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(8)

 聖獣であるザグリーンに教えられたとはいえ、私が知る限りこれまで世界樹の実を人に飲ませた前例の記録はない。もしかして、それが悪さしているのかと思ったのだ。

 ザグリーンのほうを見ると、落ち着いた様子でブルノ様を見つめていた。そして数秒後、鈍い光が消える。


「ブルノ様!」


 私は思わずブルノ様に縋り付いた。

 すると、ここ数日意識を失っていたブルノ様のまぶたが僅かに動く。


 次の瞬間──。


「ブルノ大司教! 意識が戻ったぞ!」


 ブルノ大司教の体を支えながら見守っていたイラリオさんが、興奮したように叫ぶ。あれほど呼びかけても。回復薬を投与しても効果がなかったのに、ブルノ大司教はまるでいつものように目覚めたかように、体を起こしたのだ。


「ブルノ様! よかったっ!」


 思わずブルノ大司教の膝に縋り付く。


「アリエッタ? ……これは一体?」


 ブルノ様は、なぜ自分がベッドに寝ているのか、そしてどうして私達に取り囲まれているのかが理解できないようだ。頭を撫でられたので顔を上げると、ブルノ様はぐずぐずと泣く私を見下ろして困惑の表情を浮かべていた。


「ブルノ様が死んじゃうかと思いました」

「私が?」


 ブルノ様は状況がわからない様子で、周囲にいる人達を見回す。


「ブルノ大司教は神聖力の枯渇で昨日の午前中から意識を失っていたんですよ。回復薬を投与しても気付け薬を投与しても全く効果がなくて、心配しました」

「私が? 丸一日以上も?」


 ブルノ大司教は信じられないと言いたげに、目を見開く。


「はい。エリーが特別な薬を作ってくれたお陰で、意識が戻ったんです」


 イラリオさんから説明されるブルノ大司教は、自分の膝の辺りに縋り付いている私に目を向ける。


「そうなのですか?」

「うん。リーンに相談したら、ブルノ様の症状にも効く薬の作り方を教えてくれたの。効いてよかった!」


 視線を少しずらしたブルノ大司教に、ザグリーンも頷いてみせる。


「そんなことが……。アリエッタ、それに皆さん。心配をかけました」


 ブルノ大司教は眉尻を下げ、謝罪する。


「いえ。この町のことは俺がしっかり見る責任があります。こんなことになるまで気付かず、申し訳なかった」


 イラリオさんは謝罪の意を込めて、頭を軽く下げる。


「中央の聖協会には、今回のことを伝えます。今の状況を考えると、聖女様には礼拝の回数を増やしていただかなければ」

「そうですね。ここ最近、確かに結界そのものが緩んでいるのを感じます」


 そう言ったブルノ大司教は険しい表情のまま、じっと一点を見つめる。


「これは、新たな聖女様が慣れていないせいなのか。あるいは──」


 その先に続く言葉は発せられることなく、ブルノ大司教は黙り込んだ。


    ◆ ◆ ◆


「ブルノ大司教の意識が戻ってよかったよ。またしてもエリーのお手柄だな」


 聖騎士団の事務所からの帰り道。俺はしみじみとエリーに言う。


 ブルノ大司教が倒れたと聞いたとき、そして、医師もお手上げで薬も効かないと聞いたときは本当にひやりとした。今回、アリエッタの活躍には本当に大感謝だ。


 アリエッタは俺の前にちょこんと跨がり、馬の進行方向を見つめていた。茶色いふわふわとした髪に覆われた頭をぽんぽんと撫でる。アリエッタはくるりと上半身をひねってこちらを向いた。


「うん。みんなに協力してもらったの。リーンやイリスや、ガーネやベラ、あとは──」


 はにかみながらも、アリエッタは指を順番に折る。今日手伝ってくれたという聖獣や精霊の名前を一つひとつあげていた。


「みんなが助けてくれなかったら、きっとブルノ様を助けることはできなかったよ」

「そうか。みんなにエリーのブルノ様を助けたいっていう気持ちが通じたんだな」

「うん」


 エリーは嬉しそうに笑うと、大きく手を振る。


「みんなありがとう!」

[どういたしましてー]

 どこからか可愛らしい声がする。目を懲らすと、風の精霊が遠くを飛んでいるのが見えた。アリエッタに返事するかのように、キラキラと煌めいている。


 精霊達はみんな、アリエッタが大好きだ。こんなにも精霊や聖獣に愛される人間を俺は他に知らない。


「エリー、着いたぞ。エリー?」


 俺の胸にもたれ掛かるように動かないアリエッタの顔を覗き込むと、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。


 無理もないだろう。今日は早朝から薬の材料を探すために一日歩き回り、その後に調薬もしてくれた。こんなに小さな体で、本当によくやってくれたと思う。


 俺はアリエッタが起きないように注意しながら、そっとその体をベッドルームへと運ぶ。慎重にベッドの上に体を横たえて、布団を掛けてやった。


(それにしても──)


 自分の部屋に戻った俺は、人知れず息を吐く。

 ブルノ大司教があんな状態になるほど疲弊してしまったのは、聖女の作る結界がしっかりと機能していないということだ。


(聖協会に宛てた手紙とは別に、ヴィラム殿下にもこれまでの事情を伝える手紙を書いたほうがいいな)


 聖協会とは、アリスベン各地にある大聖堂や聖職者をとりまとめている政治機関だ。聖女光臨の儀も聖協会が中心となって進めた。


 こんな状態が続けば、きっとよくないことが起こる。

 もはやその予感は、確信に近くなりつつあった。


 俺は何をどう伝えるのがよいかと考えを整理しながら、インクにペンを浸したのだった。


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