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(7)

 私は恐る恐るザグリーンに尋ねる。


「いや、我は変えられぬ。変えられるのは、特に神聖力の強い最上位の聖獣のみだ」

 翼のある獅子の姿をしているリーンは最高位に近い神聖力を持つ聖獣のはずだ。更にその上があるのだろうか。


「リーンは人間の姿をした聖獣に会ったことがあるの?」

「ある。ひとりだけ、知っている」

「イリスも?」


 私は横にいたイリスに目を向ける。濡れてしまった足を熱心に舐めていたイリスは、私に話しかけられてつと顔を上げる。


「もちろんにゃ」

「ふーん……」


 私は人間の姿をした聖獣なんて初めて聞いたけれど、どうやら聖獣の間では有名な話らしい。



 そのとき、[おーい]と遠くから声が聞こえてきた。そちらを向くと、水面近くの宙を浮くサン達が大きく両腕を振っている。


[見つけたよ!]

「本当?」

「本当か!?」


 私とイラリオさんがほぼ同時に叫ぶ。

 私は思わず、サン達のいる方角──湖に向かって走り、膝下のひんやりとした水の感覚に慌てて湖岸へと戻った。


「リーン。サン達のいるところに行きたいんだけど行ける?」


 ザグリーンに問いかけると、ザグリーンは何も言わずに体勢を屈める。背中に乗れと言うことだろう。


 ここへ来たときのようにザグリーンの背中に飛び乗ると、ザグリーンはバサリと翼を羽ばたかせた。


 サン達は、湖の中央部、小さな島のような場所に集まっていた。

 ザグリーンが降り立つと、ほとんど立つ場所もないほど小さな小島だ。


[あれ、そうじゃないかな?]


 サンは湖岸の近く、水面に浮いたものを指さす。


「エリー。落ちるなよ」


 それを取ろうと片手を伸ばそうとした私の反対側の手を、イラリオさんがぎゅっと握りしめた。


「うん、ありがとう。もうちょっとで届く……、よしっ」


 やっとの事で何とか拾い上げた赤い実を私はしっかりと手に握る。それに触れた瞬間、なぜか安心するような不思議な感覚が身を包んだ。


「これが世界樹の実?」


 私は右手を開き、手のひらに載ったものを眺める。

 それは木の実というよりも、楕円形の宝石のように見えた。触り心地は固くつるつるとしていて、降り注ぐ太陽の光を浴びて表面は鈍く光っている。


「ああ、そうだ。間違いない」


 首を捻って私の手のひらを覗き込んだザグリーンが頷く。


「やったー! じゃあ、これがあればブルノ様を助けられるんだね」


 私はその宝石のような木の実を見つめ、目を輝かせた。


 その数時間後、私はアルマ薬店にいた。

 持ち帰った世界樹の実はザグリーンに教えてもらった通り、細かく砕いて薬草に混ぜ込む。〝世界樹の実〟というからにはきっと木の実のようなものだろうと思っていたけれど、砕いた感覚もやっぱり石のようだ。もしこれを世界樹の実だと知らなかったら、薬に使おうなんて絶対に思わなかったと思う。


 カミラさんから分けてもらった薬草と世界樹の実を砕いた粉末を慎重に混ぜてゆく。

 ザグリーンは『作りながら、調合する者が神聖力を付与しなければならない』と言っていたけれど、やり方がわからないので『ブルノ様がよくなりますように』と願いを込めながら調合した。


「できたかな?」


 そうして出来上がったお薬は、世界樹の実を思わせるような赤だった。

 私はそれを小瓶に移し替える。


 そーっと、慎重に。


 全部移し替え終わると私はその小瓶を鞄に大切にしまう。そして、早速イラリオさんと共にセローナ大聖堂へと向かった。


 ブルノ大司教は昨日と変わらぬ様子で眠り続けていた。主治医の先生によると、一度も意識を取り戻していないという。

 横たわっているブルノさんの上半身をイラリオさんが支えるように起こす。


「エリー」

「うん」


 私は鞄から小瓶を取り出す。

 零さないように少しずつ薬を与えてゆくと、ほどなくブルノ大司教の喉が上下に動く。薬を飲み込んだのだ。


「飲んだ!」

「ああ、そうだな」


 イラリオさんも頷く。


(ちゃんと効くかな……)


 これまで薬師として活躍してきた全ての技術を詰め込んで作った薬だ。アメイリの森で精霊達に手伝ってもらいながら見つけた世界樹の実も砕いて粉状にして薬に混ぜ込んだ。これが効かなかったら八方ふさがりになってしまう。


(どうか効いて!)


 そんな願いが通じたのか、薬を飲み込んだブルノさんの体が鈍く光る。


「えっ! どうしたんだろ?」


 私はその変化に驚き、狼狽えた。その場にいた主治医の先生や、イラリオさんも驚愕の表情を浮かべている。


(もしかして、世界樹の実を飲ませたせい?)



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