(4)
「その通りだ。ただ、魔獣と呼ばれる状態になった元聖獣は基本的に元に戻すことはできない」
「なんてこった……」
イラリオさんは知らなかった事実に頭を抱える。つまり、最近魔獣が多いと感じていたのは結界が弱くなり聖獣達が糧とする神聖力に汚れが交じり、魔獣化していたということなのだ。
その話を聞きながら、私は気になることがあった。
「ねえ、リーン。『基本的に戻すことはできない』っていうことは、戻す方法もあるってことね?」
これまで、人を襲う可能性がある上に瘴気をまき散らす魔獣は、全て聖騎士団によって殺処分されていたはずだ。けれど、実は戻す方法がある?
「大聖女の祝福があれば」
「大聖女……? 何それ?」
私は首を傾げる。
「大聖女というのは、聖女の中でも特に神聖力が強い者を指す言葉だ。これまでのアリスベンの歴史上でも、大聖女と呼ばれるほどの力を持っていた聖女は片手で数えられるほどしかいない。もちろん、今現在も存在していない」
イラリオさんが教えてくれた。
ちなみに、チェキーナ大聖堂に描かれた初代聖女は大聖女だったそうだ。
「大聖女はいないんだから、元に戻すことは実質無理ってことだな」
イラリオさんはふぅっと息を吐く。
「話は戻るが、その〝世界樹の実〟を見つけ出せれば、ブルノ大司教の治療薬が作れるのか?」
「薬に神聖力の力を与えるためには、材料を揃えるだけではだめだ。調合する者が十分な神聖力を持ち、調合しながら神聖力を付与する必要がある」
「つまり、調合する人間は強い神聖力を持った者でないとならないと?」
「その通りだ」
リーンは頷く。
(あ、だから──)
それを聞いて思い当たることがあった。
伝説のエリクサーは聖女のみが作ることができ、その作り方を他の薬師が真似ても同じものを作ることはできなかったという。だからこそ〝聖女の奇跡の薬〟とされていた。けれど、実際には真似した薬師達に十分な神聖力がなかったから作れなかったのでは?
「それなら、私は神聖力が強いらしいから試してみるよ」
ぱっと右手を挙げて名乗り出る。私は神聖力が強いらしいし、元々薬師だ。自分以上に適任はいない気がした。
「そうだな。じゃあ、明日その〝世界樹の実〟を探しに行こう」
イラリオさんはそう言うと、ぽんぽんと私の頭を撫でた。
◇ ◇ ◇
ぐるりと辺りを見回して、地面に落ちている木の葉をじっと見る。
[いくよー]
「うん、お願い」
私の合図と共に、ガーネとベラが片手を振る。すると、辺りに旋風が起きて、地面に落ちていた木の葉がふわりと浮いた。
私はその木の葉の下に素早く視線を走らせる。
[どうだったー?]
「うーん。ないかも」
[そっかぁ]
ガーネとベラは残念そうに肩を竦めた。
ザグリーンからブルノ大司教を治す薬を作るためには世界樹の実が必要と聞いて、私達はその実を探しにアメイリの森に来ていた。ただ、世界樹の実がどこに落ちているかは聖獣であるリーンやイリスもわからないようで、地道に探すしかない。
今はこうして、地面の木の葉の下に落ちているかもしれないと風の精霊──ガーネとベラが手伝ってくれている。けれど、今のところ収穫なしだ。
(どこにもないなー)
目的のものをなかなか見つけ出すことができず、私は肩を落とす。
ザグリーンやイリスが以前に世界樹の実が落ちているのを見かけたことがあるという場所を重点的に、朝から既に三時間以上は探している。けれど、空振り続きだった。
[エリー。ここにはなさそうだから別の場所に行ってみようよ]
「うん。そうだね」
ガーネとベラの呼びかけに、私は頷いた。
ザグリーンによると、世界樹の実は赤色をした美しい実だという。
赤色の実なんてそこら中にありそうなので見分けられるか心配だけれど、ザグリーンは『見ればすぐにわかる』と言ったのでそうなのだと信じている。
ちょうど近くを流れていた小川に近づき、両手で水を掬い上げるとそれを飲む。今日は少し暑い位の陽気なので、冷たい水がとても美味しく感じた。
そのとき、近くで可愛らしい声がした。
[あれ? エリー? エリーじゃない?]
どこから聞こえてきたのだろうと、私は顔を上げて辺りを見回す。
「わあ、サンじゃない! こんなところで会うなんて偶然だね」
そこには、水の聖霊のサンがいた。