(2)
「むしろ、聖女様のお好みに合う騎士でも付けたほうが機嫌はよくなるかと」
「なるほど。では、早急に手配しろ。選ばれた男に拒否権はない」
「後は──……」
「何だ?」
「聖女様は、ヴィラム殿下と親しくなることをお望みのようです」
「ヴィラムと?」
その意図を察し、カスペルは乾いた笑いを漏らす。
(聖女の立場を利用し、未来の国母の座を狙うとは。聖女どころか、とんだ女狐だな)
しかし今の状況を考えると、ヴィラムに聖女の相手をさせた方が得策だ。
「ならば、ヴィラムを聖女のところに行かせろ」
「かしこまりました」
トーラスが了承の意を込めて頭を深々と下げる。
(とんだ外れ聖女だな)
執務室に到着したカスペルはイライラが収まらず、乱暴にドアを開け放つ。勢い良く閉まったドアがバタンと大きな音を立てた。
ここのところ、いつもこの調子だ。
次代の聖女を選ぶ聖女光臨の儀を行ったのは数カ月前のこと。
各地から推薦された五名の聖女候補の中から選ばれたのは、ルイーナ=バシュタ。バシュタ侯爵家の十九歳になる令嬢だった。
聖女はこの国になくてはならない存在だ。強力な神聖力の結界により、アリスベン王国に平穏をもたらす聖なる存在。
結界の強度は聖女の心理状態に大きく左右され、それ故聖女は大切に扱われる。
その聖女がここ最近不機嫌で、結界の綻びも多数見つかっているという。そのため、国王であるカスペル自らが時折ああして聖女の機嫌取りをしていたのだ。はっきり言って、反吐が出そうだ。
今後その役目はヴィラムに託すが、手がかかる聖女であることに変わりはない。
そのとき、執務室のドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ?」
「父上、私です。ヴィラムです」
息子であるヴィラムの声がする。
ちょうど聖女の相手役をヴィラムに託そうとしていたカスペルは、いいところに来たとヴィラムを執務室に招き入れた。
「ちょうどよいところに来た。お前に役目を与える」
「私に役目、ですか?」
ヴィラムは訝しげな表情でカスペルを見返す。
「そうだ。聖女による神聖力の結界が我が国にとって非常に大切なものであることはお前も知っているな?」
「もちろんです」
「その聖女が最近、不機嫌になって各地の結界に緩みが生じている。お前が機嫌を取ってこい」
ヴィラムは俄に眉根を寄せたが、特に反論することもなく「わかりました」と頭を下げた。
カスペルは自身の息子であり、王太子でもあるヴィラムを見やる。
さらりとした金髪に青い瞳。整った見目は自身に似ているが、性格は温厚で覇気がない。つまり、自分とは全く似ていない。
「父上。イラリオから書簡が届いたのです」
「イラリオから?」
イラリオはカスペルの年の離れた弟で、前国王である父と側妃との間に生まれた王子だった。
ただ、このイラリオという男はカスペルにとっては少々目障りな存在だった。
ずっとアリスベン唯一の王子として育ったカスペルにとって、急に現れた王位争いの相手。さらに、イラリオは何かと優秀だった。文武共に教えられたことはぐんぐんと吸収し、自分のものにする。土と火の精霊の加護を得て魔法を使うこともでき、周囲からの信頼も厚かった。
イラリオが成長するにつれ、貴族の一部から『次期国王にはイラリオ殿下が相応しいのでは?』という声が上がり始める。
そのため、カスペルはイラリオのためと称し、本当は自分のためにイラリオを遠い僻地に追いやった。
セローナの聖騎士団の団長という職は、第二王子であったイラリオにとって屈辱的な内容だっただろう。けれど、その表情に敗北の色を見せなかったところがまた気に入らない。
つまり、カスペルからするとイラリオは全てが気に入らない目の上のたんこぶのような存在だ。息子である王太子のヴィラムが未だにイラリオと親しくしていることも理解しがたい。




