(6)
「レオは精霊が見えるんですか?」
これまで、精霊達を見ることや言葉を聞こえる人に出会ったことがなかった私は驚いた。イラリオさんはこちらを見下ろすとふっと表情を綻ばせる。
「はっきりとは見えない。なんとなくだ」
イラリオさんの様子からすると、なんとなくそこにいるのがわかるだけで言葉も聞こえないようだった。話しかけられているのに全く気付く様子はない。
「──と言うわけで、〝聖女光臨の儀〟なんてかしこまった名前が付いているが、ようは聖女候補達が順番に大聖堂で祈りを捧げるだけだ。それぞれの神託を比べて一番はっきりとした神託が下った聖女候補が、次代の聖女になる。もし選ばれれば、この先一生の衣食住が保証されて豊かな生活が待っている」
「神託って?」
「記録によれば、光が舞ったり花が咲いたりと不思議なことが起こるらしい」
「なるほど」
私は頷く。
「ところで、聖女に選ばれないとどうなりますか?」
「元の生活に戻るだけだ。神聖力が強いことには変わりないから、大聖堂で働かないかとスカウトされるかもしれない。何も怖いことはないだろう?」
イラリオさんは私を安心させるように、にこりと笑いかける。凜々しい表情が優しげに崩れる。その優しい笑顔のお陰で見知らぬ場所に連れてこられた緊張が解れるのを感じる。
「そうですね、安心しました」
私はイラリオさんを見上げ、にこりと微笑み返した。
◇ ◇ ◇
最後の聖女候補が見つかったという情報はすぐに聖協会に報告され、聖女光臨の儀は三日後に開催されることになった。それまでの間、私は王宮の片隅にある小さな屋敷で他の聖女候補達と一緒に過ごすことになる。
到着した日、その豪華さに思わずはしゃいでしまった。だって、天蓋付きのベッドも天井からぶら下がるシャンデリアも初めて見たのだもの!
イラリオさんはそんな私を見て、「大喜びだな」と笑っていた。
朝起きた私は準備を済ませると、慣れない場所で少し緊張する心を落ち着かせるように、両手を胸の前で組む。
(お父さん、お母さん、なんだか大変なことになっています。でも、イラリオさんによると聖女じゃないとわかればすぐに家に帰れるそうです。無事に帰るまで見守っていてください)
心の中で、既に他界した両親へと話しかける。
幼い頃から欠かしたことのない、毎日の日課だ。きっとお父さんとお母さんは、遠くから私のことを見守っていてくれていると信じている。
そのとき、窓際をコンコンと叩くような音がして私ははっとする。そちらを見ると、一匹の黒猫が窓を叩いているのが見えた。
「イリス!」
そこには、イリスがいた。
イリスは私が物心ついた頃から飼っている、不思議な黒猫だ。飼っていると言っても、気まぐれにいなくなってはまた戻ってくる自由な子だけれど。飼うと言うより、家族に近いかもしれない。
窓を開けてやると、イリスは部屋の中に入ってきた。ストンと床に下り、私の足下に擦り寄る。
「よくここがわかったわね」
「お見通しにゃ」
イリスは得意げに尻尾を揺らす。そう、これこそがイリスが〝不思議な猫〟たる所以だ。
なんとイリス、喋るのだ。
小さい頃からイリスと一緒にいた私は猫たるものは皆喋るのだと思っていた。けれど、イリス以外は喋らないらしいと知ったときは本当にびっくりした。
イリスによると、彼女はただの猫ではなくて〝聖獣〟なのだという。聖獣とは、聖なる力──神聖力を持つ獣のことだ。
でも、見た目はただの猫と変わらない。そして、イリスは私の前以外では絶対に喋らないので周囲の人もただの猫だと思っていると思う。
私はイリスを抱き上げると、ぎゅっと抱きしめる。やっぱり緊張しているけれど、イリスのもふもふに触れると気持ちが軽くなる。
[僕達が場所を教えてあげたんだよ]
[えらいでしょ?]
開け放った窓から入ってきた風の精霊達──ガーネとベラが得意げに胸を張る。
「ええ。ありがとう!」
私は精霊達に、お礼を言った。