(3)
「奴からの手紙には何と?」
侍女により用意された紅茶を一口飲み、ヴィラムに尋ねる。
「セローナ地区全体で、神聖力の結界に綻びが生じていると」
それは先ほど、あの忌々しい聖女のところに行って聞いてきたばかりだ。
「聖なる森と呼ばれるアメイリの森でここ最近魔獣が増えているそうです。イラリオによると、結界が緩んで瘴気が発生することにより、それを糧にしている聖獣が魔獣になっていると」
「聖獣が魔獣になる? ばかばかしい」
カスペルははっと鼻で笑う。
聖獣とは神聖力を持った聖なる獣。魔獣は瘴気を纏う、邪悪な獣。
このふたつは完全に対となる存在であり、同じものであるなど到底理解しがたい。
「私も信じがたいと思ったのですが、聖獣から聞いたようなのです」
「なんだと? 遂にあやつ、気が触れたか?」
聖獣から聞いたなど、滑稽無稽な。聖獣はそもそもその個体数が非常に少ない上に、喋る程の上位種は殆どいないはずだ。
「聖獣と契約したようなのです」
「何……?」
頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける。
「イラリオが、聖獣と契約しただと?」
聖獣と契約。それは、聖なる存在から認められ、加護を受けていることを意味する。
それを知ったら貴族連中がどういう反応を示すか。今度は、ヴィラムではなくイラリオを次期国王に、と言いかねない。
少し収まっていた苛立ちがまた募る。なぜあいつばかり周囲に優秀な人間・そして聖獣までもが集まってくるのだという嫉妬にも近い感情だ。
その後もヴィラムはイラリオからの手紙の内容を説明してゆく。
それを聞きながら、ふと閃いた。
「そうだな。魔獣が聖獣であるというのは、非常に興味深い話だ。それが本当であれば看過できない」
カスペルは意図して悩ましげな様子で、そう答える。
「わたしもそう思います」
イラリオからの手紙を握りしめるヴィラムは深刻な顔をして頷く。
魔獣と聖獣が同一であるなど、そんな作り話を信じるとは愚か者め、と叫びたい気持ちを必死に抑えた。
「だから、早急に調査する必要がある。イラリオにはアメイリの森について詳しく調査するようにと、早急に手紙を書こう」
「わかりました。その手紙は私が届けに行っても?」
ヴィラムの発言に、カスペルは片眉を上げる。
「実際に状況を確認したいのです」
我が息子ながら本当に愚直な男だと、内心でため息が出る。しかし、ヴィラムを行かせても特段不都合はないかと思い直した。
「わかった。よいだろう。ただし、聖女は一緒に連れて行け」
「聖女を? なぜですか?」
「祈りを捧げて浄化する必要があるだろう」
「…………。承知致しました」
悩むような間が少しあったものの、ヴィラムは了承の返事をする。
(よし。これで、上手くいくだろう)
カスペルはヴィラムの後ろ姿を見送り、口の端を上げた。
◇ ◇ ◇
授業の合間の休み時間。
ノートと筆記用具を仕舞いながらも、考える。
「やっぱり、何かあるのかなぁ……」
「え? エリーちゃん、何か言った?」
隣の席に座るクラスメイトが、私の独り言を聞き不思議そうにこちらを見ていた。
「あ、ううん。何でもないの」
私は慌てて両手を胸の前でひらひらと振る。
私の考え事。それは、ここ数日聖騎士団の人達がやけに忙しない様子だということだ。
相変わらず私は学校が終わると毎日聖騎士団の本部に行き、休憩室で宿題をしてからアルマ薬店でお手伝いをしている。
それは三日ほど前のことだった。
アルマ薬店で店番をしていた私はカウンターから大通りを眺めていた。
すると、茶色い毛並みの一部に白い毛が混じる立派な馬に乗ったひとりの男性が聖騎士団の事務所を訪ねて来たのだ。
『あ、あれ……』
無意識に言葉が漏れ、薬棚の整理をしていたカミラさんがこちらにやってくる。
『エリー、どうしたんだい? ……って、随分と立派な馬と騎士様だねえ。どこの騎士様かしら?』
話しかけている最中にその馬と男性に気付いたカミラさんは感嘆の声を漏らす。
けれど、私が驚いたのはその馬が立派だったからではなくて、男性の服装に驚いたのだ。真っ白な騎士服のデザインはセローナ地区の聖騎士団の制服にも似ている。袖や襟元には金紐の飾りが施され、ボタンも金色だ。