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(あれは、アリスベン王室に仕える近衛騎士?)
僅かな間だけど聖女候補として王宮の一角に住んだとき、あれと同じ制服を着ている人をたくさん見た。
近衛騎士は国王やその関係者を守る騎士だ。セローナ地区にずっと住んでいるカミラさんが見たことがないのも無理はなかった。
(なんで近衛騎士がひとりでここに?)
暫く通りを眺めていたけれど、その男性以外に誰かが来る様子も見られない。
その後から、聖騎士団の皆さんがどことなく忙しない様子なのだ。イラリオさんに聞いても『ちょっと色々あってな』と濁されて教えてもらえない。
私はむうっと口を尖らせる。
「聖騎士団のことなら、誰かお偉いさんが来るらしいぜ」
そのとき、机に影が差す。誰かと正面を向くと、クラスメイトのディックだった。
「お偉いさん?」
「誰かまでは知らない。けど、近日中に結構大人数で来るっぽい」
「…………。なんでディックはそんなこと知っているの?」
私は至極まっとうな質問をする。聖騎士団の団長であるイラリオさんと一緒に住んでいる私ですら一切知らない情報なのに、聖騎士団と全く無関係のディックがなぜそんなことを知っているのだろう。
「あー、俺んちってここらで一番上等なホテルだからさ──」
ディックによると、数日前セローナ地区の聖騎士団からホテルの全室を貸し切りにしたいと打診があったそうなのだ。当然、既にいくつかの予約が入ってしまっていたため、全室は無理だと断ったらしいのだが、全室でないと警備上困ると強く言われ、それを受け入れたらしい。
「代わりのホテルを探すのとか、お客さんに事情を説明する手紙を書くのとかでてんやわんやだよ。で、誰が来るんだかは知らないけど、相当偉い人が来るんじゃないかって」
「ふーん、なるほどね」
ディックのいう〝数日前〟と私が聖騎士団の事務所の前で近衛騎士を見た日は一致している。つまり、あの近衛騎士は誰か王室関係の人間がここに来るという先触れだったのだろう。
(だから忙しそうだったんだ。誰が来るんだろう?)
とても気になるけれど、イラリオさんに聞いたところで業務上の機密だと言って教えてくれないだろう。
「ディック、教えてくれてありがとう」
「いや。これくらいのこと、大したことないって」
ディックは頬を赤くして照れたようにはにかむ。
「はい、皆さん。授業を始めますよ」
私達の会話は教室に入ってきた先生のかけ声と共に終わったのだった。
◇ ◇ ◇
──一体、セローナ地区に誰が来るのか?
そんな私の疑問は数日後に解決した。
長い馬車の列と共に、ヴィラム殿下と聖女であるルイーナ様がセローナ地区へと訪れたのだ。
到着の日はイラリオさんは警備の全責任者として、いつもよりずっと朝早くに家を出た。だから、私の学校への送りはザグリーンがしてくれた。
「わあ、凄い人だね」
学校が終わった時間帯がちょうど到着の時間と被っていたようで、大通り沿いには警備でたくさんの聖騎士団の団員さん達が立っていた。
聖騎士団の団員さんが何人いるのかは正確には知らないけれど、ほぼ総動員しているのではないかと思うような規模だ。更に、王太子殿下と聖女様がやってくるという噂を聞きつけた町の人までもが集まっているので、そこは祭りさながらの人手だった。
「はぐれるなよ」
「うん、大丈夫。リーンがいると、みんなが道を空けてくれるもの」
私は片手をザグリーンの背中に乗せたまま、こくりと頷く。ザグリーンはこれぞ聖獣といった見た目をしているので、見かけた人は皆敬意を表して道を空けるのだ。お陰で、その後ろをちょこちょこと付いて行く私も人混みの影響を受けることなく進むことができた。
(あ、イラリオさんだ)




