような愚かな行為はしたくない」


 俺の発言は反逆罪に取られて大事になっても仕方がない危険性をはらんでいた。カスペル陛下の命令を〝愚かな行為〟と言い切ったのだから。


 カスペル陛下からの命令は端的に言うと、『アメイリの森の聖獣と魔獣の状況について調査してこい。その際、魔獣を生け捕りにして連れて帰ってこい。その魔獣は聖女により本当に聖獣に戻るか確認する』というとんでもない内容だったのだ。


 けれど、ヴィラム殿下なら大丈夫だろうと半ば確信があった。ヴィラム殿下は予想通り、俺の無礼な発言を追及せずに、今後のことだけを話した。


「父には、『善処したが魔獣を生け捕りにすることは難しかった』と伝えましょう。私が事情を説明すれば、怒りはするもののどうこうなることはないはずです」

「そうして頂けると助かります」

「わかりました。イラリオには苦労をかけて、申し訳ない」


 ヴィラム殿下は唇を噛み、俺に謝罪する。俺は俯くヴィラム殿下の頭頂部を見つめフッと笑った。


「苦労しているのは、あなたのほうでしょう?」


 ヴィラム殿下は現国王であるカスペル陛下の息子で、今年で二十歳になる。幼い頃から非常に聡い王子で、歳が近い俺のことを慕ってくれた。


「いつからか、あなたはわざと愚かで傀儡かいらいな王子を演じている。そうしないと、周囲に災難が起こると知っているからだ」

「…………」


 ヴィラム殿下は何も答えなかった。

 この沈黙が、それが真実であることを物語っている。


 カスペル陛下はあまり有能な国王とは言いがたい。息子であるヴィラム殿下が優秀なことを周囲に悟られれば、一部の貴族はヴィラム殿下への代替わりを主張し出す。カスペル陛下がそれに同意する可能性はないので、国内の政治分断を引き起こす可能性がある。

 さらに、辺境の地に追放されるような形になったとはいえ、俺が今日まで無事に暮らして行けているのもヴィラム殿下が愚かで頼りない王子を演じていたからこそだ。


 普通に考えれば、年が近い王位継承権の継承者同士である俺達はライバルだ。

 それを、愚かでそんなことには全く気が付かないような振りをして俺と親しくし、俺に不利な状況が発生するたびにさりげなく助け船を出していた。



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